2008年05月21日 22:30 [Edit]

QOLでなくQODを語るべき時 - 書評 - 日本人の死に時

今日はこれを紹介するのにもってこいの日だ。

切込隊長さんのご指摘を受けて老人介護を考える(後編):今後の考えられる対応 - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com
では他にどのような対応策があり得るのでしょうか。現在の公費投入量は増やせないことを所与とすれば、対策は2つしかなく、労働集約型から資本集約型へと産業構造をシフトさせるか、安い賃金で忙しくても働く労働力を確保するかのいずれかです。

三つ目の対策も実はあるのだから。口に憚るだけで。


本書、「日本人の死に時」は、医師で作家の久坂部羊によるノンフィクション。「破裂」は圧巻だったが、本書を読むと、そろそろ日本にも佐久間和尚が必要ではないかと感じてしまわずにはいられない。

目次 - 幻冬舎 日本人の死に時 ? 久坂部羊 著にないので手入力
はじめに
第1章 長生きは苦しいらしい
第2章 現代の「不老不死」考
第3章 長寿の危険に備えていますか
第4章 老後に安住の地はあるのか
第5章 敬老精神の復活は可能か
第6章 健康な老人にも必要な安楽死
第7章 死をサポートする医療へ
第8章 死に時のすすめ
おわりに

医師で作家でフィクションとノンフィクションの双方を書く人は結構いて、「チーム・バチスタの栄光」の海堂尊は「死因不明社会」をものにしているが、両書がAi (Autopsy imaging)をフィクション、ノンフィクションそれぞれの立場から描いているのに対し、著者による「破裂」を含む一連のフィクションと本書は、「日本人の死のあり方」を、それも「生をよし」とするのが建前の医師が描いているという点で画期的だ。

P. 4
私は現在、在宅医療専門のクリニックに勤務しています。寝たきり老人や、自宅で最期を迎えようとする末期がん患者などの家を訪問し、その療養をサポートします。

その著者が言うからこそ、その直後に続く台詞には重みがある。

その間、多くの老人の老いと死を見つめてきました。その経験から思うのは、長生きは必ずしも望ましくないということです。
私も以前は、長生きがしたいと思ってきました。しかし、老人医療をはじめてから、徐々にその考えが変化してきました。いざ老いの現実に直面してみると、それまで抱いていた長生きのイメージと、実際のそれが大きく異なっていたからです。クリニックの医師たちが長生きを望まないのも、日日そういう現実に接しているからでしょう。

だとしたら、介護保険制度というのは、介護制度の支え手はおろか、被介護者本人も幸せにしない、最悪の制度だということになるが、実例に触れるとそれが事実であるとしか言いようがなく、そして本書を読むことでその実感は確信へと変わる。

なぜますます貴重になる若い力を、死を先延ばしにすることに投じなければならないのか。そしてそもそも、我々はそれを本当に望んでいるのか、そろそろきちんと問うべきときなのではないか。年金にしろ介護保険にしろ、「自分は長生きしたいし、有権者として国にもそれを手伝って欲しいから」という積極的な理由ではなく、「他人の死を望むがごとき言動は社会人として禁句でKYだから」という消極的な理由でしかない。なんとなくゴミ問題と同じなのだ。NIMBY = Not in my backyard ではなく、NIMB = Not in my bedroomといったところか。

404 Blog Not Found:不死の本当の意味からひ孫引き
Death is very likely the single best invention of Life. It is Life's change agent. It clears out the old to make way for the new.
それは死というものが、生命が発明した唯一そして最善の発明だからです。死は生を変化させる要素であり、新しくやってくるもののために、古きものが道を開けてあげることなのです。

かの Steve Jobs だ。日本において彼ぐらいの大物が、公の場で死を肯定的に語るのを見たことがない。インタビューならいくつかあるのだが(たとえば本田宗一郎)。

妥協と共生 (内田樹の研究室)
ケネディ大統領がその就任演説で述べたとおりである。 「わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。わが同胞の世界の市民よ、アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、われわれと共に人類の自由のために何ができるかを問おうではないか。」

原文は、こう。

John F. Kennedy - Wikiquote
And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.

内田センセイは

妥協と共生 (内田樹の研究室)
若い未婚の方々には、ぜひ「国家」のところに「結婚」という言葉を入れてこの言葉を熟読玩味していただきたいと思う。

という使い方をしているが、この言葉は、人生の最期にさしかかっている人々こそ必要としているのではないか。

And so, my fellow Japanese: ask not what your country can do for your life -- and death. Ask what your life and death can do for your country. My fellow elders: ask not what the young will do for you, but what together we can do for the freedom and equality of our life -- and death.

Dan the Mortal


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べつに論じるわけでなく、いつもどおりただのメモですが。 今日、微妙に重なる部分がある2つの議論を読み、久しぶりにこういうことを考えた。 一つ目 医療費増、経済にプラスも(岩本康志氏) http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/iwamoto/01.html 元ネタの一つ
[社会][財政]優生学と財政学再論【研究メモ】at 2009年11月21日 01:52
切込隊長さんのご指摘を受けて老人介護を考える(後編):今後の考えられる対応 - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.comでは他にどのような対応策があり得るのでしょうか。現在の公費投入量は増やせないことを所与とすれば、対策は2つしかなく、労働集約型から資本集
[economy][history][politics]介護を考える光【BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com】at 2008年06月10日 01:24
この記事へのコメント
人々が介護保険を利用するフェーズは2つあって、ひとつは言うまでもなく介護を受ける本人としての立場、もうひとつは要介護者の家族という立場です。
私が見るに、それぞれの立場が断絶していて、意思疎通ができない家庭の介護、そして死は悲惨のひとことに尽きます。
今、親を介護している世代が近い将来に自分自身が介護を受ける立場になった時に、何かしらを学び、親の轍を踏まずに充実した生を全うできるよう、わずかな希望を持っていたいと思うのです。
Posted by eviano at 2008年05月22日 20:51
そういや30年くらい前にはそういったテーマのSF映画がありましたね。ソイレントグリーンとか2300年未来への旅とか。

ついでにフリードマンのKennedy演説批判を紹介しておきます。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061117/1163727859
Posted by 暇人 at 2008年05月22日 20:14
「うばすてを否定するのはKYだから」になる時代はすぐそこですよ。ご安心なさい。
Posted by 東方不敗 at 2008年05月22日 02:04