2009年09月21日 21:45 [Edit]
古き良き最新 - 書評 - 地球移動作戦
早川書房井出様より献本御礼。
「地球に異星衝突」という、それこそSFでは使い尽くされたネタのはずなのに、きちんと21世紀に通用する作品になっているというのが素晴らしい。また、この手のネタではハードSFにきちんとなっている(はず--まだ検算したわけではないので)のも素晴らしい。
直球が大好きな人、おすすめ。特に小松左京ファン。
本作「地球移動作戦」は、こんなお話。
カヴァーより西暦2083年、超光速粒子(タキオン)推進を実用化したピアノ・ドライブの普及により、人類は太陽系内のすべての惑星到達していた。観測プロジェクト〈クリーンアップ計画〉により発見された謎の新天体2075Aの調査のため、新宇宙探査線DSS-01〈ファルケ〉が派遣される。船長のブレイドをはじめとする搭乗員たちによる観測によって、この星は24年後に地球に迫り壊滅的な被害をもたらすことがわかった。迫る災厄の報を受けた地球では、様々な対策案が提唱される。ブレイドの姪である12歳の天才少女・風祭魅波はACOM(人工意識コンパニオン)のマイカとともに、天体物理学者である父・良輔が発案・提唱した驚くべき計画の実現を決意するのだった......著者入魂の本格長編宇宙SF。
「衝突を人類の叡智で回避」といえば「さよならジュピター」があるし、「実際に衝突したらどうなるか」だったら「悪魔のハンマー」があるし、その他この主題にはいくらでもすでに作品があるのだけど、その中にあって本作の解決策は、「地球を動かす」という最もベタなもの。あまりにベタすぎて、「妖星ゴラス」と言われても、私ですら同作は古すぎて「そういう作品あったけ」という感慨しか浮かばない。
しかし、作者はそれをきちんとやってのけた。「異星襲来」という直球に、「地球移動」という直球で挑むという、ガチにもほどがあるというあらすじ。しかも、その地球移動に使うエモノがタキオンドライブという、麻雀で言えば始めから九蓮宝燈しか狙っていないような、アリエナさ。
それであるにも関わらず、本作は立派なハードSFとして成り立っている。ハードSFというからには、「既知の物理法則には全て従う」必要があるのだけど、驚くべきことに、タキオンは禁じ手に入っていないのだ。相対論はそのような粒子の存在を禁じていない。実際に見つかっていないが、理論上禁じられていない以上、ハードSFの小道具として使ってもいいのである。実際、本作のピアノ・ドライブは超光速粒子を使ってはいるものの、超光速航法ではない(残念!)。本作で「現実には無理かも」というのはこのピアノ・ドライブだけで、それすら「反則」ではなく、残りはきちんと「物理法則に則って」地球を動かしている。
それだけに、
P. 258ニュートリノと同様、電荷を持たないうえに質量の小さいタキオンは、透過力がきわめて高く、検知するのが難しい
という台詞が気になる。というのは、相対論はタキオンが虚数質量を持つことを主張しているからだ。正確には静止質量で、そしてタキオンは静止できない -- 最低速度が光速 -- ので、静止質量をうぬぬん言っても仕方がないのかも知れないが、ハードSFファンとしては、もう少しタキオン物理学をkwskやってほしかったところだ。
とはいっても、「残念ながら」タキオン物理学は本書の主題ではない。本書の主題はなんといっても「地球と人類を滅亡から救うこと」で、数々の「滅亡もの」と同様、本作でも横やりが入るのだが、その横やりが著者の面目躍如。仮想現実の発達が現実とこういう形で干渉するかというのは、実に21世紀的だ。
「神は沈黙せず」といい、「アイの物語」といい、著者の直球豪腕ぶりは、小松左京を彷彿とさせる。そして小松左京と言えば、「日本沈没」、「復活の日」、そして「首都消失」など(前述の「さよならジュピター」もそうだ)、「滅亡もの」の第一人者。本作は著者による「襲名式」なのかも知れない。
Dan the SciFilia
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小柴先生のノーベル賞は、カミオカンデで超新星爆発を捉えたことが主たる理由なそうで、その後、スーパーカミオカンデがニュートリノ振動とニュートリノが質量を有することを立証したそうだけれど、ハイパーカミオカンデを使って、天文学と素粒子学だけでなく、地球科学を幅広く発展させることはできないのか。そんな風に思っています。
タキオン・ドライブとか聞くとどうしてもスタートレックとか連想してしまいます。
面白そうなので、暇があったら読んでみようかな・・・。


