2008年06月16日 15:30 [Edit]

強者はなぜ遠くの弱者にばかり手を差し伸べるのか?

Chabo!(チャボ)- 本で、もっと、世界にいいこと。

もっともな疑問だと思うので、私なりにその理由を考えてみた。

ごろーの日記: 働く女性は素晴らしい。
勝間さんの意見はほぼ否定のしようが無いが、一つだけ違うだろう って突っ込ませて頂きたい。 なぜ「Chabo」で日本以外に寄付するのだと。

当然ではあるが、以下は私、小飼弾の一意見であって、勝間さんの意見でもChabo!の見解でもない。念のため。


タイトルに掲げたとおり、強者が手を差し伸べる対象は遠くの弱者であることは、全世界的な傾向に感じる。たとえば世界最大の財団、Bill & Melinda Gates Foundationは国内(United States)も援助の対象としているが、Webページを見ても分かるとおり、より大きな援助の対象は"Global Development"と"Global Health"である。

なぜだろうか。

このことに関しては、経済学的に説明がつくと私は考えている。

その方が、"merit for sweat"が大きいのだ。労少なくして功多しというわけだ。

「先進国のあなた一人を助ける手間暇で、途上国の貧困者なら100人助かる」

同じ金額で救える人数が増えるなら、それに超したことはない。別に強者でなくてもそれはわかる。

先進国の弱者は、この点において不利であることは疑いの余地はないだろう。率直に言って、先進国の弱者を救ってもあまり「得した気分」にならないし、実際に得しないのである。

このことは、援助ではなく投資の世界でより顕著になってきたように思える。詳細は「ネクスト・マーケット」をご覧いただくとして(献本御礼>英治出版)、途上国の方が「伸び代」が大きいというのは今や投資の世界では常識となりつつある。援助するにも投資するにも、先進国の弱者というのは「おいしくない」のである。

「税金なら払っている。国内弱者の救済はお上の仕事じゃないか」

当然であるが、強者はその収益の全てを自分が好きなように処分できるわけではない。真っ先に支払わねばならないのが税金であり、寄付にまわせる金額が納税額を上回ることは滅多にない。これは高額所得者の税率が(これでも)比較的低い、合州国や日本ですら事実である。

そして実情はとにかく建前上は、国民に対するセイフティ・ネットを用意するのは国や自治体仕事ということになっており、さすれば納税という形で彼らはすでにやるべきことはやっていると考えても自然である。

実際、税制上そうせざるを得ないという事情もある。宮崎県知事、東国原英夫は、「知事の世界」で以下の主旨の発言をしている。

ガソリン|東国原英夫オフィシャルブログ「そのまんま日記」by Ameba
 出来れば、宮崎に還元したいのだが、僕の立場はあらゆる寄付等が公選法上寄付行為・売名行為と見なされる可能性がある。講演会などで謝金を頂かなくても、寄付行為に当たる場合もある。本当に厄介な立場である。
 あるとき、法律の専門家に相談したら、稼いで納税することが一番安全だとアドバイスされた。

「あなただって有権者でしょ?権利行使しなよ」

強者ははじめから強者だったとは限らない。むしろ現代の強者は、かつてないほど「弱者出身」が多い。彼らの多くは「自由」という、それだけでは何もしてくれない権利を一番のよりどころにして強くなっていった。「私にも出来たのだから、あなたにも出来るはず」というのが正しいとは言わないが、そう彼らが思い、感じることは実に自然である。

確かにしょぼいといえばしょぼいし、その上劣化が進んできているとはいえ、この国の国民であれば曲がりなりにも為政者を選ぶ権利があり、生活保護を求める権利があり、労働組合を結成する権利がある。強者が好んで援助する人々がいる国や地域では、ないものばかりだ。

まとめ - 強者を味方につけるには

こうして見ると、強者の善意による援助を引き出すという点において近い弱者というのは遠い弱者に比べてさまざまな点で不利なのは致し方がない。まずはこのことを「近くの弱者」は知っておく必要がある。

その上で、競合する彼らが援助を引き出すとしたら、「私は弱者」と主張するだけでは足りないのだ。「私を援助すると、あなたにはこんなメリットがありますよ」ということを主張せねばならないのだ。

先進国の弱者に最も足りないのは、金も職もさることながら、この視点なのではないか。

Chabo!は、この「メリット」という点に関して、これまでにないほど自覚的だ。

Chabo!(チャボ)- 本で、もっと、世界にいいこと。 | FAQ!
Chabo!( チャボ )への寄付は、純粋に著者のご厚意だけで成り立っています。 読者のみなさんは、「普段通り本を買う」だけで参加していただけます。

「読者は一円も損しないこと」「著者には印税の二割以外の負担はなく、それ以外の手間暇は出版社とChabo!が担うこと」そして「寄付金の用途は厳しくチェックすること」などなど、誰がどういうコストを負担し、そしてどういうベネフィットを受け取るのかがきちんと書いてある。一言で言うと、つけるべき紐がきちんとついているということで、その意味で「太っ腹」では決してないのだ。

Chabo!のありようは、ステークホルダーのみではなくそこから外れた人々にこそむしろ参考になるのではないか。

Dan the Aid(ed|er)


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昨日、「バフェット&ゲイツ 後輩と語る」のDVDが英語のみでショック、ということを書きましたが、NHK BS1で放送されたものと書籍の内容を殮.
書籍:バフェット&ゲイツ 後輩と語る【まず生き残れ。儲けるのはそれからだ。】at 2008年06月20日 21:52
一昨日も 派手に遅れてくれたな、小田急 でも 方向逆だと殆ど影響無し。 こんな快適さがあっていいものか。 自分には そぉゆうことは そう 長くない、と 解ってはいるが。 [現代を斬る! 平成犯科帳 : 小田急線はホームレスの...
青T投入【今北プロレス】at 2008年06月20日 21:20
[強者はなぜ遠くの弱者にばかり手を差し伸べるのか?] 強者はなぜ遠くの弱者にばか...
強者はなぜ遠くの弱者にばかり手を差し伸べるのか?【まにまにらいだー】at 2008年06月19日 11:29
小飼弾さんの記事の各項目にいちいち反論してみる。 うざい奴ですみません。  「先
びっくりしたなぁ、もう。(笑)(2)【ごろーの日記】at 2008年06月16日 21:19
アルファブロガー小飼弾さんがオメガブロガーの私のトラックバッ クに記事を書いてく
びっくりしたなぁ、もう。(笑)【ごろーの日記】at 2008年06月16日 21:00
この記事へのコメント
>え? 殿
一寸、外レスですが
マス”ゴミ”に踊らされてませんか?
ちょっと前に茨城であった同様の事件
被害者の名前すら殆ど知らされてないのでは
それに比べ、今回は被害者のプロフィールから葬儀の模様まで完全公開
何かの意図を感じませんか?
Posted by High at 2008年06月22日 18:01
強者が言えば全部正しいからなw
Posted by 最終根拠はカネ at 2008年06月19日 01:11
直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる
暇があったら自分で何かやれ
―――こういう事の言えるお茶目な強者が尊い。
Posted by 師岡カリーマ・エルサムニー at 2008年06月19日 00:36
(誤)グラミン銀行の元祖がバングラデシュにある

(正)マイクロクレジットの元祖がバングラデシュのNGO、BRAC
Posted by バングラデシュ at 2008年06月18日 10:53
弾氏には全く同意
ただやはり教育や仕事を与えないとカンフル剤の効き目はすぐ終わる
グラミン銀行の元祖がバングラデシュにある
グラミン銀行はパクリ
そこに日本人の原丈人氏がいる
彼は非営利ではなくちゃんと儲けを頂いてなおかつ
社会貢献できるビジネスモデルを展開している
儲けが無いと企業は進出できずにいつまでも寄附金に
頼る事になる
発展途上国の経済発展までをも考えて援助する人が
増えていく事を望む
Posted by バングラデシュ at 2008年06月18日 10:29
>あの事件で殺されたのは弱者やからね。

医者や国立芸大生のどこが弱者なんだ・・・?
ザマアミロと思ったやつもいたんじゃないのか。
Posted by え? at 2008年06月18日 00:19
勝間和代は、偽善者だろ。
年収1千万以下は人間じゃないと著書で明言していた。
幸せと年収は相関関係がある=拝金主義だろ。
Posted by 反勝連合 at 2008年06月17日 21:36
>あれを弱者にしたら、普通の弱者への偏見が強くなるだけでそ?

弱者は努力不足だなんて言われて納得してると思われてるよりマシ
Posted by はい? at 2008年06月17日 15:33
>>老人とか。極度の貧困の人とか

いや、先進諸国のそういう人を助けるの公共の福祉の仕事にゃほよ?
ダンコーガイおっちゃん、いっぱい税金払っとるからね
公共の福祉がきちんと機能しているかどうか見るのは別の話

>>「誰でも良かった」って言って人殺すところまで追い詰められる

秋葉のキモオタアホ派遣のことですか?(あえてそう言う)
ああいうアホを「弱者だったせい」「弱いものいじめ社会のせい」にしたらアカンわな
あれを弱者にしたら、普通の弱者への偏見が強くなるだけでそ?

つか、あの事件で殺されたのは弱者やからね
Posted by にゃほにゃほタマシロー at 2008年06月17日 12:54
野ぐそさん、結局のところ何が言いたいのかさっぱり判らないので3行でまとめて下さい。
Posted by bob at 2008年06月17日 12:14
 それに対して弾翁は「以後は自助努力」と弾じてるから、それはそれでひとつの見識かと思いますけど、全員が全員、それで弾翁を鑑とするわけじゃ無いでしょう。貰えなくなったことそれそのものを恨み節に変える人間なんか幾らでも居る。現に今だって、後期高齢者医療制度や消費税増税や公共事業削減案や公務員改革制度や、旧弊と目されるものにしがみついて内閣不信任案まで出す内紛党が威勢いいじゃないですか。どんだけ実があるんだか知りませんけど。

 その場限りの気分良しで動いたら、自分が「そうなる」可能性を否定できませんよ? 自分がそうなる種を撒いてしまうとするなら、こんな愚かしいことは無いでしょう。折角の好意善意が仇になったら、その時どうするんですか。10年とか年限区切るのは、それはそれで愚かな考えでしょうけど、気楽よりはマシだと思いますよ。そのへんのところは、どうですかね?
Posted by 野ぐそ at 2008年06月17日 11:27
 私のケースで言うと、小学校上がるか上がらないかくらいの頃から、買い物して1円5円がお釣りで出たら絶対募金箱に入れるようにしてるんですね。なんでそう思ってやってんだか原因は自分でも分かりませんけど、多分、スーパーとかでおばちゃんがジャラ銭いじって待つのが嫌、とか。そういう利己的な理由が発端かと思います。否定から始まってんですよね。ネガティブな性格ですから。
 でも、何だかんだで約30周年。享年34の分際で、これだけは延々やり通してます。多分死ぬまでやるでしょう。

 それがいいとは勿論言いませんし、弾翁や東の翁さんの在り方が間違ってるとも言いませんけど、なんだかんだで「貰う金」である以上、途中まで景気良かったから沢山出したけど景気悪くなったからもう出さない式って、貰う側からすると「手のひら返し」になるんですよ。
Posted by 野ぐそ at 2008年06月17日 11:08
 ちなみにおいらも年間120万円くらいはユニセフや交通遺児の基金に寄付しているよ。あくまで、自分のため(稼がせてくれた社会へのお賽銭、そういう立場になれた自分を誉めるため)にね。そんな利己的な理由で出した金が、誰かの人生を救っているなんて、気持ちいいじゃん。
Posted by 東の翁 at 2008年06月17日 10:27
 ボランティアは海外だろうと、家の近所だろうと何処でやってもよいと思う。
人に対するボランティアであろうと、地球や自然に対するボランティアであろうと、
人的貢献であろうと、金だけどうぞというボランティアであろうと、その行為を他人がけなすのは筋違いというものだと思う。
 個人が行うボランティアに限って言うと、できることから、自分が望む所から始めればいいし、無理だったら途中でやめても、いつ再開してもいいのだ。なぜなら、ボランティアというものは「個人の自己満足」のためにやるものであって、継続性や実効性を社会や他人から強制・非難・弾劾されるような種類のものではない。
 勝間さんだって、そのうち本は売れなくなるし、老いてくるしで、chaboと心中するくらい寄り添っていける訳もない。やれるときにやる・・・それくらいでいいのだよ。とおいらは思う。
Posted by 東の at 2008年06月17日 10:27
日本の本から印税から20%抜き取って
また日本に戻したら なんでそこに寄付すんだよ!とか
だったら印税分安くしろとかでるけど
社会奉仕はしないとヤバイから
とりあえず海外にブン投げした 程度のレベルじゃね?

勝間さんともあろう立場のものが
あの状況でグラミン銀行についてスルーするのは
日本の弱者を救うことに矛先がむかってたらありえない。
Posted by hiroyuki at 2008年06月17日 08:23
「もっとひどい人がいる」理論や、「世界にはこんな貧しい人がいる」理論で考えると、自分が弱者と言うわけではないですけど、自分は助けを必要としていることを感じています。

強者にメリットを提示する。この視点が抜けてました。参考になりました。
Posted by 貧困 at 2008年06月17日 02:45
まとめの一文はまんま「マネーの虎」でしたね。動画サイト
で探して参考にせねば。
てかコメントの多くが「強者・弱者」には触れるが、「お上」には
ノータッチですね。

「あなただって有権者でしょ?権利行使しなよ」は身にしみるなぁ。
自分の中の、他力本願なずるい面を指摘されたみたいで。
Posted by 汲み取り式 at 2008年06月17日 01:20
この国のセーフティネットは段々機能不全に陥ってるから、
近くの弱者に援助した方が「効用」は大きい気がするのだけれど。

例えば、「誰でも良かった」って言って人殺すところまで追い詰められる人間が近くで一人減る方が、
食うために人殺す強盗がカンボジアで100人減るよりお得だと思うんだけど。

と言うか、国境なき医師団が(先進国で唯一)新宿で活動してるなんて話を、
以前紹介してたのは弾さん自身じゃなかったっけ?
Posted by sw at 2008年06月17日 00:36
身近にいる弱者を助けると、「助けるのをやめることが難しい」というリスクを負う。
Posted by 挧 at 2008年06月17日 00:30
 ある種の厳しさを自ら提唱した以上、それは自らの行く末をある程度縛ることにもなるけど、でも弾翁は

>強者ははじめから強者だったとは限らない。むしろ現代の強者は、(中略)感じることは実に自然である。

 と言ってるわけだから。擁護のための意見ではなく自らの言葉として。為らば、そこが自らの落とし処として以後どれだけ踏ん張るか、だよね。そこを頑張るのは私の責任じゃなくて弾翁の責任だから。頑張ればその分偉くなったで別にいいけど、来年の今頃になって「駄目だった」は絶対に通用せんと思っときんさいよ? それでいいなら、どうぞ逝きんさい。って感じ。

 頑張って偉くなれば、それでいいと思う。頑張れ弾さん。
Posted by 野ぐそ at 2008年06月16日 23:22
途上国のヤクザを一人殺す交通費で千代田区の30人を殺せるぐらいの
レンタカー料金が出るかもしれない。
弱者は近い人が好きだw

Posted by うーむ at 2008年06月16日 23:21
 要らんちょっかい出して弾翁も読者も不興かもしれんけど、言った→出鼻挫き→持論補強→また挫いた、までが今私のやったことで、それに対して更に「何苦楚」が出るなら、私はそこで信用するよ。3回言ってるわけだから。信念が通ったと認識するから。それなら勝間さんの書籍を買ってもいい。催馬楽さんの本は「ぼくんち」以外買ってないし欲しくもないけど、2冊目を買い直してもいい。その程度で悪いけど、逆に言えばその程度の支援なら、いつでも出来る。

>その上で、競合する彼らが援助を引き出すとしたら(中略)
>先進国の弱者に最も足りないのは、金も職もさることながら、この視点なのではないか。

 こういう言葉を吐くなら、当然それは我が身に染みてのことだと思ってるから。よくよく承知の上での信念だと認識するから。だから、買う。それだけだよね。
Posted by 野ぐそ at 2008年06月16日 23:12
 飽きるが最大の敵なんだ。何事も。そんで、どんなに理想理念に萌える素晴らしい行いも、飽きると急速に劣化してむしろ害になるんだ。

 初手に「率直に言って、先進国の弱者を救ってもあまり「得した気分」にならないし、実際に得しないのである。」
↑この感覚がある合理主義者は、必ずと言っていいほど梯子を外すんだよ。そんで、おそらく梯子を外す際の理由付けは実態を伴わないんだよ。実際に貧困が解消されなくとも「私たちはこれだけ投資した実績があるけど改善?されないのは彼らの自助努力が足りなかったからだ」とか、ね。

 弾翁やChabo!の中の人や勝間さんがその類の人間だとは言わないけど、言い出して行ったことが(仮に10年とか)「一桁変わるまで」続かなければ、それは何の意味も無いよ。
Posted by 野ぐそ at 2008年06月16日 23:03
 それと、弾翁の見解や態度に異見は述べるけど別に強固に反対するわけじゃない。決断して行動するのは弾翁のことであって、私のことじゃないし。

 意見出した→異論や反論(感情論的な低俗なもの含む)が出た→自説(生い立ち境遇などに縁る感情含む)を縷々述べる…までは弾じて行ってるわけだから、そこに一本筋が通ってれば、それでいいと思うし。筋を通してやると決めたことに対してまで反抗するほどお節介でもないつもり。

 後は、卑俗ながら「Chabo!が潰れたらどーするの?」とか。Chabo!運動?がある程度盛んになって「付いた紐が千切れる」事態になったとき提唱者責任を取れるの? とか。自分自身が行為に対して「飽きてしまわないか」自己管理義務を怠らないの? とか。そのへんは非常に心配よ。
Posted by 野ぐそ at 2008年06月16日 22:57
>にゃほにゃほタマシローさん

 いや別に、ネットで書き込む?類の人間が卑近な弱者とは、私も思ってないよ。ネットに縁無き卑近な弱者のことよ。弾翁の立場や経歴上やむを得んのだけど、ネットに縁の無い人々のことを情報弱者って言うでしょ? 老人とか。極度の貧困の人とか。そんなのは国内にだって腐るほど居る。それらに目が向かない…というか、向いても合理の名の下に切り捨てるのは拙いんじゃないの? ってこと。
 それ言ったら勝間さんの書籍にしても本質的には「金出して本読むゆとりのある人間が買う」ものだから、意味の無い(薄い)ことになる。
Posted by 野ぐそ at 2008年06月16日 22:41
遠い方が都合が良いからじゃないかね?
遠くなら、気が向いた時だけ「気付いた」事にして
気が向かない時は「気付かなかった」事にすればいい訳だから。
Posted by 通りすがり at 2008年06月16日 22:25
弱者が強者のおこぼれをもらうには
夢一杯、利益一杯のビジョンを強者に語り、
融資を受けるべきだよ
Posted by 仮名 at 2008年06月16日 21:02
まーなんだ、自分のパソコンやケータイ持っててだね

こんな場所に書き込めるヨユーがある奴は

断じて本物の「弱者」じゃないとおもふにゃほw

Posted by にゃほにゃほタマシロー at 2008年06月16日 20:37
先進国の弱者は努力すれば強者になれるチャンスはいくらでもあるけど、途上国の弱者は一生弱者のままってことも途上国に寄付する理由の一つ。
また、身体障害者などの努力ではどうしようもない弱者は先進国では保護されてるしね。
途上国の弱者は常に死が付きまとっている。
Posted by lun at 2008年06月16日 20:04
アフリカ行ってくるノシ
Posted by 近くの弱者 at 2008年06月16日 19:58
>弾翁

 考えがあってやっとるなら、好きにしたら宜しい。
 但し、その考えを推し進めると卑近の弱者の憎悪をモロに受け止めんとならんようになるし、遠くの弱者が必ずしも「援けてもらったとは思わない」ことにもなる。
 そこを踏まえて敢えてやるんなら、止めんよ。せいぜい頑張ったら宜しい。それもまた人生。

 それにしても、なんだかんだでコメント読んどるね。読まんのじゃなかったん?
Posted by 野ぐそ at 2008年06月16日 18:16
日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります。

マザー・テレサの言葉です。
Posted by 通りすがり at 2008年06月16日 17:49
スタートラインが低いのでフィードバックが目に見えやすいし、援助しても自分のテリトリーと競合しづらく、ある意味「他人事」でいられる。援助後のアフターケアのアウトソーシングがしやすいというか。
100倍スタートラインが高い近くの弱者で、援助のアフターケアをあなたが行う必要のない体勢は万全ですって状況を作るのは、100倍の困難さが待っている、か…。
Posted by 無粋な人 at 2008年06月16日 16:41
途上国に、お金で解決できる問題がある(ありそうな気がする)ってだけではないでしょうか。
目の前の弱者に対して、お金渡して「ハイ終わり」とは行かないですよね。
Posted by turutosiya at 2008年06月16日 16:22
「先進国のあなた一人と助ける手間暇で、途上国の貧困者なら100人助かる」

これは当然の感覚でしょうね。
あともう一つは、自分の属する社会というのは実情がある程度判りますが、遠くの世界は判らないがためにより貧困な世界であるような気がするのかも知れません。「自分は努力してこれだけの財産を築けたのだから、同じ社会に属する人に築けない訳がない。私が所属する社会の貧者がその境遇に甘んじているのはサボっているなどの理由があるに違いない。」という感覚があるのでしょう。
現にアメリカの成功している黒人と貧しい黒人の間には深い溝があります。
Posted by bob at 2008年06月16日 16:01
先進国のあなた一人と助ける手間暇で

先進国のあなた一人を助ける手間暇で
などの誤字ではないかと存じます
Posted by sisui_ro at 2008年06月16日 15:59