2009年09月29日 21:45 [Edit]
公言が特権でなくなった時代に - 書評 - 目立つ力
というわけで遅まきながら小学館出版局小川様より献本御礼。
これぞ本当の「ブログ本」。
まだブログを始めていない人は、なぜ始めるべきかを。
すでに始めているけど、続けられない人は、なぜ続けるべきかを。
そして続けている人は、なぜ続けられてきたのかを改めて、
本書でご確認いただきたい。
本書「目立つ力」は、ブログを本にしたという意味ではなく、なぜブログを書くべきなのか、書き続けるべきなのか、そしてそのためにはどうしていけばいいのかという、ブログの why & how を示したという意味におけるブログ本。
目次 - 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!: 「目立つ力」、ブログとインターネット・メディア論の集大成、10/1発売です。より。- 第一章 インターネット・メディアの可能性と威力を知る
- 第二章 ステップ1 Plan―戦略を考える
- 第三章 ステップ2 Do―表現する
- 第四章 ステップ3 Check & Action―改善・継続する
- 第五章 達人に学ぶ 座談会「αブロガーへの道」(小飼弾&村山らむね)
- 勝間和代が選ぶ お手本にしたい達人アカウント一覧
なぜ、あなたはブログを書くべきなのか。
面白い話題だけど - finalventの日記間違いとも言えないけど、弾・ザ・アルファブロガーさんも一種の特権なんですよね。
それが、もはや特権ではなくなってしまったからなのだ。
あなたの特権というのは、あなたにのみ認められ、私や他の人には認められていないことを指す。
そしてかつて公言というのは確かに特権だった。講演するのも本を上梓するのも、希望者なら誰でも出来るという訳には行かない。TV出演ともなればなおのこと。
これは、「公言権」というチャンネルの希少性に由来していた。チャンネルの数が人より遥かに少ない以上、そのチャンネルを持つということは確かに特権であった。
ブログには、それがない。
使用料すら、ない。有料オプションも確かにあるし、確かに有料な分利便性は上がるのだが、少なくとも「公に何かを語る」という点に関しては、無料と有料の差は一切ない。
裏を返せば、「それは公言権を持つおまえだから言えることであって、それがないおれには言えない」という言い訳が通用しなくなってしまったということでもある。「声なき声」がありえなくなってしまったのだ。代弁が効かなくなってしまったのだ。
人の口を借りれなくなった以上、自分で言うしかない。公言が特権でなくなってしまったということは、公言に伴う義務も「特務」ではなくなったということだ。ブログ以前は「聞かないお前が悪い」だったのが、ブログ以後は「言わないお前が悪い」になってしまったのだ。
えらいこっちゃ。
しかし、実際にやってみれば、それほどえらいこっちゃじゃありませんよ、というのが本書の主張であり、いかにえらいこっちゃでなくすというのが本書の開示している how である。
blogが登場したから、発言権が全て平等になったとは私も思わない。著者は本書を著すという特権を得ているのだし、そして私もその著者にインタビューされるという特権を得ている。しかしそれは、著者や私が「特務」を淡々とこなしてきた結果、自然かつ公正に得たものである。著者や私が元々持っていたものではない。目立つ力は、チャンネルの持ち主が与えるものではなく、各自が育てるものへと確実に変わったのだ。
あとはそれをどう育てるか。
本書で是非ご確認いただきたい。
Dan, a Blogger
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様々なキーワードで自分のブログに来てくださる方を見ると、
そう思います。
大体、名も無き、他人のブログをいちいち目を通していられるほど
時間に余裕のある人間なんて、そうそういません。
そして、継続して書き続けられる人も、そうそういません。
大概の人間は、書くことに、飽きるか、疲れるか、燃え尽きて
消えていきます。
ブログも、一部のメジャーなブログを除き、廃れていくでしょう。
と自分で言ってみた。
「江ノ島が島なことを現地に行くまで知りませんでした。」程度のことしか記述できない人と、少数民族の人権問題のニュースソースを英文で読み取ってその解説記事を書けるアルファブロガーでは、「公言」の意味が違います。
誰が頭の良い人で、だれがあたまのわるいやつか、すぐに識別できる世の中になったというのは、ある意味よくもあり、ある意味悪くもあるのでしょう。
インターネットが現れたことで、マスコミの機能や社会的意味は変わる/変わったと思っています。私なんかは、NHKを国営放送にしておく必然性と理由は消失したと思っています。
を書く必要はないと思います。
サイレント・マジョリティなりサイレント・マイノリティも、現代に存在
する意味は十分にあります。
ブログを開設して、初日から炎上してしまう有名タレントだっているのです。
弁当爺様のいいたかった弾@アルファブロガーの特権と、
弾さんのいう特権の議論が かみ合っていない気がしました。
爺さんのいう特権とはどちらかというと「大きな権力(すでに持っている大きな影響力?)」についてだと感じました。
弾さんが言っているのは「権利」のほうの特権かと感じました。
爺さまは「弾氏は特別大きな影響力を持つ発言が(今)できる」
弾さんは「皆 平等に発言の権利を有している」
と 微妙にずれている気がします。
ただ、記憶にある限りでは、弾氏が注目されたのは、アルファブロガーとしてより、逮捕されたホリエモンの側近、そのホリエモンのライブドアという会社の役員?としての方が先じゃないかな。良くも悪くも、そういう意味である種の平等ではない特権をお持ちだったと言っても間違いではないでしょう。
ネットというオープンな場でブログを公開しているだけで、それが直ちに「公言権」があると考えるのは短絡的でしょうね。
やはり、影響度というのも加味して考えないといけないでしょう。1日のアクセス数が数万を超えるブログと数十しかないブログが同じとは考えられないですし。そして、その影響度は、例えばタレントのブログのように、内容よりは、ネット外部でのマスコミへの露出度などの影響などで決まっているようなところもあるのでは?
芸人にもA級B級あるように、ブロガーにもアルファもベータもガンマもそれ未満もあるのは仕方ないですよ。
アフィリエーターだって、みんなが藍玉の小林智子さんになれるわけでもないし。
ただ、「前座のカールゴッチ」がいつ新団体の親分になるかはわからないんで。まあ、弾氏を陳腐化させようとつめを研いでいる若い衆も多かろうと思うんで、既存勢力にもがんばってほしいものです。私も、来年からはブロガーになるつもりです。たぶん、美術鑑賞記が軸足になろうかとは思っています。
弾さんのblogでの成功は書き続けたからこそのことでしょう。
ライブドア事件があっても書いてなければ成功はなかったでしょう。
とにかく、書き続けろということです。
書き続けたからといって必ずしも「特権階級」になれるとは限りません。
しかし、書かなければ可能性は0です。
買わない宝くじはあたりません。
これぞ勝間本の本質を突いている論評。
・・・・献本がたくさん!
これ、素直にうらやましいっす!!
こちらで知った本でしたが
さっそくお店に行きましたら、店頭に置かれてませんでした
お店の人に聞くと、置く予定がなかったので取り寄せになります
との返事
Amazonでいつ来るかわからないけど、予約しときました・・・
私の周りにはカツマーはいません・・・
地域性かなぁ
以前より公言しやすくなった、ということは、
その公言する内容で差別されるようになったということではないかしら。
すなわち、単なる自己表現ではダメで、
特化した何か、とんがった何かがなければ、公言することそのものに意味が無い。
著者のコンテンツがより問われるようになったということの裏返しだと思います。
