2009年11月16日 05:30 [Edit]

この記事をクリップ! newsing it! Buzzurlにブックマーク b.hatena.ne.jp/entry 科学(者)のウソとマコト - #書評_ - なぜ「科学」はウソをつくのか

祥伝社高田様より献本御礼。

科学者および技術者は必読。特に公費で研究・開発を進めているものは本書から目を背けてはならない。

「仕分け」の「仕打ち」は、こういう人を粗末にしてきたあなた方にも一因があるのだから。


本書「なぜ「科学」はウソをつくのか」は、サイエンスライターとして日本で最も有名である著者の、科学に対する「愛」と、科学者たちに対する「憎」が本の形となって表れたもの。

目次 -
はじめに
第1章 色あせた科学
なぜ科学は輝きを失ったか / 物理学を味わうには文学的想像力が必要だ / ノーベル賞受賞が浮き彫りにした科学の空洞化 / テレビ局という超文系社会で軽視される科学 / マスコミの科学音痴を直せ / 物理帝国の崩壊とモノづくり日本の危機 / 働かざる学生、食うべからず? / 高学歴ワーキングプアに解決策はあるか / 日本で科学者育成が機能しない理由
第2章 科学の闇
法学から科学への転向 / 科学革命の裏に迫害の歴史あり / 他人事でない恐竜絶滅の原因――「死のビリヤード」は予見できるか / 日本発の科学革命――iPS細胞研究の世界戦争 / はみ出しものが科学革命を起こす / 科学の世界もカネと権力次第 / マイナスイオンとクラスター――疑似科学が氾濫する日本 / 一寸先は科学の闇 / 敵はどこにいる? / 有名教授からの異常な攻撃
第3章 原子力は本当に怖いか?――エネルギー問題の本質とは
原子力問題を論ずる前に / 風力や太陽光ならよいのか? / 「原子力容認派」というスタンス / マスコミは「不安」ばかり煽る / 自然エネルギーは原子力に代わり得るか / クリーンエネルギーの課題は「コスト」 / 「宇宙エレベーター」がエネルギー問題を解決する? / 日本人が開発した夢の素材 / 究極のクリーンエネルギーは「核融合」だ / 核融合までの「つなぎ」としての高速増殖炉の必要性 / 高速増殖炉をめぐる世界各国の思惑 / もんじゅの停止に潜む本当の問題――八〇〇〇億円のゆくえ
第4章 エコロジーのエコノミー
エコロジーか、エコノミーか / 気候学者VS温暖化懐疑論者 / 「環境」=「自然」ではない / 身近な環境破壊に鈍感な日本人 / 諫早湾干拓における科学の罪 / 正しい二酸化炭素の減らし方とは / 地球温暖化の原因は本当に二酸化炭素なのか / コンセンサスが正しいとはかぎらない / 気温のデータは嘘だらけ? / キリマンジャロの雪が解けたのはなぜか / 現代の不平等条約――京都議定書 / なぜ日本は京都議定書に調印したのか / IPCCとはどのような団体か / ツバルを守るのに、世界中の海面を調整する必要はない
第5章 殺されるペットたち
身近な猫の死から感じた生命の不思議 / 国の税金で殺される二九万頭のペットたち / ペット殺処分問題の解決策を探る / 厚労省と環境省の対立が問題を生み出した / 犬の殺処分率を8%にまで減らした熊本市 / 全ペットにマイクロチップを / 「ふつうの人々」のもつ残酷さ / 小さな命の大切さを理解する
第6章 真実はつくられる――DNA鑑定と検視の問題
足利事件の冤罪判決――科学は何を誤ったか / DNA鑑定という諸刃の剣 / 検視制度が生んだ「殺人天国」日本 / 「理系」内閣で日本は変われるか
エピローグ――それでも科学は役に立つ/それでも科学を応援したい
宇宙開発はロマンか無駄か / 「科学は役に立つか?」という問いにどう答えるか
あとがき――それでも科学を応援したい

著者は、哲学士にして理学博士である。

竹内薫プロフィール
1960年東京生まれ
筑波大学附属高等学校卒業
東京大学教養学部教養学科卒業(専攻、科学史・科学哲学)
東京大学理学部物理学科卒業
マギル大学大学院博士課程修了(専攻、高エネルギー物理学理論)
理学博士(Ph.D.)

英米においてこうした経歴をもつサイエンスライターはむしろ普通だが、日本では珍しい。しかしそれよりも英米と異なるのは、著者に限らず日本における「サイエンティストとして訓練を受けた」サイエンスライターが、一流のプロではなくサイエンティストの落ちこぼれと見なされ、また著者自身もそう感じていることを隠そうともしないことだ。

なぜ著者が「落ちこぼれ」、なぜ著者がサイエンティストではなくサイエンスライターとなったかは本書で確認していただくとして、「なぜ「科学」はウソをつくのか」の解答は明白である。

科学は、ウソをつかない。

ウソをつくのは、科学者である。そしてマスメディアが、そのウソに信憑性を与える。

本書には、そんなウソツキたちがどんなウソをつき、その結果何が起きたのかを非科学者にもわかりやすく、そして科学者も否定できないほど論理的に告発しつつ、各論に対する著者の意見を述べていき、そして科学と科学者に対する著者の愛憎で本書をまとめている。

その言やよし。原子力と猫に関する箇所など、かなり客観性を欠いている部分もあるものの(例えば原子力に関して廃炉コストをスルーしているのはいただけない)、しかし立ち位置をはっきりさせた上での主観は、立ち位置を伏せた上での客観に勝り、そしてこれこそが科学的な態度である。完全な主観というのは物理学にすらもうないのだから。

だからこそ、

の「中途半端」さにはがっかりだ。

著者には、「小ささ」と「大きさ」が足りない。

まず「小ささ」の方。言ってよかったのである。「サイエンスコミュニケーションをおろそかにしてきた結果がこれだよ!」と。本書にはきちんと出てくる。しかし本書は商品でもある。基本的に購入した人しか目にしない。誰もが目にするのは、blogの方である。そこでサイエンスライターを売り込まないでどうする。

そして「大きさ」の方。これは「仕分け」に対する科学者たちの反応も共通している。

「亡国」?上等じゃないですか。

科学は、いつから国家より小さなものになったのだ。

著者は「アバウトアインシュタイン」の著者でもある。ならばおたずねしよう。相対論はどの国のものか、と。特許局の給料を払っていたスイスのもの?んなわけない。

相対論は、 by Einstein, of Universe, for Mankind だ。

科学は、すべてそうなのではないか。

日本でだけ通用する科学なんて、科学ではない。特定の国だけで成り立つ科学はルイセンコぐらいにしておいていただきたいものだ。

国家の威信をかけた科学技術競争の頂点ともいえるのが、アポロ計画だろう。もちろんアポロ計画は、純粋な科学のためだけになされたのではない。目的において国家の威信>科学技術は疑いようがない。17号のHarrison Schmittを除けば、月に行った残りの11人全てが軍人か元軍人。それでも、元軍人の Niel Armstrong はこういったのだ。

Neil Armstrong - Wikiquote
That's one small step for a man, one giant leap for mankind.

これがもし

One small step for an American, one giant leap for America.

だったらどうなっていたか。月着陸は、人類の偉業ではなくアメリカ人の独善を記念するイベントとなっていたのは間違いない。

私は数学者ではないが数学ファンでは。私が数学から習った最も大事なことは、うまくやるには「それ」そのものより「一回り大きな」問題を解かなければならないということ。

404 Blog Not Found:コマネチ大学数学科16講
番組の問題がちょっとダレ気味(これも夏休み対策?)なので、以上を踏まえて以下に問題。何となく数学オリンピックの問題のような気がするが、私があるセミナーに誘われた時に、セミナーの参加資格として解かされた問題。
次の条件を双方とも満たす整数が存在することを証明しなさい。
  1. 1987を約数として持つ
  2. 十進法表記で、0と1だけ登場する

この問題は、1987をいくら見ても解けない。ところが1987を「全ての整数」とした途端に解けるようになる。

日本の問題を、日本だけ視野に入れて解こうとしても解けっこない。

世界を、視野に入れなければ。

本書に話を戻そう。

なぜ科学、いや科学者、いや我々はウソをつく--こともある--のか?

自分(たち)のことしか、視野に入れていないからではないのか。

Dan the Independent Thinker


この記事へのトラックバックURL

この記事へのソーシャルブックマーク
はてなブックマーク
Livedoorクリップ
0 Buzzurl
この記事へのトラックバック
まず最初に、他人のエントリで整理してみましょう。 このブログの常套手段ですね。 かなり多くの方がすでに「事業仕分け」で記事を書いての..
事業仕分けを元にした「思考仕分け」Part1【若だんなの新宿通信】at 2009年11月16日 09:53
この記事へのコメント
俺、このひと嫌い。
東京学芸大学でのお呼ばれ講義というのをMP3で聞いた。
「こんな簡単なことがわからないんですよ。」
だいたいこんな感じで、断言してた。

特殊相対性理論における、直交座標と斜交座標の重ねについて。

透明ガラスでできた立方体の部屋。
部屋中央の浮いた空間位置で、デジカメで撮影。正面を。

部屋正面は有限な正方形。
デジカメカメラレンズは点とみなしてもいいだろう。
デジカメは、いま、このいま複数光子を点において集めた。

部屋正面の有限な正方形各部同時情報を集めたわけじゃない。
日常イメージ的にはそう(同時)だが、
正面両端と正面中央のいま現在を見ることはできない。

デジカメレンズから離れているのだから。光子は瞬時には届かない。

さて、正面有限な正方形イメージをそのまま無限の座標平面xyにしていいのだろうか?

お邪魔させていただきました。遙かに茂木健一郎先生の方が人間らしくおもしろい。
Posted by zion-ad at 2009年11月16日 09:42
>dankogai: 芸術は砂山。高くしたかったら裾野を広げるしかない。

前のエントリーにコメント欄がないので、ここに入れさせてもらいます。

この意見同感します。でも、普通は基本はデッサン力、アイデアはその次。

スタンダードな努力を嫌がるやつにはたいした成果はない。

なお、量と質の問題(「量質変換」のはなし)は、講談社現代新書 三浦つとむ著 「弁証法はどういう科学か」を読んでいただくとよろしいと思います。この件についての厳密な議論がなされています。
Posted by enneagram at 2009年11月16日 09:47
このエントリーに対してのコメント。

科学って、真理なんですか?厳密に哲学的な言い方をしてしまうと、科学とは、事象に対する適切な論理的記述なのではないのですか?こういう風に言えば、自然科学だけでなく、社会科学も人文科学も包摂できると思うんです。

べつに、言いがかりをつけているんじゃないんです。このエントリーの主題は、科学そのものの真理性ではなく、科学者の人間くささや情実への弱さなのはわかっています。

ただ、科学は(認識の)道具であるという覚めた目も持つべきだと思うんです。ただ、大科学職人小飼弾氏が、優れた職人であるがゆえに、ものすごく道具を愛していて、道具を大切にしていて、優れた道具のなかに、技の匠が世に顕現させた神、あるいは神的なものをみいだすというのなら、それはそれで私もすごく共感するんです。でも、そういうエモーションというのは、日本の優れた「棟梁」のメンタリティではあっても、そんなに普遍的なものではないと思うんです。

科学への物神信仰、物神崇拝は個人的なものにとどめるべきだと思います。もちろん、そういうメンタリティを持った「棟梁」たちは、日本だけでなく、世の中全体に大勢いるのかもしれませんが。
Posted by enneagram at 2009年11月16日 10:03
>科学って、真理なんですか?厳密に哲学的な言い方をしてしまうと、科学とは、事象に対する適切な論理的記述なのではないのですか?こういう風に言えば、自然科学だけでなく、社会科学も人文科学も包摂できると思うんです

科学の場合は、実験場そのものの時空位置での同時存在確認、
(実験装置の長さ調整、加速器なら温度管理してとか、
設計書の座標イメージと合わせる作業。実際の世界を平坦化する作業。)

及び、実験装置という手段の介在が、
数学的なイメージ世界の記述とは異なると思います。

対象(実験場及び実験装置大きさ)だけではなく、
対象を知覚する観測者(機器)と対象の関係。
そして、対象と観測者をどう座標に配置し描くかの実験設計者の認識空間。

座標の取り方の工夫が問題となると思います。己を俯瞰する。
己の代理表象である原点Oが、時空において分裂する。これが実験観察者。

なあに、ミンコフスキーの砂時計。その過去円錐底面中心と、砂時計のくびれ。
くびれには情報が集まってくる。情報遅延。ただし、原点Oも線分(有限)両端も
同じ斜め45度で砂時計のくびれにやってくる。線分を過去円錐上半分円周にしなきゃですけど。

電磁気学には、単位円。なぜ、[ i ]が、使われるのか。これが階層認識の1歩です。

どうもすいません。あまりに的確なコメント見てしまったんで再びお邪魔。
Posted by zion-ad at 2009年11月16日 11:33
>完全な主観というのは物理学にすらもうないのだから。

「客観」の誤記では?
Posted by K.I. at 2009年11月16日 13:18
毎回楽しく拝見しています♪
またオジャマします(^-^)
Posted by いぬ at 2009年11月16日 14:15
科学≠science in Japan.
Posted by niko at 2009年11月16日 21:19
蓮舫がロジックを追及しようとして原理主義に走るタイプなのは今に始まった話じゃないだろう。あとは蓮舫と蓮舫に任せる人間の視野の問題。
Posted by まる at 2009年11月17日 05:59
>「仕分け」の「仕打ち」は、こういう人を粗末にしてきたあなた方にも一因があるのだから。

この人いやな感じの人。
あんまり誠実に仕事してくれないかんじ。
だから粗末にされたんじゃね?っておもったりおもわなかったり。
でなんでそれが「仕打ち」なんだよ。いみわからn。
Posted by KKS at 2009年11月17日 12:39
>「仕分け」の「仕打ち」は、こういう人を粗末にしてきたあなた方にも一因があるのだから。

“この人”ではなく、“こういう人”=サイエンスライター
つまり、世の中に対して科学をわかりやすく説明してくれる人。
仕分け人にも科学への投資の価値をわかりやすく説明してくれた可能性があるわけです。

ただ、仕分け人によれば「仕分け人目線」でなく「国民目線」なので、むしろ「国民目線」を変えてくれたかもしれないという意味かもしれません。(?)

政治家であれば自分の考える国の姿があるでしょうから、まずはそれに沿ったものかどうかで判断したと、なぜ言えないのか疑問ですね。
本来、政治家は政治についての専門家のはずですから、はじめに「民意」「国民目線」ありきではなく、「このようにする」という判断と「なぜならば・・・」の部分が国民に納得してもらえるように説明するのが政治家本来の姿ではないかな、と思ってみたりします。
誤解のないようにつけ加えておきますが、「仕分け」自体に反対しているわけではありません。問題が少々含まれていても、やらないよりはずっとましです。改善していけばいいだけです。
Posted by 浦川 真一 at 2009年11月18日 20:15
アポロこそ大嘘だと言ってる人もいますがw
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2007/10/post_fba1.html


Posted by ルシフェリアン at 2009年11月21日 01:42
>アポロこそ大嘘だと言ってる人もいますが

副島隆彦のアポロ陰謀説w
こういうのが好きな人っているよね。

Posted by ふなっこ at 2009年11月22日 02:01
陰謀論の類にすぐひかれる人は、
たいてい論理的な思考能力に欠けるタイプの人間だ。
そういう人はまず疑いをもって接する方が良い。

たとえば副島隆彦www

Posted by 案山子 at 2009年11月22日 19:21
>案山子

>陰謀論

 http://www.youtube.com/watch?v=L_R1tADMdeg

>論理的な思考能力に欠けるタイプの人間だ。

 http://unou-tore.livedoor.biz/archives/1065238.html

>そういう人はまず疑いをもって接する方が良い

 そういう人じゃなくても疑うべきです。
 自分の脳も一度疑ってみてはどうですか?

 
Posted by ルシフェリアン at 2009年11月23日 00:03
げっ! あのルシフェリアンが、ここでも騒いでるよ。
某所で喧嘩しまくりの鼻つまみ野郎が、こんなところでも暴れているとは・・・
Posted by ぽんた at 2009年11月23日 02:22
>ぽんた

 そんなに暴れないでください。
Posted by ルシフェリアン at 2009年11月23日 02:52