2009年07月04日 17:30 [Edit]

生み出す力の源泉 - 書評 - インターネットが死ぬ日

早川書房より献本御礼。

力作にして傑作。そしてネットに関わる者にとっての課題図書。今後本書を読まずしてネット論を語るのは、「資本論」を知らずして共産主義を語るのに等しいと弾言せざるを得ない。

ネットを残念な場所にしないためには、何が必要なのか。

バカと暇人のもの」にしないために、何が出来るのか。

本書を読みながら、考えて欲しい。


本書「インターネットが死ぬ日」という邦題は、釣りである。確かに"The Future of the Internet"というおとなしい原題と比べると、釣り過ぎにも思える。しかし本書の本当の主題が、副題である"and How to Stop It"にあることを考えれば、そして原著の見事な表紙を見れば、邦訳が釣り過ぎでないことは一目瞭然である。

目次 - Amazonより
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イントロダクション
パート1 肥沃なネットの興亡
第一章 箱の戦い
第二章 ネットワークの戦い
第三章 サイバーセキュリティと生みだす力のジレンマ
パート2 失速後の世界
第四章 生みだす力のパターン
第五章 ひも付きアプライアンス、サービスとしてのソフトウェア、そして万全なる執行
第六章 ウィキペディアに学ぶ
パート3 対策
第七章 インターネットを死なせない -- 肥沃なインターネットの安定
第八章 肥沃な未来を実現する戦略
第九章 生みだす力のリスクに対応する -- プライバシー2.0
まとめ
謝辞
訳者あとがき

それでは、著者のいうところの「インターネットが死ぬ」とはどういうことだろうか。

「生み出す力」を失う、ということである。

それでは逆に、なぜ「ネットには生み出す力があれほどあったの」だろうか。

「だれのものでもなかった」からだ。

「だれのものでもなかった」がゆえに、そこで何かを生み出す者たちは、誰かに「生んでもいいか」などとお伺いをたてずに、好き勝手にさまざまなものを生み出して来た。良いものも、悪いものも。Webを生み出したのもネットならば、SPAMを生み出したものもネットなのだ。

そうなると、悪いものがどうしても気になるようになってくる。e-Mailのトラフィックの8割がSPAMという現状は、「生み出す力」の負の側面だ。しかし、この段階ではまだインターネットは死んだことにはならない。「ネットはSPAMの重みで自己崩壊する」という主張も確かにあるけど、少なくともそれは著者にとっての「ネットの死」の定義ではないし、私も著者に同意する。

インターネットの本当の死、それは「インターネットのいいところどり」からはじまる。「いいこともわるいことも出来る」、プログラム可能なパソコンではなく、「いいことしか出来ない」ひも付きアプライアンスを使えば、ネットの悪い点は避けられるのではないか。

こうしてケータイやiPhone、XBoxやWiiといった、「消毒済みアプライアンス」が、パソコンのような「無添加ホスト」にとって変わることによって、「生み出す力」もまた失われていく....

というのが、著者の定義する「インターネットの死」である。

「生み出す力」はいいものもわるいものも生み出さずにいられない。しかしひも付きアプライアンスは、生み出す力を犠牲にして安全性を確保している。この矛盾をいったいどう止揚すればいいのか。

ぜひ本書で確認していただきたい。いや、「本書」、すなわち邦訳版でなくともかまわない。原著はCCで無料でダウンロード可能でもある。原著は実に平易かつユーモアにあふれた表現で書かれており、邦訳を読了した人にもお勧めである。

訳本がハヤカワ新書Juiceで刊行されるというのは複雑な心境だ。本書のような「読まずに済ませられない」一冊が安価に入手できるという点では素晴らしいのだが、原著では100ページに及ぶNotesとIndexが割愛されたという点が実に惜しいので。

惜しい点がもう一つ。本書の訳の質だ。低いのではない。高すぎるのだ。原著が「パソコン」なら、本書はどうしても「アプライアンス」という位置づけになってしまう。

404 Blog Not Found:書評 - ウィキノミクス
いや、むしろこなれすぎている。特に固有名詞に関してはそうだ。「ボインボイン」がBoing Boingのことであるというのに気がつくのにしばらく考え込んでしまった。本書はケーススタディーが多いので、どうしても固有名詞の量が多く、そして横書きで見慣れた名詞がカタカナでこれだけ登場すると、さすがに目にさわる。むしろカタカナ化しない方がよかったのではないか。

本書において、この点は若干ではあるが改善が見られる。明らかに検索フィールドに入力されるであろう語句は、本書では英語のままになっている。しかしそうでないものは、やはりカタカナ化が過度になされている。「GNU/リナックス」はないわー。「GNU/リナックス」は。本書でNotesが省かれていることを考えると、このことは「よみやすい」という利点よりも「検索しにくい」という欠点の側面がより大きい。

とはいえ、仮にこの点をクリアーしたとしても、日本語ではどうしても本書のユーモアが伝わりにくいのも確かだ。例えば「肥沃なネットの興亡」の原文は"The Rise and Stall of the Generative Net"。FallではなくStallという語呂合わせを訳出しろというのはちょっと酷な話しである。他にもたとえば"mouse droppings"という素敵な表現が出てくる。「マウスの落とし物」と訳出されているが、しかしそこからは"droppings"に含まれる「糞」、すなわち「本来捨てられるべきもの」から利益を得ているという表現の妙は「消毒」されてしまう。

こういった点も、脚注やエンドノートを駆使すれば克服できなくはない。しかし本書を1470円に収めるためには、それも省略せざるを得ない。難しいところだ。

とにもかくにも、本書は読んでおしまいという本ではない。読んでからどうするかが問われる本だ。まずは読んで欲しい。少なくとも、本書を読まずしてネットを残念がるのはあまりに残念なことだし、「バカと暇人のもの」と決めつけるのは、あまりにバカで暇人的な行為である。

Dan the Generative Blogger


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インターネットが死ぬ日【トップキーワードジャンプ!】at 2009年07月06日 09:29
この記事へのコメント
gokwさん wrote > とにかく読みにくい。もうすこし上手い訳があるだろうに、、、と思いながら読み進めたが途中で断念。ウィキノミクスに続き2つめの途中挫折本となった。

------- ある Blogger のコメント: [...] (p.457) これが最後の一文。人工無能が書いた文章みたい。ある意味、すごい!



● 目次(抜粋) --- 章題の訳文のマズイところが分かりますか?

----------- ヒント: 小失敗2件、 大失態1件

Introduction
Part I: The Rise and Stall of the Generative Net
Chapter 3: Cybersecurity and the Generative Dilemma
Chapter 4: The Generative Pattern
Chapter 7: Stopping the Future of the Internet: Stability on a Generative Net
Chapter 8: Strategies for a Generative Future
Chapter 9: Meeting the Risks of Generativity: Privacy 2.0
Conclusion

イントロダクション
パート1 肥沃なネットの興亡
第三章 サイバーセキュリティと生みだす力のジレンマ
第四章 生みだす力のパターン
第七章 インターネットを死なせない -- 肥沃なインターネットの安定
第八章 肥沃な未来を実現する戦略
第九章 生みだす力のリスクに対応する -- プライバシー2.0
まとめ
Posted by goyk at 2012年06月15日 03:09
原著はPDFで公開されてますね。もちろん無料で。
http://futureoftheinternet.org/
Posted by 通りすがり at 2009年07月25日 09:17
従量課金制にすればインターネットなんて即死すると思いますけどね

時代は今20世紀初頭に似てきてませんか?
URL貼っただけで逮捕
不穏当なことを書き込んでも逮捕
タバコもそうです、道端でちょっと一服すぐ逮捕
いくらなんでも息苦しい社会だ。
1984がついに現実になろうとしているんじゃないか?

善意の特高警察が人権という絶対権利を振りかざして
われわれの自由を奪おうとしています。
特にエロが危ない。
アグネスとかいうゲシュタポに日本の男子は全員逮捕されて
獄死するでしょう。
だって男は全員ロリだもの。
そういえば山 ロリエさんは元気なんでしょうか。
Posted by 仁 at 2009年07月09日 07:22
基本的にはあまりこういう場所で担当書について発言しないほうが賢いとは思うのですが、いくつか補足させてください。

原題はたしかにThe Future of the Internetですが、これ版権取ったときにはThe Death of the Internetだったんです。というか、だから取ったんですけどね。だからあながち「釣り」ではありません。なぜ原書出版社がヒヨったのかわかりませんが、「インターネットの未来」なんてタイトルはナシだなぁと思います。

注については、基本的に新書であろうとなかろうと付ける方針ですが、今回はウェブからの出典が多く、これを正しく組版して校正するのは労多くして値段が上がるだけ、ということになると思ったので割愛しました。いずれにせよ、書籍媒体におけるウェブからの出典の表記法(書籍や雑誌からの出典と同じように表記すること)を、海外でも日本でも考えなおす必要があると思います。アドレス変わってるのも結構あるし。そこは研究課題ですね。

「GNU/リナックス」については、この類の本ではどうしても縦書き表記に限界がありますねぇ。いちいち全部欧文つけるのも手ですが、たぶん、見た目的には「感じ悪く」なりますw。でもこのへんのことは毎回すごく悩みます。
Posted by 担当編集者@早川書房 at 2009年07月07日 23:41
単純に面白そうですね、その本。
Posted by yang at 2009年07月05日 17:51
そういえば、かつて、渡部昇一先生が、猥雑なものほど活力がある、とおっしゃってました。

インターネットもあまりデオドラントになってはいけない、ということか。

でも、インターネットの社会的影響力も、いずれは固定電話とかテレビガイドなみになってしまうでしょう。インターネットでできることの限界が明らかになれば、インターネットが蒸気機関や真空管のように陳腐化技術になるのは仕方ありません。でも、そのときにはまた、あたらしいコミュニケーション手法ができて、それがまたあらたな社会のイノベーション(革新)を実現してくれると思います。

無意味な真実に過ぎないけれど、わたしも、小飼さんもいつかは死ぬのです。インターネットもいつかは社会的重要性を喪失して、新聞の折り込みチラシ程度の扱いしか受けなくなるだろうと思います。
Posted by enneagram at 2009年07月05日 13:22
dan さんが大袈裟な言葉で推薦した本が、実際に重要な本だったという例は
近頃あまり見たことがないなあ。そういう意味では、書評ブログとしては
ちょっと残念な状態になっている。
Posted by Kei at 2009年07月05日 12:33
ケータイだったり、ネットワーク側の死へのカウントダウンもOP25B等の愚策で始まっていたりしますね
これに早く気づくべきです
Posted by sk at 2009年07月05日 00:16
>今後本書を読まずしてネット論を語るのは、「資本論」を知らずし
>て共産主義を語るのに等しいと弾言せざるを得ない。

そりゃ大変だ!

ま、何もしないけど。
Posted by 通りすがり at 2009年07月04日 23:02
今はまだ、ネットは「バカと暇人のもの」にはなりきっていないが、このままいけばそうなってしまうということですか。

今だって、ネットで何かを生み出すのはごく少数の人たち。
そうではない人たちが、iPhoneだのゲーム機だのに移ったとしても、PCがなくなってしまうわけではありません。
そこになにか面白そうなものがあれば、死んでしまうことはないでしょう。



GNU/リナックスでも、GNU/Linuxでも、検索結果はほとんどかわりません。
別に、GNU/リナックスを擁護するわけではありませんが。
Posted by zzz at 2009年07月04日 21:10

・無添加ホストであるPCという形態が死に絶える日(みんな興味を持たなくなる)
・いいとこ取りを目指して管理したネットワークであるNGNのユーザが素のインターネットユーザを越えた日

というあたりが、分岐点になりそうな気がしますね。
Posted by sakurada at 2009年07月04日 20:52
生み出そうとする意思、創意、そういうものは自由な(自らのに由るもの、という意味で)頭脳から生まれる。

そういうものを阻害する原因は、物理法則や道徳による制約が大きい。
しかしそれ以上に、他人からの押し付け、すなわち他由も大きな原因だ。

しかし人間は人のなかで生き、他人の考えを受け取らなければ、すなわち他人に由らなければ活きていけない。
そういう意味で、「生み出す力」とは、他由を自由に変える行為なのかもしれない。
Posted by IBERTIS at 2009年07月04日 20:20