2010年03月25日 12:00 [Edit]
中国のない世界
問題は、なぜGoogleが中国からたたき出されたか、ではない。
グーグルのない世界 (内田樹の研究室)中国政府の検閲の停止を求める交渉が決裂して、グーグルが中国から撤退することになった。
中国が、なぜ一歩も譲らなかったか、だ。
それを理解するには、中南海からの視点が必要なのだが、その視点を持とうとする先進国の「識者」が見当たらないので、能力の決定的な不足を承知しつつ私がそのまねごとをしてみることにする。
想像してみよう。たった今国境というものがなくなった世界を。
そこは John Lennon が Imagine で歌った世界では残念ながらない。チャンスを求めて都市に押し寄せてくる途上国の人々を追い返す国境がなくなった世界だ。都市にすむあなたならこの事態をどうするか。自由の名の下に彼らが来るにまかせるか。それとも何らかの口実を設けて彼らにご遠慮いただくか。
先進国において、これは単なる思考実験だが、中南海の人々にとっては、これこそが今そこにある現実なのだ。
中国人には、二種類ある。都市戸籍を持つ人とそうでない人だ。うち先進国の我々と接点があるのは前者だけだ。彼らの資本主義を見て我々は彼らが「同じ人々」だと思い込み、思い込むがゆえに彼らの自由主義の欠如に困惑しているが、そういう我々も途上国の人々を国境で追い払っていることを考えれば、実は同じ事をしているに過ぎない。
中国は日本を抜いて世界第二位の経済大国になった。というのは事実であると同時に錯覚である。何を錯覚しているかというと、中国が一つの国であるということだ。違うのである。中国というのは「世界」なのだ。3億人の「市民」と10億人の「農民」から成る。中国は世界の1/5スケールモデルであり、中国政府の決定というのは国家の決定というより「世界」の決定なのだ。その決定とは何か。それは「全世界の人々が、同等の権利を有することなどまかりならん」というであり、「市民と農民を隔てておくために必要な措置は他に優先する」ということである。
そしてこれは、スケールモデルでない方の、かっこぬきの世界の現時点における決定でもある。法による平等というのは、国単位のローカルなものに過ぎず、それぞれの国の民にどんな自由を保障し、そしてどんな自由を剥奪するかはそれぞれの国が勝手に決めてよい事になっているのだから。
そして、それぞれの国はそれぞれの国の不都合な真実をたがいにやりとりすることによって、その国の都合を守っている。
けれども、この協定違反による短期的な利益確保は、長期的には大きな国家的損失をもたらすことになると私は思う。それは「オリジネイターに対する敬意は不要」という考え方が中国国民に根付いてしまったからである。
しかしそれ以上に、先進国では「安価な労働に対する敬意は不要」だという考えが根付いている。これは安価にオリジナル商品を製造販売したい者にとっては極めて不都合が真実である。しかしありがたいことに、人の往来は不自由でも物の往来は自由である。だから安価にオリジナル商品を製造販売したいものは中国で物を作る。私がこの文章を書いているコンピューターは、Designed by Apple in California にして、 Assembled in China である。これほど高度な工業製品が先進国の平均的な--そのほとんどはイノベーターとはとても言えない--人々の月給に満たない金額で手に入るのは、中国のおかげなのだ。
その中国における実態がどうであるかを伺う事は、先進国にいても可能ではある。可能どころか当の中国人よりも簡単かも知れない。「中国貧困絶望工場」は先進国では読めても中国で読めるかは疑問だ。しかしそのことを知る義務すら我々にはないことになっているし、ましてや彼らの待遇に対する責任からは我々は完全に免責されている。
中国政府はこの「過渡的施策」を公式に放棄し、人間の創造性に対する敬意を改めて表する機会を適切にとらえるべきだったと思う。けれども、中国政府はすでにそのタイミングを逸したようである。創造的才能を「食い物」にするのは共同体にとって長期的にどれほど致命的な不利益をもたらすことになるかについて、中国政府は評価を誤ったと私は思う。
寝ても覚めても中国製品に取り囲まれている我々にそういう資格があるのだろうか。その資格がないことを、中南海の人々は知悉しているはずだ。だからこそ、彼らは断乎として「過渡的施策」を続けているのだ。中国の一人当たりGDPが先進国になったというのならとにかく、今は一桁少ない。そしてそれだけが可能にする安価な労働力に、我々先進国の住民はすっかり中毒になっているのだ。
結局のところ今回の事件は、中国がGoogleを必要とする以上に、世界--少なくとも先進国の我々が--が中国を必要としていることを再確認したに過ぎない。少なくとも中南海の中の人々はそう判断した。それだけのことである。
Dan the Yet Another Sinoholic
この記事へのトラックバックURL
そうなると、アメリカは、先進国が途上国を抱えている世界で、中国は、途上国の上に先進国が浮遊している世界とでもいうべきなのでしょうか。中国で起きたことは、インドでも起こるのでしょうか?それとも、インドは、建前を放棄できないがゆえに簡単に分裂国家になるのか?もちろん、中国も、アメリカも、国家分裂の危機は常にはらんでいるだろうとは思います。
ただ、明らかだと思われるのは、世界が中国を必要としていると、中南海の人々が判断していようとしていまいと、グーグルに見放された中国は、おそらく自力更生不可能に、立ち遅れていくであろうことです。世界が、特に先進国のわれわれが、中国を必要としているなら、われわれは、今後中国がまたひどく立ち遅れていくことに果たして耐えられるのか?現在は、大躍進運動の時代とは比べ物にならないほど、先進国は中国に多くをつぎ込んでしまっています。
考え方の枠組みは重要です。
しかし毛沢東時代の中国共産党指導部は
農村から都市を包囲して革命を成し遂げたのですから
権力構造(アンシャンレジーム)に矛盾しています。
無邪気なGoogleの離脱は中国社会の矛盾
を示してくれたのだと考えております。
日本において少子化により都市への人口流入のスピードが低下し、土地への需要が低下してバブルが崩壊したように、中国においてもバブル崩壊とともに急速な高齢化が始まる。ブラジルの特殊合計出生率が1.9になったため、アメリカでさえ、中南米の若者をブラジルと奪い合うことになるかもしれない。
ほとんど何も生産しない老人に渡された年金・生活保護は直ちに消費にまわされ、インフレ圧力になる。日本だと国債乱発と円高で先送りしているが、中国はそれができそうにないので、ギリシャのように通貨統合による"インフレ圧力押しつけ先"が必要になる。中国の方がその他の世界をより必要とする。
中国の国内の格差があまりに大きいからこそ、一般庶民の消費がGDPに占める割合が小さいのでインフレ圧力が今の所小さいままでいられる。しかしこれ以上成長するとそういうわけにはいかなくなる。
"安い価格"はもうすぐ終わるのかもしれないが、日本の若者がものにこだわらないのはそれに対する先駆けなのかもしれない。
