2008年02月26日 02:45 [Edit]

性(悪|善)説を一冊で - 書評 - 右手に「論語」左手に「韓非子」

ありそうでなかった一冊。

なんでこういう組み合わせが今までなかったのかが不思議なぐらいだ。


本書〈右手に「論語」左手に「韓非子」〉は、性善説の代表的論者とされる孔子の「論語」と、性悪説の代表的論者とされる韓非の「韓非子」から、著者が40の言葉を選び、それぞれの言葉に2ページにわたって解説し、それを一冊の本にまとめたもの。ここでは文字通り左手に韓非子、右手に論語が来るように目次をレイアウトしてみた。

目次 (手入力)
第1章 性善説か性悪説か
性善説は脇が甘くなる
『論語』の人間学
『韓非子』の統治学
第3章 『韓非子』の名言 韓非子の生涯
  1. 権限を手放すな
  2. 組織内部にも戦いがある
  3. 小さな忠義立てが仇になる
  4. 機密を漏らすな
  5. 情報をどう使うのか
  6. 逆鱗に触れるな
  7. 「姦臣」に用心せよ
  8. 安全で利益のあるほうに付く
  9. 厳罰をためらうな
  10. 思いやりの政治は成り立たない
  11. 臣下を信用するな
  12. 「愛する者」に用心せよ
  13. 人は利益で動く
  14. 君臣の関係はソロバン勘定だ
  15. 不幸はどこから来るのか
  16. なぜ失敗するのか
  17. 些細なことから崩れていく
  18. 自分のことはわかりにくい
  19. 取ろうとするなら、まず与えよ
  20. 頼りにならない
  21. 愚直でありたい
  22. 洞察力を磨け
  23. 他人の秘密を知ると
  24. 能力をひけらかすな
  25. 内部の結束を固めよ
  26. 嘘も真実になる
  27. 殺されると分かっていれば
  28. 忠誠を当てにするな
  29. 「術」をもって治めよ
  30. 他人を頼むな
  31. 汚い手も使わざるをえない
  32. 凡庸な君主でもつとまる
  33. 楽しみが仇になる
  34. 危険から身を避ける
  35. バランス思考で対処せよ
  36. 君主にも三つの等級がある
  37. 恵まれた者は強い
  38. 働かざる者食うべからず
  39. 厳しさも必要である
  40. 人の善意をあてにするな
第2章 『論語』の名言 孔子の生涯
  1. 友を持ちたい
  2. 「仁」を身につけたい
  3. 重厚な人間でありたい
  4. 過ちを犯したとき
  5. 法にばかり頼るな
  6. どこで人を見るか
  7. 歴史に学べ
  8. 読み、かつ考えよ
  9. 嘘はつくな
  10. 「訥言敏行」を心がけたい
  11. 徳がほしい
  12. 下地が悪いとどうにもならない
  13. こういう人間になりたい
  14. 見かけも大切である
  15. やる気を出せ
  16. 乱暴者はご免だね
  17. 勉強の場はどこにもある
  18. 苦労が人を作る
  19. どこまで知らせるのか
  20. 四つの欠点がなかった
  21. 若者には可能性がある
  22. 真価は逆境の時に現われる
  23. 健康にも気を使った
  24. あやしげなものには近づくな
  25. これが望ましい人間像だ
  26. まず我が身を正せ
  27. あせってはならない
  28. 「さむらい」がほしい
  29. 和して同せず
  30. 謙虚であれ
  31. 人を怨んではならない
  32. 人の道をはずすな
  33. 悪意にはどう報いるのか
  34. 窮しても取り乱すな
  35. 長期の見通しがほしい
  36. 自分には厳しく、人には寛容に
  37. 平等な社会を目指したい
  38. こんな仕え方をしてはならない
  39. 素質を伸ばしていきたい
  40. 天命を自覚する
あとがき

孔子も韓非もどちらも実に有名で、そしてどちらも大いに誤解されている。そもそも「性善説」「性悪説」という言い方が私には正しいとは思われない。「性善説」は、「人は本来善である」のではなく「人は快楽を求める」に立脚した考えで、そして「性悪説」は「人は本来悪である」のではなく「人は苦痛を避ける」に立脚した考えとすれば、両社は矛盾しないのである。むしろ「追楽説」「避苦説」とした方がしっくり来そうだ。

あるいは、一文字で「文」と「武」だろうか。

その意味では、本書のありかたこそ正しいように思われる。

とはいえ、両者を併記するというコンセプトが良いだけに、構成はもっと練ってもらいたかった。本書では論語と韓非子を一章づつまとめているが、むしろ両者の言葉をジッパーのように互い違いに配した方がよかったのではないか。

取り上げた言葉が、それぞれ40しかないというのも残念だ。実は両者とも「これが孔子?」「これが韓非?」という以外な言葉を結構発しているのに、それを取り上げる余裕がほとんどないからだ。それでも「下地が悪いとどうにもならない」と「愚直でありたい」は何とか入っているのだが。

もう一つ物足りないのが、両者の生まれ育った時代背景。孔子と韓非の間には、江戸時代がまるまる一個入るほどの年月があるのだ。孔子が生きた春秋は、韓非が生きた戦国に比べればよほど穏やかな時代だったはずだ。両者の感心が、方や平和の維持、方や戦争の終結にあったのも当然といえば当然である。出自の違いも大きい。「少(わか)くして卑し」かった平民の孔子に対して、弱小国だったとはいえ一国の公子だった韓非。性善説のはずの孔子が強かに長生きしたのに対し、性悪説のはずの韓非があっさり秦で客死(李斯か姚賈のどちらかないし双方に謀殺された可能性大)というのも何かの皮肉だろうか。

いずれにせよ、人と人の世に関する洞察は、この両者でほとんど間に合ってしまうというのも大したものではある。人文学におけるピタゴラスとユークリッドのような存在なのだろうか。

およそ何でもありの中国の歴史において、民主主義が発明されなかったというのは謎の一つなのだが、両者があまりに早く思想を打ち立ててしまったが故に、その呪縛から逃れられなかったのかも知れない。いや、ある意味まだ逃れていないのかも知れない。毛沢東は主席というよりは皇帝だったし、今の中国の経済成長は、政治的には宋の時代を彷彿とさせる。

実は孔子と韓非に一番共通しているのが、「民は愚である」という前提である。彼らが「民が主」であることを建前にする国々を見たらどう思うのか、それを一番知りたい。

Dan the Empathetic Legalist

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この記事へのコメント
性善説は孟子、性悪説は荀子じゃないです?
韓非子は荀子に学んだと言われているので、韓非子を性悪説の陣営に入れることはできると思いますが、しかし、荀子は孟子の性善説を批判したとは言っても儒家ですから、孔子の弟子筋にあたりますよね。
Posted by じょりちょこ at 2008年02月26日 09:51
以外な言葉→意外な言葉

それはともかく私も孔子や韓非の意外な言葉を読んでみたいものです。
Posted by clausemitz at 2008年02月26日 12:31
目次GJ!!
Posted by jazzfantasista at 2008年02月26日 12:39
s/両社/両者/;s/以外/意外/;s/感心/関心/
Posted by hirisc at 2008年02月26日 12:47
>民主主義が発明されなかったというのは謎の一つ

民主主義の成立にはキリスト教の影響が大でしょう。
王や皇帝の権威を否定しなければなりませんから。
Posted by dullahan at 2008年02月26日 14:32
後漢から巍の時代あたりの中原では「郷論」と呼ばれる人物批評が選挙の前提として存在していました。
農村まで学問が普及した結果、豪族による大土地所有に批判的で、貧しい者に率先して富を分配し、農村社会の家族主義的な秩序を重んじる人物でないと「郷論」において評価されないようになったのです。
この時期、民主主義がすでに成立していたと僕は思います。
その後、戦乱のために農村が荒廃し、人口が流動した結果、「郷論」は豪族たちの間の貴族趣味に変貌してしまいます。

> 王や皇帝の権威を否定しなければなりませんから。

王権神授説を支えたのもまたキリスト教ですよね。
むしろキリスト教普及以前の共和制ローマや古代ギリシアの方が、キリスト教普及以降の帝政ローマや中世ヨーロッパ諸国より民主的だったと思いますが。
Posted by じょりちょこ at 2008年02月26日 16:28
民主主義の成立に大きな影響を与えたのはカルヴァンの予定説。それ以前のカトリックが王権神授説を支えるのに使われた。ちゅーこと

Posted by とおりすがり at 2008年02月26日 17:32
民主主義ってキリスト以前からあったような・・・
Posted by ・・ at 2008年02月26日 18:26
アテネの都市国家が起源ですね。
Posted by bob at 2008年02月26日 19:01
有権者が十分な教育をうけていることが民主主義の前提だと思う。そうでないと衆愚政治に陥る。また、権力者からすると民衆が賢いと都合が悪い。それで、「由らしむべし知らしむべからず」となる。

私は、じょりちょこさんに同意で、性善説は孟子、性悪説は荀子だと思う。孔子と韓非子というのは違和感を感じる。学問書とハウツー本を比較するような違和感。また、弾氏の性善説・性悪説の解釈はオリジナルすぎて納得できない。できれば詳しく解説して欲しい。
Posted by くまさん at 2008年02月26日 20:51
プログラマの世界では、「デマルコ」が性善説の代表だろう。彼によると、プログラマは、働きやすい環境が与えられると放っておいても生産性の高い仕事をするとされている。私は「若干の」プレッシャーも必要だと思うけど…。また、XPも性善説の立場であり、現場のプログラマが仕様を決めて問題ないと考えている。理想論で性善説が語られているのは、現実は性悪説で動いていることの裏返しでなかろうか。
Posted by くまさん at 2008年02月26日 20:51
>民主主義が発明されなかったというのは謎の一つ
民主主義も中国が起源ニダ!

中国思想のフランス西漸
http://www.amazon.co.jp/dp/4582801447/

中国思想がフランス革命に影響を与えていたのではないかとおもわれ。
おフランスではやっていたのは日本の浮世絵だけじゃないですよ。

ホルホルホル
Posted by 仁 at 2008年02月26日 22:37
韓非子は荀子の弟子。孟子の師匠は孔子の直系(だったはず)>じょりちょこさん
知ってて書いてるのだと思うケド。
Posted by 7744 at 2008年02月26日 23:07
右手に「論語」左手に「韓非子」〉は、性善説の代表的論者とされる孔子の「論語」と、性悪説の代表的論者とされる韓非の「韓非子」から
Posted by askbb at 2008年02月27日 07:40
> 知ってて書いてるのだと思うケド。

うん。

韓非を性悪説にするのはまだいいけど、孔子を性善説にするのは違うんじゃないかなあ、と。孟子は孔子の直系の弟子ではあるけど、性善説は孟子が孔子を持ち上げるために作り出した論法で、少なくとも孔子の教えの中に直接的には表れません。荀子が孟子に反発したのも、孔子の教えを捏造するな、という気分が少なからずあったと思うのです。

ただ、韓非の思想が儒家と対立するのは確かであり、かつ、韓非は性悪説に立っているので、対立する儒家を性善説とみなすのは(本当は正しくないけど)構造的にはわかりやすい。儒家の代表はなんといっても孔子だから、こういう本が出てきたんだろうね。

(でも、この本は性善説・性悪説なんで言葉を使わずに書く方が妥当だったと思うけど。)
Posted by じょりちょこ at 2008年02月27日 13:58
 マスケット銃が歩兵をつくり歩兵が民主主義をつくった。(J. F. C. Fuller)
 近代民主主義の誕生には、人間の頭数そのものが武力である必要があった。文を尊び武を卑しむ中国人には、民主主義を生み出すことは困難だったのかもしれない。
Posted by akira at 2008年02月27日 18:28
>>akiraさん
中国では紀元前から集団戦法だったと思いますが。「集団戦法=人間の頭数そのものが武力」ですよね?
Posted by くまさん at 2008年02月27日 18:59
人間の頭数そのものが勝敗に影響する度合いことです。
これは中国でも時代によって大きな違いがあります。
歩兵が中心で、その数が重大な影響力を持ったのは、
戦国時代〜前漢の頃ですね。
春秋時代は貴族による戦車戦ですし、
後漢建国ぐらいから騎兵の時代になり、
三国時代以降は騎馬軍団の育成に成功した国が常に有利でした。
中国史における興亡では、
兵力数が勝敗を決めることはあまりありませんでした。
Posted by akira at 2008年02月27日 23:04
人間の頭数そのものが勝敗に影響する度合いことです。
これは中国でも時代によって大きな違いがあります。
歩兵が中心で、その数が重大な影響力を持ったのは、
戦国時代〜前漢の頃ですね。
春秋時代は貴族による戦車戦ですし、
後漢建国ぐらいから騎兵の時代になり、
三国時代以降も騎馬軍団の育成に成功した国が常に有利でした。
中国史における興亡では、
兵力数が勝敗を決めることはあまりありませんでした。
Posted by akira at 2008年02月27日 23:09
韓非子について書くならば、安能務氏の著作にも触れて下さい。
アカデミックな向きには、頭から否定される人も多いですが。
韓非子の性善性悪からの超越は、すでに卓見されていた方です。
Posted by とおり at 2008年03月05日 22:25