2008年03月15日 03:00 [Edit]

バイキング式のレストランで給仕を待つ君たちへ

そろそろ以下の質問に答えておこうか。

弱者に手をさしのべる強さ - マ儿コの日記 - + - +
自分ひとりの力だけでマッチョになったの?誰の力も借りず?
まだ小さくて弱いあなたに手を貸してくれた本当のマッチョがいなかった?

答えは、どちらもNo。

自分一人の力で強くなったか? No.
手を貸してくれた人がいるか? 母を除けば No.


なぜどちらもNoとなりうるのか?

世の中には、「宛名のない善意」がいくらでもあり、そして今もなお増えているからだ。

私はそれを利用したに過ぎない。

「宛名のない善意」とは何か?

私にとって、それは道路であり、書籍であり、その他諸々の、「誰宛でもないけれども、私を含めた誰でも使ってよい」もの全てだ。

道路は私を救ってくれた。しかし道路は私を救うために敷かれたのではない。

書籍も私を救ってくれた。しかし書籍は私を救うために書かれたのではない。

これらには確かに「恩」がある。しかしこれらは「恩人」とは言えない。私にとって恩人とは、困っている私を「察した」上で、私に手を救いの手を差し伸べるものを指す。別の言い方をすれば、「私宛の善意」の差出人のことである。

「小飼弾の恩人」だと思っている方に先に詫びておくと、その意味において、私には恩人と呼べる存在はいない。いや、厳密には私が十分強くなるまで、私は恩人を知らずに来た。今はそういった恩人たちがたくさんいるが、彼らはいずれも私が強くなってから登場し、そして強くなればなるほどその数を増やして来た。これらの「私の新しい恩人」たちは、程度の差こそあれ「私もまた彼らの恩人」でもあるので、むしろ「友人」というべきだろう。マッチョ通しの相互扶助であると言い換えてもよいかも知れない。

話を元にもどす。弱かった私が強くなれた原因は、特定の誰かが、私を特定して救ってくれたからではない。不特定の誰かが、不特定の誰かのために用意しておいてくれたものを、使うことが出来たからだ。

「この本に救われた」という言い方がある。私もそういう経験は何度もしている。しかしその著者は、私のために本を上梓してくれたわけではない。その人が書いた本を、私がたまたま勝手に読んで、その結果私が勝手に救われたというのがより正確な事実なのである。

道路や政府や社会といったものに至っては、誰が作ったかすら明らかではない。しかし私はそれを使うことが出来たし、そして使ったことをとがめられることもなかった。

そろそろお気づきだろうか。こういった「宛名のない善意」というのは、自らそれを使わなければ何も起こらないということを。たとえ自分の目と鼻の先にそれがあっても、自分で手をのばさなければそれは存在しないも同様なのだ。

しかし、手をのばせば、確かにそれはある。

それが、私を救ったものの正体である。

「宛名のない善意」というのは、バイキング式の料理にも例えられるだろう。ビュッフェ(buffet)。スモーガスボード(smorgasbord)。料理は確かにそこにあるのだが、給仕が自分のテーブルに並べてくれるわけではない。給仕は自分自身の仕事である。

近代社会の大きな流れというのは、料理の数が増える代わりに、給仕の数が減るという言い方もできるのではないか。無料のインフラは時代とともに充実していく。不況のときにさえ、いや不況のときにはさらに充実したりもする。私の子供のころは、すぐに思い浮かぶのは道路と図書館ぐらいだったが、今はそれにネットが加わっている。

金を払えば、いや、金を払うだけで、使える「もの」はさらに増える。今でこそこれを我々は当然だと受け止めているが、かつては金を払うだけでは手に入れられないものはずっと多かった。生まれや育ちが合致しないと中に入れてすらもらえぬ場所がいくらでもあったのだ。

なぜそういう場所が減っていったのか? そういう場所があるというのが不公正(unjust)だからだ。特定の人々の、特定の人々による、特定の人々のための場所、というのは確かに恩人も得やすい。しかしその特定の場所がその人に合わなかった場合に、恩は仇となる。

それならば、世の中の恩を減らしてでも、世の中をより使いやすいものにした方がよい、ということになる。多少の波はあっても、洋の東西を問わず世の中はそのように進んで来た。給仕はいなくなってしまったが、テーブルの上に並べられた料理は今もなお増え続けているではないか。

食べきれぬほどの料理が手をのばせば届くところにあるのに、なぜ給仕が来ないことを嘆き続けるのか。

それが私にはわからないのだ。

これが、「弱者」の立場から見た光景。

今度は、「強者」の立場からこの様子を見てみる。

好む好まざるとに関わらず、料理が増え給仕が減るという流れは止まる気配を見せない。こういった時代に出来る「恩返し」とは何だろうか。特定の誰かを選んでその人を救うことだろうか。

それもまた一興。しかし「その人を救う」というのは、単に手を差し伸べることではない。その人の手がどこにあるかまで、差し伸べる側が知っていなければならない。さもなくば「小さな親切大きなお世話」に簡単になってしまう。誰かの恩人になるとは、かくのごとく難しい。

それよりも、料理の数をもう一品増やして取られるにまかせた方が、より多くの人がよりうまいものにありつけるではないか。

救いの手が現れないことを嘆くより、増えた料理がないかに目をこらす方がよほど楽ではないのか。

このblogも、そんなあまたの料理の一品として扱えばよい。不味ければ別の皿に手をのばせばいいのだ。

強者と弱者 - ここにいるだれか
すべての強者が弱者を救う必要なんてないと思います。

というより、すべての弱者を救えるほどの強者は存在しない。そういう存在が仮にいたとしたら、それはもはや強者とは呼べない。その呼び名は、神である。

強者は自分が神でないことを知っている。だから彼らは身の程をわきまえて、テーブルに料理を置いていく以上のことはしない。それで十分ではないか。

自己責任(self responsibility)なんて大げさなものはいらない。必要なのは、自ら手をのばすこと、self-help なのである。

Dan the Self-Helper


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この記事へのコメント
自称「俺に恩が有る」とか言ってる愉快脳な人は自分が使われてるだけだって事に気付いていないんだな。幸せなんだか不幸なんだか。損してる事は間違い無いだろうけど。
Posted by 通りすがり at 2008年03月17日 20:36
「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」ってやつですね。
Posted by masasam at 2008年03月17日 00:58
ぼくらはインターネットというバイキングにありつけるから、
まだ選択の余地があるけど、
インターネットにアクセスができない人、インターネットを知らない人、文字の読み書きというリテラシーのない人はどうするのだろう?

最低限の読み書きをできるようにするという点については社会基盤として整備すべきだとおもう。
Posted by かっちゃん at 2008年03月16日 23:45
なるほど、「宛名の無い善意」を使えるのが強者ということか。
Posted by うっかり at 2008年03月16日 19:30
「宛名のない善意」の消費者の部分だけ見て,趣旨を勘違いしそうになりました(文の比重が前半に寄っているため?)が、

>強者は自分が神でないことを知っている。
>だから彼らは身の程をわきまえて、テーブルに料理を置いていく以上のことはしない。
>それで十分ではないか。
私(一個人)は、この意見に納得です。
Posted by chun at 2008年03月16日 18:38
隣でたらふく食ってる客に向かって
「俺の好みと健康に合わせて取ってこい」という心理。
Posted by   at 2008年03月16日 00:27
こういう話題になると「ギャー」と寄る人々が不思議。
Posted by マリンゾウ at 2008年03月15日 23:53
「見てもわからんやつは聞いてもわからん」と突き放しつつも
そっとヒントを教える弾さんが好きです
Posted by 新参者 at 2008年03月15日 22:13
バイキング形式のレストランで自分に必要な料理を必要なだけ手に入れる、
このことにもそれなりの能力や才能がいるんじゃないかと最近思う。

どんなふうに話を引き出すか、どんなふうに盗むか、分からない人もいる。
Posted by a at 2008年03月15日 19:22
昔は全部コース料理だけで、いいか悪いかは置いておいて、そこにあるものを食べるしかないかわりに、何を食べればいいか考えなくてよかったのです。
しかし現在はバイキングなので自分で食べるものを考えなければなりません。
「健康にいい」とか、「いい食べ合わせである」とか、テーマに沿った組み合わせも自分で考えなくてはなりません。
嫌な事をする努力は耐えられても、自分で自分のメニューの責任は怖くて負えない人には、ろくでもないレストランなのではないでしょうか?

私的には基本メニューだけでも提供してもらえるとうれしいかな。
Posted by Nasty at 2008年03月15日 16:29
>48
いや違うでしょ。
Posted by   at 2008年03月15日 15:39
これは宛名付きの善意ですよね。
Posted by 48 at 2008年03月15日 15:11
何故、弾さんが自分の事を強い人間だと思っているのかが良く分からないので機会があったら是非、記事を書いて頂きたい。
Posted by ななしの電賊 at 2008年03月15日 14:39
時代劇のヒーローの登場シーンに言わせたい語りだ
Posted by humanerorr at 2008年03月15日 14:06
時代劇のヒーローの登場シーンに言わせたい語りだ
Posted by humanerorr at 2008年03月15日 14:04
>>Posted by 未記入

だからさー、
テーブルの上にはもっとおいしい料理がいっぱいあるのに
手の上の料理を取られただけで嘆くなっちゅうことでしょ
それが日本と言うレストランの素晴らしさ
Posted by むーむ at 2008年03月15日 13:54
すごくいいタイトルだと思いました。
Posted by ta at 2008年03月15日 13:51
>モノやサービスを通して国とは独立にやる方法をよしとする

それは結局金持ちのbenevolenceに頼るということになるのでしょう、ゲイツ財団みたいに。
Posted by 暇人 at 2008年03月15日 13:42
何を以って「強者」「弱者」とするかの定義にもよると思います。世の中には「現在持っていて向上心もある者」「現在持っていないが向上心のある者」「現在持っているが向上心の無い者」「現在持っていなくて向上心も無い者」の四者がいると思います。
強者と弱者を「向上心のある者と無い者」で分けるか、「現在持っている者と持っていない者」で分けるかで分け方が違って来ます。
弾さんは「現在持っている者と持っていない者」で強者と弱者を分けているのだと思います。しかし、弾さんはかつて「現在持っていないが向上心のある者」であったわけですが、それは人の見方によっては既に強者だったわけです。
コメント欄の書き込みで食い違う人がいるのは、この強者と弱者の分け方という価値観からして異なっているからでしょう。
Posted by bob at 2008年03月15日 13:06
累進課税の意義はまさにそこ↑にあるんだが、それを税金を通して国に再分配してもらう方法をよしとするか(累進課税万歳!)、モノやサービスを通して国とは独立にやる方法をよしとするか(累進課税やめて!)、の違いだろ。この件に関して(他はしらない)弾氏のいっていることが矛盾してるとは思わないけど。まぁ、私は累進課税万歳!な人間だけど、それでもself helpに関しては弾氏のいっていることがよくわかる。
Posted by 暇人2号 at 2008年03月15日 12:51
>それならば、世の中の恩を減らしてでも、世の中をより使いやすいものにした方がよい、ということになる。

ええっと、弾さんが普段弾劾しておられる累進課税というものの意義がまさにそこにある(社会の改善を、金持ちのチャリティに頼るのではなく、その富を制度的に社会に還元することによって図る)ということがひょっとしてまだお分かりになっていない?
Posted by 暇人 at 2008年03月15日 12:35
確かにその通りなのですが、日本というレストランには、弱者から料理をひったくったり、弱者が作った料理を盗み食いしたり、弱者が目の前の料理を食べる事を妨害する輩がいて、それらレストラン内の犯罪者を放置している現状も考慮せねばなりません。
Posted by 未記入 at 2008年03月15日 11:50
勇気付けられました。
確かにそのとおりです。図書館なんてその最たるもの。
ネットだってそうですよね。知識は人を助け、その知識は無料であふれている。僕は自殺するならこの世の全ての本を読んで、自分を救う考えがこの世にないことを確認してからだ、と思ってます。そうすると死ねませんけどw
Posted by qirexrd at 2008年03月15日 11:09
s/マッチョ通しの相互扶助/マッチョ同士の相互扶助/
Posted by sjm at 2008年03月15日 10:15
夢を掴み取ろうぜ
Posted by ルハン at 2008年03月15日 09:49
> 無料のインフラは時代とともに充実していく。

 無料のインフラなんて無いでしょう。ガソリン税の暫定税率じゃないけど、それは誰かが払っていて、めぐり巡って自分に返ってくることも多い。
 
Posted by ytaro at 2008年03月15日 08:45
地上最強のコック、それがケーシー・ライバック。

Posted by ななしさん at 2008年03月15日 08:42
たしかに、
英語なんて、30年前に比べたら、
勉強するツールは、相当、増加したはずなのに、
「英語の勉強の方法」を教えてください。って
聞いてくる人口は、それ以上に増加してますね。

2カ国語放送がない時代は、
韓国語放送に邪魔されるFENを、一生懸命
聞いたりしたけどな。
Posted by higekuma3 at 2008年03月15日 07:49
本当の意味で凹んだことがない種族の方ですね 世の中の大部分の人とは違って。
Posted by セロトニン過剰 at 2008年03月15日 07:44
死ね。ザコ。
Posted by ふーん。客をナメる気か。 at 2008年03月15日 07:42
その通り。ここのコックは味が分からないらしい。
Posted by ファック・デュカス・グループ at 2008年03月15日 07:17
使えない。態度が最悪な店には2度と行かない所か、窓ガラスを割りに行き、腐った卵を投げておきますがね。
Posted by マルキド・サド・ブリュット。 at 2008年03月15日 07:12
結論。バイキングは例外無く全て不味い。特にコックが最悪なら?
Posted by ブルガリのビストロは使えるらしい。 at 2008年03月15日 07:04
自分もいつか料理を並べてみたいです。
食べてもらえないかもしれないけど…。
卵焼きくらいなら作れると思うんだけどなぁ。
Posted by 【エラー】 at 2008年03月15日 05:49

(自立して存在してる)生きのいい餌は、ほんとに空腹にならないと見分けられないかも。

針の上においしそうな餌がのっていたり、餌に見まがうルアーだったり、たいへんだ。

(あ、私も釣られてる)
Posted by haineko2003 at 2008年03月15日 05:39
口を開けて待っているだけの魚は、餌にありつくことはできない。
救われるのは、救われることを望んだ者のみである
Posted by おうる at 2008年03月15日 04:15
Heaven helps those who help themselves. ってことか。
Posted by かっちゃん at 2008年03月15日 04:14
s/中に入れて場所が/中に入れてもらえない場所が/
Posted by 北斗柄 at 2008年03月15日 03:39