ATの断薬日誌

レキソタン、セルシン等ベンゾジアゼピン薬剤を 長期大量服用後、遷延性離脱症候群で悩んでおります。 筋肉減少と皮膚異常が同時進行。 同じ症状の方、事情通の方、情報お願いします。 コメント欄は非公開設定になっております。よろしくお願いします。


相談支援専門員(以下ケアマネ)とモニタリング。実質初回。
現在の状態を聞かれた。

いまだ具合悪い旨伝えた。筋肉衰弱が激しく食事もとれていないことを話した。


食べても身につかない状態を話した。
訪問介護に訪問看護。ヘルパー週3日という万全の態勢を敷いたが
、内臓や筋肉、皮膚の衰退が治るとは思えない。
(もはや老人の領域。まさかこんなことになるとは夢にも思わず。
向精神薬の老化作用のおそろしさを実感)



食事と精神的な支援が一縷の希望。


一人では無理。孤独死衰弱死になるのは目に見えている。


気温が高く暑いらしいが、あまり汗をかかない異常。


過去の記憶が止まらず出てくる。




「何をやっていたんだ」という激しい自責の念。



身体症状と肉体症状が極限に近い状態で家で過ごしている。

福祉は絶対必要でもっと早く導入すべきだった。
断薬にもこだわらず適度な服用が必要だろう。

ただ変薬、追加はしたくない。
この年でこの体は絶望的だ。

この数年頑張ってきたが、無理な減断薬に陥って本末転倒になってしまった。



何をどうすべきかわからない状態だ。

ほんの少しでも動きほんの少しでも食べるよう努めているが、
内臓のチクチクした痛みと筋力低下著しい。

外は晴天で海にでも行きたい気分だがこの体ではそうもいかず。

この10年、体力もお金もあったのにひたすら目前の仕事を意味もなくこなしていた。


薬物で思考力が奪われていたのだろう。

今は福祉にかけている。精神科とは関わりたくないが福祉を使うには仕方ない。






食欲も何もかも途切れ、家の中でただ生きている状態です。

空腹感も満腹感もない状態。


日ごとに症状が悪化しているようです。



気温が高いせいか(本人はそれほど暑いと感じていない)パソコンに向かうことはできます。

秋以降、冬になるとどうなるかわかりません。

「福祉」の準備はほぼ整いました。


まだ未知な領域で慣れやトラブルを最小限に抑えるなど苦労は尽きません。

一番の解決法は健康になることですが、到底無理。

一度朽ちた筋肉が元に戻るとは思えません。

まだ固形物がのどを通るだけ良しと考えています。


ベンゾジアゼピンは覚せい剤、アンフェタミンと同じくらい危険なハードドラッグです。


このような危険な物質を長年大量摂取させらていたことに怒りを通り越して失意があります。



余りの症状の辛さに、7月からホームヘルパーさんに週3日来てもらっています。


嚥下に違和感、胃腸障害、どれも辛く耐えがたい旨、ヘルパーさんにすべて話しました。

利用者の話を聞くのが彼女たちの仕事とはいえ、こちらに薬害の質問や精神医療の在り方に
疑義を呈してくれてそれなりの理解が気分をやわらげてくれます。

何より料理が助かります。


体力気力、思考力が低下している中では料理が難しく、半分痴呆状態だったので、

料理が供されて少しばかり、思考力がよみがえりました。

ただ暑さとともに筋肉の低下が進みつつあります。


胃腸やのどの筋肉も委縮しているような気がします。
たぶん物理的にそうなっているでしょう。


健康体ではない、病態であることはヘルパーさん達にも一目瞭然です。


辛い日々の中、一番見せたくない恥を見せて助けてもらっています。

ヘルパー導入から半月、ようやくお互い慣れたところでしょうか。


これからゆっくりと掃除と料理を充実させ禁断症状に耐えられる体制を作りたいです。


今後のことは相談支援専門員(ケアマネ)さんに相談です。

悪化が予想される中の福祉でどこまで助かるかわかりませんが、一応の協力者を家の中で得ることができました。


ネットでの助言も大いに助かっています。


離脱症状がいつか過ぎ去る日を夢見ています。



昨日レキソタンを再服用しましたが、効きません。


この一週間で痩せの速度が速いです。
Tシャツがぶかぶかです。


食欲は全くありません。
ブログでずいぶん恥書いてきましたが、最後の存在証明。

「役所へ!」とコメントくれた方々ありがとうございます。

ヘルパーまでたどり着くことできました。


最後の姿をみとってくれるでしょう。
今年の冬ぐらいに死を予期しています。


もし奇跡的に生かされたら、こじんまりとささやかな幸福を大切に生かされたいです。

今まで強欲でした。

そのくせ自分ではほとんど何もなしていない。常に何かに依存し最後まで依存が治りませんでした。

胸の前がスカスカしてきました。筋萎縮でしょうね。


おそらくあと1~2回生きることがどうかです。
3年生きればいいほうです。

進行が速すぎます。

目が見えて、入力できる間はこうして記します。

後悔ばかりの人生。迷惑かけっぱなしの人生でした。

20代の自分へ。「薬飲むな」

30代の自分へ 「クスリやめろ」。

40になりたての自分へ。「もういいからすべて休め。」
「クスリやめろ。」

今後進行しないことを祈るばかりですが、この一か月でずいぶん進行しました。
もう月単位で衰亡を感じます。

鎖骨胸骨が浮いてきました。
本当にこの先が怖いです。



今から思うに、30代前半、増薬されたのが運の尽きでした。


レキソタン、セルシンそれぞれMax。

これで過沈静されたと思います。


少し大きな旅行をした記録を見せたら言葉巧みに増薬されました。
睡眠薬は削ったのに安定剤は増やされました。

「治安維持」のためだったのでしょう。
思考量が鈍ったのもこの時期です。いろいろな野心が消えたのもこの時期です。
ただ目前の仕事、作業をこなすのみでした。

くだらない組織紛争に巻き込まれたのが薬害の度合いを進めたと思います。

体がsosを出していたとき、すべてやめて、旅行にでも行っておけばと後悔です。
これからも症状が進行しそうです。

ヘルパーさんは理解できないでしょうから、どう対応されるのかわかりません。

この体では復活は無理です。
進みゆく症状に疲れました。家族には話していますが理解なしです。まあ無理でしょうが。
福祉の世話になることで「事態」をわかってくれることを祈るばかりです。


もし生きることができれば、本当に静かに生きたいです。

福祉とは関係が切れなくなるともいます。それでいいんです。

これ以上の進行を食い止めたいですが、これ以上はわかりません。

昔には戻れないのに、後悔ばかりです。














この時期の太陽の光はなぜか遠い昔を思い起こさせる何かがあります。

薬物離脱のせいでしょううか、季節的なものでしょうか、


何か薄紙がはがれるような感覚になります。


減断薬してこの数年ずっと昔の感覚がフラッシュバックします。


やはり薬物の影響でしょうね。


感覚は正常化しても肉体的苦痛がまた別の苦悩をもたらします。




なぜこうなった?なおるのか?ぐるぐる思考の連続です。


失った筋肉で行動力は鈍りよろよろと老人のようになりました。

ここから回復はあるのか。

ヘルパーさんにかけていますが、もし治ればメンタルな要素だったと思います。

ただ筋肉はなかなか戻らないでしょう。


お金の心配もあります。


数年持つ予定ですが親次第です。

祖母の死去もあるでしょうしもう生活保護確定です。


なぜこうなったのか、なぜ若いうちに好きなことをしてこなかったのか、後悔ばかり残ります。


自分の好きなことを忠実にすれば薬物に走ることなく体を壊すこともなかったと思います。

せめて食欲だけでも戻ればと。


6月24日 追記

コープ宅配からも筋肉減少認められた。

「これからだ」と言われたが、何をどうするのか。

笑いものにされている。何か食べても栄養が届いていない感覚がある。


何かがが違う。痩せの流れは止まらないのか。

毎日辛い。

食事に気を付けるだけだろう。

6月25日 追記

コープ宅配員に同情された。ギョウザを自腹で購入してもらった。つまり施しを受けたわけだ。
情けない。

注文商品には魚を大量購入。
良質なたんぱく質は魚以外あり得ない。胃にもいい。


コメント欄でのでもレポートありがとうございます。
より強い信念となりました。


どこまで朽ち果てるかわかりません。
がりがりに痩せて強制入院になるか、そのまま死んでしまうのではないか
と思います。

ヘルパーの方に迷惑です。

ただでさえゴク潰しの身。さらに税金使うなど私は存在価値もありません。

しかしだからと言って精神薬が許されていいものではありません。
こんな凶悪な存在は他にないからです。

こんなものが合法処方として流通しているのがおかしい。
今、合法で利益利権があってもこんなものはいずれ淘汰されます。
歴史が証明しています。

ただ多くの人が忘れやすい。

姿かたちを変えて出てくるでしょうね。

私は精神科の罠くらいうすうす分かっていました。


精神科ー福祉の関係もわかっています。

福祉は行政処分の入り口でしょう。

いずれ殺処分です。
束の間の平和を楽しむだけです。
福祉側もわかっている。

自分は、愚か者です。親の金と労力を使いながら、障害者なんですから、
どこまで親不孝で愚かなんだと痛切に反省しています。

・向精神薬の罪は別において、
私の両親への罪は万死に値します。


それを親のせいにするとは思考力も想像力も欠けていました。

向精神薬の副作用にせよ自分の行いは愚かでした。取り返しのつかないことをしました。




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