2008年05月28日 19:15 [Edit]

「悪い子は堕ろせる」は本当か?

これに関する批判は以前

でも行ったのだが、

中絶とナチスのホロコーストってどこがちがうの?前編 - FIFTH EDITION
つまり、彼女達は、自分の子どもが犯罪者になってしまいそうな状況で、中絶という選択肢がある場合には、中絶を選ぶことが多いのだ。日本でもアメリカでも。

新資料も交えて改めて行っておきたい。


まずは、以下のグラフをご覧頂きたい。

abortion-japan-1949-2005

これは、「一般人口統計−『人口統計資料集(2007年版)』−」にある「人工妊娠中絶数および不妊手術数:1949〜2005年」をグラフ化したものだ。左(赤)が実数、右(青)が対出生比である。実数は1955年をピークにほぼ一貫して下がり続け、対出生比は1957年をピークに30%代まで一挙に下がった後、横ばいながら2005年には戦後最低レベルになったというのが全体の流れだが、対出生比の方には実に興味深い異常が一カ所見られる。

そう。1966年、ひのえうまの年だ。

中絶とナチスのホロコーストってどこがちがうの?前編 - FIFTH EDITION
その結果、日本の女性達は、正しく産んでよい子どもとそうでない子どもを、見もふたもないが「選別」できた。

もしこれが本当だとしたら、ひのえうまの年には犯罪者候補の受精卵がいっせいに出来、女性たちはそれを未然に防いだということになってしまうが本当だろうか。

むしろ、女性の判断基準というのは移ろいやすいもので、ちょっとした迷信にも降りまわされてしまう姿が見えてこないだろうか。ここから見える女性像は、「かしこい」よりも「あわれ」である。

私は、首尾一貫して中絶の全権は女性にあると主張してきた。

404 Blog Not Found:中絶より完全なもの
そして一般論としてはもう一つ、「男は妊娠しない」という事実がある。この事実がある以上、男が対当たりえるのは避妊までで、中絶するか出産するかという選択に対しては当事者とはなりえない。当事者となりえない以上、意見は言えても決定権はない。「中絶なんて許せねえ!」という資格を、そもそも男は持たないのである。この事に関しては、法律を定める権利すら男にはないと私は思っている。彼女が堕ろすと決めたら、彼に許された選択肢はせいぜいその費用を負担するぐらいしかない。そして彼女が産むと決めたら、父親になるかあるいは養育費を払って去るかしかない。どちらも出来ないという男には、それ以前にセックスする資格がない。

この恥ずべきグラフを見た後もそれは変わらない。

しかし、私が「中絶権」は女性にあると主張しているのは、「女性がfreakonomic animalだから」という主張を取らない。「妊娠できるのは女性だから」という単純かつ厳然たる事実以上の理由はないのだ。「女性は将来の犯罪者候補を子宮で判断できる」などというありもしないチョー能力をあたかも経済学的に証明されたかのごとき語るのは、それこそニセ科学ではないのか。

確かに、中絶しろという資格は本人以外の誰にも存在しないし、中絶するなという資格は男には存在しない。しかし、女性がごくわずかな不安で中絶に限らず出産を意識的無意識的に諦めてしまうというのはほぼ事実であり、それに対して社会が出来ることは少なくないはずなのである。

Dan the Man

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「悪い子は堕ろせる」は本当か? こういう話が出るといつもフィリップ・K・ディック...
まだ人間じゃない【それ】at 2008年05月30日 21:01
●ネオコンとは何か (1)たとえアメリカ単独であっても軍事力を行使する (2)世界を善と悪の二元対立とし、外交においては同義的な分かりやすさを追求する (3)国連などが掲げる国際協調主義に対してきわめて懐疑的 図解で分かる日本の政治(一部省略、改変)P16...
ネオコンは人々を幸せにするのか?【オレドコBlog】at 2008年05月29日 10:00
「「悪い子は堕ろせる」は本当か?」経由 「中絶とナチスのホロコーストってどこがちがうの?前編」 「書評 - ヤバい経済学」 でもあんまり触れられていない観点について。 もう、犯罪ってのは年によって定義が変わってね、というのはもうごくごく当たり前の話だと思うんだが
[統計学の誤用]いい加減、犯罪の社会統計を嬲るのは・・・【Gavagai+】at 2008年05月28日 23:12
この記事へのコメント
ここから類推できるのは、1966年は、計画的に小作りをしようとする夫婦の中には、丙午の迷信のために将来娘が結婚の際憂き目を見るのを避けるためにこの年を控えるという行動が多かったのに対し、そもそも子供を作るつもりではなかった計画外の妊娠は丙午とは関係なく一定数を保ったということでしょう。そのため非嫡出子数や中絶数の割合が総出生数に対しこの年だけ高くなったのです。
中絶が犯罪抑制になる、女性がそれを判断できる、というのは遺伝子レベルの話じゃなくて、女性の自分が子供をちゃんと育て上げられる自信があるかという判断はかなり正確だってことだと思いますよ。
長くなってすみません。
Posted by DI at 2008年06月09日 10:50
続いて非嫡出子数と総出生数に対する割合です。1966年に非嫡出子数には若干の減少がありますが、総出生数に見られたほどの落ち込みはありません。したがって総出生数に対して非嫡出子の割合が上がっています。
    非嫡出子 割合(%)
1964  17,229  1.00
1965  17,452  0.96
1966  15,523  1.14
1967  16,977   0.88
1968  17,999  0.96
Posted by DI at 2008年06月09日 10:47
1966年当時でも、若い夫婦は丙午の迷信なんてたぶん信じてはなかったと思いますよ。やはり結婚の際ケチがつくのを嫌がったということだと思います。
中絶のグラフに加え、出生数のグラフも併せて分析してほしかったです。記事中のリンクにあった一般人口統計から抜粋したのが下の表ですが、1966年の出生率の極端な減少があります。
     総数       男       女     男/女*100
1964 1,716,761 882,924 833,837 105.9
1965 1,823,697 935,366 888,331 105.3
1966 1,360,974 705,463 655,511 107.6
1967 1,935,647 992,778 942,869 105.3
1968 1,871,839 967,996 903,843 107.1
Posted by DI at 2008年06月09日 10:45
あ、やっとグラフの読み方がわかりました。中絶の実施の実数と、出生数との比ということなんですね。中絶の実数は66年前後はトレンドでなだからであるけれども、出生数自体が激減しているので割合としては上がっているということ。つまりは、66年は中絶で出生数が減ったというよりも、受精を回避することで出生の調整が行われた、と。

もしかすると同期であったかもしれない仲間が迷信により数多く中絶されたのかと悲しく感じていたのですが、すこし気が楽になりました。
Posted by ひでき at 2008年05月30日 16:26
次に来るのはデータの読み方に気をつけよう、ていうエントリでしょうか
Posted by たまの読者 at 2008年05月30日 07:34
中絶の「最終的な決定権」は女性にあると思いますが、もし「全権」が女性にあるとしたら、男性には権利が無い以上、義務も無いように思いますが、どうなんでしょう?
権利と義務はコインの裏表ですから。
Posted by とおる at 2008年05月30日 03:40
まあ、貧困なら犯罪に走る率が高いし、金持ちなら喧嘩もしないしドロボーもしない。
金が無ければ子供育てるのは困難。

それだけのことでしょう。どこに目新しいことなんか?
Posted by tanuki at 2008年05月29日 21:54
丙午の1966年の前年、1965年生まれですが、確かに下の学年(メインが1966年生まれの人たち)は人数が少なかったですね。小、中はもちろん、確か大学も。当時は胎児の性別なんかわからなかったから、性別の偏りはなかったと思います。高度経済成長後半の、日本の子どもの人口は増える一方だった(下の学年に行けばいく程児童数が多いのが当然という)頃です。ウチラの一個下の学年だけ少ないんですよ。2学年下は元通り増えている。出生だけではなく、現在の人口統計(年齢別)でも出ているんじゃないかな、これ。
と同時に、当時の避妊や堕胎の主導権を女性が持っていたかというと、それもどうも怪しい。夫や舅、姑に反対されても産めるかというと、そういう環境はなかなかなかったでしょうから。これは女が勝手に産み控えたのではなく、みーんなが迷信にこだわった、その結果かと。
Posted by すみません、匿名でご勘弁を at 2008年05月29日 17:25
jnさんの指摘に付け加えますと、出生数全体は根拠の無い迷信で大きく変わってしまうことがあるが、中絶数はそうした迷信に左右されず経済的ないし社会的事情で決まる、ということで、皮肉にも弾さんの示したグラフはむしろリンク先やヤバ経の議論を支持する新たな証拠になっているように思われますです。
Posted by 暇人 at 2008年05月29日 17:18
アレですよ。アレ。
『仏滅に結婚式』とか『友引に葬式』とかと一緒。
自分たちも大して信じちゃいないんだけど、ばーちゃんどもが事あるごとに
「やっぱり仏滅に結婚するようなやつらは…」とか言い出すから(ムダなケチがつくから)回避できるなら回避したいというわけですよ。
丙午生まれの娘は男を食い殺すとかって、そんな事を言われ続けながら生きることを娘に強いたくない、結婚する段になってそんなバカな理由で断られたりなんて経験を子供にさせたくない、ってな判断ですかね。
'66年なんて今よりもっと迷信深く、そのころの「ばーちゃんども」はさらに迷信深いわけですから。
実際にした対応は
>前年か翌年の生まれとして登録した
であることを信じたいんですが。
Posted by akitomo at 2008年05月29日 14:23
こんなに中絶数や中絶比率が高いとは知らなかった。この統計グラフは真実なのだろうか?
1人で複数回の実行や、妊娠しない人の数を考慮すると、成人女性の15〜20人に1人は中絶経験があるということか。
どうにか中絶を社会的に減らせないのだろうか?倫理的にも経済的にもあまりにひどい状況だと思う。
Posted by おとこひとりもの at 2008年05月29日 14:23
ひのえうま生まれから一言。

自分自身も同期をみまわしても、他の年の出生者と比べて犯罪者が多いという不名誉を張られるような年まわりではないと、弾じてもうしあげたい。

それとグラフの見方を私がわかってないせいかもしれないが、我が同期は昭和40年代で極端に少ない。出生の実数でもスパイクしていたはずだ。(お陰さまで受験、就職、その後の昇進とさまざまなタイミングで甘やかされてきたのは事実...)

統計処理の段階で移動平均かなにかしてないすかね?>弾さん
Posted by ひでき at 2008年05月29日 11:39
 >前年か翌年の生まれとして登録した
 もしそうなら、非常に興味深い。

 「丙午に関する迷信」をマジで信じているとして、戸籍上の出生日を変えたって、「丙午の呪い(?)」からは逃れられないと思うのだが・・・。「別に信じているわけじゃないが、ちょっと気分が悪いので、届出だけでも丙午生まれじゃなくしておこうか」という軽い気持ちなのかな?

 そういえば、誕生日が関係する占いって、実際に生まれた日付でやらなきゃ意味ないですよね。ちゃんとまじめに占いたいなら。「そんな細かいことは気にしない」なら、最初から占いなんて鼻で笑っていればいいと思う。
Posted by 寿命 at 2008年05月29日 09:07
なんかの統計本に書いてあったけど、丙午のときに妊娠しなかったのではなくて、その年に生まれた子供を前年か翌年の生まれとして登録した事例が多かったのではないか(女子の場合、前年や翌年が、その他の都市に比べてちょっとだけ増えているから)、という話がありました。

それが正しいとすれば、中絶したからどうこう、という議論の前提が崩れるような気ガス。
Posted by strongaxe at 2008年05月29日 00:28
丙午は1966年です。
Posted by 通りすがり at 2008年05月28日 22:21
s/改めて行っておきたい。/改めて言っておきたい。/
ネタだったらすみません。
Posted by 北斗柄 at 2008年05月28日 21:47
グラフの見方について。実数はスパイクしていないので、これは一概に丙午だから中絶したと言えないのではないでしょうか。
中絶した人はそもそも丙午か否かにかかわらず中絶し、丙午を意識する人が妊娠を見合わせ、出生数が著しく減少したために、結果として比率がスパイクしたと見ることもできると思います。丙午の出生数は下向きにスパイクしていますので、中絶実数が変わらなければ当然中絶比率は上向きにスパイクします。
Posted by jn at 2008年05月28日 20:45
masaさん、
あ、失礼しました。訂正の上Wikipediaへのリンクを追加。
Dan the Man to Err
Posted by at 2008年05月28日 20:21
中絶の前に、結婚外の性交渉が問題なのですよ。男が何も語れないのは、責任を取れない関係を持つからです。女性も同じ。結婚という契約なしに、妊娠する可能性のある行為に及ぶことが悪なのです。
Posted by P助 at 2008年05月28日 20:07
丙午は、1966年です。
Posted by masa at 2008年05月28日 19:58