昨日のブログ(勝手な行動に対する体罰? 教育としてあの場はどうすれば)はBLOGOSで厳しい意見をいただきながら沢山の人に見てもらいました。ありがとうございました。

テレビ等ではやはり暴力はダメという意見が多かったように見えました。そんな状況の中、日野皓正さんがマスコミに意見を表明されました。(日野皓正、中学生へのビンタは教育…「必要な時もある」 )

>日野氏は「俺とあいつは、父親と息子なわけ。他の生徒には絶対に手を上げない」とした上で、「ヤツの心を立て直してやらなきゃという思いがある。だから、これからもやるよ。ビンタもね、アントニオ猪木の方が数段痛いと思うよ」と、愛情を持った教育の一環であることを強調した。

>さらに「音楽や集団行動っていうのは、和を考えないと。周囲をリスペクトしないと」と持論を展開。結果として、ビンタをしてしまったことについては「行き過ぎたところは分かる。それは謝る」としつつ、「でも、必要な時もあるんだよ。それだけのこと」と一貫して主張は変わらなかった。

この発言を持って私はあのビンタを教育として認めたいと思います。師匠と弟子、父親と息子の行動に周りがあまり文句を言うことは必要ありません。 

>音楽は、ハーモニーで会話なんだ。会話ができないヤツは、どいてもらわないといけない

それこそ音楽を一生の仕事にするかもしれない彼にこのことを日野さんは教えたかったのです。失敗をしたあの時教えないと彼にとって意味がないのでしょう。

>「あんたたちがこういうことやって、日本の文化をダメにしてるんだよ。だから文化が低迷している」と苦言も展開。「あなたたちは俺をいじめてるけど、本当は彼(中学生)をいじめてるんだよ。俺はお前たちに何を言われようが、真剣に文化と生きてるわけだし、子供たちをどうにかして世界的にしようと思っていろんなことをしている。お前らが騒ぐほど、ヤツは忘れられずに何年も苦しむことになる。それをよく考えて」と語気を強めた。 

そしてこの言葉。昨日の私の疑問への答えです。一般の常識と職人の常識にはどうしてもズレが存在します。その上で今回日野さんは謝罪をした上で社会にそのズレに対して理解を求めています。少なくともそのズレを認めることは世界で一流になっている文化人に対する尊敬と礼儀と私は思います。 そこに一般を強制することは無意味ですし失礼です。

彼が一流になって笑い話になることを期待します。

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