2008年10月27日 12:00 [Edit]
まずお前が読め、お前が!
何十年前の社説のコピーかと思ったら、今日のかよ。
【主張】読書週間 本好きの子供に育てよう - MSN産経ニュースきょうから読書週間である。読書離れがいわれる今日、多くの人が書に親しむきっかけとなればこれに如(し)くものはない。経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)でも、読解力の低下が明らかになっている。若者の活字離れが進み、書かれた文章を読み取り、これを利用し、自分の頭で考える能力が急速に落ちてきている。
「経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)でも、読解力の低下が明らかになっている」って、人の受け売りかよ。
こういうのも何だけど、人々の読解力は上がってると弾言できるよ。未だかつて、これほどの文字に囲まれて生きていたことってないもの。どうでもいいメッセージを捨てて、自分に必要なメッセージを拾うという点にかけては、本しかなかった頃の人と比べて、今の人の方が格段にあるはず。
こうした中、自らの経験知を補い、知識や知恵や感動体験などを学ぶことができるのは、何といっても読書が一番である。本は知を開き、情操を養い、徳性を育てる人生のこよなき師匠なのだ。
しかしその師匠は、経験のない人には全く解読不可能意味不明なものでもあるのだな。幼児がアニメしか「観れず」、子どもが漫画しか「読めない」のは至極当然。その本を読み解くための前知識(プライマー)がないんだもの。そうじゃないって言うなら、おまえ、ロゼッタストーンなしでヒエログリフ解読してみろよ。
正直、活字だけの本を楽しめるのは、中学生以上でも遅くないと思う。私はませガキだったのでそれより早かったけど。それ以前に「本を読んで楽しめる」っていうのなら、まず嘘つきと思っていい。大人の機嫌を取るための。
本好きに育てるには、知らない間に自らが本に手を出すように仕向けるのが最もよい。それには、まず親が本好きになることだ。
これは半分本当。もう半分、いやそれ以上はマスメディアを遮断すること。TVと新聞をやめれば、いやでも本を読むようになるYo!。これは「弾言」にも書いた。本だけ読んでりゃいいほど、現代人は暇じゃないもんね。
【主張】読書週間 本好きの子供に育てよう - MSN産経ニュース今の小学校の漢字教育は、子供によい影響を与えていないのではないか。例えば芥川龍之介の「蜘蛛の糸」や「杜子春」も読めない。産経社説 【主張】読書週間 本好きの子供に育てよう - MSN産経ニュース - finalventの日記
まあ、読めないかな。ただ、あれ読むというより読み聞かせるというタイプの話なんですけどね。
どっちも不正解。今時のご老体は青空文庫も知らんのですかい。どっちも収録されてまっせ。
で、いずれもルビがふってある。これならまだ漢字があまり読めないうちの7歳弱の次女にも読める。しかし、私はまだこの次女に今しばらくの間漢字が読めないままでいてほしいのだな。さもなきゃ「かに」が成立しないもの。
「かに」がなんですかって?決まってるじゃないですか。これのことですよ。
次女曰く「ねえ、なんで赤ちゃんなのに『かに』なの?へんだよねえ」
以来この標識は我が家では「かに」ということになっているのだけど、それを最初に聞いてRealtekを思い出した彼女の親父よりよっぽど健全だよね、「静」が読めない幼女の方が。
話を元に戻す。
だいたいこういう話って、なんでいつもこてん古典なんだ?ばかなの?しぬの?著作権への配慮?そもそもそいう連中自体が、生の古典をどれだけちゃんと読んだかおいらは多いに疑問なんだけど。そのほとんどは単に読みづらいだけじゃなくて、役立たずでつまらない。悪いけど、「蟹工船」読んだって無駄だからね、21世紀の格差問題を語るには。いくらワーキングプアって言ったって、今の目の肥えた編集者だったら、持ち込まれた段階でボツだよ。そう。「蟹工船」なら青空文庫にある。自宅警備が暇な時に読んでみるといい。「ソードマスターヤマト」も真っ青のオチだから。
古典は、たまたま今読んだ作品に引用があって、その引用元を知りたくてって読み方でいい。そう、ポロロッカでおk。
産経社説 【主張】読書週間 本好きの子供に育てよう - MSN産経ニュース - finalventの日記今NHKでやっている星新一の映像リメークものがよいですよ。
あれのおかげで「ボッコちゃん」の内容を思い出した。「ボッコちゃん」だけだと思い出せないけど、オチが来る前には全容を思い出せるというか。「思い出す」といえば、その星新一がロールモデルにしていたフレデリック・ブラウンの短編で、核シェルターに閉じ込められた男が、しかしそこに一冊しか本がなくて、でも記憶喪失になったおかげでその本が何度読んでも新鮮で....なんて話があった記憶がおぼろげにある。あ、岡崎二郎が漫画化してたっけ。それともあれは岡崎オリジナルだったっけ。
最後に一つ、ここだけの話を一つ。ある出版社の書店向けの発表会でなぜか私がゲストスピーカーとして招かれた時のこと。私が聴衆に対してした質問が、以下。
「この中で、この出版社の本をきちんと一冊最初から最後まで読んだ方、手をあげて」
一割切ってましたね、手をあげてくださったのは。
本を(子ども|家族|友人|部下)に読ませたいあなた。
まずはあなたが読みましょう。
それから「本読め」言うのやめましょう。もっと読んでいる人にあなたがいかに読んでないかをつっこまれるのがオチなので。
「読め」いうなら、具体的な書名を上げましょう。そしてなんでその本がおすすめなのかをきちんと伝えましょう。それをblogに書けばなおよしかも。1000冊もやればここの誰かさんみたいにちょっとした副業になるかも知れませんし。
Dan the Bookworm
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この2つを満たし、かつ読むのは技術書だけという俺は・・・
>Realtek
笑
そんなことはないでしょう。吹き出しを使った漫画を読むというのは別のリテラシーが必要で、うちの子(6歳)は活字だけの本は読めるけど漫画は読み方がよく分からないようです。子供にとって一番なじみがあるのは挿絵と文章のスタイル。
> 正直、活字だけの本を楽しめるのは、中学生以上でも遅くないと思う。
これもどうだか。文章を読むのは人間の知的活動の中でも最重要であり、これができないと他の教科の学習にも影響が出る。それに小学校5、6年生になれば活字だけの本をきちんと楽しめる。多分3、4年生でも子供によっては十分だろう。
> TVと新聞をやめれば、いやでも本を読むようになるYo!。
これも大間違い。テレビは分かるが本を読まない子は新聞はもっと読まない。新聞は物語とかよりはるかにしきいが高いよ。それよりもDSやPSPなどをやらなくする方が大事。
とはいえ元記事で挙げられている文章が古典ばかりであるのが意味がないというのは同感。finalventさんが挙げている星新一はいいと思う。短くて読みやすいしね。
ここ数年、子供向けの本をずいぶんみたんだけど小さい子向けの「童話」から大人(小学校高学年から中高生を含む)向けの「小説」の橋渡しになるようなものが乏しいのが気になる。かいけつゾロリを卒業した子が読むようなもの。そこがギャップになって本を読まなくなるのではないかという気が少ししているから。
それから子供が本を読むようになるには図書館がかなり有効。書店の子供向け書籍よりはるかに充実しているし、親にとっても置く場所やお金のきがねがない。
>いい。大人の機嫌を取るための。
馬鹿なの?死ぬの?
>てって読み方でいい。そう、ポロロッカでおk。
このへんも教養のない人に発言力を持たせると困るという典型かも。
曾野綾子の「私は2次
方程式もろくにできないけれども、65歳になる今日まで全然不自由しなかった」 を思い出した。
あなたのような教養のある人は言うことが違いますね。でも、読解力が少し不足しているようで。弾はあなたのような人をおおっぴらに批判しているんですよ。
>いい。大人の機嫌を取るための。
小学生の時に読んで面白かった本ならあったけどな。
ルドルフとイッパイアッテナという児童小説とか、青年は荒野を目指すとか。宗田治のシリーズとか。
嘘つきの根拠は何?
その速度が急である時代なのをひしひしと感じる。
弾氏は古典より、古典や歴史小説に依存してモノを長々と語るジジイが嫌いなのかもしれない。
かといって、孔子を始めとした古典を破壊しまくった中国の文化大革命みたいな極端なのもよろしくないねえ。
ある意味古典を身につけるのは、効率よくおりこうさんになれる気がしてよいと思うのだが。
>ヒエログリフ解読してみろよ。
自分の子供を見てて思うんですが,幼児って「ロゼッタストーンなしで
ヒエログリフ解読」する能力をもってませんか?
大量の情報を意味も分からずひたすら暗記し,ふとしたきっかけで
情報が頭の中で有機的に結びつき,理解に至る。それが快感で,
また大量の本をむさぼるように読み続ける。
それができるのが子供だと思います。
やっぱり浅はか。
こういうところを見せてしまうから「成なんとか」ってバカにされてしまうのだろうと思う。
親が読書家であれば、小学生の低学年から活字を読むことが楽しくてしょうがない、というのも珍しくないし。
家に古典がたくさんあれば、子供の頃から自然に読んでしまうものだし。
京大の試問題に(理系であっても)近代文語文が出題されていたのは、そこに読むべきものがあるからだし。
この人も実用書やビジネス書読んで読書したつもりになってないで、
(そして、それが読書だと誤解しないで)古典を何千冊か読んでみれば、
こんなこと言えないだろうに。青空にあるもので言うなら教養のある理系ってことでまず寺田寅彦でも読んでみたら?
「まずおまえが読め!」ブーメランw
与謝野晶子も子どもの時から源氏物語読んでるそうだし、
今の日本の社会のあり方でこういう子どもっているの今後出てくるの?と思う。
私もAndyさんと同じで童話から小説の橋渡しに失敗して前知識も形成されず、大学時代にプーシキンやゴーゴリに挑戦したが何が書いてあるのかさっぱりわからず挫折した。
最近新書を読むようになって年4冊程度から年70冊程度読めるようになった。
与謝野晶子も子どもの時から源氏物語読んでるそうだし、
今の日本の社会のあり方でこういう子どもっているの今後出てくるの?と思う。
私もAndyさんと同じで童話から小説の橋渡しに失敗して前知識も形成されず、大学時代にプーシキンやゴーゴリに挑戦したが何が書いてあるのかさっぱりわからず挫折した。
最近新書を読むようになって年4冊程度から年70冊程度読めるようになった。
> それから「本読め」言うのやめましょう。
同意です。
親に童話や伝記とか無理やり読まされて、読書が嫌になった。
子供は読みたい本を読む。
家に古典あったとしても、読みたくなければ読まない。
読まなくても無理に読ませるな。
古典嫁?いろんな子供、大人がいるんだから、
兎に角、押し付けるなと強く思う。
エロ小説だって本は本。
読書の内容について、差別したきゃ差別すればいい。
> 正直、活字だけの本を楽しめるのは、中学生以上でも遅くないと思う。
(早熟な子は別として)同感です。
行為することと、行為を楽しむこととは別な話。
上記コメントが重複しましたので、片方コメントと当コメント削除願います。
自分で選んだ本以外は買って貰った手前「読む振り」しかしていませんでした。
たとえおもしろい本でも自分で選ばず興味のない本を買い与えらて読めと言われても嫌な印象しか残らなかった思い出があります。
お蔭でスティーブンソンの宝島には悪い印象しかなかったのだけど、数年前読んでみたらおもしろくて驚きました。
ネットも断たないとだめかも。
子供のころ、十分読書楽しんでましたよ?
古典を読めるようになったのは大学入ってからですが。
上でジュンさんもおっしゃってますが
小学校低学年で『イッパイアッテナ』とか『クレヨン王国』シリーズとか
夢中で読んでいたし。
多少、大人がほめるからってのもなくはなかったですが、
本自体が面白くなかったらあそこまで読まなかったと思います。
>まず嘘つきと思っていい。大人の機嫌を取るための。
これはひどい。ひどいとしか言いようがない。
こちとらSFこども図書館を小学2年生で読破しとるわ。超楽しんだわ。
http://www.ta-kumi.com/harimaze/publication/gallery/iwasaki01.html
わたしは、社会人になるまで本をほとんど読まなかったけど、
本好きの親元で育ったせいか、いつの間にか、急に読み始めるようになった。
読み始めるのに、その人その人の時期もある気がする。
読め読めと云われるほど、反抗したくなる。


