2009年07月17日 16:30 [Edit]

メディアにマスはいらない - 書評 - 2011年 新聞・テレビ消滅

著者より献本御礼。

やっとAmazonにも登録されたので紹介。しかし書影も目次も未登録(ここの書影は文春より援用)。「グーグル 既存のビジネスを破壊する」の時と同じだ。これで「新聞・テレビ消滅」と言われたら、文藝春秋よりははるかにネットを活用してきた新聞・テレビに笑われてしまいそうだ。

しかし、努力してもなお、新聞とテレビは消滅を免れない。

それが本書の主張であり、そしてそれが、本書を「グーグル 既存のビジネスを破壊する」以来、著者の手のものとしては最も読まれるべき一冊としている。


本書「2011年 新聞・テレビ消滅」は、マスメディア育ちでネットで開花したジャーナリストによる、マスメディア終了宣言。

目次 - 『2011年 新聞・テレビ消滅』(佐々木 俊尚・著) | 文春新書 ほか | 書籍情報 | 文藝春秋にもAmazonにもないので手書きorz
プロローグ
「アメリカでは二〇〇八、多くの新聞が倒れ、多くの街から伝統ある地方紙が消え、『新聞消滅元年』となった。いままでもそうだったよいうに、アメリカのメディア業界で起きたことはつねに三年後に日本でも起きる」
マスの時代は終わった
新聞の敗戦
さあ、次はテレビの番だ
プラットフォーム戦争が幕を開ける
あとがき

「マスメディア終了のお報せ」ということであれば、本書を待たずともフジテレビ・ライブドア騒動のころからずっとあった。その時の主張は、「マスメディアはネットを知らなすぎる」からというものであったが、本書による「マスメディア終了のお報せ」が決定的なのは、「マスメディアがいくら努力しても、その消滅は避けられない」ことを明らかにしたことにある。

PP. 8-9
実際、アメリカでは新聞の言論はまったく衰退していないが、しかし新聞というビジネスそのものは日本を上回る速度で衰退している。
たとえばアメリカを代表するニューヨークタイムズ。いまもその言論の強さは決して失われていない。さらに言えば日本の旧態依然とした全国紙のようにインターネットを敵視せず、ブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などのネット論壇を取り込み、インターネットと紙メディアの言論を融合させていくような先端的な試みをさまざまに打ち出している。
しかしそのニューヨークタイムズが、いまや破綻の一歩手前まで追い込まれている。二〇〇九年一月には、「ザ・アトランティク」誌[引用註:「ジ・アトランティック」が正解だがそのまま]がニューヨークタイムズの終焉」という記事を書き、その中で「今年五月には倒産する可能性が高い」と書いた。一千億円以上の負債を抱えており、この中で返済期限が五月にやってくる約四百億円がどうにも調達できないだろうと予測したのだ。

ニューヨークタイムズという会社そのものは首の皮一枚でそれを免れたが、同社の苦境は、同社のネットに対する真摯な取り組みを知っているものにとってやはりショックであろう。結局努力は無駄であったのか、と。

それでは、なぜマスメディアは消滅するしかないのか。

「器」の支配権を失ってしまったからだ。

メディアは、次の三つの要素から出来ていると著者は説く。内容たるコンテンツ。その器たるコンテナ。そして、それを「消費者」に届けるコンベア。かつてマスメディアは、この三つを全て抑えていた。

しかし、インターネットにより、まずコンベアの支配権を失う。そしてYahooやGoogleといった、「増すアグリゲーター」により、コンテナを失う。

そしてコンテナを失うことにより、マスを維持するだけの売上げの見込みが立たなくなったのだ。

インターネットの世界は、残酷なほどスマイルカーブがきつい世界だ。それもきれいなスマイルではなく、片方の口の端がつり上がった「悪人顔」なスマイルカーブである。コンテント→コンベア→コンテナの順に並べると、コンテントには「少し」お金が入る。コンベアには維持費ぐらいしか入らない。そしてどっさりお金が入るのはコンテナだ。

それでは、なぜコンテナの支配権をマスメディアは失ってしまったのか。

コンテナのコストが、劇的に下がったからだ。かつてコンテナというのは、「儲かるけれど、投資も大きい」ものだった。記者に輪転機を買うだけの金はない。しかし、今やコンテナのコストは下手すれば無料である。blogを開設するだけなら無料だし、CMSをまるがかえしてさえ、せいぜい一エンジニア/年程度の費用しかかからない。

その結果、マスメディアが持っていた、「マスメディアに「入信」せざるものコンテント配布するべからず」という特権が失われてしまったのだ。それにより、マスメディアより強いアテンションを集める個人すら登場している。本書によると、本blogもそんな「ミドルメディア」の一つのようだ。

を見ると愕然とする。本blogよりもUVもPVも低いサイトがごろごろしていることに。

こうした流れが峠を越えるのが、米国においては2008年。そして日本においては2011年というのが著者の出した結論である。「ミドルメディア」の一オーナーである私もそれに同意せざるを得ない。

しかし本書はそこで終わらない。より重要なのは、「そしたらどうなる」ということだ。

マスメディアなき世界は、「公正で迅速な報道」なき世界なのだろうか。

そんなことはない、と著者は説く。

今まで「機関」(institution)に属していた記者が、独立(independent)なるだけの話し、だと。

著者自身それを実践しているし、日垣隆 をはじめ、「指名買い」される「記者」は日本においても少なくない。僭越ながら私もその中に入るだろう。マスメディアの消滅は、ジャーナリストの消滅を必ずしも意味しない。むしろ本来の、あるべき姿に戻るだけのである。

P. 231
つまり私たちにとって必要なのは、新聞やテレビじゃない。必要な情報や娯楽、そして国民として知らなければならない重要なニュースにきちんと触れられるメディア空間だ。
だったら私たちの考えるべきことは、新聞やテレビを守ることなんかじゃない。もし新聞やテレビがくだらない記事と俗悪な番組を垂れ流し続けているんだったら、とっとと退場してもらっていい。
そのかわりに、私たち自身が一生懸命考えて、新しいメディアを作っていけばいいのである。

そう。それだけのこと。

マスメディアという「オフィス」がなくなるだけのこと。

仕事するのにオフィスはいらない」のだから。

Dan the Media of His Own


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ノマドをご存知でしょうか。北アフリカの砂漠や中央アジアの草原で、羊や牛を追って生活している彼らが、ノマド(遊牧民)です。彼らはラクダを駆り、オアシスが枯れてくれば、次のオアシスへと移動しながら生活しています。現代においてもこのような生活をしている人はいま
[書評]ノマド(遊牧民)から学ぶ自由の有り方 - 仕事するのにオフィスはいらない【keitaro-news】at 2009年07月18日 05:39
この記事へのコメント
マスゴミは永久に不滅です!!
なんですかね、結局は。


既存のマスメディアが2011年以降倒れていったとしても、また新たなマスメディアが誕生してゴミ化していく。。

マスコミって大っきらいですが必要悪なのかもしれません。
Posted by ポン太 at 2009年07月24日 14:20
どうなんですかね。アメリカの新聞のコンベアが酷すぎたのは、明らかですよね。日本のように、宅配をきちんとしたり、KIOSK販売は多少ありましたが。
多くは、街中にフリーペーパーのように置かれて、良心のある人だけが、コインいれにお金をいれて販売していたのを覚えています。
そんな状態でも毎日、新聞が入れ替えられていたのが不思議でした。アメリカの新聞業界のコンベアは、明らかにボロボロでしたが。ネットが無い時代は、まだ持っていましたね。
今、PCで新聞記事が検索できるのに、わざわざ無人の箱にお金をいれて買う人がいるのかどうか。
マスコミの長所は、何処でも、その日の出来事を一覧できる事です。ネットでこれをやると毎日、何時間も費やしてしまいます。社会活動をする上で、時事をしらねければ、活動自体できない人も多いので、そういう人にマスコミは必需品ですね。
Posted by しゅん at 2009年07月20日 23:00
いままでなら新聞テレビ雑誌に行ってたようなメンタリティの
人間がIT系に行くだけの話だから一般市民の嫌う「マスゴミ」が
いなくなるわけじゃないでしょう。


Posted by 3つ星 at 2009年07月20日 14:06
こんにちは、初めて書き込みします。興味深いテーマなので。以下のように真剣に思います。

マスメディアの消滅していきそうだという見通しを喜んでいる場合でも静観している場合でもないと思う。そこには第4の権力と揶揄されるまでに肥大化したマスメディアに対する批判的な気持ちがあると思う。しかし、マスメディアは権力批判の力を十分でないにしても今も果たしている。これがなくなった時、喜ぶのは権力。現状、ネットはだれかの取材したものを転載しているケースが大半だから、現状のネット企業がそのままマスメディアに取って代わることはありえない。結局、ちゃんと取材できる記者が必要なわけだが、もしマスメディアが消滅して、組織の後ろ盾を失った時に記者たちが、それまで同様の働きをできるかどうかは疑わしい。それは組織がないこと、そして収入が安定しないことなどが理由。いずれにしても新たなビジネスモデル(NGOも含めて)が必要だと思う。そうでないと、民主主義は脅威にさらされていく可能性があるのではないか。
Posted by スカイフック at 2009年07月20日 07:54
記名記事に対する投げ銭システムなりを作って、
有力な記者を食わせる事が出来るポータルを作り出す事が、
これからのコンテナの価値になりそうですね。

或いは、電凸の作法なりを作った上で、電凸結果の集積所を作るとか
裏付けを取るなどの地道で大量の作業を分担する辺りは、
記者でない一般人も可能なので、そこでコストを軽減したり、
集客を見込んだりというのも面白いかも
Posted by any_key at 2009年07月20日 06:48
>本blogよりもUVもPVも低いサイトがごろごろしていることに。
単に地方新聞の読者が(少なくとも積極的な)ネット利用者ではないだけでは?
Posted by AAA at 2009年07月19日 22:53
>>会社としての組織
その情報、果たして使い途があるか? 使い途が(マスとして)無い物は、このエントリでは無意味である。

>>バラエティ=コンテンツ
本当にそうか? 『たけし城』や『バカ殿』を現状の公共の電波(マスとしての時間帯)に乗せられるか?
そして、今のバラエティ番組は本当に番組として、コンテンツとして機能しているのだろうか? はなはだ疑問である。

コメ、はてブを読むと「組織(総体)としてのマスメディア」にまだ期待(現状維持としての)を持っているのが意外だ。
形有るものは滅ぶか変質する。変質を滅びと捉えるのも短絡的ではある。
Posted by 奥平剛士 at 2009年07月19日 01:45
記事中で「俗悪」と切って棄てられているバラエティー番組こそが、日本のテレビ局にとって世界に誇れるコンテンツであることを忘れてもらっては困る。報道は廃れるかもしれないが、「たけし城」とか「バカ殿」とか、世界中で売れている。将来的には下らないバラエティーとそれに便乗した宣伝で成り立っていくのでは。
Posted by ParisHilton at 2009年07月19日 00:58
新聞テレビの人はもう信用されていないということですから。

Posted by XYZ at 2009年07月18日 20:37
でも、組織とか信頼などで得られる情報もあったりするのではないですか?
なんか安直な考え方のような気がします。
Posted by dai at 2009年07月18日 16:08
>メディアは戦後最大の既得権益

実は戦前からです
詳しくは1940年体制を

新聞は通信社くらいしか残らないかも
なんだかんだ言って高コスト体質なんですよ
全国に記者を配置するのは
テレビでそれをやれるのはNHK位になる

どっかの誰かが言っていましたが
ベタ記事のようなものを載せる人と
解説記事や調査報道などの金のかかることをやる人に分かれる

ベタ記事のようなものは通信社が担うので・・・
Posted by あげさ at 2009年07月18日 02:22
「増すアグリゲーター」って何ですか?
Posted by sakurada at 2009年07月18日 00:26
メディアは戦後最大の既得権益です。権利の上に眠る者はいつか淘汰され駆逐される。良いじゃないですか。「祭り」の後がどうなるのか非常に楽しみです。
Posted by テレビ見ません at 2009年07月17日 20:25
いえ悪貨が悪貨を駆逐するするのです。
Posted by qed at 2009年07月17日 19:45
悪貨は良貨を駆逐する、ですね。

記者といっても、自分でどれだけ取材していますか。
マスメディアが取材した情報あってこその、ミドルメディアではありませんか。
みんなで、金の卵を産むガチョウを殺している、そんな図式に見えます。

まあ、それが私たちが選んだ未来(あるいは現代)ですから、マスメディアの死は避けられないものかも知れませんが。
Posted by zzz at 2009年07月17日 19:25
弾さん、上手く閉めましたね(笑)

釣られて2冊買っちゃお。
Posted by かいらくん at 2009年07月17日 18:14