2012年03月09日 20:30 [Edit]

Der glucklichste! - 書評 - なぜ数学は人を幸せな気持ちにさせるのか

献本御礼。

@discover21++

これだよこれ!数学に見蕩れている人ほど見落としていたのは。

エルヴィン・シュレーディンガー(P.64より孫引き)
問題は、誰もが見たことがないものを見ることではない。誰もが見たことがあり、誰もが考えたことがないものについて、考えることである。

ここで、「我々にとって数学とは何か」を問題に入れてみよう。

本書は、それに対する現時点における最良の解答である。


本書「なぜ数学は人を幸せな気持ちにさせるのか」は、"Warum Mathematik glücklich macht"の邦訳。見ての通り原著はドイツ語。英語ではない。これが実に重要な意味を持っているが、それは少し後回しにして、冒頭で掲げた問題「我々にとって数学とは何か」を考えてみよう。

読者のみなさんへ
「地球上で最もセクシーな学問分野」 --ベストセラー作家のサイモン・シンは数学をそう呼びましたが、その通りですね。愛や音楽と同じく、そしてイチゴよりもっと、数学は強い感情を引き起こすと私は思います。

ただし、強い感情は絶対値。著者はこう続ける。

もちろん、すべての人がこれを肯定するわけではないのもたしかです。数学ほど好き嫌いが対極化している分野はほかにないでしょう。もし、西暦3000年になって、数学の偉大な成果を否認することが困難になっているとしても、数学嫌いな人々にとっては、数学とは、あいかわらず感情に乏しく、知性偏重で、恐怖を呼び起こすものであり、塗り立てのペンキが乾いていくのを突っ立ったまま眺めているようなじれったい作業に思われることでしょう。西暦2000年代の現代と変わらず。

おそらく人類の一割にとって「数学は美しい」ものであり、残り九割にとって「数学は痛い」ものであるのではないか。しかし残り九割も「数学は役に立つ」、つまり「数学はあなたを楽にする」ぐらいは一応知っている。そんなわけで数学啓蒙書は「美しさ」を説くもの一割、「役に立つこと」を説くもの九割に分類できる。

しかしもし、数学が「可笑しい」ものだとしたら?

美しさを愛でるためでもなく、役に立てるためでもなく、笑うために数学を学ぶのだとしたら?

笑い。これまでの数学本に足りなかったのは、これなのである。

え?数学を笑っていいんですか?

数学者たちの献身を見れば、確かにそんな気分にはとてもなれない。

Ch. 64 暗闇の数学
「最初の部屋に入ると、そこは真っ暗です。完全な暗闇です。おぼつかない足どりで歩きまわり、家具にぶつかりますが、しだいにどこに何があるのかわかってきます。ようやく、場合によっては半年後くらいに、電気のスイッチを見つけ、突然すべては明るくなります。自分がどこにいるかきちんと知ることができます。それから次の部屋に行き、暗闇のなかで半年を過ごします。これを突破するには、ときにはほんの一瞬しか必要でないときもあり、別のときには1日か2日かかりますが、すべて暗闇のなかで何ヶ月もよろよろと歩き回った成果なのです。その期間がなければ得られないものです」

フェルマー予想を定理にしたワイルズの台詞とあれば、凡夫は襟を正して耳を傾けるしかない。

しかし、著者はこの後こう続けるのである。

数学と哲学、神学の違いは何か?
数学は、真っ暗な部屋の中で目を閉じて、黒い猫を捜すこと。
哲学は、真っ暗な部屋の中で目を閉じて、そこには決していない黒い猫を捜すこと。
神学は、真っ暗な部屋の中で目を閉じて、そこには決していない黒い猫を捜し、「見つけた!」と叫ぶこと

本書には、こういう Sense of Humor が100個のエッセイにちりばめられている。

しかしなぜ笑いなのだろう?

痛いからだ。

Stranger in a Strange Land」(異星の客)
I've found out why people laugh. They laugh because it hurts--because it's the only thing that'll make it stop hurting. [snip] I had thought -- I had been told -- that a 'funny' thing is a thing of goodness. It isn't. Not ever is it funny to the person it happens to. [snip] The goodness is in the laughing. I grok it is a bravery ... and a sharing ... against pain and sorrow and defeat.
拙訳:なんで人が笑うのか、やっとわかった。痛いからだ。それしか痛みを止めるすべがないからだ...僕はずっと「可笑しい」ことは良いことだと聞かされてきたど、そうじゃないんだ。可笑しいことが起こった人にとっては、それがいいことだった試しが無い。笑いは、悲哀と敗北に対する共感、そして勇気なんだ

もしそうなのだとしたら、数学ほど笑いを必要としているものなど何処にあるのだろうか?

定理(theorem)に「達した」予想(conjecture)は、もはや無敵で不滅だ。何人たりとも3より大きな以上の整数nで xn+yn = zn を満たす1以上の自然数x,y,zの組み合わせを見つけることは出来ない。実に頼もしく、近寄り難い。「異星の客」の火星人のように。

しかしそこに至るのに、我々はどれだけの過ちを繰り返さなくてはならないのか。

ただ忍び難きを忍び、耐え難きを耐えるという方法もあるだろう。これまでの数学者の伝記はそういうエピソードで満ちあふれている。想像力を駆使しても、抱腹絶倒しているニュートンやガウスを思い描くのは困難だ。

でも、オイラーは年がら年中笑っていたのではないか。実際彼の仮説で反証されたものは実に多い。

いいぱい愛 = -1、一段とへこみました」とのたまっても、オイラーなら笑ってくれるにちがいない。

ただし、オイラーにもわかる言葉に翻訳できれば。

本書がドイツ語で書かれ、日本語に翻訳されている意味が、そこにある。

本書のユーモアのいくつかは、ドイツ語以外では「その発想はなかった」ものだからだ。

サイファイ哲学
「E = mc2は性差別的な方程式か?」

な、なんだってー!?

しかしよく見てみると、「die Gleichung(方程式、注:女性名詞)」と「die Lichtgeschwindigkeit(光速、注:女性名詞)」

そうか。それで物理学者と数学者はヤローばっかりなのか:-)

世界が英語だけになるということは、こういう視点がなくなることをも意味する。

翻訳という行為も急速に数学者のなわばりとなりつつあることは本書をひもとけばわかる。Google翻訳がどういう仕組みで動いているか、本書を読めば納得がいく。その意味で本書は「数学は美しい」「数学は役に立つ」ということをも含んでいるのだが、やはり一番の愉しみはそれに続くユーモアにある。翻訳と来れば誤訳と相場が決まっているのだけど、著者が凄いのは「爆笑」ではなく「微笑」なエピソードを見つけてくることにある。ゲーテの詩が和訳され、それが仏訳され、それが独訳された時の驚きときたら!

正直にいえば、ゲーテは素晴らしい。しかし、静かに内省するゲーテは、原作よりもっと好ましい。

glücklich. 私のドイツ語はとても「話せます」というレベルではないけれど、この言葉に「幸せな気持ちになる」以上の意味があることぐらいは知っている。この言葉、英語の lucky のご先祖様なのだ。原著の題名はゆえに "Why Mathematics makes you lucky"と英訳される。

Are you feeling lucky now?

数学で痛い目にあったことがある全ての人へ。

笑えばいいと思うよ

Dan der glückliche

目次 なぜ数学は人を幸せな気持ちにさせるのか-クリスティアン・ヘッセ | Discover21より
読者のみなさんへ
PART 1 日常にひそむ数学
生死をめぐるちょっとした数学/ゼロ学問/順番待ちの行列から確率論まで/コンピュータ補遺/関係と無関係/分割して統治せよ、あるいは、とにかくねたみのないように分ける/着想のコラージュ:ピザとピタゴラス/数学 博物館によし、切手によし、コインにもよし
PART 2 数が支配するゲームとマジック
無人島でのゲーム/賭事/定理の前線から、本当の、かつ稀な奇跡:負け+負け=勝ち/頭脳の闘い/本来の特性としての特性のなさ/左右の数学/メビウスの帯の上でチェス/数学的結び目論/感嘆の代行者:分解の奇跡/穴よ、どこへ行った?/数学でできる:電話越しにコイン投げで決定/頭の中のカレンダー/不思議と言わずして何と言おう/推計学的マジック/完全の根拠あり、でもちょっと超自然な「史上もっとも偉大なトリック」
PART 3 言葉だろうが文学だろうが
数学的に真である=常に真である×いたるところで真である×あらゆる面で真である/数学語を話せますか?/古典的に第一級/数学的サクセスストーリー:ギリシア・ローマ/しっくりくる/意図したように書くということは?/若者と国防のために/あなたの好きな夫人雑誌は?/対象は小文字のa:誤りのない本/英雄とその行為についてのさらなる情報:クルト・ゲーテル/準・反逆的弁証法プラス禅/定義と定義の否定
PART 4 常識じゃないか
法定でも使える数学/間違いのコスト/ちょっと考えてみれば/森に立つ男/自分のなかの思索者を解き放て:アインシュタインの論理クイズ/自己言及性/ありえない矛盾について/循環関係と循環/帰納的推論、または不可能だがしだいに負ける/間違いのない 5 秒間:理髪師にできないことは、理髪師でない者だけにできる/計量不能で比較不能なもの
PART 5 歴史、そして始まる物語
数学者だった法王/数学者だった大統領/負の数:正しいもの、重要なもの、価値のないもの/記号の聖人伝/無言の講演/道と戻り道/昼の生活と夜の生活/急いでいる人のための相対性理論/共振する相互依存の物語/お金と財布
PART 6 あまりに哲学的な、あまりに心理的な
相対的な美の理論/数学:時代を超えた遊戯の形で持続する楽しみ/数学と美に関する報道/サクセスストーリーとその反対/サイファイ哲学/頑張りすぎず、気楽にやろう/もうひとつの K 氏の話/前置き付き目的語としての「数学者」
PART 7 科学であり技術である
事実と死者/HIV 検査のように正確に/数は世界をまとめる:架橋における符号の誤り/知りたい気持ち、情熱を燃やして/暗闇の数学/子どもたちにいかにしてゼロ知識証明を説明するか/「若くして死ぬには年をとりすぎている」対「年老いるには若すぎる」/広告の効果テキメン/数学的多種目競技:素数における人/またたく間に没個性に:コンピュータ翻訳/NASA ならどうする/不可能を可能にする
PART 8 人間、動物、その感ずるところ
集団の知力/GPS 座標のホームゾーン:北緯 49 度 29 分 10 秒、東経 8 度 28 分 54 秒/動物の算数学者/素数は自然が証明済み/偶然の計数/どうして動物の毛皮には模様ができるのか/枕合戦の科学:配偶行動の数学/ホモ・サピエンスの保護区で/偶然が我々の人生だ/ボスの決めること/猫は共同執筆者
PART 9 芸術や文化をつなぐもの
ある種のノーベル賞/人工知能と人工ユーモア/数の読み方のお国がら/Mate ma:tifes tsum ho:ren,/マイ・ベスト・フィルム/いったい誰?
PART 10 ありとあらゆること
思考の色彩変化/数学者のドライブ/円周率πについてのエピソード/数の宇宙におけるブラックホールのための帰納的調合/立方と根/仕事と質問/番外編
ドイツ語版クレジット
a. Quasi-Verbenachwortung
b. Verwendete und weiterfuhrende Literatur

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この記事へのコメント
それで物理学者と数学者はヤローばっかりなのか:-)
ばっかりってことはないと思いますよ。
ノーベル賞とったキュリー夫人だっているし。
Posted by hokutohei1957 at 2012年03月09日 21:33
s/3より大きな整数/3以上の整数/;
Posted by hokutohei1957 at 2012年03月09日 21:24