2007年05月25日

犯罪と芸術の境目〜戦慄の絆

クローネンバーグの映画で、え〜と、タイトルをやっと思い出した。

戦慄の絆


ホラーがかかった内容の映画だから、人前でこの映画が好きとは言いにくい作品だが、なんとも美しい形の手術道具が登場する。amazonで検索するまで、ストーリーはすっかり忘れていたのに、あの形だけは絶対に忘れられない。あんなに美しい形をいきなり目の前に突き出されたときは、ぞくりと鳥肌が立った。冒涜的なデザインなのに、クロームの輝きが神々しい。

SAWは、ストーリーもなにも、クローネンバーグ映画に比べられないB級映画。お化け屋敷のような映画だとわかっちゃいるのに、心引かれるのは、人間の体を引き裂く機械の類やレントゲン写真といった小道具のせいかもしれない。

あやしい工場のあやしい小部屋の壁一面にぺたぺた貼ってある、機械の設計図も、もっと詳しく見たくてたまらない。DVDで心ゆくまで、机の上や床にちらばる図面も見てみたい。頭を瞬時につぶす道具も、映画のシーンで使われているものより図面の方がずっと美しい。

B級映画は真面目に全部をおつきあいしなくてもいいから、ダビンチが残したデッサンや設計図のような、茶褐色に変色した図面を見ているだけで、痛そうな内容はパス。

耽美主義の友がいれば、心ゆくまでSAWを語りあえるのに。

と、ここまで趣味にひたっているうちに、ふと正気に戻る。
同県人の少年が犯した犯罪について、部屋に残されていた書籍やDVDを捜査資料として持ち運んだと報道されているけれど、私がコレクションしている雑誌や書籍、映画レンタルの記録を調べられたら、どのような評価が下されるのだろうか。

美しいと感じるのは、あくまでも文学や映像表現の上のことであって、実際に犯罪を犯したいとは決して思わない。ノーマルな人格の中にも、残酷な一面があったり、暗い感情が潜むこともある。自分の中に潜む悪の感情と向き合うために、芸術作品を利用しているといった方がいい。

なんということなしに足元のアリを踏みにじってしまうような、感情の爆発を、自覚しておきたいだけなのだが。確認作業としての、残酷な映画、残酷な内容の文学探究だが、人から見れば異常な人格として一言で片付けられてしまいそう。

道徳よりも、美しいかどうかを判断のものさしにしたいと言ったら、それもまた冒涜と指さされるだろうか。

dannodan at 14:48│Comments(0)TrackBack(0)clip!活動写真 

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