2009年11月06日 10:30 [Edit]
ガタに頼ってるとガタが来る
厳密を、単純に「いいこと」なんて断じると、AK-47はたぶん、砂粒一つ噛みこむだけでで動作を止める。「厳密に改良された」ライフルで戦って、兵士がみんな、動作不良で殺されたところで、努力の好きな人たちは、「やるべきことはやった。しかたがなかったのだ」なんて、満足そうに敗北をふり返る。自分たちのせいなのに。
AK-47の設計思想に関しては、設計者本人へのインタビューを本にしたこれが詳しい。AK-47が「最も偉大な小火器」に選ばれる理由もこれを読めばわかる。
なのに、なぜ偉大なソ連は冷戦で負けたのか。
ガタを直せなかったからだ。いや、ガタを直すインセンティブが、中の人たちになかったからだ。
カラシニコフは、後にM16を設計したユージン・ストーナーにあったそうだ。ストーナーの方はそれでミリオネアになったが、カラシニコフがもらったのは勲章ぐらい。カラシニコフはそれを誇りにしているけど、しかしカラシニコフに誇りしか与えなかったソ連は、破産という形で負けてしまった。
AK-47をコンサルタントに手渡して、「これをもっと高性能にして下さい」なんて問題を出したらいい。少なくとも、ガタをなくす方向の改良を提案した人は、AK-47で射殺されるべきだと思う。
これは設問そのものが間違っている。間違った設問はさらに間違った答えしか生み出さない。
問うべきは、「これが必要ない世の中にして下さい」ではないのか。
AK-47は、素晴らしい道具が人類を幸福にするどころか不幸にした例としてもっともわかりやすい例の一つではないか。
ガタがあるからうまくいく - レジデント初期研修用資料トヨタの「カンバン方式」にしてから、あれはたぶん、「無駄とり」なんかじゃなくて、もっと別の理由があって、ああいうやりかたにたどり着いてる。
あれをつぶさに見れば、なぜガタに頼ってはいけないのかがよくわかる。
カンバン方式で動いている工場群の近くには、トラックの渋滞がよく見られる。そう。ガタだ。カンバン方式というのは、流通経路をガタ=バッファーにしてシステムを調和するメソッドだとも言える。
そのコストは、誰が出しているのだろうか。
トヨタが出しているわけじゃないよね。
トヨタに限らず、システムにガタが必要な場合、その費用は最も立場が弱い者に押し付けられる。いかに社員たちがガタとして機能させられ、その結果ガタガタになるのかは「トヨタの闇」に詳しい。日本の「ロバスト」な製造業で、期間工たちを「ガタ」に使っていないところはあるのだろうか。
無駄と余裕に、本質的な違いはないのかも知れない。無駄とは単に「帳尻が合わない」ガタで、余裕とは「帳尻が合う」ガタに過ぎないのかも知れない。余裕がなければ壊れやすい。しかし無駄があっては負けやすい。
難しいところだ。が、ムリムラムダなしでガタを実現した例を私は一つ知っている。
インターネット、だ。
考えても見て欲しい。今この記事を読んでいるあなたが、どれだけ「見えない」バイト列を費やしているのか。サーバーからこのページが送出される時には、HTTPヘッダーが上乗せされる。それはパケットに分割されて、これらのパケットには一つ残らずTCPヘッダーが上乗せされる。そしてそれをサーバーの外に送出する際には、IPヘッダーが上乗せされる。あなたが今見ているページは、こうした「ガタ」を全て取り払った結果だ。ページを見るためだけだったらこれほどのガタは必要ないが、ガタがあるおかげでシステム全体が完璧に機能していなくてもページはあなたに届く。
ここまでは他のシステムと同じ。
違うのは、誰がガタの費用を負担しているか。
インターネットでガタの費用を負担しているのは、コンピューターである。ヘッダーを乗せるのもヘッダーをはがすのも、そこに人間は関わらない。だから我々はそれを用いるにあたってガタを気にせずに済む。
もしガタが必要なのだとしたら、それは機械にやらせなければならない。
人間でなくて。
ガタに頼るシステムは、まさにそのガタを担う者にガタが来るようになっているのだから。
Dan the Resilient
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単に、この文章に頭来たから反論書いただけでしょ?
>努力の好きな人たちは、「やるべきことはやった。しかたがなかったのだ」なんて、満足そうに敗北をふり返る。自分たちのせいなのに。
>うまく回ってた何かに「無駄」を見つけ出して、それを「改良」したとのたまって、むちゃくちゃになった現場からは目をそむけつつ、勝利宣言して尻まくる人たちって、幸せそうだなといつも思う。
いかにもギークが嫌う話だよね。
カイゼンという名の「おかしな無駄省き」は「現実に存在」しているのに。
そもそも、自分が無駄だと思ってる物は他の人にとっては大事だという視点が抜けているのがギークの悪い所。
「ガタに頼るシステム」と言うより、「ガタを一部の人間(もしくは部品)に背負わせるシステム」だと思います。ギチギチに精度を追求したシステムの場合、ガタが生じるとその負荷が一部に集中しそこからシステムが崩壊してしまうことになりやすい。それに対し、ガタを適当に分散させた場合は負荷も分散されるのでシステム全体としての耐久度は上がる。「ガタに頼るシステム」という表現は意味が曖昧で判りにくいような気がします。
うまい!
>人間でなくて。
民営公営企業非営利組織の経営者がみんな小飼さんみたいな経営思想の持ち主だったら、中国でもインドでもアフリカでもラテンアメリカでも、不幸な人の数は半分以下になるだろうと思います。
私は、解雇通告された特許事務所で、病人だったためにもともとガタでした。そのガタだった私に解雇通告した事務所の副所長の弁理士も、会長の弁理士にとってはいくつかの「ガタ」の1つなのだろうと思います。経営者の会長の弁理士からは何も説明はなく、解雇通告1ヵ月後に退職を自己都合依願退職として行わせる決済は、所長の弁理士が行いました。所長の弁理士からは、謝罪の言葉はありませんでした。そして、本当は、経営者の会長の弁理士は、わたしを、「ガタガタ」として、非正社員外嘱託という形で低賃金非雇用をするつもりだったのが、それができなかったために、その特許事務所は、特許庁の通達違反に当たる、節税目的の事務所内株式会社(これもガタ)を再成立させなければならない羽目に陥りました。その特許事務所は、私を退職させた後、脳梗塞をわずらった、歩行困難な所員(この人も「ガタ」)も退職させました。
わたしがなぜ解雇通告されて職場を後にする決意ができたのかといえば、わたしが韓国語を少しでも学んでいたためです。そして、韓国とは、明治以来、そして戦後ひどく、日本にとってはガタの押し付け場所の1つであったのです。
思えない文章でした。
引用元のブログの内容と、ぜんぜん噛み合っていない気がします。
ぱっとみ、「一見すると不要なものだけれども、実は計算ずくでいれられているもの」と、理解してしまいそうですが、これは単純に設計思想が「一見」した人に伝わっていないだけの話で、実際のガタの定義は「不完全さの許容」。(たぶん)
こう考えれば、カンバン方式を引き合いに出した文章への批判と、インターネットを引き合いに出した意図が理解できます。
そして、不完全な部分の処理を人にやらせるようなシステムは破綻する。という話かと。
電気代やデータ通信費もユーザを破綻させるほどのインパクトがあれば問題かもしれませんね。
「不完全さの許容」→「許容された不完全さ」
ただ、トヨタのカンバン方式を例に出したのはいただけませんね。
ガタがあるシステムならば、大きな倉庫を用意して在庫をしっかり持っておき、トラックが遅れても大丈夫、早く来ても大丈夫とするでしょう。
ガタがあるシステムというのは、ムリムダムラのうちムダとムラはあるけど、ムリはないものだと思います。(誰かにムリをさせない)
分かりやすい解説ありがとうございます。
なるほど。腑に落ちました。
ありがとうございます。
ただ、僕も「これで大丈夫かな?」と思いつつ、書いているのでご注意ください。(笑
引用元のブログを読んで僕も違和感を感じます。
danさんはガタ自体にこだわりましたが、僕は別の視点から2つあげます。
一つは、「改良は失敗も含めた積み重ね」という視点が抜けているということ。
それから、もう一つ
おそらく「痛い失敗を経験した」ことから、下手なカイゼンよりも現状維持を望んでいるのでしょうが、百歩譲って自分が全く変わらなくても、自分を取り巻く環境は変化していくわけですから、硬直した組織はいずれ変化についていけなくなるということを認識していないところです。
遠距離だと当たらない?なら接近すれば良い。
接近すると死傷者が増える?なら投入する兵力を増やせば良い。
こんな感じで。
実際7,62mmを使う為に、米国でカスタマイズされた物はガタは
無くす方向で改造されています。人命で帳尻を合わせる事は出来ませんから。
