2010年05月22日 16:00 [Edit]

プロの犯行ですありがとうございました - 書評 - オーディンの鴉

出版社より献本御礼。

すぐに書評したかったのだけど、在庫切れだったのでtwitterで第一報。

オーディンの鴉 by @kazuyo_fuku http://amzn.to/dgzOVp すごい。プロのネットワークエンジニアの目から見てもリアルなネットサスペンスを読んだのは初めてかもしれない。なのに在庫切れとは!less than a minute ago via HootSuite

で、先ほど見たら在庫復活!

なるべくネタばれを避けて書くつもりだが、ゼロ保証は出来ないのでそれが嫌な方はこの場でポチること。オーディンの鴉にかけて損はさせません。


本作「オーディンの鴉」は、プロのネットワークエンジニアの私が読んで、はじめて納得が行った現代ITサスペンス。

オビより
近々の閣僚入りを確実視されていた国会議員・矢島誠一は、東京地検が彼の家宅捜索を行う当日の朝、謎の自殺を遂げた。真相を探る特捜部特殊直告一班の湯浅と安見は、自殺の数日前から矢島の個人情報が大量にネットに流れ、彼を誹謗する写真や動画が氾濫していた事実に辿り着く。匿名の人間たちによる底知れぬ悪意に不安を覚える二人だったが、やがて彼らにも、犯人による執拗な脅迫が始まる……。

そう。現代。「近未来」ですらない。「この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事件とかは一切関係ありません」という手垢の付いた但し書きがあるが、人物と事件はとにかく本書に出てくる団体は現存するものばかり。YouTube、ニコニコ動画、2ちゃんねる、はてなブックマーク、Facebook、twitter、そして東京地検特捜部…

それだけでも、話はリアルになる。下手に「七曲署」だの「湾岸署」だのをでっちあげるよりずっとよいと私は思う。本書は確かにフィクションである。しかし本当にあってもおかしくはないのだから。

「本当にあってもおかしくない」。これこそがこれまでのITがらみのフィクションで最も足りなかった点だ。その理由は一重にディテールの欠如。「Unixなら分かるわ!」のごときに何度orzとなったことか。

「プロでない犯行」で幻滅したプロは、何もITの世界の話ではないだろう。法曹たちや医師たちは、取り上げる回数も多い分幻滅の回数はさらに多いかもしれない。それでもこれらの「古き佳きプロ」に関しては、現実のプロが何人も作家デビューしているし、プロでない人も昔より遥かにきちんとプロを取材するようになっている。久坂部羊海堂尊は現役のプロだし、「ペーパードクター」による「ブラックジャック」より、「ブラックジャックによろしく」や「麻酔科医ハナ」の方がずっとリアルであることはプロでない私もわかる。

結局、あるジャンルのフィクションを充分リアルにするのはプロの犯行を待たねばならないのか。

だとしたら、ITがらみのミステリーでリアルなものがないのは、単に業界の歴史が浅かったからという見方もできる。事実ノンフィクションであれば「カッコウはコンピュータに卵を産む」があるのに、フィクションの方はなかなかこれぞという作品が現れなかった。

その理由の一つは、コンピューターに関してフィクションを書きたかった人はSFに行ってしまう傾向にあるのかも知れない。実際SFであれば、「IT業界プロの犯行」は少なくない。Charles SheffieldJames P. HoganCharlie Stross。日本でも先日木本雅彦を取り上げたばかり。

さらに「プロでない方の犯行」にも見逃せない傑作がある。本作の「オーディンの鴉」--作品名であると同時に、「敵」の組織名--の「ビジネスモデル」だって、「声の網」そのものである。

しかし、SFだとどうしても作家たちがはまってしまうトラップがある。

人工知能である。

これに関しては「星の舞台からみてる」の書評でも取り上げたので繰り返さないが、SF作家を名乗る者にとって、人工知能というのは避けては通れないテーマであるようなのだ。

著者の成功は、それをあえて捨てたことにあるのかも知れない。

実は著者とはtwitterにおいて相互フォローの関係にあったのだが、誠に失礼ながら私は@kazuyo_fukuを、ミステリー作家というよりSFくらすうたあの人として発言を追っていた。作家であることはさすがにプロフィールに書いてあるので存じ上げていたが、「いつか読もう」と思っていても、ノンフィクションに比べてフィクションの読書コストは大きい--コンテキストスイッチならぬワールドスイッチが入るから--こともあってつい後回しにしていたら、こんな形で年貢の納め時が来てしまった。

ヴィズ・ゼロ」作品紹介より
1967年、神戸市生まれ。ハードSFを愛するあまり工学部に進むが、途中でミステリ(冒険小説)に転向。本業は金融機関のシステム開発を手がけるシステムエンジニア(現在は人事を担当)。システムアナリスト資格保有(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

本作の成功の秘訣は、三つある。一つは著者があえてSFから踏みとどまったこと。二つ目は現実の世界が本作を成立させるだけの「性能」を持った事。不遜を承知でいえば、この二つであれば私にも備わっているといえば備わっている。告白すると、不惑を過ぎた今でもフィクションを書きたくなる誘惑には結構かられるのだ。

しかしもう一つ目が、著者を「単なる」「お話も書けるプロ」から、「現代サスペンスの第一人者」に引き上げている。それは、人が描けていることだ。一カ所だけ引用させていただこう。

P. 50
 白身魚とムール貝にエビの入ったブイヤベース。湯浅がサフランの香りを嫌うので、トマトで味付けをしている。
 心づくしの夕食を、ひとりの食卓にならべる。奈緒子が病院に泊まる日の夕食は自分しか食べない。だから食事の仕度は簡単でいいと湯浅は遠慮して言うのだが、奈緒子はいつも完璧な手料理を準備していた。

もうこれに私はメロメロになってしまった。降参。無条件降伏。ここまできちんと描いてもらった主人公は果報者である(実際リア充なんだけどさ)。

本当はさらにこのあと「オーディンの鴉は可能か」について、実際に「データセンターを作った事もある」一ネットワークエンジニアとして三日三晩中ぐらい熱く語りたいところなのだが、そのためにはまず本書を読んでいただかねければならない。本書の紹介としてはこのあたりで充分だろう。

福田和代、恐ろしい子。

(年上の女(ひと)をこう呼ぶのも別の意味で恐ろしいけど)

Dan the Network Engineer


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