2008年07月07日 15:00 [Edit]

幸福の第一原則

幸福の第一原則

人の幸福を奪うことは出来るが、
奪い取ることは出来ない。
You can destroy their happiness.
You can never steal it.

本来これで充分なはずだけど、不幸好きなお前らのために解説してやる。

人様の幸福にケチをつけるのはたやすい。「おまえ、この程度のことで幸福なの?」「お前は嬉しくても相手はどうよ?」「どうみても妄想ですありがとうございました」

それを押し進めて、人様の幸せの背景をブチ壊すのも簡単だ。富も名声も配偶者も、奪おうと思えばいくらでも奪える。「ミリオネア?ビリオネアじゃないんですか」「有名?ご当地で?」「『俺の嫁』?その程度ですか?」....

だけどさ。おまえら、そうやって奪った分自分のものに出来るの?幸せな人が不幸になった分、おまえら幸せになるの?

人の幸せを一度呪うと、君には三つの訴状が届くことになる。一つ目は、呪った相手から。二つ目は、それを見かねた人々から。そして最後は自分自身から。一人称、二人称、三人称の全てを君は敵に回すことになる。

はっきり言おう。そうやって人を呪って呪った以上の呪いを集めているおまえは、生きる資格を自ら捨てたゴミだと。おまえには死が相応しい。自決しろ。殺せ。そんなおまえの内なる疫病神を。

内なる疫病神

とはいえ、どうやらこの疫病神は誰にも生まれつき備わっているようではある。

格差と希望 by 大竹文雄 p. 17 (書評は後で)
最後通牒ゲームとは、つぎのようなものだ。AさんとBさんの二人がいて、一万円を分けるとする。このとき、Aさんが分け方を提案するが、Bさんがその提案を拒否すれば一万円そのものがなくなり、Bさんが提案を受け入れれば、Aさんの提案どおりに配分される。何も受け取らないよりは受け取った方がいいので、一円以上の提案をすればBさんは受け取るはずだ。
しかし、経済実験の結果では20%以下の配分という提案は拒否されることが知られている。

要するに、アイツがオレより五倍以上幸せになるぐらいなら、アイツもオレも不幸のままの方がいいというわけだ。

しかし現実のゲームは、最後通牒ではないし、選択するのはBだけではない。AはBの利益をも考慮しないと利益を失う立場にある。結局双方の利益が最も大きくなるのは、この場合は折半ということになる。

しかし、現実とこのゲームの間には、もう一つさらに重要な不確定要素が加わる。BはAがどれだけ受け取っているのか知らない場合がほとんどなのだ。Bが一万円受け取って喜んでいたら、Aは実は一億円受け取っていたなんて話だってざらにある。

それでも、受け取っておくべきなのだ。あなたがBの立場なら。もちろんAの「足元を見る」、具体的にはAが受け取った額がいくらなのかを知ることができれば交渉の余地が出来るし、そうするのが現実のゲームの戦略になる。Bの戦略は、「おれの分け前が足りないと、お前の分け前もなくなるぞ」ときちんと知らしめること。

しかし、重要なのはB、すなわち君が受け取ることであって、A、すなわち他人が受け取り損ねることではないのだ。そしてさらに重要なのは、この話が成立するのはあくまでも譲渡可能なモノに対してであって、譲渡不能なものはそもそも見積もることすら無意味だということだ。

幸せなんて、譲渡不能なモノの宇宙代表じゃないか。

幸福は義務

まず、譲渡可能なものと不可能なものにきっちり分けよう。譲渡可能なものなら、いくらでもケチをつけていい。それが改善に繋がるんだから。金銭もそうだし、技術なんてその最たるものだ。

しかし、譲渡不可能なものにいくらケチをつけても、君はそれを手に入れることは出来ないんだよ。いいかげん気がつけよおまえら。

直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。 - My Life Between Silicon Valley and Japan
「ある対象の良いところを探す能力」というのは、人生を生きていくうえでとても大切なことだ。「ある対象の悪いところを探す能力」を持った人が、日本社会では幅を利かせすぎている。それで知らず知らずのうちに、影響を受けた若い人たちの思考回路がネガティブになる。自己評価が低くなる。「好きなことをして生きていける」なんて思っちゃいけないんだとか自己規制している。それがいけない。自己評価が低いのがいちばんいけない。

一言で言うと、こうなる。

アランの幸福論
幸福であることは他人に対する義務である

おそらく、日本ではこれが「他者を不幸にしないことは他者に対する義務である」と解釈され、そこまでで押しとどめておけばまだ間違いではないのに、「他者に幸福を見せないことが他者に対する義務である」となったあたりから間違いになって、「他者に幸福を見せる者を糾弾するのが作法」に化けてしまっているのではないか。

ひどい誤解である。が、その誤解に繋がる別解が、「他者を不幸にしないことは他者に対する義務である」ではないか。日本において、これが「自らが幸福である」ことより美徳とされるのはほぼ間違いがないところだろう。

これは、正しておくべきだろう。「自らが幸福になる」も「他者を不幸にしない」も双方とも間違いではない。が、どちらの優先順位が高いかといえば、前者なのだ。後者ではないのだ。

人の不幸を心配している暇があったら、
まず自分が幸せになれ
Pursuit your happiness before their worries.

Dan the Pursuer of Happiness


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[雑記]アンタらさ、人の畑荒らす暇があったら、自分の花を咲かせろや。【オレワカ。】at 2008年07月07日 23:56
ネタにマジレスだとしても、こういういい方は悪くないと思う。 ・404 Blog Not Found:幸福の第一原則 とはいえ、幸福の第一原則についてはその通りなんだけれども、やっぱりキレイ事なんだよな、とも思う。そこで、不幸の第一原則。「不幸の多くは他者との比較から生まれる」...
不幸の第一原則【Weep for me - ボクノタメニ泣イテクレ > 雑記】at 2008年07月07日 18:51
■幸福の第一原則 (404 Blog Not Found) →http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51077235.html このブログ読んで、昔を思い出した。ありがとう弾さん。ありの..
幸福になることは自分への赦し【浪漫電脳】at 2008年07月07日 17:38
この記事へのコメント
おまえは自分の真実を呪っている、自分は凡人にすぎないという真実を。
Posted by おまえのもっとも嫌いな奴 at 2008年07月13日 12:53
他人の不幸は蜜の味。
Posted by ななし at 2008年07月09日 23:16
で、コガイさんは何に腹立ててるの?
Posted by ぼく at 2008年07月09日 23:07
確かにコレは、元来「脅迫」が成り立つシチュエーションですよね。

そして、どうせ脅迫するなら、
できるだけ自分を不幸な危ないやつに見せかけた方が、
効果的でしょうし・・・

こういうジレンマが成立するのは、
脅迫さえできない利害関係が現代社会で多くなって、
その変化に適応できてない人が多いからなのかもしれません。

(なお私は、良かれ悪しかれ脅迫も一つの手段と思っています。)
Posted by susu at 2008年07月09日 18:25
>Posted by t
>自分の不幸を自慢気に語る人が多い理由も気になる。

自慢げ? おもしろおかしくではなく?
ジョーク交じりに話されたほうが聞きやすいし、聞いてる人も共感しやすいんでそうしてるだけじゃね?
自分の不幸を劣等感たっぷりに話されると聞いてる人はキツイよ

そういうわけで
>選民思想って奴なんですかね、虐げられているから偉い、みたいな。

というのとは全然違うだろうと思う。

Posted by おほほ at 2008年07月09日 18:21
↑9,999円手にしたとたん、Bに後ろからナイフで…
Posted by 通りすがり at 2008年07月09日 07:50
B の視点で語られておりますが、
A の視点で語った場合...

 A:5,000 円、B:5,000 円の折半 → 他者(B)を不幸にしない分け方
 A:9,999 円、B:1 円 → 自ら(A)が幸福になる分け方

という見方になるのではないでしょうか?
そして、優先順位が書かれている通りなら...

それ、本当に正しいのでしょうか?
Posted by 今の搾取の酷い世の中は確かにそうだけど at 2008年07月08日 15:53
ぜひこのサイトを読むことをオススメします。というかご意見を聞いてみたい。
http://tspsycho.k-server.org/ent/ent00.html
Posted by pon at 2008年07月08日 12:34
 >人の不幸を心配している暇があったら、まず自分が幸せになれ

 よくこういう言い方するんだけど、優先順位が上のことが完了しなけりゃ次のことやっちゃいけないっていうのはどうかとおもいますが。
 
 寝る間も惜しんで四六時中インターネットを探し回ってあちこちで批判コメント書きまっくってたら、たしかに変だと思うけど、たまたま目に付いた書き込みにちょっと批判的な感想をかくくらい、たいした労力じゃないじゃん。

 結婚してよかった云々の書き込みにレスしてる人たちだって、他の場面では、自分の幸福を追い求めてる人なのかもよ。
Posted by 寿命 at 2008年07月08日 12:19
この手の話はキリがなくて面白いですよね。

他者というのは自分の精神世界の中の、ある意味不可分の存在なので、
まあ、人を呪わば何とやら、逆もまた真なりとなるわけですね。
Posted by 魚 at 2008年07月08日 11:54
なんで幸福の話してんのに、その例題がカネなの?
頭沸いてるのか、バカじゃないの?
Posted by くだらねーな at 2008年07月08日 11:20
感動しました。
Posted by 酒井穣 at 2008年07月08日 03:29
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50997958.html
に書いたことの繰り返しになりますが、幸福には他人との比較で決まる、という点があることは否定しがたいかと思います。池田ブログで紹介されていた
http://www.econ.ucdavis.edu/faculty/gclark/Farewell%20to%20Alms/FTA-chapter1.pdf
の最後の2ページをご覧ください。

また、次のような言葉もあります。
"I am convinced that we have a degree of delight, and that no small one, in the real misfortunes and pains of others." - Edmund Burke

P.S.
s/五倍以上幸せになるぐらいなら/四倍以上幸せになるぐらいなら/
Posted by 暇人 at 2008年07月08日 03:12
>幸福であることは他人に対する義務である

私が充分に幸福であったときでさえも、
私の幸福を他人は分かってくれない。(;_ _)
Posted by 単なる思考実験 at 2008年07月08日 02:13
自分が富を得たことへの言い訳が上手ですことw

Posted by 苺 at 2008年07月08日 01:38
KKMMさんに以下の名言を送ります。
「バカで幸せ♥」
そう言うオレも疫病神(貧乏神)に取り付かれているのかも試練。
Posted by po at 2008年07月07日 23:18
他人のの幸福には敏感なくせに自分の幸福には鈍感だから不幸なんだよ
Posted by ヌルコ at 2008年07月07日 23:14
>奥平剛
とりあえず、まだ、他人の幸福を妬むとこまでは、いってないんで、やらねっす。
自分がどうしようもなく不幸だと思い込むようになって、他人の幸福を許せなくなったら、なんかやります。
Posted by KKMM at 2008年07月07日 22:40
幸せ=富だとすると、その絶対量は限られているわけで
みんな幸せ=みんな不幸だし、
『幸せ』という言葉自体の完成度の低さが問題のような気がするなあ

幸せなんてないんだよ。って言っちゃったら楽だな
Posted by わ at 2008年07月07日 20:30
ネットに毒されすぎなんじゃないですかねw
妬みの感情も確かにありますが基本幸せな話のほうがいいでしょ、リアルでは。
Posted by ヌルコ at 2008年07月07日 20:27
人より優越しているということを幸福の定義とする人がいるのはなぜなんだろうかと疑問に思う。
自分の不幸を自慢気に語る人が多い理由も気になる。
選民思想って奴なんですかね、虐げられているから偉い、みたいな。
Posted by t at 2008年07月07日 20:14
>>KKMM
だとするならば、最初に死ぬべきは、それに同意する者である、と断言したいな。
受容できるでしょ。
まず自分が死んで、その周りにいる人間に迷惑を掛ければよい。
JR辺りに飛び込んだり、自殺によって飛行機を遅らせたりすると、なかなか良い不幸をまき散らして、自分の周辺がフラットに不幸になると思うよ。

つーか、死ぬまで人任せじゃねぇだろうな? 「さー、俺を殺せ日本!」かよ。おめでてー。
Posted by 奥平剛 at 2008年07月07日 19:21
自分が幸せになる努力をするよりも、他人の幸福を妬んで、他人の幸福をぶち壊して、一緒に不幸になるのが一番手っとり早いですな。
自分のものにできないのなら、徹底的に破壊し尽くす。
人間なんて、そんなもんでしょ。
Posted by KKMM at 2008年07月07日 19:16
つまりみんなシアワセなんですよ、良かった良かった。
…じゃダメなのかな?
Posted by YAK at 2008年07月07日 18:26
「重要なのはB、すなわち君が受け取ることであって、A、すなわち他人が受け取り損ねることではないのだ。」

最後通牒ゲームが無償で行われるのであれば弾さんが言う通りなのでしょうが、現実は無償のゲームなどではないので、「これだけの労力を払ってこれしか貰えないのならゲームから降りる。」というのは十分現実的な選択です。
Posted by bob at 2008年07月07日 17:56
× 『他人にケチをつけること』そのものが楽しく、それをするとちょっと幸福に
○ 『他人にケチをつけること』そのものが楽しく、それをするとちょっと不幸に

いいかげん気がつk(ry
Posted by Yugo at 2008年07月07日 17:40
 単純に 「『他人にケチをつけること』そのものが楽しく、それをするとちょっと幸福になれる」ということではないの?それくらいのささやかな楽しみにケチつけなくたっていいじゃん、って思いますが。

 あと、例の書き込み、私には「うらやましい」どころか、マジで「こんな女ウゼー」って思いました。でも、まあ、一般のノンケ男には魅力的なんでしょうねぇ・・・。
Posted by 寿命 at 2008年07月07日 16:56
小飼氏の最後通牒ゲームの解釈は、資本主義社会の必要悪である搾取を支持する根拠になりやしませんかねぇ?
「20%以下の配分という提案は拒否される」という事実は、人間の本質は「1円でも益を取りに行く」という経済原則に基づいた欲ではなく、公平さやバランスの気遣い、寛大さであることの証ではないですか?
「1円で何ができるんだ、ふざけんな。」の結論・結果はある意味間違いではないはず。
9999円と1円の分配があちこちで成立する社会は正直歪だし、5000円ずつの分配で互いが納得するような社会への修正が、今求められているものであって、そういう社会の方が自分は過ごしやすいです。
ここで、9999円と1円なんて提案する奴は、ロクなカネの使い方しないってw
ちなみにこのゲーム、一卵性双生児の間で行った場合、50%ずつの配分以外全く成立しなかったそうです。
Posted by 先進国のひと at 2008年07月07日 16:42