2008年11月22日 06:00 [Edit]
予想以上に合理的! - 書評 - 予想どおりに不合理
早川書房東方様より献本御礼。
書評は増補版前のもの
季節柄、「今年のベストN冊」をあちこちからたずねられるのだが、土壇場で経済学のベストが来ましたよ。これがなければ経済学はThe Black Swan(邦訳まだだよね?)を推すつもりだったけど、面白さもさることながら、役立ち度ではなおのこと本書に一歩譲る。
本書を読まずして、2009年を迎えるべからず!
本書「予想どおりに不合理」は、行動経済学の入門--でもあるが、それに留まっていない。本書の魅力は、「なぜそうなるのか」を説明するに留まらず、「ならどうするべきか」まで踏み込んでいるところにあるのだから。
目次 - 予想どおりに不合理:ハヤカワ・オンラインより。- はじめに
- 一度のけががいかにわたしを不合理へと導き、ここで紹介する研究へといざなったか
- 1章 相対性の真相
- なぜあらゆるものは――そうであってはならないものまで――相対的なのか
- 2章 需要と供給の誤謬
- なぜ真珠の値段は――そしてあらゆるものの値段は――定まっていないのか
- 3章 ゼロコストのコスト
- なぜ何も払わないのに払いすぎになるのか
- 4章 社会規範のコスト
- なぜ楽しみでやっていたことが、報酬をもらったとたん楽しくなくなるのか
- 5章 性的興奮の影響
- なぜ情熱は私たちが思っている以上に熱いのか
- 6章 先延ばしの問題と自制心
- なぜ自分のしたいことを自分にさせることができないのか
- 7章 高価な所有意識
- なぜ自分の持っているものを過大評価するのか
- 8章 扉をあけておく
- なぜ選択の自由のせいで本来の目的からそれてしまうのか
- 9章 予測の効果
- なぜ心は予測したとおりのものを手に入れるのか
- 10章 価格の力
- なぜ一セントのアスピリンにできないことが五〇セントのアスピリンならできるのか
- 11章 私たちの品性について その1
- なぜわたしたちは不正直なのか、そして、それについてなにができるか
- 12章 私たちの品性について その2
- なぜ現金を扱うときのほうが正直になるのか
- 13章 ビールと無料のランチ
- 行動経済学とは何か、そして、無料のランチはどこにあるのか
- 謝辞
- 共同研究者
- 訳者あとがき
- 参考文献
- 原注
本書の「はじめに」は、著者の入院体験から始まる。イスラエル軍の一兵士だった18歳の著者は、訓練中に全身の七割を火傷して、三年間におよぶ入院を余儀なくされた。その時に、包帯をどう交換してもらうと痛みが少なくなるのかというのが、著者の行動経済学の原体験なのだ。著者にとって、行動経済学というのは知的好奇心の満足に留まらない、「今、そこにある危機」と対峙するためのものなのだ。
と書くと、本書がいかにも悲壮感であふれているような印象を与えてしまうが、悲壮になりがちな話題も明るくくじけず立ち向かうのが、著者の得難い芸風だ。著者の Sense of Humor は、第十章の元となる研究がイグノーベル賞を取ったことでも折り紙付きだ。
本に面白さを期待する人は「はじめに」だけでも、そして「役に立つ」ことを期待する人は第一章だけでも「元が取れる」だろう。
「弾言」 P. 37情報の押し売りを断れない人は「負け」ですよ。知らなくてもいいことを知り、欲しがらなくてもいいモノを欲しくなり、買わなくてもいいモノを買ってしまう。そうやって、絵に描いたような悪循環に陥っていくのです。
その答えが第一章に書いてある。なぜ入社時には10万ドルの年俸で喜んでいたはずの自分が、30万ドルの年俸を得るようになったらもっと不満になったか。隣の同僚が31万ドルもらっているからだ。この連鎖が、CEOの年俸のハイパーインフレを引き起こした。中古車を手に入れれば新車が欲しくなり、新車を手に入れればBMWが欲しくなり、BMWが手に入ればポルシェが欲しくなり.....フェラーリを手に入れるまで再現がない。著者の友人でもあるhotornot.comの共同経営者、ジェームス・ホンはどうやってこの羨望の連鎖から抜け出したか。答えは是非本書で確認して欲しい。
もちろん、残りの章も面白くて役に立つことにかけてひけを取らない。特に第6章の「自制クレジットカード」は、かの国の人々が今最も必要としているものではないだろうか。残念ながらクレディットカード会社のえろい人々は著者の言葉を馬耳東風してしまったけど、今もう一度言えば、今度こそ通るのではないだろうか。
本書が類書、すなわち経済学の一般書と際立って異なるのは、著者が対象を「外から」観察するに留まらず、「中に入って」体験すること。著者は自らが「経済学的バカ」、すなわち本書の主題でもある「予想どおりに不合理」な存在であることを隠そうとはしない。無料!の暗黒的な重力に注意を喚起しつつも、無料!のオイル交換に「だまされて」、妻子のためにもミニバンを買うつもりがAUDIのスポーツカーを買ってしまったことを告白する。この点に限って言えば、「ちゃんと」ミニバン(といってもアメリカの感覚だと Honda Stream は「マイクロバン」だろう)を買って、プリウスに乗り換えた私よりよっぽどおばかさんではある。
著者の姿勢は、「自分はとにかくお前らはバカだ」ではなく「自分もバカであるあなたがたの一員であり、それを織り込んだ上でバカなわれわれが何を出来るかを考えてみましょう」というものだ。実に好感が持てる。著者が扱う対象が(行動)経済学であることを考えるとなおのこと。
これは私の偏見かも知れないが、「お前らバカ」型の人は、他の学問と比較すると経済学に著しく多いように感じる。あたかも彼らと「われわれ」の間にバカの壁がそびえているがごとくなのだが、実のところ、彼らも我々もバカの壁の同じ側にいるのだということを本書は優しく、しかし遠慮なく教えてくれる。
リフレの是非が不要だとも瑣末だとも私は思わない。しかし本書の指摘は、それより優先度が高いと感じる。リフレでバブルは寛化できるかも知れない。しかし根治は絶対にできないし、それだけではではまたバブルが膨らむだろう。そして次にそれが破裂したとき、我々は耐えることができるのだろうか。
Barack Obama said in ChicagoAmerica, we have come so far. We have seen so much. But there is so much more to do. So tonight, let us ask ourselves -- if our children should live to see the next century; if my daughters should be so lucky to live as long as Ann Nixon Cooper, what change will they see? What progress will we have made?
来年が「やつらとおれたち」の時代から「われわれ」の年になることは間違いない。そういう年を迎えるにあたって、本書ほどふさわしい一冊はないのではないか。本書の最終章は、「無料のランチ」について語られている。もし我々が経済学的に合理的な存在だとしたら、「無料のランチ」などありえないが、しかしそうでないが故に、無料のランチはありうると著者は説く。そういう「無料のランチ」探しこそが、"so much to do"の内容なのではないか。
経済学は面白い。役に立つことすらある。しかし感動まですることは、本書に巡り会うまで滅多になかった。この感動を、ぜひあなたも味わってほしい。
Dan the Predictably Irrational
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ブラックスワン出てるんですか?
英語が使えないわが身が憎らしい。
って、そこかい。食い付くの。<<自分
(^^;)
際限がない でしょうか
際限がないのは、他人と自分を絶えず比較をしているから。
絶対的な金額の多寡ではなく
これは、タイプミスですか?
それともネタ?
んじゃまぁ単純な相対性遊び(1章 相対性の真相)だけど、
「それを織り込んだ上でバカなわれわれが何を出来るかを考えてみましょう」
→「じゃあなんで馬鹿なお前が本書けて儲かるんだ?」
になるから、好感持たれない可能性もあるんよね。好感持つかどうかは結局読み手の判断だから、弾言をそのまま流用するなら「情報の押し売りを断れない人は「負け」ですよ。知らなくてもいいことを知り、欲しがらなくてもいいモノを欲しくなり、買わなくてもいいモノを買ってしまう。そうやって、絵に描いたような悪循環に陥っていくのです。」ってことで良くなってしまう。
それが美点か欠点かで言うなら私個人は欠点だと思ってるけど、でもそーゆーのって「礼儀作法の原点」とも言うから。そこんとこ斟酌しないから洋人の書物はスンナリ受け入れられんのかなぁ? とも思うよ。日本は礼儀の国ですから。
受け入れない人が「だからお前は馬鹿なんだ」であるなら、「自分もバカであるあなたがたの一員であり」←ここの意味が分からなくなってしまうよね。「自分もバカであるあなたがたの一員であり」←こう言っておきながら、著者と読者の間に「でも僕たち馬鹿じゃないよな」とか「馬鹿は馬鹿でも程度のいい馬鹿だよな」みたいな、どーでもいい優越感を植え付けそう。
それが巡り巡って差別になるんじゃネーノ? とも。
人間の行動が不合理だと認めてしまったら、理性に立脚していた“自由”“責任”“権利”“義務”といった概念はどうなるのか。
近代の公理としての二元論が破綻しつつあるのに、“その次の時代”からみんなが目を背けている。
あなたはとっても繊細だけど、ネガティヴすぎる。
疑ってばかりじゃ人生つまらないさ。
野ぐそさんの考え方には、致命的な欠点が1つある。
それは、「自分はバカである」と決め付けていることだ。
よしんば、バカであったとしても
バカゆえの勘違いの希望から、実際に賢くなってゆけるのである。
野ぐそさんは
言葉に生真面目すぎることで
自分の可能性を狭めているから
もったいないと思う。
この本をしばらく前に読みました。大変面白く興味深かったです。
「お前らバカ」型の人が経済学に著しく多いとは、私は感じない
のですが、経済学者の発言がギャンブルのように感じることは
多々あります。
景気の先行きや対策について、メディアで発言(放言?)する学者が
多いですが、発言が誤りだった時の責任を問われないことに
おいては、競馬の予想屋と同じです。
経済学は科学であっても、実験や検証が不可能なものだと思って
いました。だから、経済学者の放言も免責されるのかと。
しかし、本書で、経済学の研究分野でも実験と検証が可能なのだ
と知り、少し感動しました。
私は、20数年前の学生のころ経済学とマーケティングを学びました。
あの頃この本があれば、面白い研究ができたのに、と思います。
