2009年06月17日 12:30 [Edit]

近代科学の産声を聞いてみよう - 書評 - プリンキピアを読む

難しかった。

そして、面白かった。

やはり、ニュートンは凄かった。

そしてその後の人たちも。

人類史上十本の指に確実に入る天才の偉業が、普通の高校生にもわかるようになったのだから。


本書「プリンキピアを読む」は、科学史上の不朽の名作の普及版、というより近代科学における「創世記」にも等しいPhilosophiae naturalis principia mathematica、邦題「自然哲学の数学的原理」をよりぬきした上で、現代日本人にもわかるよう注釈を加えたもの。

目次 - プリンキピアを読む ニュートンはいかにして「万有引力」を証明したのか? 和田純夫 講談社より
第1部 プリンキピアとは
第1章 プリンキピア誕生まで
第2章 知識に関する時代背景
第3章 「世界の体系」への道……プリンキピア第3編前半
第2部 プリンキピアの諸定理
第4章 用語の定義と運動の基本法則
第5章 第1編 Section1 準備
第6章 第1編 Section2 向心力と面積速度一定の法則
第7章 第1編 Section3 ケプラーの法則の証明
第8章 第1編 Section6〜8 時刻と位置
第9章 第1編 Section9 軌道自体が回転する運動
第10章 第1編 Section11 2体問題・3体問題
第11章 第1編 Section12 大きさのある物体の重力
第12章 第1編 Section13 球状でない天体の引力……ニュートンの積分
第13章 第2編 Section1〜9 抵抗を及ぼす媒質内での物体の運動
第14章 第3編命題18以降
第15章 終わりに

そう。あくまで注釈を加えたものである。諸問題の解き方は、あくまでニュートンのやり方を踏襲している。

そしてこれが実に難しい。なぜ難しいかといえば、皮肉にも、それらが初等的、すなわちニュートン以前にすでに確立されていた概念と語彙を駆使してなされていたからだ。方程式を知らぬものにとって、鶴亀算が難しいのと同じだといえばわかりやすいだろうか。

newton-kepler.jpg

現代人であれば代数と微積分を行使して解くであろう問題も、ニュートンはあくまで幾何的に解こうとする。ニュートン自身が微積分の発見者の一人であるにも関わらず、プリンキピアには dx/dt というライプニッツ流の記号はおろか、x'("x prime"と読む。)というニュートン流の記号もすら出てこない。あくまで「差分を限りなく小さくすると」という、現代であればlimを使うような表現が、数式ではなく言葉で出てくるのみである。それでもときおり出てくる数式で使われている四則演算と平方根の記号が現代と同じでほっとするのではあるが、

あまりに有名なSECTIO III, PROPOSICIO XI. PROBLEMA VI.、楕円軌道からの逆二乗則の導出も、この例外ではない。 原著 P. 118、英訳版 P. 207 に登場するこの図は、本書でもP. 147にほぼそのまま登場する。この証明、実にエレガントなのだが、しかし分かりやすさとなると遠山啓の「数学入門」下巻に登場する、楕円を極座標表現してから微分方程式を立て、それを淡々と解いていくやり方には遠く及ばない。

本書でも、これは幾何だけではわからないという部分には、著者が数式で助け舟を出している。もちろん微分はニュートン流でなくライブニッツ流の表現。原著、英訳、そして本書と並べてみると、後者に行くに従って数式が増えているのがわかるだろう。そしてわかりやすさもこの順である。「数式って難しい」という人は、ぜひ「数学入門」と本書を読み比べて欲しい。いかに数式がものごとを簡単にしてくれるのかがいやでもわかるから。

それと同時に気がつくのは、ニュートンが表現者としてはいかに保守的だったか。数式の控えめな使い方もしかり(数式ではなく言葉(もちろんラテン語!)優先)。二十代の発見を発表するまで二十年もかかっていることしかり。

そしてなにより、Philosophiae naturalis principia mathematica というその題名。Philosophiae naturalisではあってもscientiaではない。科学という言葉はまだなく、そしてニュートンは新語を作る(coin)することをよしとしなかった。後の造幣局(coinを作るところ)長官のくせに。ニュートン自身は Natural Philosopher と呼ばれれば返事をするだろうけど、 Scientist と呼ばれても「ハァ?」だったのではないか。

それもあって、ニュートンは「最初の科学者」というよりも「最後の錬金術師」と近年では呼ばれることが多い。しかしそこにはユリウス・カエザルを「最初の皇帝」ではなく「最後の共和制指導者」と呼ぶのと同じ違和感がある。「それ」を表す言葉はなくとも、「それ」には違いないのだ。「ゼロ番目の近代科学者」と呼ぶのが一番しっくり来る。

そう。近代科学者。そのなによりの証拠もまた、原題に登場する、principia mathematica。宇宙は数学で書かれている。ニュートン以前からそうであったのだが、それに最初に気がついたのが、ニュートンだったというわけである。

P. 25 さらにプリンキピアによて、物体の動きは数学によって厳密に記述されることが明らかになった。宇宙の基本法則から出発し、数学的考察によって理解できることを示したのはニュートンが初めてだったといってよいだろう。つまりプリンキピアは近代の自然観の出発点であるばかりでなく、近代科学の出発点でもある。

その近代科学の出発点に、我々は誰でもいつでも望むときに訪れ、望むだけ堪能できる。上に示した原著と英訳のリンクは、実は Google Books へのリンクになっている。近代科学の源流まで、ワンクリック。「誰でもいつでも望むだけ」。そう。これも近代科学のもう一つの欠くことの出来ない原則である。それに触れるのに、セレブである必要もリッチである必要もない。博士どころか高卒すらいらない。ニュートンはとにかくファラデーは現代で言うところの小卒だった。

これに感動せずに、いられるか。

Dan the Thinking Weed


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この記事へのコメント
Pascal はお好き?

L'homme n'est qu'un roseau.
Posted by Blaise at 2009年09月07日 07:32
自分用には、もちろん微積を使ったらしいですけどね
Posted by BLUEPIXY at 2009年06月18日 03:31
易しかった。

そして、面白かった。

ブラック企業社長潰し
Posted by Dan the Darkness Evil at 2009年06月17日 23:45
今読んでるなあ
Posted by PK at 2009年06月17日 19:03
ぜひ、クロード・ベルナールの「実験医学序説」も読んでみてください。

岩波文庫は難解で、読みにくいし、術語の訳語もこなれていないけれど、生物学を物理学のような近代科学にするために、19世紀の最高の知性の一人がどれほど真摯に格闘したかがわかります。ベルナールは、ある意味でパストゥールの先駆者であり、盟友です。ダーウィンとメンデルの同時代人です。

まあ、哲学的には、ハイゼンベルクの諸著作のほうが面白いのでしょうが、生物学を近代科学として確立する、という意味では、ベルナールは、リンネ以上に大きな仕事をした人だと思います。
Posted by enneagram at 2009年06月17日 16:37
書評というより、これは単なる内容のまとめじゃないのかな。

現代語訳を上からなぞるだけの書評も結構だけど、プリンキピア
前後の数学史の素養がないと、この本の持つ知識的価値は
なかなか分からないと思うよ。
Posted by   at 2009年06月17日 15:27
典型的文理二元論に染まっているからこそ、プリンキピアを「化学」などという誤字で引き合いに出す間違いを犯すんでしょう。たぶん。
Posted by Nad at 2009年06月17日 15:24
原著のリンクきぼんぬ
Posted by 諭吉 at 2009年06月17日 13:58
このエントリのタイトルは「近代『科学』の産声を聞いてみよう」では?
Posted by いちアク at 2009年06月17日 13:33