2009年10月27日 04:00 [Edit]
メシウマってどんな味? - 書評 - 嫉妬の力で世界は動く
築地書館佐々木様より献本御礼。
「七つの大罪」シリーズで、私が最も期待していた本だ。
なぜなら、私は傲慢、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の六罪は旺盛なのに、嫉妬を感情として感じ取れないから。「人の痛みがわからない人」というのは社会人失格宣言なのだが、しかし私に嫉妬の痛みはわからない。
だからこそ、せめて観測できるようにしておきたいのだ。
嫉妬という、感情を。
本書「嫉妬の力で世界は動く」は、「怠惰を手に入れる方法」に続く、七つの大罪シリーズ二冊目の訳本。
目次 - 嫉妬の力で世界は動くより
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前著「怠惰を手に入れる方法」と同様、本書もユーモアとアイロニーにあふれた一冊となっている。読者はちくちくとした痛みは感じると思われるが、「嫉妬の炎に身を焦がして」火傷することはないだろう。
ここで「思われる」「だろう」と書かねばならぬところに、私の苦しさがある。そう。本書の著者は読者に嫉妬という感情が備わっていることを大前提に書いているのだ。ところが前述のように私は嫉妬を感情としては備えていない。理性でなんとか保管するしかないのだ。
オビより親友が不幸に見舞われたとき
心のどこかで
痛快に感じてしまう自分がいる
―ラ・ロシュフーコー
今日日のネットでは「メシウマ」という表現にまで昇華されたこの気持ちを、私はどうしても感じ取ることが出来ない。ある出来事を見て「あ、これはメシウマと呼ばれるのだな」という程度は予測できても、メシウマの味はさっぱりわからないのだ。私が嫉妬について語るのは、健常人が紫外線や超音波が感想を述べるようなものかも知れない。想はあっても感はない。
しかしこと嫉妬ともなると、感がないから無視するというわけにはいかないのだ。
なぜなら、七罪のなかで唯一これが、社会的な感情だからだ。少なくとも、最も社会的ではある。傲慢、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲は一人でも成立するが、嫉妬には他者の存在が不可欠。「色欲はどうよ」という意見もありそうだが、相手がいなくても欲情であれば出来るではないか。
ということは、社会は嫉妬という存在を大前提に出来ているに違いない。嫉妬の力で世界が動くのであれば、嫉妬が感じられないというのは世界がどう動くのかを感じる感覚が欠損しているということなのだ。
そして、嫉妬というのはするものだけではなくされるものにとっても害をもたらすという点で一段とやっかいだ。そして嫉妬されるためには、嫉妬する相手がまだ持っていないものを持っているに留まらず、嫉妬する相手が持ちたくないと思っているものを持っていないだけでも充分なのである。「嫉妬不感症」そのものすら、嫉妬の対象となりうるし、現になっているのだ。
だから私は、人一倍嫉妬の効用を探っているのだ。
たしかに、嫉妬の光景は端から見ていても見苦しい。最近もこんな光景が繰り広げられた。
生活保護者が嫉妬するのではなく、生活保護者に嫉妬できるほど嫉妬心が旺盛が彼らをうらやましいと言ったら異端尋問官に拉致されそうだが、実際そうなのだから仕方がない。
「うらやましい?なんだ嫉妬しているじゃん」と言うなかれ。「うらやましい」は嫉妬(envy)ではなく羨望(jealousy)である。ここまでは、私も感じる。人一倍敏感かもしれない。しかしその気持ちを癒すにあたって、私は「その羨望の対象を自分でも獲得しよう」という気持ちは湧いても、「そいつから羨望の対象をとりあげよう」という気持ちは全くおきないのだ。本書でも羨望と嫉妬の違いは最初に峻別されている。
嫉妬はなにももたらさないと人はいう。しかし私は、そういう人ほど嫉妬深いのではないかとも観じる--そう、「感じる」ではなく「観じる」--のだ。それが何かをなかなか言語化できなかったのだが、本書がそれを言葉にしてくれた。
P. 33嫉妬深い人は、不正や不当を数え上げたがる。
「嫉妬の成分の一つは、正義を愛する気持ちだ」
ウィリアム・ハズリットは書いている。「わたしたちはいわれのある幸運よりも、いわれのない幸運にいっそう腹を立てる」と。
生活保護者に嫉妬する板の住人たちは、まさに生活保護という「いわれのない」幸運に立腹しているのだ
本書はこれをあくまで「ネタ」、すなわちアイロニーとしてとらえている。が、私はこれをマジ受けしているのだ。
嫉妬こそ、社会正義をもたらしてきたのではないのか、と。
第八章の原題は、「資本主義下で人は人を嫉妬し、社会主義下では反対である」である。反対にしても「人は人を嫉妬する」というところが著者一流のユーモアであるが、生き残った社会を見ると、いずれも資本主義と社会主義の折衷案となっているのは事実である。米国ですら完全資本主義ではないし、北欧ですら完全社会主義ではない。資本主義と社会主義というのは結局のところ「強欲指向」と「嫉妬指向」の違いでしかないのかもしれない。
嫉妬という毒は、強欲という毒の解毒剤でもあるのだ。
どちらの毒も捨てられないなら、毒をもって毒を制するしかないではないか。
本書自体は、嫉妬害悪説に立脚している。
P. 196嫉妬は人間の本質かどうかは明らかではないが、これだけは確実に言える。解き放たれてしまった嫉妬は、取り付かれた人物の持つすべてを食いつぶしていくのだ。
私はこれが少々気に食わない。これを認めると、他の六罪の効用もすべて否定しなければならないからだ。そして前著「怠惰を手に入れる方法」が高らかに怠惰の効用を謳っているように、六罪にはいずれも効用があるのだ。忌むべきは過剰であって、感情そのものではないのではないか。
嫉妬と強欲を同時に手放すのと、両者に切磋琢磨させるのとどちらがよいのだろう。
一つ言えるのは、現代社会の形を作っているのは、後者の人々だということだ。
嫉妬不感症の私でも、そこまでは観じるのだ。
メシウマってどんな味なのだろう。私にはそれがわからないのに、しかしメシウマの味がわかる人々とつきあっていかなければならない。香山リカのように嫉妬に嫉妬できたらよかったのに。
Dan the Envy-blind
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嫉妬であると決め打ちして書かれた文に首を傾げました。
餅夫に対する執拗さのことだ
最近はバチがあたるって言いませんね
自分がひどく損な思いをしている、とか、当然手に入るはずのものが手に入らない、とか、そんな考えに取り付かれない限り、嫉妬心は強まらないと思います。嫉妬心の源泉は、おそらくある種の視野狭窄症、いいかえればその人の世間の狭さです。
嫉妬心の浄化法は、懺悔と感謝です。自分も自分の親兄弟も子供たちも、豚や鶏や牛の命を殺めて糞尿に変えて命をつないでいる罪深い存在であることに常に思いをいたし、お日様やお月様の光は誰に対しても、もちろん自分に対しても分け隔てなく注がれて四季がめぐり、逮捕状なしには逮捕されず、弁護士を付けられる裁判抜きでは刑務所送りにはならないですむありがたい世の中に生きていられることに感謝している人は、嫉妬心などに苦しまずに生きられるのです。
小飼さんが嫉妬心に無頓着なのは、恵まれた環境と恵まれた才能もさることながら、きっと、幅広い学習の結果、自分たちの豊かな生活が、どれほどの発展途上国の貧しく虐げられた人たちからの搾取の上に成り立つ罪深いものであり、誰にでも選挙権も被選挙権も裁判を受ける権利も付与されて、それらの権利が健全に機能する公権力に担保されている社会がいかに得がたい社会かよくご存知だからだと思います。
人間、ばかばかしい不平を言わないためにも、出来る限り賢くなりたいものだと思います。
嫉妬は必ずしも無いですね。
自分が対象が優位に立っていた時までの立場に成りたかったわけでもないですから。
とはいえ、どんなに恵まれようが湧いてくるのが嫉妬心だしなー。
私は、やる気があるときは、嫉妬心が目立たなくなります。やる気が無いときは、嫉妬心だらけになります。
ことわざだと、人の不幸は蜜の味。
人間は社会的な生き物なので、身近な人や有名人の出来事に一喜一憂
したり、嫉妬するのは全くおかしなことではありません。
特に文学作品においては、嫉妬は読書欲を掻き立てるスパイスです。
むしろ弾氏のように、嫉妬を感じないとか、自分が嫉妬心が少ない
成功者であることを強調するような言動に不自然さを感じます。
嫉妬心が強すぎて、社会生活に支障をきたしたり、自己管理ができない
のは問題ですが、珍しいことではありません。
>成功者であることを強調するような言動に不自然さを感じます。
激しく同意。
嫉妬心が少ない事を強調すればするほど
ご本人のセルフイメージと違って痛さが醸成される。
そして自分の嫉妬の後ろ向きであるが大きな感情を味わってしまうと、他人の嫉妬心もおそろしくなるので、人の嫉妬心をあおるようなこんな文章は公表できない(笑) 弾氏は本当に嫉妬という感情を知らないのだな、としみじみ思いました。
子供は正義感が強い=嫉妬深いとすることが出来るような気がします。
で、2ちゃんねらーはメシウマをはじめとして他者への嫉妬心に溢れてますが、あれは人間の心の内にある子供が目を覚ましたからではないかと。
嫌韓や嫌中だとか、マスコミの不正をなんたらとか言ってる人たちって、たぶん正義感が強すぎるんですよね。
子供っぽさに振り回されているというか。だから不正を正そうとする(生活保護受給者への妬みやマスコミが高給取りであることなど)一方で、リア充を異常に嫌ったり、成功した人間やブランドを貶めようとする傾向(嫉妬深い)がある。
そんなことを考えていたら、非常にこの本が読みたくなってきました。
それにしても弾さんのような人間に生まれていたら面白い人生を送れただろうなと思います。あ、これは嫉妬じゃなくて羨望
究極まで到達してるかどうかは知らんけど。
> 「嫉妬の成分の一つは、正義を愛する気持ちだ」
> ウィリアム・ハズリットは書いている。「わたしたちはいわれのある
> 幸運よりも、いわれのない幸運にいっそう腹を立てる」と。
貴兄が本ブログで時折り噴出させる団塊の世代や高齢者に対する怒り、彼らの財産のみならず生命も脅かすことも厭わない感情は、まさにこの定義に当てはまるように思われますが。
>簡単にいうと、性格が自惚れ、傲慢気味なんだろうと思う。
これ、わかるなぁ。自分もそうだから。
僕の場合は他人に対する一種の無関心もあるのかも知れない。
単に他人のことよりも自分の事に遥かに関心があって、自分が何をするかばかり考えている。
これって嫉妬心の強い人にはぴんと来ないのかも知れないけれどね。
逆に嫉妬心を殆ど感じない人には嫉妬心の強い人の気持ちがわからないのも当然と言えば当然。
>貴兄が本ブログで時折り噴出させる団塊の世代や高齢者に対する怒り、彼らの財産のみならず生命も脅かすことも厭わない感情は、まさにこの定義に当てはまるように思われますが。
そうなのかな?
弱い立場の人たちの犠牲の上で既得権にしがみつく人たちへの怒りは、嫉妬などと言う極めて私的な感情というよりも、むしろ公憤というべきものなのでは?
だって、dankogai氏の立場から見て団塊の世代や高齢者に対して嫉妬をする意味がない。
彼の方が遥かに優位な立場にいるのだから。
私にも嫉妬はないなあ.
人に対する羨望もない.
なんでだろう?
幼稚園,小学生はいじめられっ子.
(親にはいじめられていない)
早熟の理系趣味人(今のヲタク)でもあったので,
小3で高校の教科書を理解して,
教師の間違いを指摘するので,教師からもいじめられた.
小6の愛読書はフィザーの有機化学.
中西香爾訳だったかな.
このあたりが弾氏と似ているかも.
浪人やオーバードクターも経験したけど
まあ平凡に平均的収入で趣味人やっています.
>>>貴兄が本ブログで時折り噴出させる団塊の世代や高齢者に対する怒り、彼らの財産のみならず生命も脅かすことも厭わない感情は、まさにこの定義に当てはまるように思われますが。
>>そうなのかな?
>>弱い立場の人たちの犠牲の上で既得権にしがみつく人たちへの怒りは、嫉妬などと言う極めて私的な感情というよりも、むしろ公憤というべきものなのでは?
暇人さんが、ダンコーガイの怒りの対象たれば、先の感想(予想)も無駄なく成立すると思う次第です。
恐らく、団塊の世代、老人はダンコーガイの声に「嫉妬」を惜しみなく感じているのでしょう。そう、恐らく。
HN被ってます。
○私
弾氏のようなタイプミスをしてしまった、スマン。
ルサンチマン一直線です。
私は捨てられるのであれば、自分の嫉妬心を捨ててしまいたいです・・よ
嫉妬に対して嫌な感情を持つのは嫉妬にとらわれている証拠なのかも。
芸術も味わえない気が。心の次元数が低いというのは個性といえば個性ですが。
文学その他の芸術にも、いろんなものがありますのでね。
徒然草、天路歴程、バッハ、モーツァルト、ピカソ、マチス、etc.
吉田兼好や夏目漱石が理解できても紫式部や清少納言の良さは理解できなかったり、
安部公房にはうなずけても村上春樹にはぴんと来なかったり、
ハイドンはしっくり来るけどショスタコービッチは受け付けなかったり、
芸術なんてそんなもんだろ。
「何でもわかる」なんて言ってるやつは実は何もわかってない場合が多い。
そもそも、ある種の文学を理解できるために嫉妬という感情を持つことが重要なのかな?
そんなことよりも、嫉妬という感情のために無駄なエネルギーを費やしたり判断を誤ったりする方が比較にならない程の損失。
P.S. 日本酒は好きだけどウィスキーの良さは全然わからなかったとして、別にどうということもないさ。
嫉妬しているのにそれをセンスしてフィードバックする系がないのか。
という問題もありますね。
そのあたりは全部その本に乗ってるんでしょうかね。
公憤にしては、時に行き過ぎているように思われます。まあ、ヒトラーのユダヤ人への仕打ちも公憤によるものだ、とおっしゃるなら話は別ですが。
ちなみに私は弾さんと数年しか歳は離れていませんが、弾さんの高齢者への過剰な攻撃に「公憤」ないし「義憤」を感じている者です。
>ちなみに私は弾さんと数年しか歳は離れていませんが、弾さんの高齢者への過剰な攻撃に「公憤」ないし「義憤」を感じている者です。
結局どっちなんですか?
公憤を感じている?
公憤にしては行き過ぎていると感じている(ゆえに公憤とは呼べない)?
「俺に懐いてくれない犬がお前に懐いていて、そんなお前に嫉妬する」というくらいのかわいい嫉妬心も弾氏は持っていないのだろうか?
「ジェラシーだわ、ジェラジェラよ」なんていう女子高生の軽いやりとりとか、微笑ましいと思うけどなあ。
本のタイトルは「envy」だけどね。
そんな、どーでもいーよーな話を・・・
>吉田兼好や夏目漱石が理解できても紫式部や清少納言の良さは理解できなかったり、
>安部公房にはうなずけても村上春樹にはぴんと来なかったり、
>ハイドンはしっくり来るけどショスタコービッチは受け付けなかったり、
芸術なんてそんなもんだろ。
>「何でもわかる」なんて言ってるやつは実は何もわかってない場合が多い。
>そもそも、ある種の文学を理解できるために嫉妬という感情を持つことが重要なのかな?
>そんなことよりも、嫉妬という感情のために無駄なエネルギーを費やしたり判断を誤ったりする方が比較にならない程の損失。
>P.S. 日本酒は好きだけどウィスキーの良さは全然わからなかったとして、別にどうということもないさ。
>Posted by 矢野健太 at 2009年10月28日 19:16
Posted by 矢野健太 at 2009年10月28日 19:16さま、あなたのような方は、嫉妬されることがあっても、嫉妬する側の感情はまずわからない恵まれた方です。わたしも、嫉妬する感情に身を焦がすより、いまなら、国立新美術館に行って、ハプスブルグ家秘蔵の、ウィーン美術史美術館やブダペスト国立西洋美術館に所蔵されているスペイン絵画やオランダ絵画やフランドル絵画を何べんも観に行きたいと思う者です。
結局、嫉妬心の強烈な奴らは、生活そのものが嫉妬心の源泉になっているんですよ。弾氏とか、矢野健太さまとか、資質の恵まれた方々は、ご両親やご先祖様や恩師たちや自身の運命を導いた下さった守護神様たちに、ぜひ感謝してください。弾氏や矢野健太さまみたいな方々が世の中にいてくださるのをうれしく思います。
弾氏が羨望と名づけている感情を、他の人は嫉妬と分類してるかもしれない。
私は、相手を引きずり落としたいとまでは思わないとしても、
相手と自分を比較し「うらやましい」と思う心の中には、
無自覚であっても嫉妬が存在していると考えている。
〔哲〕 ニーチェの用語。被支配者あるいは弱者が、支配者や強者への憎悪やねたみを内心にため込んでいること。この心理のうえに成り立つのが愛とか同情といった奴隷道徳であるという。怨恨。
→奴隷道徳
三省堂提供「大辞林 第二版」より
いや、ちょっと違うな。
むしろウルトラマンだろう。
>相手を引きずり落としたいとまでは思わないとしても、
>相手と自分を比較し「うらやましい」と思う心の中には、
>無自覚であっても嫉妬が存在していると考えている。
わかる、わかる。
俺も自分の飼い猫を見て「うらやましい」と心の中で思うことが時々あるんだわ。
あれも嫉妬なんだよな。
あーあ。 猫に嫉妬する俺って、いったい・・・
なんか偉そう・・・
書き込みをしようとする人に強いフックとなるということがわかって
いるところが、弾先生の「嫉妬」理解の深さを感じます。
まあ、飲み屋で「俺って人が嫉妬するって感情わかんないんだよなあ」
なんていう奴が居たら一発ぶん殴ってやりたくはなりますわな(笑)。
「俺って貧乏ってどういうことかわからないなあ」という発言にも
どこか似ている気がする。
弾先生の書評ってこの発言も含め、同じ「俺スゲエ」という主題の変奏
を延々と繰り返しているような気もします。
つい聞きほれてしまうところなど、「ボレロ」にも似て。
>なんていう奴が居たら一発ぶん殴ってやりたくはなりますわな(笑)。
そういう連中には近づかないに限る。
思い込みが激しそうだから。
つうか、そういうコメントを書いてるあんたも思い込みが激しい方なんじゃないの?
上のコメントにある「飲み屋で一発ぶん殴るタイプの人間」って、
要するに、嫉妬心が強い上に、そのことにコンプレックスを持ってるんじゃないの?
だから、嫉妬感情の薄いタイプの人間にも猛烈に嫉妬してしまう。(笑)
で、殴る、と。
この解釈で一応辻褄が合いそうだな。
だとすると、「俺って人が嫉妬するって感情わかんないんだよなあ」という類の発言は、
そういうタイプの人間の嫉妬心に火をつける場合があるので避けた方が良い、ということになるのかな。
ふーむ。勉強になるなぁ。
それにつけても、嫉妬心をコントロールできないままでいると、猛烈な人生の無駄を生じるようだな。
なんかアホくさ。
あ、だから「七つの大罪」に入るのか。嫉妬は。
さすがは聖書だ・・・
自分の金を盗られてるわけだから
さすがは嫉妬心が薄い(わからないわけじゃないんですね)人だけあって
>「俺って人が嫉妬するって感情わかんないんだよなあ」という類
>の発言は、そういうタイプの人間の嫉妬心に火をつける場合があ
>るので避けた方が良い、ということになるのかな。
この程度のことが分かるのに上のような考察が必要なんですね。ご苦労さま
なことです。
まあ、思い込みが激しい、というのは文章から察するに黒猫さまのほうが
あてはまっているような気もしますが(笑)。
世界中の人間が黒猫さまのように嫉妬心をコントロールして、「猛烈な人
生の無駄」のない充実した人生が送れるようになるといいな、と思います。
>この程度のことが分かるのに上のような考察が必要なんですね。
>ご苦労さまなことです。
ご理解の程ありがとうございます。
まあ、人間の感情理解なんて、そんなものでしょう。
人によって感情や性向のばらつきは非常に大きいので、
他の人の感情を理解するのには困難を伴う事は極めて普通の事のようです。
食欲、性欲、金銭欲、所有欲、独占欲、名誉欲、出世欲、支配欲、などもそうです。
人に寄って欲望や感情の強弱は非常に違う。たとえば金銭欲は強くても名誉欲は薄い人もいる。
しかし、それでも、何らかの感情への理解が薄いと鉄拳制裁を覚悟しなければならない場面もあるってことなんでしょうね。
たとえば、飲み屋で「俺って人が村上世彰や堀江隆文みたいに金銭を猛烈に欲する感情ってわかんないんだよなあ」とか、「俺って全然出世したいという気持ちが無いわ」とか言ったら、やっぱり一発ぶん殴られる覚悟が必要なんでしょうなぁ。
まさかとは思いますが、全ての人に嫉妬という感情があってそれを理解できるはずなので、自分にはそれが無いとか理解できないとかいう考え方は単なる激しい思い込みに過ぎないはずだとか、そういう類の話ではありませんよね。
まず、普通の(というか多数派の)人たちとは違った感情の持ち方や理解の仕方をする人たちが、ある程度の数は存在しています。たとえば自閉症的な傾向のある人たち。(最近の言い方だと「自閉症スペクトラム」。) これにはアスペルガー症候群も入り、自閉の程度や出方は様々です。彼らの多くは嫉妬などと言う複雑な感情は持たず、また他人のそういう感情を理解できません。社会生活をする上で感情のコミュニケーションがうまくできずに苦労します。
http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/utigawajihei79.html
なお、自閉症の明確な境界は無く、やや自閉的な傾向を持つ人もかなり存在し、なんとか日常生活を送っています。彼らは好きな事への集中力は強い場合が多く、数や論理に強い場合も多いので、エンジニアやプログラマーなどになる場合が多いようです。ですからIT業界には多いとか。(私もそうです。自閉症的傾向があります。)
既にこのコメント欄で指摘がなされていますが、小飼氏にも世の多数派の人たちとは異なった感情的傾向が見られるようで、知能が高いことは間違いありませんから、アスペルガー的傾向があるのかも知れません。Bill Gates 氏がそうであるように。
http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/20080123/1
http://www.geocities.jp/yanbaru5555/widetable1-0.htm
また、アスペルガー的傾向とADHD的傾向の両方を持つ人も或る程度いるそうです。
(私自身は医師でも専門家でもないので診断的なことは言えませんが)
>る感情ってわかんないんだよなあ」とか、「俺って全然出世したいという気持ち
>が無いわ」とか言ったら、やっぱり一発ぶん殴られる覚悟が必要なんでしょうなぁ。
こういう強引な飛躍をして自説を補強するところなど、相当思い込みが激しい
性格であることの証拠ではないかと思いますが、いかがでしょう?
>そういう連中には近づかないに限る。思い込みが激しそうだから。。
>そういうコメントを書いてるあんたも思い込みが激しい方なんじゃないの?
他人の書き込みに対していきなり「あんた」呼ばわり、「思い込みが激しい」
と煽るのも相当失礼な話だと思うのですが、まあそういう感情をお持ちという
のも期待しては駄目なんでしょうね。
まあ、私の「感情」としては弾先生のエントリに便乗して「俺スゲエ」的な
コメントをしているのは相当みっともない所作って感じがするなあ、とそう
思っただけです。
特に暴力は無しだよ。ぶん殴られると痛いんだからー。
知能が高いのは間違いないから、障碍とかいうんじゃなくて、そういう傾向のある人なのかも。
嫉妬という感情が理解できないという点も合致するし、論理的に考えることにこだわるし、好きな事にものすごく集中するし、話し方は落ち着きがないし(笑)。
昔はこういう傾向のある人とかアスペルガーの傾向のある人とかはなかなか世の中に適応できなかったのかも知れないけど、今みたいな時代だとその異能が生かせる場所がいろいろあるんだろうな。
マイクロソフトのトップふたり(ゲーツとバルマー)がアスペとADHDの傾向を持ってて補完し合ってたとか聞くよね。あと、アカデミアでばりばり活躍する人たちにもそういう人たちが多いとか。エジソンとかスピルバーグも。
アムロじゃないけど、IT時代に適応するニュータイプ?
ADHDか何か知らないけど、周りと違った連中が差別されるのが当たり前。
目立つやつ、できるやつ、頑張るやつは、足を引っ張られて当たり前。
目障りな連中は引きずりおろしてやればいい。
世の中ってそういうもんでしょ。
きれいごとばかり言ってても無意味。
そう思った次第です。
あんた、ほんとに暗いねぇ。。。
ネガティブなオーラがここまで届いてくるよ。


