2009年10月12日 18:30 [Edit]
Para Bellum - 書評 - 軍事とロジスティックス
日経BPより献本御礼。
長らく書評しそびれていたことが悔やまれる。
[訃報]軍事評論家・江畑謙介さん死去 - livedoor ニュース江畑謙介さん60歳(えばた・けんすけ=軍事評論家)10日、呼吸不全のため死去。葬儀は近親者のみで済ませた。
著者の作品はかなり読んだが、やはり本書が最も面白く役に立つ。特に平和時にも役立つという点において本書の価値はひときわ高い。著者の訃報を受けて早速売り切れているのもうなずけるところだ。
本書「軍事とロジスティクス」は、日本で最も有名な軍事研究家による、軍事行動のうち最も重要で、にも関わらず最も知られていないロジスティックスについて、主に米軍の事例を紹介しつつ考察する一冊。こういうことを書ける人が早逝したことが社交辞令ではなく悔やまれる。
目次 - 日経BP書店|商品詳細 - 軍事とロジスティクスより
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軍事を氷山に例えれば、ロジスティックスとは海面下にある部分に相当する。氷山の大部分を占め、海面上の出来事、すなわち戦闘はこれなしには成り立たないにも関わらず、もっとも「つまらない」もの扱いでプロしか注目しないもの。「ミリオタ」と言われる人々も、兵器には着目してもロジスティックスのことはほとんど無視である。
しかしそれがいかに大事かは、湾岸戦争のあるエピソードからも伺い知ることが出来る。シュワルツコフが現地で真っ先に昇進させたのは、ロジスティックス担当だった。彼を中将に昇格させることで、最前線の少将たちを従わせたのだ。
そしてそれを軽視するとどうなるかは、今は亡き大日本帝国軍が証明している。彼らは圧倒的物量に負けたのではない。物流を軽視したことで、物流を破壊されて負けたのだ。
そして物流というのは、戦争があってもなくても存在する。元々軍事用語だった「ロジスティックス」がビジネスにおいても使われるようになったのはむしろ当然のことと言える。本書がミリタリー書であると同時にビジネス書としても有用なのはこのためだ。最近ビジネス書で「ランチェスター戦略」という言葉を目にするが、この戦略を取れるのは、ロジスティックスあってのことだ。ロジスティックス抜きにランチェスター戦略うんぬんというのは、寝言である。
ただし、軍事のロジスティックスと民事のロジスティックスには、決定的な違いが一つある。
物流の、方角である。
軍事のそれは、最前線への一方通行。本書でもコンテナは重要な役割を担うが、この一方通行の象徴が、空のコンテナの扱い。空のコンテナが、戦場--正確にはその近くの物流拠点--に一方的にたまるのだ。
もちろん民間では、そうは行かない。本書に何度も登場する「鉄の山」といい。民間人の目から見た軍事のロジスティックスというのは、ずいぶんとムリ・ムダ・ムラが多いものに見える。実際コンテナの利用など、民間の技術が軍事に転用されることが一番多いのもまたロジスティックスだ。そういった技術の逆スピンオフの実体も、本書の見所の一つだ。
Si vis pacem, para bellum -- 平和を望むなら、戦争に備えよ。
座右の銘らしいものを持たない私にとって、最も座右の銘に近いのがこの言葉だ。
そして、ロジスティックスとは para bellum そのものである。
備えあれば、憂いなし。
Dan the Pacifist
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日本が経済成長を成し遂げられた理由の一つですね。
ベトナム戦争時、アメリカ本土からベトナムへ大量のコンテナ物資がコンテナ船によって送り届けられたわけですが、
当然ベトナムからアメリカ本土への船便は空のコンテナを載せて帰るしかありませんでした。
それゆえにアメリカ政府は往路の便だけで充分元が取れるような運賃を支払っていたわけですが、ここでコンテナ運輸会社は日本に目を付けました。
日本には当時のベトナムと異なり、大量のコンテナ船を受け入れる港湾設備と、米国への輸出品があったからです。
すでに元がとれていることから破格の安値でアメリカ本土へ送られることとなった日本の工業製品は北米市場を席巻することとなるのでした。
話題は変わるけれど、確かに日本の首相が靖国神社に参拝しなくなってから、中国や韓国の目に見える嫌がらせはほぼなくなったけれど、どうして、日本の政治家が日本国が宗教法人として承認している宗教施設に礼拝してはいけない社会になってしまったんだろうね。鳩山邦夫衆院議員(元文部大臣、元法務大臣、元総務大臣)が、今後政界再編があって、首相になられたら、ぜひ、靖国神社の春季秋季例大祭に、靖国神社を参拝していただきたいと祈念しております。
靖国神社の秋季例大祭は10月18日。もうすぐ、靖国神社の今年の秋季例大祭。
戦略に秀でた者は勝つことが出来る。しかし勝ち続けるためにはロジスティクスにおいても秀でていなければならない。
旧日本軍はロジスティクスを軽視していたため、初戦ではそこそこの成果を出せてもその後が続きませんでした。
これは実は日露戦争の頃から変わっていないと思います。日露戦争ではロシア側のロジスティクスも稚拙であったため初戦の勝利で幕が下りただけで、日本側のロジスティクスも褒められたものではなかったと思います。
じゃあ日本がロジスティクスを整えてたら太平洋戦争に勝てたか、って言ったら、絶対にそんな事は無いわけで…。
工業力と資源があれば日本だってロジスティクス(何で江畑さんが兵站ではなくこの言葉を使うのかは同書の中で述べられているけど、それでも俺は別に兵站って言えば良いと思うがなぁ…。兵站に後方って意味を持たせる事自体を過去の概念としてしまえば良いだけだし)を重視したでしょう。
日本にはそんなもの無かったから、つまり短期決戦でしか戦えない国だったから、正面装備に全てを掛けただけ。国家戦略(もっと工業力を整えるべきだった、とか)が悪いって言うのはともかく、単純にロジスティクスを軽視していたと批判するのは何の教訓にもならない批判の為の批判としか。
まあ何が重要かというと、その太平洋戦争の教訓(資源の備蓄と工業力をまず第一に蓄えて、しかる後ロジスティクスを整える)を今の日本が生かしているかというと…? 戦前の日本がロジスティクスを軽視せざるを得なかったのは、単に国に工業力が無いだけではなく、国自体が貧乏で軍隊のお金も十分ではなかったからですよ? 国にお金は出来たけどそれを軍隊にも分けないと戦前と何も変わらない状況になりますよ? というわけでして。
シビリアンコントロールとか指揮系統とかそれ以前の問題ですけどね。
これは偏見ですね
兵站は単なる「かっこいいもの好き」と「ミリオタ」を分ける分水嶺みたいなものです。
こういう地味だけど重要なものに興味がない人は勉強していない人です
チョークポイントも受動的な条件ではなくて、様々な方法を駆使して戦略的に作り出すこともある。
ライバル国の資源を非生産的な方向に誘導したり。
戦略を論理的に立てることは、暗示として、そうで無い場合の意味を分からせる。ライバル国をそこに追い込めば相対的に自国が有利になる。
日本は様々な点において、戦略的思考に物凄く弱い。
その結果、大和やプリウスに追い込まれていく
安土桃山江戸初期の日本の軍事力は、当時の世界水準から見ても屈指のものだったと思います。国産の鉄砲がそこらじゅうにあふれ、金も銀もあちこちで掘り起こされていました。
それだけの国が、朝鮮出兵では「制海権」という発想を軽視していたのは何故か。また、朝鮮出兵で兵站を担当した石田三成らの官僚群が全くリスペクトされなかったのは何故か。
日本人は、工業力や資源があったとしても、ロジスティクスを重視しないのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
また、
>>日本がロジスティクスを整えてたら太平洋戦争に勝てたか
という設問も、私にはあべこべのように思えます。
日本は、大東亜共栄圏を維持できるロジスティクスを確立することができるのかという見通しを欠いたまま、共栄圏構想に突入していきました。
これは、ロジスティクスが整える能力があるのか以前に、ロジスティクスを知らないとしか言いようがありません。
ですから、「日本がロジスティクスを整えてたら太平洋戦争に勝てたか」という問いには、
1 ABCD包囲網を上回るロジスティクスが整っているのなら負ける理由は無い
2 ロジスティクスの存在を知っている国家は、ロジスティクスの破綻が国家の破綻であることも知っているので、ABCD包囲網に敵わないと判断すれば、ロジスティクスを維持するためにあらゆる国家戦略を取る
のどちらかになるのだろうと思います。
私もそう思います。
狭い日本では、近代に入るまでロジスティクスが重要になる局面がほとんどなかったのでしょう。長期長距離の戦争を行うためのロジスティクスという概念そのものがなかったと思います。
>PKさん
大和級は必要悪です。建造当時に空母は抑止力と見なされていなかった。後世からいらなかったなんて言い出すのは後知恵の局地です。大戦時すでに完成間際だった大和・武蔵のみをそのまま使い、信濃を空母にしたのですからよく適応したともいえるでしょう。また、米の戦艦部隊を止めるための戦艦は必要です(国力に余裕がある米は日本以上に戦艦を作りづけました)
これも後知恵です。当時の日本には正面戦力と兵站部隊を同時に養う国力がありませんでした。正面戦力を削って、兵站部隊とその護衛を拡充しても、正面戦闘で負けては結局兵站を守れないのです。海軍と海上護衛部隊の関係も同じです。
結論を言えば、日本の国力を超えて戦線を広げすぎたのが間違いだったのです。
日本軍が組織としての柔軟性に欠けていて、もうすこし効率的なやりようはあったのでしょうけれど。それさえすれば負けなかったといういうのは、あまりにも一面的な見方です
別に軽視していたわけでもないでしょう。日本側の水軍に自信を持っていたので十分に制海権を取れると考えていたのでしょう。
朝鮮では李舜臣は日本に一矢報いた武将として非常に人気があり、存在感が誇張されている感があります。
亀甲船はしょせん沿岸しか行動できない沿岸防衛用の船にすぎず、日本側が対策すると戦果をあげれなくなってしまいました。
日本から制海権を奪取するなどとてもとても
>>日本から制海権を奪取するなどとてもとても
なるほど、日本軍は兵糧も兵隊も朝鮮半島に送りたい放題だったということですね。知りませんでした。
>>結論を言えば、日本の国力を超えて戦線を広げすぎたのが間違いだったのです。
戦線というのは予測不可能な天変地異の類ではなく、軍隊が展開する軍事行動のことですから、広げるか狭めるかは軍隊のコントロール下にあります。
なぜ、参謀本部は日本の国力を超えたところに戦線を引いたのでしょうか。国力に関係なく戦線は維持できると、当時の参謀本部が考えたとすれば、それがロジスティクスの軽視ということです。
戦線が維持できないとわかって展開したのならば、ロジスティクスどうのこうの以前に、軍人として無能であったということではないでしょうか。
それとも、日本の国力がこの程度のところで破綻するとは当時の軍事官僚は誰もわからなかったのだから後知恵の批判で意味などないのでしょうか?
書いたように朝鮮水軍の通商破壊は朝鮮沿岸部に限られ、それも後半には封じこめられています。
>日本の国力がこの程度のところで破綻するとは当時の軍事官僚は誰もわからなかった
なんでこういうことを自信満々に断言できるのかよく分かりませんね。
兵站が限界に近いことは実際に実務をやってる当事者がわかっていないわけがない。なぜ、彼らの発言力が低かったのかといえば、戦闘部隊の高い発言力がそのまま、反映されてしまう組織の論理が原因であり。
どうして軍がそういう官僚組織の弊害たる組織の論理に溺れてしまったのかと言えば、統帥権干犯を主張して文民統制を外れてしまったというのが大きいでしょう。もっとも、日本の国力では、ふつうにやっても勝ち目がなかったのも現実ですが。
さらに南方資源の獲得、短期決戦短期講和を実施せざるを得なくなったのは官僚=能力の問題というより意志=政治(もっとも軍が政治に手を出した結果なのでで責任は免れない)の問題です。
