2010年09月13日 00:15 [Edit]

伝われ、i - 書評 - 虚数の情緒

本日は暑い中「成毛眞×小飼弾@MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」にお越し頂きありがとうございました。

本日は私にとって良縁の日でした。みなさんにお会いでき、成毛眞さんと初めてお話できた後に、本書にも出会えたのですから。

これ、欲しかったんですよ。「オイラーの贈物」が復刊される前は、同じぐらい入手困難になっていたようで、20刷を超えるロングセラーなのにずっと未入手状態だったのです。それが三冊も置いてありました。しかも棚の配置から供給を絶やさないようにするという店の意志がきちんと伝わる形で。


本書「虚数の情緒」は、私がこれまで読んだ中で最も熱い--暑苦しいほど熱い--数学本にして物理本、にして、真の意味での自己啓発本。 Penrose の The Road to Realityが cool の代表なら、こちらは hot の代表。

目次 東海大学出版会|書籍詳細>虚数の情緒

第I部 独りで考える為に

0章 方法序説:学問の散歩道
0.1 数学教育の問題点
0.2 選択の自由と個性
0.3 子供とは如何なる存在か
0.4 文明と文化と
0.5 「科学」と「技術」
0.6 物理と数学の関係
0.7 数学を敬遠するとどうなるか
0.8 知性の誕生
0.9 旅立ちの前に

第II部 叩け電卓!掴め数学!

1章 自然数:数の始まり
1.1 すべては自然数から始まる
1.2 計算の規則
1.3 数の原子:素数
1.4 約数と倍数
1.5 奇数と偶数 
1.6 空きの記号「0」
2章 整数:符号を持つ数
2.1 数としての「0」
2.2 自然数から整数へ
2.3 暗算の秘術
2.4 パスカルの三角形
2.5 基本的な図形の持つ性質
2.6 三平方の定理
2.7 フェルマー・ワイルスの定理
3章 有理数:比で表せる数
3.1 分数の加減乗除
3.2 電卓のエラー表示
3.3 小数の種類
3.4 小数の表し方
3.5 電卓の誤差
3.6 小数と分数:相互の変換
3.7 計算の精度
3.8 バビロニアン・テーブルの秘密
3.9 有理数の濃度
4章 無理数:比で表せない数
4.1 帰謬法の考え方
4.2 無理数と小数の関係
4.3 ギリシャの思想と無理数
4.4 平方根の大きさを見積る
4.5 無理数の居場所
4.6 無理数と有理数の関係
4.7 数を聴く・音を数える
4.8 無理数の「循環する表現」
5章 実数:連続な数
5.1 実数の連続性
5.2 実数の濃度
5.3 数と方程式
5.4 座標と関数のグラフ
5.5 等号の意味と怪しい用法
5.6 実数の濃度と平面の濃度
6章 実数:拡張を持つ数
6.1 二次方程式
6.2 円周率を求める
6.3 二次方程式と二次関数
6.4 平方根を四則から求める
6.5 美の論理と自然の神秘
6.6 天才・アルキメデスの剛腕
7章 虚数:想像された数
7.1 虚数の誕生
7.2 数の多角形
7.3 二次方程式と確率
7.4 誕生日と確率
7.5 階乗と「いろは歌」
7.6 虚数の情緒
8章 指数の広がり
8.1 指数法則の復習
8.2 指数関数
8.3 指数関数の近似とネイピア数
8.4 近似の程度を高める
8.5 指数関数の連鎖
8.6 指数関数の逆の関係
9章 虚実の挟間:全数学の合流点
9.1 虚々実々なる関係
9.2 幾何学との関係
9.3 三角関数 
9.4 オイラーの公式
9.5 オイラーの公式の応用
9.6 三角関数の値の新しい系列
9.7 粘土板は古代の電卓か
9.8 何故「年代」が判るのか
9.9 一つの旅を終えて

第III部 振子の科学

10章 物理学の出発点:力学
10.1 問題設定と実験の準備
10.2 基本的な事柄
10.3 運動に関する用語
10.4 ガリレイの探究
10.5 ニュートン力学
10.6 重さと質量とバネ秤
10.7 運動量の保存法則
10.8 回転運動の基礎
10.9 エネルギーとは何か
10.10 温度と分子の運動
10.11 相対論と三平方の定理
10.12 運動量保存則の応用:体育との関係
10.13 音による打撃の解析
11章 重力と振子の饗宴
11.1 調和振動子
11.2 実際の振子の運動
11.3 振子の応用
11.4 最短時間バット軌道
11.5 急がば回れ:トライアスロンと屈折率
11.6 様々な振子
11.7 隠れた振子
11.8 宇宙へ誘う振子
12章 波と粒子の狭間で
12.1 波動方程式
12.2 干渉と回折
12.3 光学と電磁気学と
12.4 量子力学の基礎
12.5 電磁場の量子化
12.6 径路の魔術:量子電磁力学
12.7 場の量子論:そして「量子脳力学」へ

その熱さは巻頭言から索引に至るまでの1000ページにわたって途切れなく続く。

さあ諸君。勉強を始めよう勉強を。数学に限らず、凡そ勉強なんてものは、何だって辛くて厳しい修行である。然し、それを乗り越えた時、自分でも驚く程の充実感と、学問そのものへの興味が湧き起こってくる。昔から、楽して得られるものなんて、詰まらないものに決まっている。怠けを誘う甘い言葉は、諸君に一人前になって貰いたくない、という嫉妬である。思い切り苦労して、一所懸命努力して、素晴らしいものを身につけようではないか。

これに続くのは、巻頭言を通り越して檄文である。マヂでこの後著者は切腹しちまったのではないかと心配になってしまったほど。もちろんその後も大作をものにしてくことを頭ではわかっていても、体がびびってしまうのである。正直夜道で著者と出くわすのはこわい。この調子で「勉強を始めよう勉強を」と言われたら、不惑過ぎのオッサンの私でさえ、おぼこ娘よろしく「キャー犯されるぅ」と金切り声で叫んだあげく110番してしまいそうである。

しかし、それこそが著者の情緒なのである。

本書はその迸る熱いパトスの赴くまま、読者を自然数の初歩から有比数(有理数)へ、有比数から無比数へ、無比数から実数へ、そして実数から虚数(imaginary number)へと誘い、そして虚数が虚でも想像の産物でもなく「実存」であることをシュレーディンガー方程式で示しつつ、ファインマンの経路積分まで至るのだ。あの e = -1 ですら、本書において重要な、しかし単なる、通過点である。

その分説明は「稠密」ではなく、e = -1 にしても ex ≒ 1 + x + (1/2)x2 という近似を使った推察に留めており、「そうなるような気がするだろ?その予感は正しい」という形で納得はさせても証明にはいたっていない(だからこそ「オイラーの贈り物」がある。)。さもなければ「わずか」1000ページでこれだけの内容は盛り込めない。その点において、本書は、"to convey to the reader some feeling"を狙った"The Road to Reality"の兄弟本である。

感嘆を通り越して唖然とするのは、著者の勉強ぶり。学習というより、文字通り、自らを勉めて強いる姿勢。本書の内容は、文章数式図版はもとより、なんと偉人たちの肖像画まで著者の手描きなのだ。そのことをしらなければ、ジャギーの目立つモノクロのこれらの絵だけ見て、「なにこの素人」と勘違いしてもおかしくない。しかしこれも立派な理由あってのことなのだ。

P. 971 - 972
本書は、定価を下げる為、徹底的にこの事に挑む為に、"例によって"製本以外のすべての作業を著者自らの手で行った。出来には決して満足していない。もっと安くて良いものを、写真や図、グラフ、実験データなど、さらに充実させる事は可能だと思う。但し、これには些かお金が掛かるのである。本書は、ありったけの力で個人の限界にまで挑んだ積りではあるが、短編映画一本に数億円の金が動くと聞かされれば、どうして基礎科学の研究や出版に補助金が出ないのか、とついつい考えてしまう。読者の殆どの方は知らないであろうが、ピタゴラスやプラトンなど、誰が描いたか分からないような肖像画でも、勿論、版権が存在しそれを利用するのには相当のお金が必要なのである。一枚に二枚ならどうともなろうが、沢山の科学者、文化人を紹介しよいうとすれば、あっという間に書籍定価を上回ってしまう。

本書の上梓は2000年。まだ Wikipedia がなかった時代の産物である。

またこの間、あらゆる交際を断ち、日毎増していく前からの腰痛、後ろからの腰痛に耐え、最高二十時間、平均でも一日十数時間を、執筆に捧げた。"異常な日常"は、ついに視力を半減させるに至った。

あなたの死を決して無駄にはしません…って生きてるって(笑)。

しかし何が著者をここまで突き動かしたのか。こういっては何だが、本書の「内容」はすでに先人たちによって証明されたものばかりである。なぜ著者は車輪の再発明を厭わぬどころか「はい、喜んで!」やってのけたのか。

その思いを、この情熱的で饒舌な著者は、あえて自らの口ではなくファインマンを引用して答えている。

P. 920
「僕は、世界中の誰も答えを知らなかった問題を解いた経験は、唯の一回切りしかないんだ!」と。

学ぶ=まねぶの限界は、ただまねぶことによってしか到達できない。

そしてそれだけが、「内容」を超えて「情緒」を得るたった一つの冴えたやりかたなのだ。

この情緒は、本物だ。

虚数が、実存であるが如く。

Dan the Yet Another Wheel Reinventor


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一行のコードにも五分の魂 - 書評 - ハッカーのたのしみ【404 Blog Not Found】at 2010年09月15日 15:59
この記事へのコメント
虚数って、ライプニッツが高次方程式の解法の解説の中ではじめて話題にしてみて、19世紀になってからやっと数学者の間で市民権を得たんでしょ。

空間表示法で、デカルト座標ではなく、極座標表示というイノベーションがなされなければ、虚数もベクトルも研究は進歩しなかったかもね。

生物学の酵素化学だって、ミカエリス・メンテンの式やラインウェーバー・バークのプロットが(単なる思考作業によって)発見されていなかったら、この分野の進歩はひどく遅れていたはず。

コンセプト上の(ちょっとした)イノベーションというのは本当に大切ですね。
Posted by h7bb6xg3 at 2010年09月14日 11:12
「狭い門から入れ。滅びの門は大きくその道は広い。そしてそこから入って行く者が多い。命に至る門は狭く、その道は細い。そして、それを見出す者は少ない。」

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%B9%A4%AD%CC%E7
Posted by lo_co at 2010年09月13日 17:35