2008年06月08日 15:30 [Edit]

s/フランス//g #して読め - 書評 - フランス父親事情

築地書館より「本が好き!(β)」経由で献本御礼。

大いに考えさせられた、というより自分でも普段断片的に考えていたことをまとめられたような気になった一冊だった。


本書「フランス父親事情」のタイトルは半分本当である。確かに本書には近代のフランスの父親の変遷ぶりと、直近のフランスの父親の様子がルポタージュされている。

が、目次を見て分かる通り、本書は「単なる」ルポタージュではなく、父親というものの役割に関して、世界で最も先進的な社会実験が行われているフランスの様子を通して、父親とはなにか、父性とはなにかを考えるのが本書の目的である。

目次 - フランス父親事情より
はじめに - フランスの男たちに今起こっていること
1章 パパになった
ジャン - 出産に立ち会う / 父親手帳 - 手帳交付という儀式 / マルク - 父との「失われた時」 / 父親学級 / 出産とは、自分の母親を殺すこと / 父親が産まれようとする苦しみ
2章 父性をめぐる現代史
父親の不確実性 / フランスでDNA鑑定を制限する理由 / 認知というアクション / 事実婚で子を産む / 五月革命と「父親殺し」 / 八〇年代 - 父親の敗退 / めんどりパパの出現 / 父親の復権 / 父親の出産休暇
3章 あんなパパ こんなパパ
父を見て父親になる / 父を探して / 養子を育てる / 人工生殖とホモセクシャリティー / 複合家族 - パパ?それとも……
4章 神と精神分析
はじめに言葉ありき、父ありき / 現代的なパパ、ヨセフ / エディプス・コンプレックスを脱して / 父系社会と母系社会
5章 父性をめぐる西欧史
ローマ時代からキリスト教の時代へ / 愛情深い中世の父親たち / 近代 - 婚姻という砦 / ルネッサンスの教育論 / 革命前夜 / 革命 - 幸福と子ども / ナポレオン法典の揺り返し / 父親の不在、そして疎外
6章 男ってなんだ?
広告の中の男と女 / 女が男に求めるもの / メトロセクシャル / 異なるものへの畏怖 / 母の姓、父の姓
7章 「父親学」の現在
母の支配を脱して / 時間をつかさどる人 / 父の胸 / 親と親を足し算して…… / 父からすべての人へ
おわりに

本書には「父親とは社会的存在である」(social being)という言葉が繰り返し出てくる。別の言い方をすれば、父親とは生物学的存在ではないということになる。実はこのことは、地球上の全生物を通して共通している。有性生殖する生物には、確かに「父」はいてもそれが「親」だとは限らない。むしろ♂は遺伝子を提供するだけの存在であるものの方がグローバルならぬバイオロジカルスタンダードと言ってもよい。

ハチやアリのように、雄は半数体、すなわち個体そのものが遺伝子的には「ただの精子」というものもある。アブラムシのように普段は無性生殖で、多様性が必要なときのみ♂が生まれるものもある。

その一方で、つがいで子育てをするものもある。鳥類の多くがこの方法を取っている。卵生の鳥類はこれが実にやりやすい。雄は単にえさを運んでくるに留まらず、卵を孵す仕事も折半しているものが多い。哺乳類は、この点においてはあまり「ワークシェアリング」に向いた構造をしていない。胎生である以上、出産までは子育ては母親が生物学的に独占する。それゆえ、♂は♀の獲得にその力のほとんどを割くのが標準だ。

ヒトも、実はこの流れを継承している。人の生物学的なデフォルトは、一夫多妻(polygamic)であることは人類学をちょっとかじれば分かる。これは男尊女卑ではない。むしろ逆で、ほとんどの♂は「使い捨て」になるのだから、そこで語られる物語はとにかく、生物学的には女尊男卑と言うべきである。

この状況を変えたのが、「強い社会」だったのではないか。たしかに♂の役割は遺伝子をばらまくことではあるけれど、ヒトの♂というのはただ遺伝子をばらまくにはあまりに「オールインワン」だったのだ。本来は他の♂との競争のために用意されたはずのより大きな筋力だって、競争ではなく協調のために使えば、母親の体が二重化されたのと同じになる。そうした「家庭」の子供は、そうでない家庭の子供よりも成人する確率は高くなるだろう。

そしてこの知恵が「家庭外」に出た時、父親が誕生したと私は考えている。結婚(marriage)というのは、一夫一妻(monogamic)な社会に独特の風習でもある。いや、「王族やイスラムなど一夫多妻な結婚もあるではないか」という意見もあるが、社会のリーダー層が一夫多妻な社会でさえ、一般は一夫一妻であり、そして一夫多妻なリーダー層でさえ、「結婚」は一人であとは「妾」なのである。

本来は「遺伝子スプレー」である♂を、「社会の構成員」化し、そのために「結婚」という形で♂を家庭につなぎとめる。こうして強くなった社会を持つ者たちは、そうでない、「子育ては母親まかせ」な社会より強そうだ。こうして「父親」を持つ社会は、そうでない社会を徐々に圧倒して言った。

しかし、母親の立場からすると、本当に必要なのは「父親」そのものではなく、自らの子育てを楽にする「父性」である。一夫一妻により「もう一組の手」は確かに増えたが、それにも当たり外れはある。当たり外れのある♂の父親より、社会そのものが「父親」となってくれた方がむしろよいのではないか。

フランスは、それをかなり自覚的に押し進めた。社会を父親化したのである。その結果、個体としての父親は「負け」た。しかしその結果、♂の活力も失われた。また、母親側でも社会が100%父親の代わりにならないということがわかってきた。社会は個体ほどの「小回り」は効かない。

そうした反省もあって、今度は社会が母親だけではなく父親もサポートしよう、というのがフランスの最新事情のようだ。

しかし、フランスがすごいというか冷徹なのは、あくまで大事なのは「子」であるということがぶれていないことだ。父親を大切にするのは、あくまでその方が子にもよいからであって、父親が父親であることをありのまま「祝福」されているわけでは全くないのである。

「父親とは社会的存在である」。このことは、おそらく人工子宮でも出来て、「母親もまた社会的存在である」となるまで変わることはありえないと私は考えている。哺乳類である以上、「妊娠」という男女差はなくしようがない。そして生物である以上、「最も大事なのは子供」ということも変わりようがない。そして最も強い子供を育てた社会が、最も強いということも、また。

その意味において、日本や、同じ欧州においてもドイツやイタリア(全部元枢軸国だが偶然か)は、「強い子供を育てる社会」というより「強い成人を育てる社会」のように思われる。経済の観点からするとこれはプラスなのだが、いざ子供、となると尻込みしてしまう。社会が父親の代わりをしてくれるわけでもなく、かといって社会が父親になるにはどうしたらよいかなどという教育をしてきたわけでもないからだ。いきおい子育ては「家庭よがり」のものとなる。長い目で見るとどちらが有利なのか。

フランスというのは、その構成員だけではなく社会そのものが「大人」であると感じる。「その構成員の幸福、即国の幸福」という国は、「親」の視点が少ない分、「子供っぽい」のだ。負け犬→おひとりさま、または中年童貞というのは、その意味で「大人のなりそこね」でもある。そんな大人のなりそこねたちに、日本ほど優しい国というのは少ない。

もっとも、ヒトというのは他の社会性動物ほど社会と「密結合」しているわけではない。日本にだって父なしで立派に子育てしている母たちは少なくないし、フランスにだっておひとり様はたくさんいる。しかし出生率1.3と2.0というのはあまりに大きな差だ。これはもう社会の力の差と見なすしかないだろう。

そして人類史を見れば、最後に勝つのは強い個体を揃えた集団ではなく強い社会を得た集団なのである。強い社会は弱者を強くする。そして強くなった弱者は、社会に支えられる存在から社会を支える存在になる。父親というのは、そんな社会の「補強材」でもある。日本は今後その補強材抜きでもやっていけるのだろうか。本書を片手に、あなたも考えてみて欲しい。

Dan the Father of Two



フランス父親事情
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書評/社会・政治

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フランス父親事情 作者: 浅野素女 出版社/メーカー: 築地書館 発売日: 2007/03 メディア: 単行本 「父親とは、子供の母親の夫である」フランスではナポレオン法典の時代から、伝統的に父親をこのように定義づけるらしい。この定義はこれだけでかなり語るところの多いものの
[本][生活]父親とはなにか−フランス父親事情を読んで【BiBowLog】at 2008年06月29日 23:29
やっと全部目を通したので、まずは[後でまた読む」ためにリンク。 対談ダイジェスト 西原理恵子さん×勝間和代さん 母の苦労を知れ:かあさんNEWS - 毎日jp(毎日新聞) 勝間 この話、すごく私たちが言いたいことだったんです。特に「こんな苦労が男に....
そんな苦労が出来ないバカヤロウな男ですごめんなさい【404 Blog Not Found】at 2008年06月12日 14:07
この記事へのコメント
>そして人類史を見れば、最後に勝つのは強い個体を揃えた集団ではなく強い社会を得た集団なのである。

生き残っているのは、強いのではなく、運良く資源や地勢に恵まれた社会だけですね。


最後に勝つのは、強い個体です。社会そのものを破壊するような強い個体がまれに出現するというのが人類史が示す事実。

Posted by ほるほる at 2008年06月12日 23:20
いい本ですね。
・日本国の父性は1945年に原爆で蒸発してしまい、みんながそれに気付くまでは戻ってこないと思います。日本ごと蒸発する前に間に合うといいのですが。
・仏の合計特殊出生率は一部移民が底上げしてる要素もあるとは思います。
Posted by 魚 at 2008年06月12日 18:13
>「大人のなりそこね」でもある。そんな大人のなりそこねたちに、日本ほど優しい国というのは少ない。

キビシイなー (> <)


でも、説得してほしいですよね。
「結婚ってこんなに良いものなんですよ。子供を持つことはこんなに素晴らしいことなんですよ。どうして皆さんはしないんですか。さぁ、どんどんやりましょうよ!」
とか。
Posted by po at 2008年06月11日 01:27
オイラーなんかはすげー子沢山&子供の扱いにも慣れてたっぽい。
なりそこねどころか、完璧過ぎて突っ込み所が無いね。
さすがオイラー。

しかし高齢童貞はやはり駄目ですか…。ですよねー。
自分もそろそろ高齢童貞になりますが、その最大の理由は我が身可愛さであると思っております。
あとメリットの無さに伴う面倒くささ。
自分だけじゃなくて、多くの人がそうであると思ってますにょ。
そういう人間を自ずから結婚→子持ちにするのはどうすればいいんでしょーね。
一つには子無し税&子作り子育て支援というインセンティブがあると思うけど、
それだけじゃ駄目なんだろうね、って事から出て来たのがフランスのこの試みなんだろうけど、
まぁいい試みなんでないの?各国見習うべきだと思いますにょ。
でも私は当分童貞のままさ。多分死ぬまで童貞さ。
Posted by e at 2008年06月08日 23:06