2009年08月01日 19:30 [Edit]

感無量 - 書評 - アイの物語

人もまた沈黙せず」を読んですぐ入手して、あまりにすごいのですぐには書評できず、[文庫版が出たら書評]の脳内タグを貼っておいたのに、3月に出ていたとはorz。

現時点における、マイベストフィクション。

本書を読まずして、もはや物語は論じ得ない。


本作「アイの物語」は、物語であると同時に物語論であり、そして物語の物語であると同時に、虚数単位iの物語であり、一人称単数Iの物語であり、そして愛の物語である。

目次
プロローグ (level 0)
インターミッション 1 (level 0)
第1話 宇宙をぼくの手に (level 2)
インターミッション 2 (level 0)
第2話 ときめきの仮想空間 (level 2)
インターミッション 3 (level 0)
第3話 ミラーガール (level 2)
インターミッション 4
第4話 ブラックホール・ダイバー (level 0)
インターミッション 5
第5話 正義が正義である世界 (level 2)
インターミッション 6 (level 0)
第6話 詩音が来た日
インターミッション 7 (level 0)
第7話 アイの物語
インターミッション 8 (level 0,1,2)
エピローグ (level 0)

フィクションを紹介する際にはたいてい目次をつけない私だが、本作にはつけなければならない。本作は個々の作品として独立した12の短編がまとまって一つの長編となる、星新一の「声の網」と同様の構成になっているが、「声の網」が「同レベル」の物語の連作であるのに対し、本作のそれは「物語内物語」という形で、レベルが変動するところが違う。この「物語内物語」という体裁には「千夜一夜物語」という古典的傑作があり、それゆえ本作も「機械とヒトの千夜一夜物語」と紹介されるが、その目的は異なる。

千夜一夜物語の語り部、シェラザードは、自らを救う為に物語を語るが、本作の主人公アイは、人類を救うために物語を語るのだ。

「物語」とは、一体なんなのか。

なぜ我々は物語を語り、そして耳を傾けずにはいられないのか。

そして物語そのものが語り出したとき、我々はその物語を一体どうすればいいのか。

著者は全身全霊で、その問いに答えている。

実はこの命題は、前作「神は沈黙する」の主題でもあり、おそらく著者はこの問いに対して一生かけて答え続けていくのだろう。どちらも傑作であり、どちらも読むに値する。しかし、本作の方が圧倒的に読みやすい。前作と本作の一番の違い、それは読みやすさだ。

前作では、読者はいきなり物語「に」突き落とされる。レベル0、すなわち現実世界の登場人物だったと思っていた我々は単なるシミュレーションにすぎない、レベル1の住人だったというのが同作の出発点だった。これが同作を傑作にしていた一方、まだ「メタフィクション」慣れしていない読者にはかなりとっつきにくいものにしていた。

本書は、違う。これだけ難い主題と、これだけ多くの要素を詰め込みながら、ジュブナイルとして読めるほど平易なのだ。「メタ」でありながら「賢しくない」のである。そして本作はSFの最重要ジャンルの一つである「人類の次」を扱っているのに関わらず、「人類の今」をきちんと描いている点において、フィクションが苦手な、そう、ビジネス書しか読まない人々にも自信を持って薦められる。 「詩音が来た日」に登場する近未来の日本の描写は、堺屋太一など話しにならないぐらいリアル。そう、「リアルよりもリアル」。「真実よりも正しい」。

物語は、「たかが」物語なんかじゃない。

それが、本作の叫びである。

物語というものにとって、最も重要な主題を、変にひねらず正面から正々堂々と扱い、にも関わらず物語慣れしていない人にも楽に読める。Straightforward and Simple なこの話しが最高の物語でなければ、何をもって「最高」と言えばいいのか。

しかし、この単純にして平易であることは、「SF界」では美徳でないようなのである。それを改めて思い知らせてくれたのが「SF本の雑誌」。献本いただいたにも関わらず恐縮だがそこでの「SFオールタイムベスト100」は、私がみたベストnリストの中で最低のリストだった。本作が文庫化されたことは、本書で知ったのだが、本書はベスト100には選ばれていない。その代わり入っていたのは「神は沈黙する」だった。どう見ても、「同じ作家なら難解な方を入れておけ」という魂胆が見え見えだ。ちなみにベスト1は「万物理論」。そりゃEaganがはいっていないベスト100どころかベスト10はないだろうけど、しかしこれを一位にするってのはどうよ。

これじゃSFは死んだって言われるのも無理はない。「こんな難解な話しでもオレはわかるんだ」合戦だもの。唐辛子の量で決まる料理ベストとどこがちがうんだ?それでいて、「理系的に平易だが文系的に難解」なハードSFが明らかに割を食っている。「竜の卵」や「マッカンドルー航宙記」が入ってないってどんだけだよ。

不幸中の幸いというか、同書の「SFサブジャンル・こだわりベストテン」や「書店員POP 私たちSFの味方です!」はかなり素直で救われた思いがしたのだけど、読みやすさ、わかりやすさをもっと素直に評価しないと、まじ死ぬよ?

別に、わかりやすさのためにあれこれ犠牲にしろって言ってるんじゃない。「あたし、アンドロイド。」を書けとか言ってるんじゃない。もっと素直な作品を評価しろよ。いいものはいいんだよ。サルにでもわかってしまおうが。

つい憤ってしまった。しかし、平易な作品を下に見るというのは、まさに「たかが」物語扱いする姿勢なのだ。本作を「アイ」しているものであれば、憤らずにいられないだろう。物語は、わかってなんぼなのではない。語られてなんぼなのだ。

物語が苦手な人も、物語にもう疲れた人も、あらためて本書で物語の力というものを知って欲しい。

「真実よりも正しい」ものが、そこにあるのだから。

Dan the Prisoner of the Real Axis


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 人類が衰退し、マシンが君臨する未来から、「現代」をふりかえった秀作。  SFが
真実より正しいフィクション「アイの物語」【わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる】at 2010年07月02日 00:58
これは物語が、自らの尊さを雄弁に物語る、物語だ。Book Talk Cafe 第1回(スゴ本オフ)に参加したら、dankogaiさんに「アイの物語」をもらいました。氏のレビューは実は前に読んでいたこともあり、ちょうど読みたかった本がもらえるなんてラッキー程度に思っていましたが、
[SF][オススメ]アイの物語 / 山本弘【誰が得するんだよこの書評】at 2010年04月16日 21:13
Amazonにて購入。 ニセ科学を10倍楽しむ本 山本弘 これ、著者の仕事の中で、最も社会貢献度が高い作品ではないか。「アイの物語」が著者のフィクションベストとすれば、本作はノンフィクションのベスト。そして今まで読んだニセ科学対策本の中のベストでもある。 ...
全小中学校に常備すべし - 書評 - ニセ科学を10倍楽しむ本【404 Blog Not Found】at 2010年03月10日 02:34
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古き良き最新 - 書評 - 地球移動作戦【404 Blog Not Found】at 2009年09月21日 21:53
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この記事へのコメント
読み終えた感想ですが、気持ちいいというか、救われる感じがします。

ぼくは男ですが女性も読んで同じような感じを受けるのでしょうか?
Posted by dnonb at 2009年08月04日 14:45
うわーなんつータイミングだ。
僕も最近(一週間ほど前)読み終えたところだったんですよ。
弾さんのブログは、SF小説書評目当てでも読んでたりしますが、好評なようでなんだか嬉しいです。
小説としては久しぶりに一気に読めたので、それほどハマれる物語だったんだなと思います。
トンデモとかやってたり、実はそんなにSF書けない人なんじゃ、なんていう思いがあったので、この小説には脱帽というか唖然というか天晴れというか。
素晴らしいです
Posted by 0900 at 2009年08月03日 18:00
今まで小説はほとんど読んだことがなく(大学時代に失恋した勢いで江國香織の小説を何冊か読んだくらい)、もっぱらビジネス書ばかり読み漁ってる32歳のサラリーマンです。

弾さんのフィクションの書評、いつもは難解そうな本ばかり書評されるので「へ〜そんな本もあるのねー」と流してましたが、今回はSF入門者にもオススメってことで、なんとなく勢いで買ってみました。
で、今読んでるんですが・・・



死ぬほど面白い。



いやいや、このブログの読者は強者揃いなので、きっと「こんな本で驚いてどうすんだよ」ばりのお叱りを受けるかも知れませんが。SF小説初心者の私にとってはメチャクチャ面白いです。元々マトリックスやらターミネーターといった映画は好きだったので、素地はあったんでしょうが、でも小説買って読んだことは今までなかったもので(^_^;)


ま、とにもかくにも、ナイスな本を紹介してくれて、「弾さんありがとう!」と言いたかったので、コメントしました。このブログで紹介されなければ、たぶん一生手にとることのなかった本でしょうから。


ビジネス書ばっかり読んでて最近の俺って味気ないな〜、なんて思ってる方にはオススメでっせ!
Posted by たまにはこんなコメントも良いでしょ at 2009年08月03日 13:33
イーガンならディアスポラの方が圧倒的に面白い。
Posted by bob at 2009年08月03日 08:47
誤:神は沈黙する
正:神は沈黙せず

黙らせては駄目です。
Posted by 遊庵 at 2009年08月02日 22:38
シューティングゲームでも格ゲーでもカラオケでもスポーツカーでも同じことが起きましたね…。
Posted by Yugo at 2009年08月01日 21:24
>本書を読まずして、もはや物語は論じ得ない。

そりゃ、大変だ。
誰か蓮實重彦あたりに教えてやらにゃ。
Posted by 通りすがり at 2009年08月01日 20:34