2009年09月16日 22:00 [Edit]

パニック禁物、油断もっと禁物 - 書評 - インフルエンザ パンデミック

講談社高月様より献本御礼。

これはすごい。内容もすごいが、タイミングもすごい。

最も人を殺したウイルスという点において、「人類最強の敵」であるインフルエンザを知るという点において、最高の一冊。敵を知り己を知れば百病危うからずということであれば、本書こそ最強の常備薬だ。


本書「インフルエンザ パンデミック」は、ロベルト・コッホ賞を受賞したインフルエンザの世界的権威が書き下ろした、「インフルエンザ大全」。厳密には「大全の抄録」であるが、ここまでの広さと深さを兼ね備えた一冊は、専門書でもかつてないのではないか。これが1,000円未満で入手できるのだから素晴らしい。

目次
はじめに
第1章 パンデミック発生!
第2章 インフルエンザウイルスはどのように感染するか?
第3章 「種の壁」を超えた感染はなぜ起きるのか?
第4章 ウイルスの病原性が突如強まるのはなぜか?
第5章 H5N1亜型ウィルスがパンデミックを起こす可能性はあるのか?
第6章 スペイン風邪は、なぜ史上最悪の被害をもたらしたのか?
第7章 ワクチン接種で感染を予防できるのか?
第8章 抗インフルエンザ薬は感染拡大を食い止められるのか?
第9章 新型ウイルスは人類を脅かす存在なのか?
あとがき
さくいん

目次を見てわかるように、本書は以下の疑問に答えてくれる。

  • インフルエンザとは何なのか?
  • インフルエンザウィルスとは何なのか?
  • なぜインフルエンザウィルスは、ヒトだけではなく鳥にも豚にも感染するのか
  • なぜスペイン風邪は人類史最悪の疫禍となったのか
  • ワクチンはなぜ効くのか--そして効かなくなるのか
  • アマンタジン、タミフル、リレンザはどうやって効くのか
  • パンデミック = 世界的流行に対して、我々は何が出来るのか

まず、本書の名前である「インフルエンザ パンデミック」だが、これはあおり文句ではない。今年6月11日、WHOが正式に宣言している。

asahi.com(朝日新聞社):WHO、パンデミック宣言 新型インフル「フェーズ6」 - 新型インフルエンザ特集
世界保健機関(WHO)は11日、新型の豚インフルエンザの警戒レベルを現行のフェーズ5から、世界的大流行(パンデミック)を意味する最高度のフェーズ6に上げることを宣言した。インフルエンザシーズンを迎えつつある南半球に感染が及んだことが決め手となった。大流行は「香港風邪」以来、41年ぶりとなる。

この宣言を行ったマーガレット・チャン事務局長は、香港で鳥インフルエンザを防ぐのに鶏を皆殺しにした人としても有名であるので、「また過剰反応か」という感想を持たれる人もいるかも知れないが、それくらいでちょうどいいことは本書を読めばよくわかる。

なにしろ著者は、スペイン風邪を復活させてその威力をカニクイザルで確認しているのだ。このスペイン風邪を復活させるところは本書のキモでもある。その結果を示すのに本当のキモ--被験体の心肺--が148ページに登場するが、白黒でもその惨さは見落としようがない。

そしてパンデミックの主は、H1N1 -- スペイン風邪とその点では同じなのだ。速い話、わずかな変異でスペイン風邪なみに凶暴になりうるということである。実際著者は、インフルエンザウィルスの最大の特徴である、HAタンパク質のアミノ酸が一個変わるだけで、病原性が劇的に変わることを示している。

それにしても驚くのは、インフルエンザウィルスについてここまで解明が進んでいるということ。その様子は生物学というよりも計算機科学。それもそのはず、ウィルスというのは計算機で言えば純粋なソフトウェア。それがハードウェアと数多のソフトウェアをフルセットで持った宿主の細胞に入ることで「病原体」となる。「計算機科学に似ている」というより、「計算機科学が似ている」のだ。

そして困ったことに、ウィルスというのは仕組みがわかればわかるほど解決もしやすいというものではなく、わかればわかるほど根本的な解決が難しいというものでもあること。せっかくワクチンを作ってもウィルスは変異でそれをすり抜けてしまう。抗ウィルス剤にも耐性を獲得してしまう。

とはいうものの、人類も着々と力を付けている。かつてはインフルエンザに感染しているという事実を知るということそのものが困難だった。今は判定キットで感染はその場でわかるし、わかればタミフルなどが処方される(私の娘も経験ずみ)。本書によると日本はこの点で世界の最先端なのだそうだ。一方でワクチンの集団接種を辞めてしまったことを著者は嘆いてもいるが、それはさておきパンデミックで人類オワタ\(^o^)/はまずないと言っていい。

しかし、このメキシコ風邪、失礼、Pandemic (H1N1) 2009 が「スペイン風邪」の再来となることは充分ありうるし、今後もそういうインフルエンザが出る可能性も充分あるのだ。読者のみなさんも気をつけられたし。

Dan the Frequent Flu Petient


この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
どうも、私自身新型インフルをなめていた。 たいした毒性じゃないんじゃないの、と。 でも、こう人が死ぬ記事ばかり流れると (twitterでニヮ..
新型インフルエンザは肺に来るらしい(追伸有り)【若だんなの新宿通信】at 2009年09月17日 10:23
この記事へのコメント
いろいろな感染症の症状のかなりの部分が,免疫系の過剰反応であることが分かっており,インフルエンザウィルスによる,ウイルス性肺炎等に対して,免疫系を押さえる作用を持つ,マクロライド類に効果があることが言われ始めていますが,この件に関する記述はあるのでしょうか?
Posted by hogege at 2009年09月16日 22:48
新型インフルエンザの流行はきっともう止められないでしょうねえ。弱毒性とはいえ、マクロレベルでは死亡率も若干高く出ているようだし。まあ、これで人類滅亡ということは無いでしょうけれど、社会機能不全に陥ってそれが引き金になって恐慌に陥るぐらいの可能性は十分ありそうな気がしてます。

タミフル耐性を獲得したウィルスが流行するのも時間の問題。
結局はワクチンを全員に接種するしかないんですよね。そうすれば感染を防げるか、あるいはウィルスが変異しちゃってて感染してしまっても、軽傷で済む可能性が高い。でも到底足りない。

これとは別に、みんな忘れているけど、東南アジアでの鳥インフルエンザ(強毒性)の方が不気味です。主な感染臓器が呼吸器系の弱毒性と違って、こっちは多臓器を侵すため死亡率も高く、大流行すれば本当に人類の危機になりそうですし。
Posted by sakurada at 2009年09月17日 00:31
なんか普通の書評ブロガーになっちゃったね。
Posted by 通りすがり at 2009年09月17日 07:21
>「計算機科学に似ている」というより、「計算機科学が似ている」のだ。

たしかに、いろいろなウイルスの模式図をはじめてみたとき、これは生物というより、たんぱく質による工作物ではないか?と思いました。

社会が「進化」するときには、土木建築物も高度な設計と施工と解体がなされるようになるので、ウイルスの分子生物学は、将来、ある種の土建のモデルを提供しうるんじゃないでしょうか。

そうすると、なぜ、生態系にとってインフルエンザウイルスが必要なのか、その機能と意味も解明されたりするのかもしれません。

もちろん、パンデミックを前にして、他人事みたいな話をしていて、病死してしまったら自業自得ですが、ウイルス研究が計算機科学の発展に寄与することがあったら、人類の危機も、ある種逆手にとって、大きな人類の恩恵に転換できれば、それが本当の人類の叡智なのであろうとも考えるところです。
Posted by enneagram at 2009年09月17日 08:08
>>なんか普通の書評ブロガーになっちゃったね。
それでも毎日更新が楽しみなんデスけど。
辛口な論評も、たまにウプしてくれると嬉しいみたいな。
Posted by 通りすがり at 2009年09月17日 08:10
社会防疫という点で、インフルエンザの集団予防接種がなくなったのは大変痛いところではありますね。
どうも最近の親は、疫病は子どもを殺すという単純な事実について、余りに無知、余りに無理解と思えてなりません。
インフルエンザの集団予防接種がなくなった後、明らかに重症化する子どもが増えた、集団感染が増えたという話も聞きますし。
Posted by WATERMAN at 2009年09月17日 23:29