2008年12月15日 01:30 [Edit]

「努力家」に足りないのは、努力。

彼ら努力家に足りないのは、温情じゃない。

おごちゃんの雑文 ? Blog Archive ? 努力家は冷たい
時々自分でもこんなことを書いちゃいがちなんだけど、「努力家」の類って努力しない人に異常に冷たい。

努力そのもの、だ。


努力なるものを続けていれば、いやでも二つのことがわかる。

一つは、努力がどんどん楽になっていくこと。同じだけ力をかけても、昨日より今日の方がずっと仕事が進む。少なくともそういう気分になる。ランナーズハイという言葉があるが、そんな感じ。

もう一つは、努力には当たり外れがあるということ。努力が成果に化けるかどうかは、どれだけ努力したかという「努力の量」よりも「どちらに向けて努力したか」という「努力の向き」の方がずっと重要なのだ。

すると、どうなるか。

努力家に見られることが、恥ずかしくなるのだ。

そして、「いかに努力を少なくするか」に努力するという「メタ努力」が始まる。

それを達人は、怠慢と呼ぶ。

#1 プログラマーの三大美徳その1「怠慢」:ITpro

LAZINESS

The quality that makes you go to great effort to reduce overall energy expenditure. It makes you write labor-saving programs that other people will find useful, and document what you wrote so you don't have to answer so many questions about it. Hence, the first great virtue of a programmer.

怠慢

全体の労力を減らすために手間を惜しまない気質。この気質の持ち主は、役立つプログラムを書いてみんなの苦労を減らしたり、同じ質問に何度も答えなくてもいいように文書を書いたりする。よって、プログラマーの第一の美徳である。

こういうことである。

はてなブックマーク - hirokidaichiのブックマーク - 2008年12月14日
いくつも理由を書くとダンコガイ先生が一つにまとめて…という常套パターンにハマるのか?

というリクエストにお応えして(笑)、

を一つにまとめると、

その方が国民に求められる努力が少なくて済むから

ということになる。

努力しない人を国家が救済すべき14の理由 - 分裂勘違い君劇場
ただ単に、そういう社会をこの国の多数派は望んでないから、そういう政策を掲げる政治家が選挙に当選することはない、というだけの話。スラムや子供の乞食がいる社会を望む人ってのは、なかなかいない。そして、この社会は多数決原理で動いているんだ。

そういう社会を望んでいたのが、ついこないだまでの合州国だった。少なくとも多数決原理の結果はそういうことになる。しかしその国民が払っている所得税がどれだけ大きいかを知っている人は意外と少ないのではないか。

「反貧困の学校」P. 161によると、日本の個人所得課税はわずか16.7兆円(2005年)なのに対し、かの国では2004年で93.3兆円(2004)。見ての通り、あのGeorge W.の政権下でこれだ。人口規模で調整、すなわち日本と同じ人口だったらと仮定しても40.6兆円、経済規模で調整、すなわち日本とGDPが同じだったらと仮定しても31.5兆円。倍近くあるのだ。

面白いのは、仏独も人口ないし経済規模で調整をかけると、30兆円から40兆円になること。一番面白いのは英国で、規模調整すると50兆円近くになるのだ。

もちろん日本のそれは年金や保険といった「事実上の所得税」を含んでいないし、消費税率が仏独はずっと高いので一概に比べるのは乱暴なのだけど、自業自得を国是にすると、かえって負担が大きくなるというのはよくわかる。高福祉国家の方が、かえって税金の効用が大きいのだ。

情けは人のためならず、なのだとして、情けは無差別にかける方が報われるのだ。

Dan the Lazy One

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この記事へのコメント
怠慢いいですねw
うちの職場は努力家ばっかりですw
Posted by BOKO at 2008年12月16日 00:57
↑報われない努力の見本が……w
Posted by おやw at 2008年12月15日 22:45
H系漫画・同人誌 ダウンロードオススメサイト!!
http://g.e-hentai.org/
Posted by   at 2008年12月15日 13:37
そして報われない努力は隠してしまうのですね。
Posted by FUGA at 2008年12月15日 13:31
報われた行為を事後的に努力と呼ぶのでトートロジー
Posted by 挧 at 2008年12月15日 12:35
>>努力には当たり外れがあるということ。

「弱者がいつまでも弱者なのは努力が足りないからだ。」という指摘に対し「努力しても出来ない人もいる」という反論をする人もいますが、それは「努力しても出来ない」のではなく、そもそも努力の方向性が間違っているからという可能性が高いですよね。
学校で「努力することの価値」を教えるのもいいですが、「努力の仕方」を教える必要も大きいと思います。
Posted by bob at 2008年12月15日 12:14
>努力が成果に化けるかどうかは、どれだけ努力したかという「努力の量」よりも
 「どちらに向けて努力したか」という「努力の向き」の方がずっと重要なのだ。

成果を求めると、確かにそう感じる。
端からみて
「目的は◯◯なのに、なんでこの人はそんなことをしているのだろう?」
と思うこともあるし、
「なんで自分はこんなことに時間使っているのだろう?」
と思うこともある。
物事を行う上で「何に力を入れるべきか、時間を割くべきか」を
目的、目標をきちんと定めて考えることは必死に努力することより
重要だと感じる。

でも成果を求めない場合の努力は、
方向より量が良い気がする。
それは子供の頃の「夢中で取り組む」
ということだけれども。
責任も結果も重要でない時にする努力は、
また格別な味だと、そんな感じ。

エントリを読んでつらつらと思ったことでした。



Posted by 雑人 at 2008年12月15日 10:53
イミフ
Posted by ーp at 2008年12月15日 09:20
ベーシックインカム関連の議論で少し気になるのは、導入すると、「ただでさえ多い自殺者の数が、さらに増えるんちゃう?」という漠然とした不安である。
ソースは、Wikipedia Jaの自殺の項(08.12.15時点)で述べてある「経済、政治的にその混乱と困窮の度合いがあまりにも高い国では、自殺はあまり見られない」という出典が定かでない記述と、エデンの東に出てきた、「ある人間に食べ物と、着る物と住む所を与えると絶望のあまり死んでしまう」(原本が手元にないので、記憶に頼っているも、かなり怪しい)という感じの一節なんだけど。
Posted by 通りすがり at 2008年12月15日 09:14
相手の利得を誘発するんじゃなくて相手の理解を喚起するのよ。
Posted by 野ぐそ at 2008年12月15日 07:37
>ランナーズハイという言葉があるが、そんな感じ。
 「そんな感じ」って何よ? あとランナーズハイじゃなくて弾さんずハイ? 『だめんずウォーカー』は根源的に古いからくらたまもろとも死滅して頂いて、『旦さんずウォーカー』に頑張ってほしい感じ?

>「努力の向き」の方がずっと重要なのだ。
 同意だけど、

>努力家に見られることが、恥ずかしくなるのだ。
 これは人によるでしょ。俗に言う「恥知らず」の類は生涯努力しますよ。

>そして、「いかに努力を少なくするか」に努力という「メタ努力」が始まる。
 だから、そういう目から見るとメタ努力は「サボり」なんですな。怠慢じゃないの。

 itとかは本質的に「無くてもいい世界」だから遊びの論理が根本にあって、だからこそ遊び理論の究極延長上にある「怠慢」は最大の美徳なんですよね。3次労働者はそうじゃないとね。でも、1次2次の労働者がそんなん言い出したら破綻しまくりですわ。スキマ産業の論理を無理解に入れると駄目になるよ。
 弾翁は利得や明るい未来を吹聴するから太陽のようにも見えるけど、その言説そのものが北風にもなってんのよ? ってところに理解を及ぼすと凄いと思うなー。思うだけかもしれんけど。でも思っちゃうな。

>情けは無差別にかける方が報われるのだ。
 そーゆーこってすな。

>Dan the Lazy One
→Dan the cLazy One
Posted by 野ぐそ at 2008年12月15日 07:34