2008年05月10日 00:15 [Edit]

紙一重

不幸かどうかはとにかく、あまりに起点が似ていて、あまりにその後が異なるので。

天才コンプレックス - shi3zの日記
なぜ僕がこんなに天才について興味があるかといえば、なんというか、まあ不幸な育ちに原因があると思う。

ここまでは、ほぼ一緒。

その言葉とともに、僕は知能指数に関してのレポートを貰った。そこには200に少し届かない数字が書かれていた。

しかし、こうはならなかった。

塾の学費が全額免除され、親は僕が興味を持ったものはなんでも買ってくれるようになった。最たるものは、パソコンだ。ファミコンすら買ってくれなかった父が、急に当時最新鋭のパソコンを買い与えてくれたのである。僕は事実上それを独占できた。僕にとってはかなりの幸福だ。

代わりに私の身に起きたのは、こういうことだった。

その31: 元オン・ザ・エッヂ(現ライブドア)最高技術責任者「小飼弾」氏 (「桜子の超気まま日記」PCVIEWメルマガ一覧(Footer Essay of Email Newsletter, Backnumber))

IQに関しては嫌〜な想い出があります。

まあ、たまたまだと思うんですが、高い数値が出たらしい。それで、2度受けさせられたんですね。IQの仕組みはご存知ですよね。適当に皆をテストします。平均値を100にして、標準分布になるようなグラフに書いて、そこから外れたのはテストし直さないとダメなんです。何かがおかしい、と。

それで小学校の教師が親父にそれをちくったみたいで、しばらくしたら親父は俺に指導をし始めるわけです。要は、星一徹モードになるわけですね。でも何かを覚えさせる、ということに関しては、子供の方が暗記力が高いでしょ?子供の方が早く覚えちゃうと親父は面白くないわけです。

息子がおつむ良さそうだから鍛えてみるか、と思ったら、息子の方が早くできるようになっちゃうわけです。で、面白くなくなっちゃう。私の方は、きちっとやって成果をみせれば怒られ(笑)、成果を見せないと怒られ(笑)。

父だけではなかった。中学校では、社会の時間に「海流はなぜおきる」という質問に、地球科学的に「太陽があって、地球が自転しているから」と答えたらそれが気に食わなかったらしく廊下に立たされた。正解は「風が吹いている」からだそうだ。二次方程式を(まだ解の公式を教わる前に)公式を使って解いたら×にされ、抗議したらやはり廊下に立たされた。因数分解を使うのが正解なのだそうだ。

母はその中学ではなく、東京の私立ないし国立に行かせたがっていた。

塾の理事長に呼び出され、国立大学附属小学校に転入するように強く勧められた。強要されたに近い。

しかし、父の意見は「泥水の中でもダイヤなら光る」というものだった。実にかっこいい台詞ではある。女と遊ぶ金を息子に取られるわけには行かないというのが実相だったのであるが。そうして私は泥水の中で、自分を持て余すようになる。

私にとって、天才とは天災以外の何者でもなかった。かといって、「能ある鷹は爪を隠す」(これまた耳に胼胝が出来るほど言われた)というほど器用にもなれなかった。何回かの自殺未遂と家出を経て、

404 Blog Not Found:小飼 弾 Errata, Addeda & FAQ
それも登校拒否のおかげです。実に有意義でした。卒業式(最後にオフィシャルに卒業したのってこんだけ。わはは)に、恩師の皆さんに「9年間の義務教育がいかに役に立たないかを徹底的に教えて頂きありがとうございました」と深々と頭を下げたのはよく覚えてます。

となるのは実に自然な成り行きだった。

404 Blog Not Found:オレの内申点ってどこいったんだろうなあ
5段階評価の通知表の評価から、どの教科もまんべんなく1づつ引かれていたのだ。どうせなら全部1にすればいいのに

となるのも、当然である。

その後の物語は、今までさんざん書いたり話してきたりしたことなので省略する。確かに私の人生の前半は、不幸で不遇だったかも知れないが、そのおかげでその後がずっと楽だったというのも事実だ。「世の中はなんて甘いところなんだろう」と思えるようになったのもそのおかげだろう。

しかし、以下のような世界も実は日本にあったのだということを知ると、今でも心がうずく。

悪問だらけの大学入試」 P. 217-218
私どもは「K会」という数学のエリート教室を開催している
ここで学ぶ内容は、生徒の能力によって進度に違いがあるが、平均的には中一から中二までの二年間で数学の基礎を、分かりやすく言えば、ほぼ高校までの全数学の領域を終えてしまう。
中三では大学の理科系の教養数学を渉猟する。高一・二では現代数学の最先端で遊ぶ。高二の冬になると放校になる。「世の中数学だけじゃないよ。大学入試ではほかの科目もあるんだよ、しっかり受験勉強しなさい」というわけである。この子たちは多分学校の数学の時間に退屈しているであろう、いわば上の方にはみだした子たちである。

彼らK会の生徒達が学んでいた同じ東京で、私は新聞紙にくるまって寝ては、留置場にぶちこまれたりした家出の日日を送っていたわけだ。そこへのあまりの近さと、そしてあまりの遠さにめまいがする。

小飼弾」でぐぐると、下の関連検索のところに「小飼弾 天才」なんてのが出てくる。ダンコーガイと呼ばれようが断固害と呼ばれようが平気な私であるが、これは正直堪える。家では父に殴られ、学校では廊下に立たされ、家出先では留置場にぶちこまれていたあの日日のことが思い起こされて。

Amazon.co.jp: 小飼弾のアルファギークに逢ってきた」 #10 Perl Mongers

DANKOGAI:正気と狂気の違いって何だろ?

JESSE:いまどき正気の人はいません。みんなどこか狂ってます。だから大事なのは、正気か狂気かじゃなくて…。

全員:役に立つ狂気か役立たない狂気か(笑)。

私は何とか自分の狂気を凶器でなく利器にすることが出来た。あなたの狂気もそうでありますように。

Dan the Insane, Usefully, Hopefully


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日本にも天才はいるんだな、とブログを読んで思った 「紙一重 」 『404 Blog Not Found』 小飼 弾 ブログ筆者の小飼氏は中学を不登校になり、16歳で大検を取得した後、 カリフォルニア大バークレー校に進んだ経歴の持ち主。 「落ちこぼれ」ならぬ「浮きこぼれ」と
「天才」「不登校」「ひきこもり」【ひきこもりが早稲田に行く日記】at 2011年06月07日 01:59
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この記事へのコメント
天才は天才だから尊敬できるわけではないんだな
Posted by ヌマコ at 2008年05月14日 19:45
で、結局どうしたいんだ?
同情して欲しいのか?
可哀相だけどホントはすごいんだよ、って言いたいのか?

Posted by 乾 at 2008年05月12日 12:26
俺も、ガキの頃に
IQテスト時間内に全問回答して、余裕カマシテ顔上げていたら
担任教師が、「まじめにやりなさい!」
俺、「でも全部できたんですが」
担任「うそおっしゃい!」
回答用紙みて、担任固まる(w)その後、教育大のモルモットにされたよ
小6時点で数靴泙覇販呂能わらせて、中1の夏休みの課題は
彗星の軌道計算(先生含めて誰も理解できなかった)
プログラムを覚えたのも軌道計算の為(約35年前)
けど、大人になって何も役立ってない

>higekuma3サンの
>CPUはすごいのよ。
>でもI/O Errorみたいな。
もろにこの状態、対人関係もともに作れない
Posted by High at 2008年05月12日 01:27
そうだよ。
ちょうちん持ちだけだと、このブログのクオリティが
落ちるでしょ。
Posted by なごみ at 2008年05月11日 23:02
>バカって言う奴がバカ、と同じ論法だけど。

お前は小学生か。w
バカって言うやつがバカなら、マスコミに出てる評論家は
全部バカか。w
ネットでもマスコミでも他人に影響与えるような目立つ立場
の人間の意見には、賛否両論があって丁度いいの。
大投資家ブログでも、その投資家への賛辞ばかりのサイトは、
サブプラ暴落で読者も全滅して閉鎖した所が多いけど、最初
から賛否両論の所は生き残ってる。
大投資家の意見の欠点を言い合って、皆で補ってきたから。
世の中、短絡的に考えたらだめだ。
Posted by えーと at 2008年05月11日 16:28
「お前って愛が足りてないよな」っていう奴に限って自分に愛が足りてないんだろうなぁ、と思う。そこまで攻撃的になってまで何がしたいのかが分からん。
バカって言う奴がバカ、と同じ論法だけど。
Posted by   at 2008年05月11日 15:25
○リエモンの凋落は、たしかに検察側の僻みで
つかまったようなもんで、気の毒だけどさ、
検察につかまるとは思ってなかったけどさ、
会社としてだめじゃん、とは勘のいい人間は
TV見ながら、皆わかってたって。
俺と同程度の頭の悪そうな広報ねーちゃんが
幹部面してさ、一般社員は面白くないでしょ。
それ程度のことを見抜けなかったんだから、
IQ高いくらいで上から目線じゃなくて、謙虚に
他人の意見も聞いた方がいいよ。
Posted by ついでに言うとさ at 2008年05月11日 14:47
IQという評価基準ではshi3zさんは天才だったが、その能力は「学校の勉強」という評価基準の枠の中では天才ではなかったというだけ。一回聴いただけの曲をピアノで弾ける天才は、ショパンコンクールという評価基準に照らすとぜんぜん落第生。時速40冊の能力は、ボクシングの評価基準化では無用の長物。結局、IQという評価基準は決して神の与えた万能のようにあまりありがたがらない方がとも言える。自分が秀でることができる評価基準の世界を見出した人が天才と言えますね。学校の評価基準を飛びだして、自分の評価されるステージを見つけた人は多いよね。
Posted by 劉邦 at 2008年05月11日 14:21
最終的に役に立つか立たないかという話になっちゃうのが世知辛い。
筒井康隆が「世の中の人間はすべてキチガイだ。
面白いキチガイとつまらないキチガイがいるだけだ」
と言っていたのを思い出します。
Posted by まるまる at 2008年05月11日 12:32
前に愛されナントカっていう本のことを推薦してた
でしょ、俺も買って読んだけどさ、内容は理論的
には間違ってないと思うけど、なんかね、でも
本の著者は、今も愛されてねーんじゃないの?
とピンとくるわけよ。早い話が、世間を見回して
愛されている人間と何かが違うんだな。
理屈じゃなくそう思う。だからね、俺なら読んでも
他人には勧めない。何か違うというのは勘だから。
それでさ、商売してるんだけど、商売で成功してる
人間は俺と同じで、理屈じゃなく勘が働く。
でも学校でエリートの人間でも、勘が働かないのが
いるのよ、それで調べたんだけど、俺みたいな人間
は脳幹というのが太くて、経験と理論をいったり
きたりして結論を出す。頭のいい理論派の人間は
理論だけで結論を出す。
どちらがいいとも思わないけど、商売はするなよ。
Posted by あのねぇ at 2008年05月11日 07:31
どもってても、頭の回転すごいのとか
いるしね。

CPUはすごいのよ。
でもI/O Errorみたいな。


はたから見てたら、
やばいけど。
Posted by higekuma3 at 2008年05月11日 01:23
ときどきこんな話が紛れ込むのも
ある意味天災みたいなもんだな、俺らにとって。
Posted by ふむぅ at 2008年05月11日 00:48
一応2年以上前から見ていると記憶していますが、
単調増加で悪くなっていますね。

誰か親身になって忠告してくれる身近な人は居ないのですか。
Posted by てふ at 2008年05月10日 23:34
>得手不得手の極端な発露
これが起きようが無い人がどれだけ多い事か
Posted by   at 2008年05月10日 18:11
脳に障害があって日常生活に支障がある一方、見知らぬ音楽でも一回聴くだけでピアノで再現できる人も天才。学校では落第生だったが後に相対性理論を発表したアインシュタインも天才。時速40冊のダンさんも天才。大勢のエリートや常識ある社会人やマスコミを手玉に取ったホリエモンやオウムの麻原もある意味天才。凍った会議の雰囲気を爆笑の渦に変える天才もいる。つまり人の得手不得手の極端な発露を、ある評価基準に当てはめると「天才」になるのでは?
Posted by 劉邦 at 2008年05月10日 15:43
○リエモンの件は調べればひどい話だとわかるはず。
どうしても日興コーディアルと比較してしまう…。
Posted by ナナシ at 2008年05月10日 15:40
プログラマーとしては天才でも、人を見る目は
凡才より劣ってよね。
○リエモンの凋落を見抜けなかったのだから。
Posted by 名無しさん at 2008年05月10日 13:31
とはいえ、天才、秀才、芸術、アーティスト、セレブ、オタク、スイーツ(笑)とかいいたくなる何らかの共通した「クオリア」があるから言葉っ
てのはあるのだろうし。
Posted by アクオリアス at 2008年05月10日 13:23
そもそも天才と言う概念が曖昧なのだからそれに左右されると言うのはかわいそうだね。自分は自分で居ればいいのに。日本人は他人の評価を気にしすぎる。
Posted by 未記入 at 2008年05月10日 12:00
うわぁ。

天才を理解できない、かつ足を引っ張る人がいるというのは物語やら自伝やらで読んでたので存在は知っていましたが、どうにも信じられなかった。
でもこうして現物をリアルタイムで見られると言う機会が得られて、やっとそうした物語に感情移入できるようになった気がします。
Posted by おん at 2008年05月10日 11:40
分布図のはずれにいるのは、
天才だったり、
単なる非常識だったり、
欠陥商品だったり、
その他
いろんな現象だったりですよ。

まちがったリンケージは、
日本語では、
勘違いって
言うんですけどね。
Posted by higekuma3 at 2008年05月10日 11:02
>その後の物語は、今までさんざん書いたり話してきたりしたことなので省略する

↑どこで詳しくみれますか?
Posted by   at 2008年05月10日 10:58
本物の天才とは、自分が天才とは言わないものです
Posted by 天才を見分ける天才ですが at 2008年05月10日 09:38
小自慢ありがとうございます。
私は子供の頃、ベーゴマとかくれんぼの天才でした。
今では凡才を天才に変える天才的伯楽です。先日は
新宿で食べ物が腐ってないかどうかを見分ける天才的
ホームレスを見ました。人と仲良くなる天才の娼婦と
友達づきあいをしたこともあります。
実際、みんな何かの天才なのです。
Posted by なごみ at 2008年05月10日 09:28
禍福はあざなえる縄の如しとは言うが、K会のような組織はやっぱりうらやましい。

うまく立ち回ることを憶えた方が良かったんだけど、ATSのごとく、安全側に倒れるということを先に憶えてしまった。内申書などは良かったが結局周りに気を遣って20代半ばまで生きてしまった。やっぱり今になって勿体なかったよ(泣)という部分もある。が、まぁ、それも含めて人生いろいろなのかも知れない。

一つだけ言えるのは棺桶のふたを閉める(決算)まで人生何があるか分からないと言うことだ。しかもその決算期は自分で決められないし決めてはいけない。だから、それなりに自分の人生日々やれることはやっていこうと思う。それが決算後に棺桶の中で笑う唯一の方法ではないだろうか。
Posted by てらぽん♪ at 2008年05月10日 04:23
適当にシカッティングしてれば、
たとえば、
英語の発音を
わざと、下手にしたりしてれば、
つっつかれない。ってのを
中学1年の時に、理解したので、
攻撃の的にならずにすみましたけどね。

反骨を徹底して
周りの全員に示す美学を感じてる人は、
不幸かもしれん。

守り続けてくれる人がいたり、
どこかで、バネにできれば、
転じて幸運だけど。
Posted by higekuma3 at 2008年05月10日 01:10