娘の小学校の卒業式が水曜日に終わりました。無事育ってくれた事に感謝します。私たちは子育てという問題に関して祖父母に頼る事ができとても恵まれていました。

それを踏まえてのベビーシッター問題。WEBでいい議論がなされています。それこそ女性の労働問題と日本の少子化問題にまで発展して欲しいと思っています。

認定NPO法人フローレンス代表理事で、政府の会議にも参加されている駒崎弘樹氏が自分のブログで今回の母親バッシングを防止する意味も含めて記事を載せています。(ベビーシッター宅での2歳児死亡事件についての解説

そして翌日、鈴木宗男氏が自身のブログ(3月20日(木)ムネオ日記)で、「こどもを見知らぬ人に預けるのはけしからん」と述べたところ、乙武洋匡さんがそれに対する反論(鈴木宗男氏への回答「政治家だからこそ、弱者への心配りを」)をあげています。

今までの日本の旧常識、子供は母親が育て父親は仕事がほぼ完全に崩れているこの時代。ある意味旧常識と新常識の戦いです。

今回、待機児童0の横浜市でおきたことがある意味驚きですが、少し問題を整理しましょう。

ネットを使った、ある意味本当に信頼できるかどうかはっきりしていないところに子供を預ける事がいいことか?

論点は共通です。新常識、旧常識でも悪い事です。

しかしできる限り安いところに預けないと生活できない、つまりやむを得ないという現実があります。

だから新常識支援者は現状を知らないで母親を責める事は悪だと鈴木宗男氏を責めます。そして「安心して預けられる制度整備」
とまとめます。

それでは2泊3日という長さはどうななのか、祖母はなぜ協力しなかったのか、一度預けた失敗体験分析は、等個別の倫理の問題は多々あります。

甘やかしではないですが、自分たちが、家族が、当事者がやらない(やれないではない)ことに補助をつけてあげるべきなのでしょうか。生活保護、病院の患者問題など共通の問題点がそこに存在します。

つまり自助で解決できる範囲への考え方の違いです。

旧常識者はもっとがんばれるはずだ。人に頼りすぎては行けない。

新常識者はいやだめだ。もっとお上が助けなければ。

昔常識を教えてくれたコミュニティも崩壊しています。そのため各自の常識はとても幅が出ています。

子育てと仕事において、現在昔の常識である母親だけのの子育ては、少なくとも若年者の間にはほぼ否定的です。だからこそ安心して預けられる体制は間違いなく必要です。

どこまでの支援を行うのかは子供を預ける労働への対価と、自分の仕事の対価との比較になるでしょう。

静岡県立病院の植田育也先生のツイートです。

「セーフティネットは必要ですが、守られれば守られるほど人間は依存的になり「生活の常識・知恵」を失います。甘やかしは、新たに「生活の常識・知恵」のない大人を生み出すだけです。」

患者さん、家族達と対峙している私も同じ意見です。ただ絶対に意見は擦り合わせが必要です。新常識、旧常識どちらも子供の命を守りたいという目的は一緒なのですから。

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