2009年06月10日 00:00 [Edit]

過度に発達した司法は茶番と区別がつかない - 書評 - 裁判官に気をつけろ!

出版社より献本御礼。

初出:2009.06.05; 販売開始まで更新

2003年刊行の単行本に、裁判員に関する序章を増補した上で文庫化したものだが、裁判が「他人事」ではなくなる今年にあって、本書の価値はかつていないほど増している。市民必読の一冊だ。


本書「裁判官に気をつけろ!」は、「そして殺人者は野に放たれる」の著者による「弾劾裁判」。多彩な著者であるが、なんといってもこの分野におけるジャーナリスト第一人者である。わかりやすく、面白く、そして笑い飛ばすには痛すぎる。

目次 - 文藝春秋|裁判官に気をつけろ!(日垣 隆)にないので手入力
序章 裁判員制度を笑う
第1章 意外と法律問題はおもしろい
第2章 犯罪を不成立にする七つのルール
第3章 「了解不能」こそ了解不能だ
第4章 日本から尊属殺人が消えた日
第5章 裁判用語としての和姦と強姦
第6章 色恋沙汰と性犯罪のあいだ
第7章 迷走する「わいせつ」
第8章 いまだ被害者不在の男根主義
第9章 痴漢「冤罪」が絶えない理由
第10章 日本は賭博粉飾国家である
あとがき

著者の裁判を見る目は、プロであるはずの裁判官よりも鋭いと言い切ってよいのではないか。その著者の慧眼を証明するニュースがまた一つ加わった。

livedoor ニュース - [足利事件]「自分の人生を返してもらいたい」菅家さん会見
17年半ぶりの自由をかみしめた。足利事件で無期懲役が確定して服役していた菅家(すがや)利和さん(62)が釈放された。「本当にうれしい」。4日夕、支援者に見守られて会見に臨み笑顔を見せたが、警察と検察、そして裁判所には激しい怒りをぶつけた。「自分の人生を返してもらいたい」【森禎行、神足俊輔】

著者がこの事件を取り上げたのは、何と13年前である。

http://www.gfighter.com/images/shop/19DNA.pdf
 控訴審では、資金切れのため国選弁護人がつくことになった。が、やる気のない、というより、本人が無実を訴えているのにそれを重大事と認識できないその国選弁護人と電話で話していて、ついカッとなった佐藤博史弁護士は無料の私選弁護人を買ってでる。佐藤弁護士は、DNA型鑑定に最も造詣の深い法曹人のひとりだった。手弁当で弁護団を結成し、まず控訴趣意書だけで四百八十五ページ、弁論は五百八十ページ(四百字詰め原稿用紙にして二千三百二十枚)を書き上げた。
 「DNAが証明していると断定され、新聞でも大々的に報道されてしまい、だれも味方をしてくれなかったら、どんなひとだって自白の一つくらい迎合的にしてしまいます。そんな状況に陥った被告を、裁判所でもみんなが寄ってたかっていじめたという構図です」DNAの前に法曹関係者がひれ伏してしまったのであってみれば、その構図を指弾するだけでなく、検察側を凌駕する専門性と常識(批判精神)が弁護側には必要だ。
 それほど遠くない将来、ヒトDNAの全情報が解読された暁には、ヒトに共通する塩基配列以外の、つまり個人によって異なる塩基配列もすべて特定される。もし指紋鑑定のように「DNA鑑定」による個人特定が可能になれば、憎むべき性的凶悪犯罪の解明にも決定的な証拠として採用されうるだろう。
 しかし現状は、ある染色体のごく一部の塩基配列のパターンを比較するにすぎず、あくまでDNA 「型」鑑定でしかない。血液型鑑定を精緻化したにすぎない現状のDNA型鑑定に、ある人物が「犯人でない」ことを証明すること以上の役割を担わせるべきではないのである。しかも弁護側が事後検証をできず、警察だけが鑑定を独占するようなシステムは時代錯誤というべきであろう。個人特定が可能とされる指紋鑑定では十二ヵ所の厳格な一致が必要なのであり、たとえ十一ヵ所が一致しても他の一ヵ所が不明であれば「一致せず」と報告される。そのような厳格さは、現状のDNA型鑑定に欠如している。だが、DNA型鑑定乱発の御紋との暗示にかかってしまった東京高等裁判所第四刑事部の三人の判事は、九六年五月九日、多くの疑問点を一蹴して原審を全面的に支持、控訴棄却の判決を下した。三人の判事は公判途中から判決に至るまで、一審の宇都宮地裁で無期判決を下した久保眞人判事と、東京高裁第四刑事部の新しい同僚として席を並べていた。
 判決文朗読の直後、「何かいいたいことは」と判事に問われた菅家さんは、手をあげて、「私はやってません。はっきりいえます」と声をふるわせた。
 こうして徹底検証の場は最高裁に移された。彼は自分で、上告の手続きを済ませたのだ。

この時点で、著者の批判に少しでも耳を傾けていれば、菅家さんが17年も待つ必要はなかったはずなのだが。

菅家さん釈放を受けて、早速関係者バッシングが始まっている。捜査官のblogは早速炎上の上該当記事が削除されている((cache) 足利事件(真実ちゃん誘拐殺人死体遺棄事件)の再審請求棄却 - 私のボランティア)。しかし、判決を最終的に下すのは、警察官でも検察官でもなく、裁判官なのである。裁判の品質--そして品格--を決めるのは、結局のところ裁判官なのである。

しかしその裁判官の実体は、法曹三者の中で最も知られていない。最も知られていないのは、最も接点がないからでもあるが、それを差し引いても知られなさすぎている。本書のような書物が必要とされる所以である。そしてその実体は、法曹三者の中でもっともオカしい。「おかしい」、すなわち国民の価値観からの乖離が大きく、狂いが大きいという意味の「おかしい」でもあり、「可笑しい」、それゆえに恐怖を通り越して笑いが刺激されてしまうという意味でも可笑しい。

裏表紙より
裁判員制度導入以前に、日本の裁判って裁判官って一体どうなの? どんな凶悪犯罪でも「心神耗弱」か「心神喪失」で大幅減刑、老婆が若い男にレイプされたら「了解不能」で無罪等々、全くどうかしている「バカタレ判決」に鋭く切り込む告発の書。現行の司法制度に裁判員制度を導入する「愚」について、新たに序章として加筆。

それらの具体例は是非本書で確認していただきたいが。これはもう「読む電気あんま」だ。120%不快なのだが、それなのに笑ってしまう。「皆でよく監視し、ときどき笑い飛ばして上げることが肝要なのではないかと改めて思う今日この頃です」とは著者による結びの辞であるが、本書はそれとは逆の意味で笑える。いや笑わされてしまう。我々は裁判官を笑い飛ばすところか、「笑わせ飛ばされている」のだ。

なんでこんな風になってしまったのか。

主であるはずの民が、主としてふるまうどころか司法を「お上ごと」扱いしてきたからである。だから過剰に期待し、過剰に失望する。日本人にとって司法とは「やつらの仕事」なのだ。

しかし、民主国家において、司法もまた市民の代理人に過ぎない。英米の法廷ものを見ればそのことに嫌でも気がつかされる。刑事事件の原告は必ず"People"なのだ。裁くのは裁判官ではない。我々なのだ。

裁判員制度というのは、その建前に現実を少しでも近づける制度である。だから私は支持する。冤罪(false positive)が増えても、迷宮入り(false negative)が増えても支持する。判決に対する最終責任は、裁判官ではなく我々が負っているのだ。民主主義とは、そういうことなのである。

しかし、理念と現状の乖離は大きい。電気あんまの又裂きのように。裁判官にも、そして捜査官のblogを炎上させた「市民」にもその意識はほとんどない。それがない以上

P. 232
二〇〇九年夏に裁判員制度が実質的にスタートしても、残念ながらバカタレ判決は減らないでしょう。判決文を書くのは相変わらず同じ人なのですから--

は、かなり確度が高い未来予測だと嘆息せざるをえない。この件に関しては著者の予測が多いに外れてほしいのだけど。それがどれだけ外れてくれるかは、どれだけ本書の知見が「主」に行き渡るかどうかだろう。そう、あなたと、わたしに--

Dan the Taxpayer


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この記事へのコメント
> 冤罪を受けた者の苦しみをあまりに軽く

キミの馬鹿げた想像力には、恐れ入る。

仮にも裁判というものは、冤罪を作らないことを主目的のひとつとして設計された複雑なシステムである。期待通りの効果を上げていないことは今回明らかになったが、短期間にデバッグできる代物ではない。
おそらく長期戦を覚悟せざるを得ない司法改革の間、冤罪で死刑という最悪のケースを防ぐ策が必要なのだ。
Posted by Kei at 2009年06月08日 22:19
今回の冤罪事件などを防止するためには取調の様子をすべて録画するなどの方策が一番効果が大きいと思います。
ベッカリーア(だったと思う)の言葉で「犯罪抑止のためには厳罰よりも確実に捕まえることの方が効果がある」みたいな言葉があったと思いますが、取り調べについても同様です。
冤罪防止としての死刑廃止は「冤罪でも死刑にはならないならいいや」と言うように、冤罪を生むことへの心理的なハードルを下げることになりかねません。
それよりも上記のベッカリーアの言葉を犯罪の取り調べにも適用し、「違法な取り調べは確実に発覚する」という状態を作り出すほうが冤罪防止に効果があります。
Posted by bob at 2009年06月08日 14:10
いや実際今回の件は、冤罪という問題に対しては死刑を廃止しても
何の解決にもならないし、やはりそもそも別の問題だということを
ハッキリ示していると思うが。
「今回のように、生きてさえいれば取り返しがつく」と思っている
のなら、冤罪を受けた者の苦しみをあまりに軽く考えていると思う。
Posted by   at 2009年06月07日 03:30
>まず死刑を廃止しよう。

自分の大切な人が殺されたらという想像力のカケラもない人間が
何をわかったようなことをホザいてるんだか。
Posted by うっちぃ at 2009年06月06日 23:59
梅田望夫を私刑にかけたキミに語る資格なし。
Posted by ウルヘー at 2009年06月06日 09:52
まず死刑を廃止しよう。

刑事裁判が、一般市民の期待を大きく裏切って軽率なものであることが判明した以上、
すくなくとも死刑を廃止することが誠実な対応であると考える。
Posted by Kei at 2009年06月06日 07:46
s/多い/大い/

でしょうね、こっちは。
Posted by Tommy at 2009年06月05日 23:45
s/多彩/多才/

かも?
Posted by Tommy at 2009年06月05日 23:40
>捜査官のblogは早速炎上

アクセス数の多いあなたのブログに掲載されたら、益々炎上が激しくなるのはご自身でもおわかりでしょう。
リンクは削除してあげたらいかがでしょうか。
Posted by s at 2009年06月05日 18:47
背表紙からは、厳罰主義者におすすめ、という印象の本ですね。

どうなってもバカタレ判決は大きくは減らないでしょう。
一つの判決に対して、重すぎる・軽すぎる、両方の意見があるでしょうから。
Posted by zzz at 2009年06月05日 18:15