2009年04月14日 02:30 [Edit]

伊那谷にあってこそいい会社 - 書評 - リストラなしの「年輪経営」

出版社より献本御礼。

書評が遅くなったのは、忙しかったということもあるが、「個人的事情」もある。それも実は二つも。とはいえ

が出た後なので、これ以上待たせるわけにも行かないだろう。

「良い」ではなく「いい会社」の、「いい経営」が、ここにある。

しかし、私がこの会社で幸せになることは、ありえないだろう。


本書「リストラなしの「年輪経営」」は、伊那食品工業株式会社の「再創業者」による社長本。社長本は少なくないが、2009年期のはじめの今、最も多くの共感を得られると思われる一冊である。

目次 - リストラなしの「年輪経営」 塚越寛 | ノンフィクション、学芸 | 光文社より
第一章 「年輪経営」を志せば、会社は永続する
第二章 「社員が幸せになる」会社づくり
第三章 今できる小さなことからはじめる
第四章 経営者は教育者でなければならない

本書に書かれていることに、さほど異論はない。伊那食品工業株式会社が田舎の中小企業かくあるべしという会社だというのは確かで、それは本書を読まずとも「かんてんぱぱ」を食べて「かんてんぱぱガーデン」に行ったことがある人であれば感じ取ることが出来る。

異論、というより違和感があるのは、本書に書かれていないことである。

一つは、寒天を作っていたのは別に伊那谷だけではなかった、ということ。峠を一つ超えた、諏訪湖のまわりでも作っていたのだ。実は私の父方の実家は、田舎の大地主であると同時に寒天屋でもあったようだ。どちらも祖父の代にほとんど食いつぶされていたのだが、私が子供の頃にはまだ辛うじて操業していたようだ。操業していたのは祖父の弟だったのだが、これが典型的な放蕩息子で、放蕩息子らしい放埒経営で家業を食いつぶしたようだ。「ようだ」と書いたのは、つぶれた時点ではまだ私は子供だったから。しかしその放蕩息子ぶりは私の成人後に確認している。我が家も多少であるが債務を踏み倒されたようだ。

そのこともあって、私は実際の寒天作りを目にしたことがある。あのテングサを煮る釜や、そこから立ち上る実に生臭い匂いも覚えているし、休耕田にずらりと干された寒天も毎冬目にしていた。寒天というのは、実はフリーズドライフード。原材料が海にあるのに山奥で作っていたのは、そこがフリーズドライに最適の地だったから。その点では伊那谷というのは標高が低く、冬の気温が下がらない分寒天作りには不利だったようである。

それを変えたのが、伊那食品。農家の冬の仕事だった寒天作りを、見事に工業化したのだ。そして工業化の例にたがわず、伊那食品の成長とともに「伝統的」な寒天作りも廃れていった。実家の寒天づくりがつぶれたのはあまりに祖父の弟が経営者として、というより社会人として能力がなさすぎたというのが原因なのだが、そうでないところも自然と廃れ、つぶれていった。そして伊那食品は生き残り栄えた。このあたりの事情は、寒天が特別というわけではない。本書には「市場がなかった」と書いてあるが、農閑期の仕事程度にはあったのだ。

私は、この寒天作りの光景が大嫌いだった。それは私にとって田舎のいやなものの象徴だった。愚かで(当時は)羽振りのよかった祖父の弟も嫌なら、そんな(文字通りの)たわけ者に頭を下げる地元の人々の卑屈さも嫌なら、製造が行われる冬もいやだった。全焼前の実家より寒い場所を私は知らない。風呂は家の外の離れだし、外とは縁側を挟んでいるはずの私の部屋の中で起床すると、前の晩飲み残した水が凍っている。その寒さが良質の寒天に欠かせないのだが、その事実はむしろ寒天作りへの嫌悪を強めた。

私が著者を掛け値なしに尊敬するのは、そんな「寒くて辛い」、田舎の冬の野良仕事だった寒天作りを快適な工場作業にかえたこと。著者がそうしたのは、「社員の幸せを露骨に追求」した結果。大地主の息子というだけでちやほやされていた我が親戚には、発想自体が不可能であっただろう。

しかし、私の幸せは、残念ながら著者に「露骨に追求」できるほど単純なものではない。その理念を理解すればするほど、私の著者の敬意とともに、著者の社員に対する思いに対する違和感も増していくのだ。

社員教育で教育勅語を使うのは、著者にとっては社員の幸せの追求かも知れないが、私には幸せの押しつけにしか感じられない。しあわせの形がいかに多様であるかに、私は今もなお驚かされる毎日だ。私はかんてんぱぱの幸せを多くの人が共感できることも知っているけど、それが私のしあわせといわれたらごめん被る。そもそも会社に限らずしあわせなるものを人様に用意してもらうことそのものに私は耐えられない。

もう一つ耐え難かったのは、一般論、というより都会的な事件に対するあまりに田舎者な反応。

P. 155
逆に「儲けることが正しい」と教育すれば、それに染まってしまいます。ホリエモンことライブドアの堀江元社長などは、その典型でしょう。ホリエモンは....

この話法に、私はテングサを煮るあの匂いより鼻が曲がる思いがする。この話法は別に著者の専売特許ではない。都会に済む田舎者もこういう話法を使う。その滑稽さに気づかないのが田舎者の証だ。それでもわからない田舎者のために、ちょっとだけ書き直してみよう。

経営の神様ことパナソニックの松下元社長などは、その典型でしょう。経営の神様は....

「ホリエモン」というより、呼称というものに対して失礼なのではないか。

「良い会社」の定義も、「いい会社」の定義も、会社の数だけあっていいと私は思っている。田舎の最大の欠点は、その「いい」をその土地にあった一つしか選べないことだ。著者もそれをよくわかっている。だからこそ伊那谷において「いい会社」にかんてんぱぱ、失礼、伊那食品工業を育てたのだ。読者にもそれがきちんと伝わるとよいのだが。表面的なありようだけを真似て社員の失笑を買う羽目にならなければよいのだが。

Dan the Rolling Stone


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"伊那食品工業" について書かれたエントリを検索してみました。 平凡でもフルーツでもなく、、、 > 「日本の未来は暗い」という悲観論は知的エリートの悪あがき? : ITmedia オルタナティブ・ブログ佐々木康彦 ホームページ制作
"伊那食品工業" に関する話題【人気の話題に注目する日記】at 2009年04月23日 01:29
この記事へのコメント
確かにいろいろ考えさせられるテーマです。
私的には著者と弾さんの哲学の違いはともかく、
求道している同士の真摯さが読み取れて興味深かったので、1冊買います。
Posted by melmo at 2009年04月15日 16:34
いかにも、高齢の日本人が好みそうな会社なんでしょう。
こういう会社の存在を否定するつもりはありませんが、世の中の会社が、こういう会社だけになったら、それはそれで困ると思います。

鎖国でもしているのなら、それでもいいでしょうけど、グローバル化で世界と競争していかなくてはならない時代に、こういう会社だけでは、日本はやっていけないでしょう。
Posted by KKMM at 2009年04月15日 07:15
社長の哲学に賛同する人だけを
集めて、
その哲学が、時代にマッチしていれば、
生き延びられる。
あとは、不用を間引きしてれば、
同じディレクションに、箱船としては、
最適化された状態で
向く。

次世代にも、どんぶらこと
漕いでいけるためには、
それ意外の、力量も必要ですな。

そのあたりが、
偶然か、意図的か、できてたら
生き残るだけの話じゃないでっか?

ディレクションがいいかどうかは、
もう宗教か、賭けだけど。

結果論的にいいかどうかは、
評価の問題。
Posted by higekuma3 at 2009年04月15日 01:40
ブロガー(失笑)
Posted by ぷっ at 2009年04月14日 23:14
都会に済む→都会に住む
祖父の弟→大叔父(これは微妙ではありますが)
債務を踏み倒された→債権を踏み倒された


Posted by まだ誰も指摘してないのね at 2009年04月14日 20:42
筆者のホリエモンに対するアンビバレントな心情が伺える、味わい深い
エントリーだとおもいました。
Posted by yk at 2009年04月14日 17:29
たまぁーに本を一冊だけ読んで、それがすべて正しいと信じる人は結構いますからね。
Posted by ytaro at 2009年04月14日 17:10
はじめてコメントします。

書き始めて、エントリ内で言葉がブレているように思えて何度か書き直してしまいましたが、やっと言葉が紡げました。

まず、堀江さん(ホリエモン)と松下幸之助さんと塚越さんを同列に並べるのは、幸せの多様性を唱えている小飼さんの考えに照らし合わせると厳しく感じました。

で。
自書とはいえ書籍など編集の心一つでずいぶんと言葉が様変わりすると前置きした上で、塚越さんの幸せの定義は自身の置かれた状況にあるものの中で見つけ出した一つの答えではあると思います。

そしてそれを会社の方針として社員に実践してもらっているわけで、社員がそれを幸せと感じるかと言えば、違う人もいるのではないかと思います。会社の「幸せ」の方向性としてそれを示しているだけ、と考えれば、それほどおかしな話では無いのではないでしょうか。

本を読んで勘違いする人は多いと思いますけどね。言葉って様々なフィルタにかけられ、どのようにも変わってしまう危ういものですから。
Posted by うっちー at 2009年04月14日 16:52
弾さんの心の襞が垣間見えるような今エントリ
Posted by にょにょ at 2009年04月14日 16:20
地元では「かんてんぱぱ」で通ってますね。
伊那食品工業株式会社だと?っていう人がほとんどだと思います。

15、16年前はただの工場だったのに、
今じゃ県外からの観光客がわんさかと来るようで驚きです。
Posted by rin at 2009年04月14日 14:05
著書を購読させていただいてこのブログを拝見させていただくようになりましたが、なるほど今回は事情があるだけ面白い(失礼)ですね。いつも書評を頼りに趣味の読書を充実させていただいていて感謝いたします。思い込みの強さはいいほうにだけつながるわっけではないんですよね…。もっと書いて本出してください。楽しみにしています。
Posted by KZO at 2009年04月14日 12:38
「儲けることだけが正しい」は偽ですが、「儲けることが正しい」は真だと思います。儲けた上でさらに何を成すかじゃないですかね。
Posted by bob at 2009年04月14日 12:36
まったくその通りです。
会社の数だけ幸福の方法論があるわけですから、これを参考にすれどこの本の丸のまま追及してはダメでしょうね。
Posted by 松本孝行 at 2009年04月14日 10:06
「都会人」もどーかと思うぞw
Posted by at 2009年04月14日 09:15
blog主の、好き嫌いが先に来る記事はめずらしい。
Posted by 真似っ子 at 2009年04月14日 08:27
田舎者ですみません。
Posted by ぺんた at 2009年04月14日 07:54