2010年03月02日 07:30 [Edit]
愛と利益と - 書評 - 生命保険のカラクリ
著者より献本御礼。
初出:2009.10.15
プロのための「生命保険入門」を、異業種から参入した著者が同書の著者から直接学び直した上で、ユーザー向けに最新事情を交えながら書き直したのが本書。生命保険を買う--あるいはあえて買わない--にあたって、本書は必携の一冊となるだろう。
ただ、一点だけどうしてもお尋ねしておきたい異議がある。本entryはよって書評兼公開質問状である。
本書「生命保険のカラクリ」は、ライフネット生命保険副社長である著者がはじめて書き下ろした生命保険本。
目次 - 新著の予約販売開始!: 生命保険 立ち上げ日誌より
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生命保険ほど、「愛ある金融商品」は他にはないだろう。保険金額が1,000万円だろうが1,000億円だろうが、かけた本人は一円も得ないのだ。そんな「本人には何の得にもならない」金融商品を、九割もの日本人が買っている。それも単に普及率だけではなく、一人当たりの保険金額も突出して大きい。本書によると、日本人の平均保険金額は、約1,600万円。アメリカの580万円、イギリスの260万円、ドイツの200万円とは文字通り桁が違う。「遺されたものへの愛」の大きさに関しては、日本人は世界一他愛的な国民といっても過言ではない。
それだけに、生命保険というのは「愛につけ込む」、同義的に最も罪深い商品ともなりうる。日本の生命保険のもう一つの特徴は、保険金あたりの保険料が高いこと。10年定期の掛け捨てで3,000万円を保険する場合、日本では優良体でも5,175円。それに対し米国では喫煙者の標準体でも4,944円、非喫煙の優良体では1,291円しかしない。
皮相的な言い方をすれば、日本人は世界一愛につけ込まれた国民とも言える。著者らが74年ぶりの独立系生保を立ち上げた理由が、まさにそこにある。
保険料を半額にすることで、安心して赤ちゃんを産める社会をつくりたい。
「生命保険入門」の著者にして、本書の著者の上司でもある出口治明の言葉である。
だからこそ、著者らに問うておきたいことがある。
それは、加入者の細分化をどこまで進めるか、ということである。
先ほど「標準体」と「優良体」という言葉が出てきた。これは早い話、どれだけ死ににくいかということである。日本ではまだ「標準体」と「優良体」の差はさほどないが、見ての通り米国では四倍近い差が生じる。
加入者をカテゴライズするのは、別に生命保険の専売特許ではない。ご存知のとおり自動車保険では実に細かい等級分けをしている。事故りやすさで加入者を区別することを、加入者も受け入れているわけだ。事故れば等級が上がるし、事故がなければ等級が下がる。事故を防止するインセンティブが働くので、これは悪くない制度といえよう。
しかし生命保険に関しては、自己責任で選べるのは、喫煙と職種ぐらいである。男女差を含め、他のファクターは先天的なものばかりである。本人の努力しようがない点で保険料が変わることを、加入者はどの程度受け入れるべきなのだろうか。
近年は、さらに遺伝子検査というものがある。これを利用して加入者の等級付けをもっと細かくすることだって可能と言えば可能だ。あまりにリスキーな加入者をはじくのもさらに簡単になるだろう。
優良な加入者のために、優良になりえない加入者はどこまで譲るべきなのだろうか。
保険を成り立たせている最も重要な原則は、大数の法則である。不運な加入者も幸運な加入者もいて、保険ははじめて成り立つ。幸運な人だけでは保険に入る理由がないし、不運な人だけでは保険は成り立たないのだから。
遺伝子検査に関しては、すでに先手を打っている国もある。顧客を細分化したいというのもまた保険提供側のモラルハザードの一つである以上、それに制限を加えるのは当然のことでもあるが、逆に制限さえなければどこまでも顧客を細分化し、顧客の無知につけ込むのが保険会社というのも本書の悲しい指摘ではある。
著者は、どこまでの顧客細分化を望んでいるのか。
それを、知りたい。
Dan the Insured
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モラルハザードというのは、元々は、保険をかけているがゆえに、かえって無謀な行動をすることという意味で保険業界でつかわれていた用語でしたが、そこから転じて経済学の世界では、情報の非対称ゆえに、エージェントがプリンシパルの利益に反した行動をしてしまことという意味で使われています。
保険会社が、加入者の情報を得て、加入者の等級づけをすることをモラルハザードと呼ぶのは、難しい気がしますが。
「かけた本人は一円も得しないのだ」○
保険って、単なるギャンブルに思えてしまう。
「市場ニーズ」に答えることで保険が細分化すると、相互扶助という機能が損なわれるというより、単純に、患者全体としては、増えた保険の分の管理費用(事務、広告etc)を保険会社にふんだくられるわけで。
ありがとうございました。
(トラックバックを送ったつもりだったのですが、私のほうブログではどうも送信できないようです。。。)
>リスクの細分化
生命保険分野については、日本には世界一といわれる公的保障「健康保険」があるので、民間保険で社会性をそこまで強く考慮する必要はないのではないかなと思っています(といっても、今後将来その健康保険制度が存続できるかはわかりませんが)。
すでに一部の少額短期保険会社などでも動きがありますが、「特定の疾病を持っていても加入できる保険」というのが多く出てきて欲しいですね。
リスク細分化ではなく、リスク限定化っていうんでしょうか。
既存の大手保険会社が対応できないような小さなマーケットに対して役立つ保険商品が出てきて欲しいなと思います。
保険のいらない世界など来ないけれど、保険の意味や社会的機能は、保険制度と保険会社の出現した17世紀〜18世紀半ばのいわゆる「商業社会」の時代のコンセプトを見直さないといけないだろうと思います。
生命保険に限らず、保険一般、保険制度や保険会社が出現した当時とは、法制を含めた制度設計を改めないといけないと思います。もちろん、その役割と責任は、その制度の下で働いて生活している経営管理者たちが負うべきだと思います。
自分の健康状態などを知っていて、より保険金をもらえる可能性が高い場合に保険への加入を考えるため、保険会社も顧客の健康状態を知った上で、加入できるかどうかを判断します。
そのため、将来、遺伝情報と病気の発生確率の統計がより精緻になり、DNA鑑定がより安価で簡便に行われるようになった場合、遺伝情報を利用したリスク細分型の保険でなければ、成り立たなくなります。
自身でDNAを調べ、より病気にかかりやすいと知った個人はすすんで保険に加入し、そうでないとわかった人は加入を控えます。
保険会社がその情報を知らなければ、より病気にかかりやすい人ばかりを母集団とした保険を取り扱わざるを得なくなります。
当然、DNAによる病気の発生確率を知ることができなかったときよりも、保険料は高くなり、いずれ保険の仕組み自体が成り立たなくなってしまいます。
よって、保険会社もDNA情報を得た上で、加入者を選別し、DNA情報にあわせて保険料を設定するリスク細分型の保険を取り扱わざるを得なくなります。
また、リスク細分型の保険とそうでない保険とがあった場合、より健康なDNAを持った人は、リスク細分型の保険を選び、より病気になりやすい人は、通常の保険を選びます。
その結果、いづれ通常の保険は淘汰されて、リスク細分型のみ生き残るのです。
法規制でDNA情報を利用した顧客の選別を制限する法律も、上記の理由で保険制度の崩壊を導くしくみになってしまいますので、いづれ何らかの妥協をはかるしかありません。
顧客細分化が行き過ぎてしまえば、全員同条件で加入する公的生命保険ができるかもしれません。(自動車に自賠責保険があるように)
一時金で支給ではなく、遺児年金のような形がよいでしょうか。
紹介されている、生命保険のカラクリ、すごく気になります。
いま支払いすぎなんじゃないかと思っているので
これを読んで見直せたらいいな〜と。
公開質問状は、相手に質問状を送った上で、自分の側でこういう書簡を送りました、と公開する事を言います。
ちゃんと質問状を本人に送らないとダメですよ!!
ねたましいですっ!
楽して儲けることが科学技術の進歩をうながしたんでしたっけ。
でもトヨタのライン工にだけはなりたくないっす。
そういえばプログラム入門はどうなりましたか
そろそろちゃんと書いてほしいなり
ですが、それを法案化しようとしている売国奴連中がいます。
その法案とは「外国人住民基本法」です。
