司法のなすべき事を書かせてもらった後、BLOGOSに一部の方から厳しいコメントをいただきました。
今の医療が悪いのは、医師が昔のように患者はついてこいというやりかたをしているからだ。
現代における社会を認識していない。にもかかわらず司法に許してもらおうなんてお花畑だ。
教育をまともにしていない医師達が問題で、規制緩和で解決できる。
コメントにどのような返事を書くのがいいのかと思慮していたところ、3月27日NHK NW9で訴訟を恐れて救急患者を断るという特集がなされました。
残念ながらTVで見れていないのですが、その番組の中で
「訴訟のリスクを感じて受け入れを断る場合がある」 と医師が言ったところ、
「患者の命と自分の生活とどちらが大事ですか」とキャスターが聞いたそうです。
「どちらも大事です。自分を大事にしないと今みている患者さんや今後未来みなければいけない患者さんに迷惑がかかりますから。自分が断ってもどこかが引き取ってくれる事が前提ですが」と答えたかなと思います。
このNW9の内容に
今の日本では、助けようと頑張っても、失敗すれば、感謝されるどころか、非難される風
潮がある」と言えばよかったのにと他の医師の言葉をツイートしたところ、
伊藤隼也さん達から医師の横柄さと怒られました。(フジテレビとくダネでも3月28日伊藤隼也さんがまとめた埼玉救急の話が放映されていたとの事です。その番組でも医師達の不作為がメインで番組が作られていたそうです。)
その後このツイート連には、有名なNATROM先生も登場していたます。病院の受け入れ拒否に関わる会話
この中である医師が、医療者に甘えるなとツイートしています。誠意を尽くせば訴訟になんかあわないとも。
私がブログに書かせていただいた、受け入れ不能と言う言葉。これが必ずしも本当にそうなのか、そして今後どうすればいいのかということを、今回医療者の立場から書いていきます。
ただ本当に様々な要素が絡み合っていますので、複雑になってしまう事をお許しください。
まず医師の不作為が原因であると主張する方々の意見とそれに対する反論をまとめていきます。
a 専門でない事を理由に患者を受け入れない
専門でない領域患者を受け入れて助けられないと、2次救急として医療レベル的には十分であっても罪に問われる。であるのならどこかにいるに違いない専門の誰かにみてもらえればと思ってしまう。(裁判判例あり)この考え方が前回述べさせていただきました萎縮医療です。
医師も人間ですので、犯罪に問われたくないという感情は仕方がないとと思うのですが甘えでしょうか。また犯罪になるかもしれないことは強制されるべき事でしょうか。
医師達は目の前に来た患者を全力で助けようとします。しかしベストな治療をおこなっても、必ずしも100%の成功は約束されていません。結果が思わしくなければと考えてしまうのでしょう。
この最悪の状況を考えてしまうのは医師の常です。でなければそれは臨床に対して傲慢という言葉で表されると思っています。もちろんまわりに自分たち以上の医療レベルがない事がわかっていて引き取らないのは倫理的にはおかしいですけど。
先程のちゃんとやれば訴訟なんて受けないといった医師は、きっと技術も高く、コミュニケーション能力も高い方なのだと思います。しかしコミュニケーション能力が高い医師はそんなに多くないんです。
まして、正しい医療をおこなっていて訴えられたら戦えばいいともおっしゃっています。私もそう思っています。しかし、その先生が裁判に行っている間残された医師達の負荷は増えます。損をするのは誰になるのでしょう。
だから前回正しい医療を行いさえすれば罪に問わない、無駄な裁判をおこさせないようにしていただきたいと述べたのです。
善きサマリア人の法律ができればベストです。
これができる間、一時的にですが、病院は保険を含めて医師達をサポートする必要もあるでしょう。安易に和解しない事も重要です。正しい事をしていれば医師に替わり、戦いをする事も必要です。
では医師は今なにをすべきか。個別対応では救急隊としっかり情報を整理しながら、患者を評価することが大切です。また現状を把握し、周りの病院と連携を常に取り合い、地域救急体制ルールを作る事も重要です。
その情報をもってそこで何を改善するかがみえてくると思います。
b ベッドがない
ベッドがないのなら、ストレッチャーにでも受け入れて初期治療だけでもおこなうべきだったという意見があります。
救急で患者を助けるためには初期治療が必要で、それは救急の場所だけでも何とかなります。しかしその後患者さんを収容して回復させなければいけません。そうしなければ退院させれません。
収容先がない状態(ベッドがない)で引き受け、一瞬落ち着いてから別の病院におくるというのはかえって生命にとって危険である可能性が高くなります。
またその場所に回復期のための人材、資材はおいていません。回復治療を救急処置室で行う事は効率上も、医師の運用上も馬鹿げています。結果次の患者さんをとることは絶対できなくなり、患者をひきとったという自己満足だけになります。
救急のもともとのベッド数が少ないというのは問題です。でもそれは救急治療が終わって安定期に入っても患者を引き取ってくれる体制ができていないことが大きな原因となっています。
退院できる状況になっても、家族が引き取らない、後送先の病院がないとなり、結果救急のベットが満床となるのです。いわゆるボトルネックです。
家族のサポートが得やすい、救急が一番崩壊していない沖縄の中部病院の医師も、このうまくいかないベッド運用について話しています。核家族だらけの関東ではいわんやです。
この問題の改善には、医療組織の改編が必須になります。そして一番大事な事は、救急患者をひきとっても赤字にならない、そしてその後安定期の患者さんを引き取ってくれる後送病床を地域に十分確保することが必要です。
家族を含めたサポートも重要です。自分の家族だろと追い込んだら共倒れです。
行政、病院組織、地域が一体とならなければできない話です。それこそ診療報酬点数の改訂、補助金等厚労省の力も必要になります。
地域連携として救急を行わないまわりの病院を巻き込む事も必要です。
地域でまとまらないと今以上のことはできません。
c 余裕があるにもかかわらず患者を受け入れていないに違いない。
(救急の年間受入数をみるとそれがわかる。)
埼玉に限ってみると、一部の病院は川越救急病院の上原先生が言うように明らかな無理をしていません。いや救急指定されていながらほとんど患者はとっていないところがあるようです。
それどころか埼玉の県立病院は救急を全くやっていないともお話しされていました。
全国でもひどいところだと、交通外傷救急や、医療パスに載る病気(心筋梗塞等)のように間違いなく病院が利益を得る事ができる救急のみ収容する病院が存在しています。
ただ引き受けるたびに赤字になる事が多い一般の救急を、公的病院でない病院に採算を無視してでも受け入れろと強制することはできるのかという問題があります。
公的病院でも、赤字を解消しろと議員達から指導が来るようになり、結果軋轢が生じています。NHKで放送された極北ラプソディをみた方は、あの院長と医師に対してどう感じたでしょう。お金のために患者の命は犠牲にされるべきななのかと。
公共の福祉のため、赤字になる事を厭わず商売しろといったら、みなさんどういう対応をされますか。
医師は最善の治療を行いたいと思っています。でも患者を助けるためにおこなった手技について、医療を知らない人間から「こんな事をやるから赤字になるのだ。反省しろ」と言われたら。だから私は医療をビジネスとして考えるのがキライなんです。(医師が経済を知らなくていいと言っているわけではありません)
また医師の当直体制は労働上の問題が存在しています。残業と認められず、翌日も普通に働けなければいけない状況が一般の病院では当たり前の事となっています。
結果医師に36時間連続勤務を強制させなければいけない現状が改善できていない事が医療安全の面でも問題なのです。(巷で言われるブラック企業の走りです)
そう言う状況をみて若い先生は厳しい領域を専門にしようとは希望しません。教育はとても大事ですが、命を助けると言う崇高な仕事ながら、訴えられるかもしれない、給料も変わらない、患者からも感謝されないことがあるでは、きつい仕事を専門にしたいという人はそうはいません。
結果そういう領域の医師の数は増えず、地域の救急が閉鎖し、残された救急はさらにきつくなり、患者の受け入れができなくなってきているのです。残された医師が倒れては本当に崩壊です。
それでも一般の方がいうように医師の職業選択の自由を制限し、労働時間を強制させることをすべきですか。私はそれをみなさん自分たちに当てはめていただきたいのです。
普通の人間である医師達は逃げていきます。それはみなさんの得になりますか。逃げる事を許さないと責めますか。責める事で、医師達はもどろうという気になりますか。
ひとつだけを責めても何も解決しないという私の論は、人間は感情の生き物であるというこの思考過程でしゃべっています。
その他詳しくは書きませんが、細かい問題はたくさんあります。
d 病院内での医師達の連携
e 救急隊との連携
どちらも、コミュニケーションの問題があります。dは各病院での問題が実はあります。eは、IT化が行われてきています。佐賀県のように改善すればいいのですが。
f 終末期医療の考え方(麻生さんが提言した事です)
本当に救急処置が必要な患者はどんな患者なのか。以前肺癌でホスピス病院に入院していた患者が外泊したとき、心肺停止になって私のもといた病院に救急搬送されたことがあります。
救急医10人掛かりで、人工呼吸器下で蘇生されて入院されました。その時も、家族があわてて救急車を呼んで大学病院に連れて行ってしまったそうで、救急の先生は蘇生させた後この人の病状に気付いたということでした。eともからみますがとても問題です。この人のためにまたベッドがなくなり、家族が払う医療費も跳ね上がります。
また認知症の寝たきりで、胃ろうを増設されていたが、誤嚥性肺炎を併発させた患者さんもよく救急要請がきています。
どのような患者に延命医療をおこなうのか、現在医師達はやっとガイドラインを作成してきています。宗教も含めて本当に難しい問題です。
総括
もう少しわかりやすくまとめたかったのですが、申し訳ありません。
このような問題を分析するにあたり、救急問題を含む医療崩壊を、規制緩和とか、教育の徹底いう単純にお題目だけを唱えればうまくいくような問題ではないと思っています。
医師達においても、現場で働いている医師達と、院長クラスでは危機の意識が異なります。昔の治療で患者さんから尊敬だけされていた時代の人達ですから、仕方ありません。
地方によっても全然異なります。東京ルールは、人口も設備もちがう地方では行えません。
また各専門領域でも問題はかなり異なります。生命に関与しない病気を扱う医師達は、生命に直結する医師達の気持ちをそう簡単に理解できません。だからといって君子危うきに近寄らずとすることも責められません。
開業医、勤務医でも全然違います。特に開業医の先生は、雇用している自分たちの仲間の生活も守ってあげなければいけません。自分が倒れたら、患者も困りますが、従業員の生活も困ってしまいます。
ただ医療は医療者しかできません。できればそれに専念させていただければありがたい。でも医療を知った人間でないと、いいシステムは構築できません。そして医療だけを知っていてもいいシステムは構築できません。
今の救急を含めた医療崩壊は、すべての分野に責任が存在します。医師、行政、患者、マスコミ、司法。そしてこの5つが何様でなく歩み寄ってお互い様を形成して欲しいのです。
お花畑かもしれませんが、この人間同士が協力し合わないと絶対に良くはなりません。そしてこれは医療に限った事ではないと思うのです。
★ 成熟した国家として、国民の医療に何を要求し何を供給するかというビジョン★
を形成し、それに基づいてシステムを作りましょう。そうすれば受け入れ不能は限りなく0に近づくはずです。
世界に比べお金もやすく、成績も最高の日本の医療。生命を守るためにもっと良くしていきましょう。
そのために、議論をしましょう。ただ相手を攻撃するのではなく、相手の価値観を尊重しながら。お互い様です。
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今の医療が悪いのは、医師が昔のように患者はついてこいというやりかたをしているからだ。
現代における社会を認識していない。にもかかわらず司法に許してもらおうなんてお花畑だ。
教育をまともにしていない医師達が問題で、規制緩和で解決できる。
コメントにどのような返事を書くのがいいのかと思慮していたところ、3月27日NHK NW9で訴訟を恐れて救急患者を断るという特集がなされました。
残念ながらTVで見れていないのですが、その番組の中で
「訴訟のリスクを感じて受け入れを断る場合がある」 と医師が言ったところ、
「患者の命と自分の生活とどちらが大事ですか」とキャスターが聞いたそうです。
「どちらも大事です。自分を大事にしないと今みている患者さんや今後未来みなければいけない患者さんに迷惑がかかりますから。自分が断ってもどこかが引き取ってくれる事が前提ですが」と答えたかなと思います。
このNW9の内容に
今の日本では、助けようと頑張っても、失敗すれば、感謝されるどころか、非難される風
潮がある」と言えばよかったのにと他の医師の言葉をツイートしたところ、
伊藤隼也さん達から医師の横柄さと怒られました。(フジテレビとくダネでも3月28日伊藤隼也さんがまとめた埼玉救急の話が放映されていたとの事です。その番組でも医師達の不作為がメインで番組が作られていたそうです。)
その後このツイート連には、有名なNATROM先生も登場していたます。病院の受け入れ拒否に関わる会話
この中である医師が、医療者に甘えるなとツイートしています。誠意を尽くせば訴訟になんかあわないとも。
私がブログに書かせていただいた、受け入れ不能と言う言葉。これが必ずしも本当にそうなのか、そして今後どうすればいいのかということを、今回医療者の立場から書いていきます。
ただ本当に様々な要素が絡み合っていますので、複雑になってしまう事をお許しください。
まず医師の不作為が原因であると主張する方々の意見とそれに対する反論をまとめていきます。
a 専門でない事を理由に患者を受け入れない
専門でない領域患者を受け入れて助けられないと、2次救急として医療レベル的には十分であっても罪に問われる。であるのならどこかにいるに違いない専門の誰かにみてもらえればと思ってしまう。(裁判判例あり)この考え方が前回述べさせていただきました萎縮医療です。
医師も人間ですので、犯罪に問われたくないという感情は仕方がないとと思うのですが甘えでしょうか。また犯罪になるかもしれないことは強制されるべき事でしょうか。
医師達は目の前に来た患者を全力で助けようとします。しかしベストな治療をおこなっても、必ずしも100%の成功は約束されていません。結果が思わしくなければと考えてしまうのでしょう。
この最悪の状況を考えてしまうのは医師の常です。でなければそれは臨床に対して傲慢という言葉で表されると思っています。もちろんまわりに自分たち以上の医療レベルがない事がわかっていて引き取らないのは倫理的にはおかしいですけど。
先程のちゃんとやれば訴訟なんて受けないといった医師は、きっと技術も高く、コミュニケーション能力も高い方なのだと思います。しかしコミュニケーション能力が高い医師はそんなに多くないんです。
まして、正しい医療をおこなっていて訴えられたら戦えばいいともおっしゃっています。私もそう思っています。しかし、その先生が裁判に行っている間残された医師達の負荷は増えます。損をするのは誰になるのでしょう。
だから前回正しい医療を行いさえすれば罪に問わない、無駄な裁判をおこさせないようにしていただきたいと述べたのです。
善きサマリア人の法律ができればベストです。
これができる間、一時的にですが、病院は保険を含めて医師達をサポートする必要もあるでしょう。安易に和解しない事も重要です。正しい事をしていれば医師に替わり、戦いをする事も必要です。
では医師は今なにをすべきか。個別対応では救急隊としっかり情報を整理しながら、患者を評価することが大切です。また現状を把握し、周りの病院と連携を常に取り合い、地域救急体制ルールを作る事も重要です。
その情報をもってそこで何を改善するかがみえてくると思います。
b ベッドがない
ベッドがないのなら、ストレッチャーにでも受け入れて初期治療だけでもおこなうべきだったという意見があります。
救急で患者を助けるためには初期治療が必要で、それは救急の場所だけでも何とかなります。しかしその後患者さんを収容して回復させなければいけません。そうしなければ退院させれません。
収容先がない状態(ベッドがない)で引き受け、一瞬落ち着いてから別の病院におくるというのはかえって生命にとって危険である可能性が高くなります。
またその場所に回復期のための人材、資材はおいていません。回復治療を救急処置室で行う事は効率上も、医師の運用上も馬鹿げています。結果次の患者さんをとることは絶対できなくなり、患者をひきとったという自己満足だけになります。
救急のもともとのベッド数が少ないというのは問題です。でもそれは救急治療が終わって安定期に入っても患者を引き取ってくれる体制ができていないことが大きな原因となっています。
退院できる状況になっても、家族が引き取らない、後送先の病院がないとなり、結果救急のベットが満床となるのです。いわゆるボトルネックです。
家族のサポートが得やすい、救急が一番崩壊していない沖縄の中部病院の医師も、このうまくいかないベッド運用について話しています。核家族だらけの関東ではいわんやです。
この問題の改善には、医療組織の改編が必須になります。そして一番大事な事は、救急患者をひきとっても赤字にならない、そしてその後安定期の患者さんを引き取ってくれる後送病床を地域に十分確保することが必要です。
家族を含めたサポートも重要です。自分の家族だろと追い込んだら共倒れです。
行政、病院組織、地域が一体とならなければできない話です。それこそ診療報酬点数の改訂、補助金等厚労省の力も必要になります。
地域連携として救急を行わないまわりの病院を巻き込む事も必要です。
地域でまとまらないと今以上のことはできません。
c 余裕があるにもかかわらず患者を受け入れていないに違いない。
(救急の年間受入数をみるとそれがわかる。)
埼玉に限ってみると、一部の病院は川越救急病院の上原先生が言うように明らかな無理をしていません。いや救急指定されていながらほとんど患者はとっていないところがあるようです。
それどころか埼玉の県立病院は救急を全くやっていないともお話しされていました。
全国でもひどいところだと、交通外傷救急や、医療パスに載る病気(心筋梗塞等)のように間違いなく病院が利益を得る事ができる救急のみ収容する病院が存在しています。
ただ引き受けるたびに赤字になる事が多い一般の救急を、公的病院でない病院に採算を無視してでも受け入れろと強制することはできるのかという問題があります。
公的病院でも、赤字を解消しろと議員達から指導が来るようになり、結果軋轢が生じています。NHKで放送された極北ラプソディをみた方は、あの院長と医師に対してどう感じたでしょう。お金のために患者の命は犠牲にされるべきななのかと。
公共の福祉のため、赤字になる事を厭わず商売しろといったら、みなさんどういう対応をされますか。
医師は最善の治療を行いたいと思っています。でも患者を助けるためにおこなった手技について、医療を知らない人間から「こんな事をやるから赤字になるのだ。反省しろ」と言われたら。だから私は医療をビジネスとして考えるのがキライなんです。(医師が経済を知らなくていいと言っているわけではありません)
また医師の当直体制は労働上の問題が存在しています。残業と認められず、翌日も普通に働けなければいけない状況が一般の病院では当たり前の事となっています。
結果医師に36時間連続勤務を強制させなければいけない現状が改善できていない事が医療安全の面でも問題なのです。(巷で言われるブラック企業の走りです)
そう言う状況をみて若い先生は厳しい領域を専門にしようとは希望しません。教育はとても大事ですが、命を助けると言う崇高な仕事ながら、訴えられるかもしれない、給料も変わらない、患者からも感謝されないことがあるでは、きつい仕事を専門にしたいという人はそうはいません。
結果そういう領域の医師の数は増えず、地域の救急が閉鎖し、残された救急はさらにきつくなり、患者の受け入れができなくなってきているのです。残された医師が倒れては本当に崩壊です。
それでも一般の方がいうように医師の職業選択の自由を制限し、労働時間を強制させることをすべきですか。私はそれをみなさん自分たちに当てはめていただきたいのです。
普通の人間である医師達は逃げていきます。それはみなさんの得になりますか。逃げる事を許さないと責めますか。責める事で、医師達はもどろうという気になりますか。
ひとつだけを責めても何も解決しないという私の論は、人間は感情の生き物であるというこの思考過程でしゃべっています。
その他詳しくは書きませんが、細かい問題はたくさんあります。
d 病院内での医師達の連携
e 救急隊との連携
どちらも、コミュニケーションの問題があります。dは各病院での問題が実はあります。eは、IT化が行われてきています。佐賀県のように改善すればいいのですが。
f 終末期医療の考え方(麻生さんが提言した事です)
本当に救急処置が必要な患者はどんな患者なのか。以前肺癌でホスピス病院に入院していた患者が外泊したとき、心肺停止になって私のもといた病院に救急搬送されたことがあります。
救急医10人掛かりで、人工呼吸器下で蘇生されて入院されました。その時も、家族があわてて救急車を呼んで大学病院に連れて行ってしまったそうで、救急の先生は蘇生させた後この人の病状に気付いたということでした。eともからみますがとても問題です。この人のためにまたベッドがなくなり、家族が払う医療費も跳ね上がります。
また認知症の寝たきりで、胃ろうを増設されていたが、誤嚥性肺炎を併発させた患者さんもよく救急要請がきています。
どのような患者に延命医療をおこなうのか、現在医師達はやっとガイドラインを作成してきています。宗教も含めて本当に難しい問題です。
総括
もう少しわかりやすくまとめたかったのですが、申し訳ありません。
このような問題を分析するにあたり、救急問題を含む医療崩壊を、規制緩和とか、教育の徹底いう単純にお題目だけを唱えればうまくいくような問題ではないと思っています。
医師達においても、現場で働いている医師達と、院長クラスでは危機の意識が異なります。昔の治療で患者さんから尊敬だけされていた時代の人達ですから、仕方ありません。
地方によっても全然異なります。東京ルールは、人口も設備もちがう地方では行えません。
また各専門領域でも問題はかなり異なります。生命に関与しない病気を扱う医師達は、生命に直結する医師達の気持ちをそう簡単に理解できません。だからといって君子危うきに近寄らずとすることも責められません。
開業医、勤務医でも全然違います。特に開業医の先生は、雇用している自分たちの仲間の生活も守ってあげなければいけません。自分が倒れたら、患者も困りますが、従業員の生活も困ってしまいます。
ただ医療は医療者しかできません。できればそれに専念させていただければありがたい。でも医療を知った人間でないと、いいシステムは構築できません。そして医療だけを知っていてもいいシステムは構築できません。
今の救急を含めた医療崩壊は、すべての分野に責任が存在します。医師、行政、患者、マスコミ、司法。そしてこの5つが何様でなく歩み寄ってお互い様を形成して欲しいのです。
お花畑かもしれませんが、この人間同士が協力し合わないと絶対に良くはなりません。そしてこれは医療に限った事ではないと思うのです。
★ 成熟した国家として、国民の医療に何を要求し何を供給するかというビジョン★
を形成し、それに基づいてシステムを作りましょう。そうすれば受け入れ不能は限りなく0に近づくはずです。
世界に比べお金もやすく、成績も最高の日本の医療。生命を守るためにもっと良くしていきましょう。
そのために、議論をしましょう。ただ相手を攻撃するのではなく、相手の価値観を尊重しながら。お互い様です。
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どこかだけに責任を押しつけるのではなく、社会全体で考えなければ改善は望めません。
行政から個々の患者さんまで・・・みんなで危機感を持って考えていただきたい・・・というのが現場の思いですね。
でもなかなか自分の目の前に起こらないと、考えてくれる人は少ないんですよね・・・批判は簡単ですが・・・