2008年05月26日 18:45 [Edit]

この記事をクリップ! newsing it! Buzzurlにブックマーク b.hatena.ne.jp/entry 最高のサイエンス・ノンフィクション - 書評 - iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?

日本実業出版社企画戦略室長大西様より直献本御礼。

「あとで読む」つもりが、目次を見ただけで堪えられなくなり、引き込まれるように読了。

これはすごい。今はなき「科学朝日」「サイアス」に連載していた頃の立花隆に匹敵する、いやそれ以上のインパクトだ。


本書「iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?」は、ここ十年の生命科学の最大級の発見、いや発明、iPS細胞に至る今までの物語と、そこから導き出されるこれからの物語を、科学者としてもジャーナリストとしても訓練を受けた著者が丁寧かつ迅速に書いた一冊。献本下さった大西さんによると、「iPS細胞に関して書かれた一般書としては本邦初」とのことである。

目次 - 日本実業出版社より
まえがき
1章 多能性幹細胞とはいったい何か 011
生物の体はなぜ再生できるのか 014
ES細胞の制御と再生医療の可能性 018
ヒトES細胞株の樹立と生命倫理の問題 024
個体差はなぜ生じるのか 遺伝か、環境か、それとも… 029
ドリー、そしてiPS細胞の意味 037
2章 「ヒトiPS細胞」誕生 041
一人の患者さんとの出会いが研究の世界へ導いた 044
山中研究室がいよいよスタート 050
研究を推し進めるためにどうしても必要な「お金」の工面 060
分子生物学という「推理ゲーム」 064
いよいよ、多能性誘導に取り組む 076
マウスiPS細胞の誕生 082
iPS細胞、世界の舞台へ 088
マウスiPS細胞の論文発表が広げた波紋 092
ヒトiPS細胞に向けての闘い 096
二つのちょっとした工夫でヒトiPS細胞のコロニーが得られた 100
三因子でもiPS細胞を生み出すことができる 107
3章 iPS細胞でガラリと変わる再生医療 113
iPS細胞とES細胞の関係 115
iPS細胞とES細胞はどれくらい同じか? 118
iPS細胞の問題(1) 遺伝子導入方法の改良 122
iPS細胞の問題(2) がん化の危険性 128
iPS細胞の改良 低分子化合物によるiPS細胞化 131
すでに始まっているiPS細胞の利用 132
再生医療の実現に向けた最初のステップ 135
実現が近い再生医療 皮膚と血液疾患 138
献血に頼らない輸血の実現に向けて 140
中枢神経系の再生 カハールの「定説」への挑戦 146
網膜の再生へ 視覚機能の回復を目指して 153
再生工学との融合 臓器の再生 157
オーダーメイド再生医療の実現性 163
4章 再生医学研究を成功させるための課題 167
止まらない日本からの頭脳流出 169
研究の成果が社会に役立つまでの道のり 172
探索研究から生まれたiPS細胞 178
研究者を振り回す省庁間の縄張り争い 181
問題を象徴する言葉「デマケ」と「エフォート率」 185
再生医療は知財とどう取り組むべきか 191
日本が太刀打ちできないアメリカの資金力 197
「オールジャパン体制」の意味 199
5章 再生医療は未来の社会をどう変えるのか 205
生命倫理 細胞をどこから「ヒト」として扱うのか? 207
再生医療は倫理観の変化をもたらすか 213
クローン人間が受け入れられる日 218
医療は本当の意味で変革期にある 220
不老不死は実現するのか? エンハンスメントという問題 224
再生医療で少子高齢化と格差拡大が進む 228
「人の選別」につながりかねない危険性 230
終章 再生医療はいつ実現するか 235
「わかりやすさ」に潜む罠 237
再生医療の実現の未来予想 244
再生医療は着実に前進していく 250

まず本書が日本実業出版という、科学関係の本とは今までそれほどなじみのない出版社から出てきているのにも驚いたが、それも相対論とかDNAとかいう、ある程度売れることが期待できる「定番の啓蒙書」ではなく、いきなりド最先端の分野で一冊出したのに驚いた。なにしろiPS細胞という名前そのものの登場が2006年8月、ヒトiPS細胞が出来たのに至っては去年の11月だ。

こうしたあまりに最先端の情報というのは、科学に限らず情報が錯綜して混沌とするものだが、本書はそれを実にわかりやすく、しかしあくまで科学的にまとめている。その仕事の速さと品質の高さは脱帽ものだ。

たとえば、著者はゲノムを一冊の本、遺伝子をその本のページに例えることで、全能性の損失や再獲得を実にわかりやすく図解する。これなら中学生でも理解できる。そう。iPS細胞の概念そのものは、実にわかりやすいものだ。

だからこそ、素人も玄人も巻き込んだフィーバーとなっている。ES細胞からiPS細胞への流れは、フラーレンとカーボンナノチューブの関係を彷彿とさせる。後で見つかった方が応用力が高く、そして日本人が見つけたという点でも共通している。

では、iPS細胞とは何か。induced pluripotent stem cells、人工多能性幹細胞とあるとおり、成人の普通の細胞から作られた=誘導された幹細胞である。受精卵が必要なES細胞(embryonic stem cells)と違って、倫理上の問題が格段に少ないのだ。

それではiPS細胞があると、何が出来るか。医療が根本的に変わる。脊髄損傷も治療できるようになるかも知れない。ヤクザの指つめも元に戻せるかもしれない。もう臓器を求めて海外に行く必要もなくなるかもしれない。それが医療にもたらすインパクトは、種痘以来かも知れない。

ここまでは第三章までのおおよそのあらすじで、出版の速さを考えれば本書はそこまでで出してもよかったはずだ。しかし、本書の真骨頂はそれに続く章にある。素人ですら平常心を失いかねないこの状況で、将来どのような問題が登場するかを先回りして考察しているのだ。

著者は、理想と現状のギャップを、飛行機の発展に例えてこう述べる。

P. 246
仮に、1997年のドリー誕生や1998年のトムソンによるヒトES細胞株の樹立を「自然の力を利用すれば、空を飛べる」ことを証明したリリエンタールによるグライダー実験の時代だとすれば、2007年の山中によるiPS細胞の樹立は、「人工の推進力を用いて空を飛べる」ことを証明したライト兄弟の実験成功と言えるかも知れない。

この比喩も見事だが、それに続く指摘が、じれったく、そして素晴らしい。

二つの世界大戦は、航空機の研究に多くの頭脳と資金を投入した。その結果として航空技術は確立し、第二次世界大戦後に長距離国際線が登場する下地を作った。しかし」それから、実際に一般の人々がその恩恵を受けられるようになるには、さらに時間がかかった。六〇年代以降に空の旅行が一般化したと書いたが、日本人にとっては高度経済成長を経たあと、八〇年代以降が本当の意味で「大衆化の時代」であったといえるだろう。

私自身は、そこまでかかるとは考えていない。それでもiPS細胞が臨床で使われるようになるには10年ぐらいはかかるだろうし、それが一般化するにはさらに10年ぐらいはかかるのではないか。しかも著者も指摘するように、再生医療がもたらす問題は、仮に生命倫理の問題が全くないとしても、少子高齢化と格差拡大という懸念が存在するのだ。

とはいえ、これらの問題は一冊の本で扱い切るにはあまりに大きい。本書の「万能性」(pluripotent)は稀に見る高さだが、それでも「全能」(omnipotent)ではないし、またある必要はない。しかし、本書は今後の生命科学と再生医療を語る上で、必読の「幹本」と言うのは確かだ。

しかしこれが単著デビューとは。田中幹人、恐るべし。そしてこれを一本釣りした日本実業出版も恐るべし。

Dan the Collection of Deduced Cells


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この記事へのコメント
肝細胞 → 幹細胞
Posted by anon at 2008年05月26日 20:20
s/生命尾倫理の/生命を論理の/
Posted by piyo at 2008年05月26日 21:18
piyoさん
s/生命尾倫理の/生命倫理の/
じゃないでしょうか?
Posted by 北斗柄 at 2008年05月26日 23:09
各位、
Typoの指摘ありがとうございました。
Dan the Typo Generator
Posted by at 2008年05月26日 23:42
(誤)しかし」それから
(正)しかし、それから
Posted by 11031 at 2008年05月27日 12:22