2008年06月30日 10:30 [Edit]

この読後感は錯覚じゃないよね? - 書評 - 学力低下は錯覚である

著者より献本御礼。

いわゆる学力低下を論じた本の中では最高傑作なのだが、しかしそうここで告げることがなんとも気恥ずかしい一冊でもある。

おこがましいことを承知で申し上げると、著者の芸風が、あまりに私に似ているのだ。

いや、私の芸風が著者にあまりに似ているというべきか。


本書、「学力低下は錯覚である」は、担当する学生たちのあまりの学力不足ぶりにorzとなった著者が、転んでもただで起き上がらずに立ち上がった際に得た奇貨。実は本書を私が知ったのも、Amazonの注文記録という奇貨であった。書評どころか私が本書の存在もしらなかったある日、本書の注文がどさっと入っていたのだ。これは何かあるに違いないと思い、私自身1部注文してしまった。そういうわけで私の手元には本書が2部存在する。本書を「嗅ぎ付けた」のは、名も知らない本blogの読者である。どなたかは存じ上げないが、本書と著者の存在を教えてくれたことにこの場を借りて御礼申し上げる。

目次 - 森北出版|学力低下は錯覚であるが貧弱だったのでAmazonより
まえがき
1.大学生の学力低下の実態
俺たち,ゆとられちゃってますから
いまどきの大学生
講義を見直す
中学校からやり直せ
できる学生の受難
わかりやすさ至上主義
学力低下は数学だけではない
2.ゆとり教育は学力低下の原因か
ゆとり教育犯人説
「円周率=3」
「分数ができない大学生」
ゆとり教育によって理解度は落ちた?
国際的にみて日本の子供の学力は低下したのか
ゆとり教育は失敗だったのか -フィンランドとの比較-
学力が低下して見える理由
縮小のパラドックス
知能偏差値
高等教育が必要な仕事は少ない?!
恐るべき学力の低下?
3.理工系離れを考える
理工系離れのルーツを探る
理工系への関心が下がる理由
日本人はモノづくりが本当に得意なのか
メーカーの必要とする社員数が減少するわけ
理工系学生の割合が減少する?
工学部に来ない女子学生
男子学生を進路変更させるのは可能か
役に立つと思う科目
理工系離れの象徴 -物理離れ-
物理離れの原因を探る
理工系離れにバブルの影響はあったのか
スイッチングコストからみた進路変更
理工系貧乏物語
本当に生涯賃金は5,000万円違うのか
「金融業=文系」?
社長になるには理工系は不利?
本物の理工系人間は不滅である
論点をまとめる
4.教育の今後を考える -いま何をすればよいのか-
これからの人口推計をみる
上位の大学もエリート校でなくなる
比較的上位の大学では,定員<入学者数
中位レベルの大学における「入試」の問題
定員割れの今後
立地によってかなり違う大学の人気
地域によって人口減少の速度が違う
進学率はどこまで上がるか
基礎学力を高める方法 -韓国の例-
学力=やる気×知能
5.望ましい教育システムとは
私費負担が多い日本
学ぶ順序や時期を見直す
あとがき

本書の「目玉」は、以下の二つのパラドックスに単純にして明快な解答を与えていることである。

  1. 大学生たちの学力は年々下がっている
  2. 高校卒業生たちの学力は下がっていない

これは、双方とも観測された事実である。前者ばかりが喧伝されているが、後者も事実であることは著者がきちんと示してくれている。一見すると矛盾するこの二つがなぜ両立するか?答えは本書で....と言いたいところだが、書いてしまおう。これはあくまで本書の目玉であってキモではないのだから。

答え:少子化が進んだから

「ハァ?」ですって?もう少し解説しましょう。

解説:高校卒業生が減っているのに、大学の定員は変わるどころかむしろ増えたから

まだピンと来ない?こういうことです。

大学が100人の島だったとしましょう。島の定員が100人というのは今も昔も変わりません。この島では、本土の高校卒業生のうち、最も優秀な30人を入学させています。かつて、本土の高校からは毎年120人が卒業していました。そのころに入学していたのは、上位25%ということです。ところが、今や高校卒業生は毎年60人しかいません。上位50%であれば入学できるのです。

もし高校卒業生の学力、正確には学力の分布が変わらないとしたら、かつての30人と同じ学力を持つ生徒は15人しかいないはずで、残り15人はかつてであれば大学に入学するには学力が足りなかったのに、島の定員が変わらないため入学できてしまった生徒ということになるのです。Q.E.D.

結局学力低下の何が錯覚かといえば、基数(cardinal)と序数(ordinal)の取り違えということなのである。言われてしまえば、我が家のまだ10歳に満たない長女にもわかる。しかし、それが錯覚であることを見抜くのは容易ではない。むしろ大人には、「存在しないはずの服」が見えてしまう。著者が立ち上がった所以である。

しかしそれだけであれば、わざわざ本に書くまでもない。blogの1 entryで間に合う。あるいは、「識者によるアンソロジー」に一章だけ寄稿すればよい。

斎藤孝による推薦Masahiro Kaminaga's Weblog
イメージで語られやすい学力低下問題を,客観的データに基づいて冷静に議論しようという科学的態度が素晴らしい.学力低下の実感が,そのまま学力低下の現実を意味しないことを,少子化などの論点を整理して明らかにしている.イメージや実感だけで学力問題を語ることの不毛さを実感させてくれる本だ.

というのは間違いではない、だが本書の価値は「客観的データに基づいて冷静に議論しようという科学的態度」ではなく、むしろ「主観的印象から、どうやって客観的データに基づいた冷静な議論にもっていくか」という「情から知へ」の転換であり、そしてそれをどう主観に反映させるかという「知から情へ」の再転換にこそあるのだ。

本書には確かに客観的データがふんだんに盛り込まれ、相関グラフには回帰曲線とR2が必ず載っている。しかし本書の価値をそこに見いだすというのは、天ぷらの衣だけ食すに等しい。本書の具はあくまで本文であり、そこにおける「神永節」なのだから。

P. 13
しかし、半年間講義をし、試験をしてみると唖然とする。たとえば、「nを入力して、1からnまで足すプログラムを書きなさい」という問題に解答できる学生は、せいぜい二割である。残りはめちゃくちゃな答えであるか、全く手をつけていない。アルゴリズム云々以前の問題である。

javascript:alert((function(n){return (n*(n+1))/2})(parseInt(prompt('n=',''))))というのを思わず脊髄反射で書いてしまったが、本書にはこうした著者の現場におけるとほほ話を紹介しつつ、それを他人事にすることを、著者はよしとしない。

あとがき P. 137
改革を成功させるのは難しい。欠点のよくわかっている現在の組織から、欠点のよくわからない組織に変えるということだからである。感情的な議論を繰り返した挙句、最悪の選択をしてしまうことは避けたい。議論する時には、可能な限りデータを集める必要がある。地味で時間のかかる作業だが、ここからスタートすることが、結局は改革を成功させる近道なのではないだろうか。多くの大学には、この種の仕事をする専門家がいないが、今後その重要性が増してくるに違いない。

この問題を、学生たちの問題でもなく、「この種の仕事をする専門家」の問題でもなく、まずは自分ごととして理解しそして提言する著者の姿勢は、学究の基本に忠実であると同時に、民主主義社会における市民の鑑ではないだろうか。

大学は義務教育ではない。そこで学ぶことは、よって権利の行使である。その権利に対応する義務というのは、そこで学ぶのに最低限必要な学力=学ぶ力を備えているということなのであろう。せめて本書を読解する学力ぐらいは要求してもよい。教育に感心を持つ全ての人々もさることながら、誰よりもまず大学を目指すあなたに読んでいただきたい一冊だ。

Dan the Learner


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書評リンク - 学力低下は錯覚である
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代表的!=典型的 - 書評 - 代表的日本人【404 Blog Not Found】at 2008年07月10日 13:33
川崎港海底トンネルで浸水/川崎市が復旧工事 : ローカルニュース : ニュース : カナロコ -- 神奈川新聞 http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiijun0806674/ かなり脂肪フラグ
ここは酷い川崎港海底トンネルですね【障害報告@webry】at 2008年07月01日 23:01
■この読後感は錯覚じゃないよね? - 書評 - 学力低下は錯覚である (404 Blog Not Found) →http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51073546.html 今日、通勤電車??.
学力低下は本当か【浪漫電脳】at 2008年06月30日 11:46
この記事へのコメント
人間が本能に忠実であると仮定すれば、鉄や水銀などの無機物、または数式や理論のような“無生物”を連想させる理工系が敬遠されるのは普通です(同時に食料、人間、動植物などが連想され易い農学や医学より理工系が敬遠される理由も)。“人間の生活を豊かにする為に学ぶ”、“誰も学んでないから学ぶ”というような理屈による動機付けが出来ない(性に合わない)人からすれば理工系はまさに“地獄と菓子”でしょう。玩具等の無生物コレクターやハッカーが若干奇異の眼で見られるのもその為でしょう。
Posted by 単純化現象 at 2008年07月05日 13:50
 じゃあ、ひと昔前によく言われてた、「学ぶ意欲も学力も十分な受験生を、定員で締め出す、非情な受験競争」っていうイメージは大嘘ってことだよね。もともとその大学で学ぶ学力のないやつが順当に落ちてただけ。
Posted by 寿命 at 2008年07月03日 10:04
>>匿名にしておくさん
「大学経営側の都合でしょ」

確かにその通りなのですが、物理未履修で理1に入れる現状はまずいのではないかと思います。

>>寿命さん

一応平均は変わっていないということなのでしょう。
Posted by bob at 2008年07月01日 20:11
>もし高校卒業生の学力、正確には学力の分布が変わらないとしたら
この仮定が成り立たなくなっている(高校卒業生の学力が全体的に落ちている)から「ゆとり教育」が批判されているんじゃないの?
Posted by ユトリロ at 2008年07月01日 10:01
 結局、「日本の大学生の学力は、低下している」という命題は、やっぱり「真」なんじゃん。

 実際に教育を行うのは、個々の大学や教師なんだから、「少子化で学力が低い学生が入学してくる」って教えてもらったって、なんの解決にも慰めにもならないよ。

 あと、少なくとも目次をみただけだと、全然「学力低下は錯覚である」って内容じゃないですね。毎度のことですが。逆に読者をへらしちゃってるよ。まあ、このブログで取り上げられたからいいけど。
Posted by 寿命 at 2008年07月01日 09:09
いつも読みたい本ばかり紹介されているので、またアマゾンへ飛んじゃいました! 母数の問題は、以前から感じておりましたが、仮に、全体の学力は変わらないとしても、大学をひとつひとつ見れば、その大学の学生の学力が落ちていることは事実ですね。ま、ともかく、読んでみます。
Posted by 干場弓子 at 2008年07月01日 00:14
>実は本書を私が知ったのも、
>Amazonの注文記録という奇貨であった。

弾さんに献本するマーケティングもあれば、
ただ買うだけなのに、アフィリエイトで通知する方法もあった!

ここは、広告の新しい方法の実践の場?
Posted by &atilde;&atilde;&frac34; at 2008年06月30日 23:55
著者です。書評ありがとうございます。これほど深く読んでいただき、著者冥利に尽きます。ところで、Danさんと芸風が似ている...って、嬉しいんですが、どのあたりがそうなんでしょう?いつも読ませていただいてますが、ちょっとわかりませんでした(笑)。
Posted by 神永 at 2008年06月30日 20:23
国立大学の定員は減っていませんかね?
東大のような国立でも学力が低下している記事を見たことがあります。
…と、憶測でいうのがいけないのですね。
Posted by はし at 2008年06月30日 17:14
上澄みというほど今までの医者のレベルも高くなでしょ。利権が絡めばレベルは関係なくなる。これ常識
Posted by 774 at 2008年06月30日 15:09
お久しぶりです。

×教育に感心
○教育に関心

コメント欄議論とは脈絡なく。
Posted by 遊庵 at 2008年06月30日 12:47
医学部の定員を増やすのも同じことで、分母が少ないのに分子が多いととんでもなくなります。上澄みが医者になって他の産業が滅びるか、澱が医者になって水準が下がるか。
Posted by sionoiri at 2008年06月30日 12:07
>取り敢えず物理未履修で理工学部に来るのは勘弁して欲しいです。

あはは、この記事を見てこういうコメントが付いているのを見ると、つい「ほら見ろ、学力低下しているじゃないか」と思いたくなってしまいますね。
本当に、物理未履修者を理工学部に入れたくないなら、定員に関係なく入試で落とせばいいだけの話。定員いっぱいまで入学させて、物理未履修の高校卒業生が理工学部に入ってしまうのは、大学経営側の都合でしょ。
Posted by 匿名にしておく at 2008年06月30日 11:57
もしかしたら本書にも書いてあるかもしれませんが。

>答え:少子化が進んだから
もう一つの答え:グローバル化

かつて,東大や京大には日本のもっとも優秀な高校生が進学していました。
しかし現在では,「もっとも優秀な高校生」のうち少なくない人数が
海外の大学に進みます。

東大は日本一の大学かもしれませんが世界一の大学ではないのですから。
Posted by tnk at 2008年06月30日 11:53
すごく。なるほどなぁと思いました。

ところで
>「nを入力して、1からnまで足すプログラムを書きなさい」
ですが、入力nに対して出力がn^2なので、言語によっては単純にたすだけではケタ溢れしてしまいます。
その辺気づくかどうかと、ちゃんとそれをフォローして演算結果を返せるか(例えば上位ケタと下位ケタを分けて配列で返すとか、倍精度にするとか構造体にするとか)まで考えると、確かに回答率2割くらいになってしまうのかなぁという実感値があったりします。

多分そういう意図は無かったとは思いますが。
Posted by ぬじゃらだー at 2008年06月30日 11:46
すごく。なるほどなぁと思いました。

ところで
>「nを入力して、1からnまで足すプログラムを書きなさい」
ですが、入力nに対して出力がn^2なので、言語によっては単純にたすだけではケタ溢れしてしまいます。
その辺気づくかどうかと、ちゃんとそれをフォローして演算結果を返せるか(例えば上位ケタと下位ケタを分けて配列で返すとか、倍精度にするとか構造体にするとか)まで考えると、確かに回答率2割くらいになってしまうのかなぁという実感値があったりします。

多分そういう意図は無かったとは思いますが。
Posted by ぬじゃらだー at 2008年06月30日 11:45
取り敢えず物理未履修で理工学部に来るのは勘弁して欲しいです。
Posted by bob at 2008年06月30日 11:22