2009年05月28日 13:00 [Edit]

共感のファームウェア - 書評 - ミラーニューロンの発見

早川書房小都様より献本御礼。

心理学にとってのミラーニューロンの発見は、生物学にとってのDNAの発見にも匹敵する。そのミラーニューロンとはなにか、そして我々にとって何を意味するのかを、第一人者が語った本書に共感できない人は、悪の遺伝子の持ち主かもしれない。

そう。共感。我々がどう共感しているのか、いやそもそもなぜ共感できるかという問題の糸口が、ここにある。あなたが本を読める理由も、まさにそこにあるのだ。


本書「ミラーニューロンの発見」は、ミラーニューロン研究の第一人者による、ミラーニューロンの一般解説。実はミラーニューロンの発見者であるリゾラッティも、ずばり「 ミラーニューロン」という本を著していて、出来れば両方読んでおきたいが、どちらを先に読むべきかというと、より一般人目線で書かれたこちらであろう。

目次 - ミラーニューロンの発見:ハヤカワ・オンラインにないのでAmazonより
第1章 サルの「猿真似」
第2章 サイモン・セッズ
第3章 言葉をつかみとる
第4章 私を見て、私を感じて
第5章 自分に向きあう
第6章 壊れた鏡
第7章 スーパーミラーとワイヤーの効用
第8章 悪玉と卑劣漢―暴力と薬物中毒
第9章 好みのミラーリング
第10章 ニューロポリティクス
第11章 実存主義神経科学と社会

それではミラーニューロンとは何か。一言でいうと共感の神経細胞である。もう少し詳しく言うと、自分で何かした時にも、そして他人が同じことをしているのを目にしたときにも反応する細胞である。他者の活動を自分の脳内で再現するので、ミラーというわけである。

我々は、他者の喜怒哀楽を自分のもののように感じることができる、いや感じるのを妨げることができない。感情移入というのは、教育というソフトウェアによって培われるのではなく、ミラーニューロンというファームウェアとしてあらかじめ我々の脳内に組み込まれているらしいのだ。

たしかにこれなら、なぜ教えられもしないのに我々が共感できるのかははっきりする。そういうファームウェアを持っているのだから。「相手の気持ちなって考えてごらん」と大人は子供に言うけれど、むしろ後天的なソフトウェアを多く持つ大人よりも、子供の方が相手の気持ちになるのが上手なのではないかと私は常々考えてきたのだが、ミラーニューロンはそのことをある程度裏付けているように思われる。

なぜ我々が社会を構成できるのか。なぜ我々が本を読めるのか。なぜ私が痛いとあなたも痛くなるのか。共感という情動なしには、それは不可能であり、そしてミラーニューロンがあるおかげで、我々は「考えなく」ても「共に」「感じる」ことが出来る。

そう、「考えなくとも」。だから「共に」「感じる」を「防ぐ」ことは難しい。しかし我々の現代社会は、我々が「共感せずにはいられない」動物ではなく、「任意の行動を自由意志で選択できる」動物であることを前提に設計されている。この二つは似ているようでかなり異なり、それが社会における軋みの原因になっているというのが本書後半の主張である。

ミラーニューロン研究がまだはじまったばかりということもあり、自分の専門分野以外のことに関しては著者は極めて慎重ながらも、たとえばメディアにおける暴力表現が我々をより暴力的にすることを示唆している。ぶっちゃけていうと著者は「ゲーム脳の恐怖」を穏健ながらも支持する立場である。

しかしその一方で、個人による暴力の行使件数は、日本を含め先進国では明らかに減っている。ミラーニューロン的には、我々はかつてないほどの暴力を目にしているにも関わらずである。著者はそれに対する説明はしていないが、これもまたミラーニューロン的に説明がつくだろう。メディアにおける暴力表現は、暴力の帰結もまた提示していることが多い。たいていの場合、最も暴力的なものが、最も悲惨な末路をたどるという形で。我々は--ミラーニューロン的にはノンフィクションでもあるフィクションの世界も含めて-- 暴力は何より自らにとって痛いものであるという経験を毎日のように繰り返し体験している以上、メディアに暴力があふれれればあふれるほど、我々はむしろ暴力を自重するようになるのではないか、というのが私の仮説。

それにしても、最近の「生理心理学」というか、"physiological psychology"の発達はいちじるしい。「心の脳科学」で紹介された実験のように、脳活動を直接覗く--peek--だけではなく、脳活動に非外科的に影響をあたえる--poke--することすら可能になっている。第一人者の著者でなくとも、社会設計を見直したくもなるのではないだろうか。

ところで、本書は創刊されたばかりの ハヤカワ新書juiceの第一弾でもある。「ついに早川まで」というなかれ、同じ新書でも、一般的な新書と高さは同じでも幅がやや広く、字もページ数も多めにとったこの体裁はむしろ選書に近い。値段も新書より新刊書に近いが、しかし以前から私が主張している「1,500円でも買いたい新書」にかなり近いパッケージングである。 DOJIN選書のように、外れが極めて少ないシリーズになりそうである。とはいえ、この版型は続けてこそ価値が出る。末永く続くことを本の虫の一匹として切望する。

Dan the Emphasizer


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最近、書店に足を運ぶとやたらと「脳」関係の本が目に飛び込んでくるようになった。 以前から茂木先生の脳関連の本は売れていて、それは当然知っているのだけれど、それ以外でも「脳」という単語が僕の感覚のどこかを刺激していた。 そんな中でこちらのブログ記事 を読...
【書評】 ミラーニューロンの発見【書評の可能性】at 2009年06月04日 10:28
この記事へのコメント
それなんて「ラマント野」?
Posted by tnk at 2009年05月28日 13:54
はじめまして
丁度、私も本書を読んでいる所です。
ハヤカワ新書juiceはこの分厚さでいくとすると、新書というよりも
むしろペーパーバックのノリですね。
ミラーニューロンは確かに脳科学の分野では画期的です。
DNAの二重らせん構造の特定と比較するとまだそこまで評価していいのか
疑問符がつきますね、相対性理論や量子力学とも並び称せられる発見と
呼べというわけでしょ?

本文中では前回のワールドカップの決勝戦でジダンの頭突きを
例に挙げていました。あれはマテラッティーにもっと厳罰を
課さないといけない。何のために試合前に人種差別をしないことを
選手宣誓をしたか意味をなさなくなるから。

Posted by フジキセキ at 2009年05月28日 16:27
>むしろ後天的なソフトウェアを多く持つ大人よりも、子供の方が相手の気持ちになるのが上手なのではないかと私は常々考えてきたのだが、

こんなときはこんな気持ちになるのだという経験がある分、大人の方が上手だと思うのですが。
Posted by zzz at 2009年05月28日 17:49
逆に共感できるからこそ悪は悪でありえます。

新スタートレックのデータ(完全コンピューター)と人間、
どちらに拷問されるほうが苦しいでしょうか?
Posted by Chic Stone at 2009年05月28日 19:25
最近自閉症の原因として、そのミラーニューロンの働きが先天的に低下していることがあげられています。先天的に「相手の気持ちになって考える」ことができない人間は、後天的に学習してファームウェアの代わりになるソフトウェアを組み上げるしかないのですよね。しんどいです。
Posted by 北斗柄 at 2009年05月28日 21:23
『「任意の行動を自由意志で選択できる」動物であることを前提に設計されている。』
この部分は、走り過ぎでしょう。
恐らく、ミラーニューロンに問題のありそうな、自閉症者は社会に適応出来ずに苦しんでるのだから、この言明の前に『建前としては』、あるいは、『大前提だから書かない』と付けるべきでしょう。
何だか、読みが浅くなっているように思うのですが。
Posted by 金さん at 2009年05月29日 02:06
>我々はかつてないほどの暴力を目にしている
この前提自体、ちょっと考えてみる価値があるように思います。「一昔前よりも、暴力は減っている」と主張する根拠もまた多いのではないでしょうか。卑近な例で言えば、家庭の暴力や子供同士の喧嘩など。もっと大きな時間枠で見れば、戦争にかかわることも減っています。 この仮定なら、捻った考え抜きにデータを支持できます。
Posted by すなどり at 2009年05月29日 05:58
ソースは失念しましたが、格闘ゲームや暴力的なゲームを好む人よりもRPGなどのように「正義の味方として悪を退治する」ゲームを好む人の方が暴力的な傾向が強いそうです。
Posted by bob at 2009年05月29日 07:55
脳は、ノイマン型コンピュータとは作りが全く違うので、ハードウェアとかソフトウェアと言われても、脳の機能のうちどの部分がハードに相当して、どの部分がソフトに相当するか、よくわからないですね。小飼氏は先天的なもの→ハード、後天的なモノ→ソフトと捕らえている?その辺りが理解できなかったので、ファームウエアって言われてさらに混乱してしまいました。

大脳生理学のことはほとんど知りませんが、ソフトによってハードとソフトの双方が、連続的に改変され続けているアーキテクチャというイメージがあります。それとも経験によるシナプス結合の変化は、ハードディスクやメモリーのデータが書き換えられたことに相当するので、ハードの改変と見なすべきではないのかしら?うーん、難しいなー。
Posted by 通りすがり at 2009年05月29日 09:08
読むつもりですが、この本では、ミラーニューロンは単体の存在としているのでしょうか、それとも、一群のネットワークとして捉えているのでしょうか。
個別の脳細胞がそこまで特化した機能を持つというよりも、特定の環境に晒された場合に、周辺の一群の細胞が作り上げるネットワークがミラーニューロンを形成するシナリオの方が、私には、納得出来るのですが。
Posted by 金さん at 2009年05月29日 10:27
おもしろいですね〜ミラーニューロン。
人間社会は大きなミラーニューロンのネットワークを構成しているのかもしれないなぁ。
Posted by https://me.yahoo.co.jp/a/3YSiXrwCcPLGhnfwAYDdSJ5e.OLY#c21d1 at 2010年02月17日 12:33