2009年08月17日 17:30 [Edit]
#senkyo2009 - 「誰」ではなく、「何」を選ぶために
CNETのお題にもなったので。
- 楽天の公開質問状に対する自民・民主の回答が面白い - 雑種路線でいこう
- 【ネットと政治】自民、民主がeビジネス振興のための政策について回答 (1) - 『内憂外患〜どうするニッポン』 - Infoseek ニュース
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- 【ネットと政治】自民、民主がeビジネス振興のための政策について回答 (3) - 『内憂外患〜どうするニッポン』 - Infoseek ニュース
- 【ネットと政治】自民、民主がeビジネス振興のための政策について回答 (4) - 『内憂外患〜どうするニッポン』 - Infoseek ニュース
- 【ネットと政治】自民、民主がeビジネス振興のための政策について回答 (5) - 『内憂外患〜どうするニッポン』 - Infoseek ニュース
- 【ネットと政治】自民、民主がeビジネス振興のための政策について回答 (6) - 『内憂外患〜どうするニッポン』 - Infoseek ニュース
- eビジネス振興政策 自民、民主のどちらに軍配?:CNET Japan オンラインパネルディスカッション - CNET Japan
もう、「自民党、民主党、どちらに軍配」なんてうんざりだ。
それこそが、前世紀的な政治手法ではないか。
そもそも法律を起草するのは霞ヶ関か永田町でなければならないのか。
政策を選ぶのに、政策そのものではなく政党や候補を選ばなければならないのか。
政治以外の世界では、そんなことはない。
私は「手元」の情報端末は Apple 製品で固めているけど、サーバーまで Xserve にしているわけではない。与謝野氏が大好きな「自作」サーバーに FreeBSD を入れて使っている。VM Ware 経由で Windows だって Linux だって使う。
誰でも「いいとこどり」はしているのだ。
なぜ政治にそれが出来ないのか。
直接政策を伝えるには有権者が「多すぎ」で「阿呆すぎ」で、「みんな」に決めさせてたら収集がつかない--ということになっているからだ。
紙に「上」と書いて、切腹を覚悟するしかなかった時代なら、それも正しかっただろう。確かにその頃だったら、代理人を選挙できるだけで画期的なことだった。
しかし今やネットがある。「みんな」の意見をきちんと集約するための仕組みがある。法律の草案をWikiで書けない理由はない。改正をblogで告知できない理由はない。感想をtweetできない理由もない。
そういう「仕組み」があるのに、なぜあなたとわたしには「一票」しかないのだろう。清くもなく貴重でもない、一度当選してしまえばあっさり反故にされる、一票しかないのだろう。
なんで、「明日」ではなく「明日を決める人」しか選べないのだろう。
「「ビジネス書」のトリセツ」という本がある。この場を借りて著者に献本御礼。本来であれば単独書評するべき良本であるが、理由が二つあってそれを控えてきた。
一つは、すでに多くの書評ブロガー達が書評していること。
そしてもう一つは、私自身が本書の考察対象であること。それもかなり持ち上げられているので、かえって紹介しにくい。しかし以下の下りは、私がオープンソースプログラマーでもあることを失念しているとしか思えない。
P. 187小飼氏自身は今後、著作が売れるようであれば、日本ブロガー党的なスタンスでの出馬まで考えられる位置にある。
違う違う違う。私の願いはずっと控えめだ。であると同時にずっと野心的だ。
私は、今の「全てを議員にゆだねる」必要そのものをなくしたいのだ。
そして、プログラマーがパッチを送るように、Wikipedian が Wikipedia を編集するように、政治の編集過程に携わりたいのだ。そして自分が不案内なところは、もっと詳しい人にまかせたいのだ。
「法律は複雑すぎて素人にはわからない」?全貌は、そうだろう。
しかし部分部分に関しては、「素人」はプロすら凌駕する。文字コードに関しては、Larry Wallより私のほうが詳しいように。
なぜ Larry Wall が私に Encode を任せるように、議員が市民に「コード」を任せられないのか。
法律は複雑だ。しかし我々「素人集団」が書いているソフトウェアはそれにもまして複雑だし、それにもましてきちんと動いている。そして動かない部分があっても、ずっと早く動くようになる。
何も全有権者をフラットに扱えというのではない。オープンソースとて、「権限」の階層はある。議員はさしずめコミッターというところだろう。
今のシステムは、霞ヶ関の中の人々だけがコードを書く権利を有し、それを議員諸君がろくによまずコミットしているようなものだ。それで必要なコードを全て手配できればそれでもいい。
しかし現実は、ご覧のとおり。
法律の不備を、現場のアクロバットでカバーしている。これでは当局もたまらない。市民はもっとたまらない。当局も市民も、「こうしてしまってよいのか」と空気を読みながらびくびくしている。
空気を読むのはもうたくさん。読むならコードにしろ。
もう伽藍では持たない。
バザールだなければ、持たない。
私が選ぶのは、バザールだ。
Enough Said.
Dan the Political Coder
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もし、弾さんが本気で仕組みを変えたいのであれば、こんなところでアジってないで、政界進出されてはいかがでしょうか。
現状では、法律を変えるには国会で変えるしかありません。
こういう慎ましさは私も好きだす。
現在の官僚システムの最大の問題点は「天下り」などではなく、「大学卒業したばかりのボンボンが受ける国家公務委試験の、成績上位者しか官僚になれない」ので、素人集団化してることだと思っています。
行政を官僚に任せっきりにするのでなく、もっと野にいるスペシャリストたちが行政にコミットできるような仕組みを作るべきかと思います。
ちなみに選挙はイデオロギーを選ぶという大事な役目があるので、いまのままで良いとおもいます
・公共事業ジャブジャブ
・子育て支援イケイケ
・租税特別措置ドンドン
・年金制度の統合と国費負担化
・消費税廃止
・医療費拡充
みたいな「いいとこどり」になってしまう。
だれかに統合の役目を背負ってもらわないと。
国民国家そのものがいずれは、政治的意思決定の機関というより行政機関化してしまうかもしれない時代です。政治に関しても複眼的視点を持つべきです。政治や行政や裁判の話を、あまりシステムエンジニアの世界の出来事ばかりから類比推理するのは乱暴だと思います。
ぜひ、地元に仲のよい市議会議員なり区議会議員なりをつくって、まずご自分の地域社会の抱える問題にも明るくなってください。国政の仕組みの原理の話をする資格が得られるのはそれからだと思います。
金融業界でSEをやっていると、
法律のメンテナンスとソースコードのメンテナンスって、
意外に共通する部分が多いと思ったりすることがあります。
そういった意味では、自分で似たことを思いつかなかった
ことが不思議なくらいです。
素直に脱帽&絶賛!
百年くらいしたら、立法プロセスもかなり変わっている
かもしれませんね。
すばらしい
と同時に困難
鍵のかかった箱の中にあるその箱の鍵を取り出す のと同じくらい難しい
そろそろ潰さねば
つまり、イロイロなところをいいトコ取りできる政治であればいいということですね。翻せば今の政治はいいトコ取りが出来ない、野党のいいところを取り入れたり、与党のいいところを取り入れたりすることが出来ない、調整が出来ない政治であると言うことでしょう。
これは結構大きな意味を持っていると思いますね。
政治参加に「ITが使えることが前提」にするのは
現時点では格差になってしまうと思います
ならば
「みんな」の意見をきちんと集約するための仕組みで、法律の草案をWikiで書いたり、感想をtweetしたら纏るものも纏まらないではないか。
人や政党で選ぶと、実際の国会の動きは政治力学で、投票時とは違う選択肢を国会議員が選ぶ可能性もあるでしょう。
これって、民意の反映の結果?
理想的なシステムを作るのに問題なのは、想像力の欠如と変わることへの恐怖と想像力の欠如からくる勇気の不足。第2版「物理数学の直感的方法」にある第11章が賛成できなくても理解できる人らが増えれば少しは変わるかもね。理解しようとする人が増えればさらに面白いかも。
ともあれ
>>Wikipedian が Wikipedia を編集するように、政治の編集過程に携わりたいのだ。
のくだりには少なからず危険な臭いがしますね。持ち前の頭のよさを駆使して透明なブラックボックスを構築しそうで(笑)。本気で実行するおつもりなら、このようなウカツなことは書かないのが肝要かと。
民主主義は、操作を誤ると、独裁者を生み出す大変危険な政治システムです。だから、参議院は無駄だと思っても、独裁者出現の可能性を少なくするためには、強力な権力を持つ第二院をお金をかけて維持したほうがはるかに国家は安全なのです。
民主主義を徹底するなら、責任感あるエリート社会指導層の養成も一方では不可欠。でも、それは階級社会の容認だから、民主主義政治体制に対しては矛盾事項になってします。
私は、正直言えば、女系天皇、女性宮家には反対でもありながら、十一宮家を(人工的に)再興してまで皇室を永久存続させる考えに対しては不自然さを感じる者だけれど、この程度の民度の日本において、現在皇室が存在してくださること、秋篠宮殿下に悠仁親王様がいらしてくださることには、天神地祇に感謝いたしております。私は、この程度の民度の国家なら、世襲の君主が国事行為を営んでくださるほうがはるかに国家にとってはよいことであるという意見の持ち主です。
まあ、そんなわけで、わたしは、ネット民主主義をいきなり政治体制にするのは反対。いずれ、こなれたネット民主主義社会順応型政治体制が編み出されるとは思っていますけれど。
これを実現できるような社会に、日本にせねばなりませんね。
かといって民主党に変わって劇的な変化がみられるかというと、それも怪しいです。
いちばんいいのは「みんなの党」だったりして。
アイデアとしては、民主主義と知識社会が融合していて
素晴らしいと思います。
>何も全有権者をフラットに扱えというのではない。オープンソースとて、「権限」の階層はある。議員はさしずめコミッターというところだろう。
議員がこれまで、”誰の利益”のためにコミットしてきたか?
という事を念頭に置いておくべきでしょう。
素晴らしい提案・設計→リリース(法案可決)・運用に結びつけるには。
