ATの断薬日誌

ベンゾジアゼピン薬剤2種類をカクテル処方され 8年間 長期大量服用後、遷延性離脱症状に悩んでいます。ベンゾ歴は約18年  筋肉減少と皮膚異常が同時進行。同じ症状の方、事情通の方、情報をお寄せ下さい。筋肉減少、胃痛、咽喉の痛みと違和感に悩まされています。 ベンゾジアゼピン後遺症 闘病記録 

現在レキソタン5mgで調整中 ベンゾ服用歴 1)ブロマゼパム2)ジアゼパム2種類Maxカクテル処方。(15mg×2=30mg)カクテルMax期間約8年 07年~15年 2017年3月頃にジアゼパム断薬済み。常用量離脱、遷延性離脱、後遺症の症状に悩んでいます。【追記】2018/01/04 胸や心窩部の奥、体の内側から筋膜がはがれるような感覚です。 呼吸も浅いです。一日こんな調子です。手足指 の皮が薄くなって刺激が伝わりやすいです。2018年2月8日 デザイン変更 3月20日 レキソタン増量10mg。サイレースも追加 長期ストレスより楽な短命を選びました。 

2017年12月

31日朝7時半 
今年も今日で最後。
昨夜眠れたが、記憶があいまいになるようでまたも気絶するような眠り。胃痛、肌の異常あり。
胃が食べ過ぎで荒れている感もあり無理に食べず一日一食くらいでいい。筋肉つけようと食べ過ぎたのが良くなかったようだ。

ミカン3個 ほど ミネラルウォーターで水分補給。
今年も今日で終わり。一年何とか生き延びた。前記事少し加筆して更新。(今後も若干有り)


<ベンゾ薬害>
ベンゾジアゼピン・レキソタン(ブロマゼパム) (個人的にはセルシン(ジアゼパム)がもっとも有害だっと思っているが、レキソタンがゲートウェイドラッグで今も服用しており今後これを捨て去ることができるのか不安 筋肉減少と皮膚脆弱 胃弱などの症状と戦いながら、何より恐怖との闘いである。

・食事
2日ほど前から1日1食状態である。これを見ると「過食と拒食を繰り返し」という精神疾患の症状に当てはまるが、食欲中枢の異常 精神薬によってもたらされた中枢神経の異常とも言える。

胃を休めるという観点からしばらく無理に食べない。胃が楽になればよいという考えである。


14:44分 朝寝の後、胃痛にてしばらく横になって過ごす。食が極端に細くなり、固形物はミカンを合間に食べ、昼食に洋風おからと大根煮を食べる (昨日介護士がつくってくれたもの)

昼過ぎ コープお節宅配到着 値段高いがはり込んだ。自宅での生活、お金が底をつきつつもあるが、
体が崩壊しつつあるので、今年ばかりは、豪勢にしないと後悔するだろうから奮発した。

しかしこの数日で急に胃に委縮がすすみ食事も少し。

大晦日挨拶がてらにお節を届けてくれたコープ宅配員から「今年初めより元気になられた 声も太い」と激励されたが、私自身痩せが進行し

顔かたちも以前とは変わったと思っているくらいなので、他人の評価は一面的だと複雑な気持ちになった。

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コープお節
段ボール箱の中 (保冷材で明日まで保存)

・入浴多数 夕方3回

19時 ブログ設定変更 説明とメッセージ追加  
ブログカテゴリを「ヘルスビューティー 健康」から
「一般 総合 闘病記」に変更  ブログ開設以来初。
/
20時 プロフィール画像に レキソタン (よく撮れていないうえにプロフィールとしては不適切では? ブログアイコン画像にレキソタン追加  今実験段階)

22時 痛む胃を抑えながら、年越しそばを食べた。(3人前のそば麺 湯がきタイプ 鶏肉一つ)
寂しい年越し 去年は一日TVをつけたまま 35年ぶりに紅白 行く年来る年を去年みた 今年は見ないだろう
今年は福祉が入っているためか10月からテレビを見ないで済んでいる。やはりテレビは苦痛だ。

体型がリンゴ型になってしまい、情けない気持ちと胃痛二つ さらに乾燥肌 皮膚脆弱など体中が悲鳴を上げているにも関わらず生きながらえている。

平成29年 2017年最後。来年 平成30年は平成最後の年(実質再来年5月だが)

改元をこの世に生を受け2回も体験するとは思わなかった。
一度は昭和から平成 激動の昭和 今も先の大戦敗北による戦後体制が各分野でマイナスの形で問題化している。
精神医療・精神薬の蔓延も敗戦国ならではの現象で、これに「金だけがすべて」の団塊世代が医療業界にはびこり亡国の憂き目を見ている。
私だけではない全世代的、全国的問題である。

今に反精神薬の時代が始まる。今はまだ初期弾圧の黎明期であるが、このブログが薬害有志の交流の輪につながればと願っています。

皆さん今年一年ありがとうございました。

よいお年を

(祖父喪中につき年始挨拶は辞退させていただき、淡々と日常をいつものように更新するつもりです。)




寒い日が続く
昨日からの嘔吐で絶食  水だけで過ごす 気絶するような睡眠 過去への思い 先への不安がよぎる。

昼過ぎ 訪問介護あり 飢えと寒さと孤独に打ちひしがれていた中のヘルプ

介護士につくってもらった料理 洋風おから 生姜焼き 大根煮物 家庭の味 小分けにして食べている。実においしい

会話良好  年末ただでさえ孤独な日のひと時の安らぎ 感謝 
年末特に孤独さが増す 訪問介護に助けてもらった

昨日からの嘔吐は絶食と睡眠で少し収まりつつある

介護士さんのお蔭で少し元気が出た

体中のこわばりがあることには変わらない、ほんの少し元気が出る これが継続すれば健康に近づくのだろうが、まだまだ時間がかかる

入浴回数はこの2日で減った 体調不具合により入浴回数が減ってちょうどいいくらいだが、全身苦しいままだ。
今年の春に今冬の死を予期していたが介護士らのお蔭で助かった。
とはいえ寒さは心身に負担がかかる。

祖父が永眠したのも今年の2月だ。故人を偲びながらも自らの症状と不甲斐なさを思い後悔する

時折 我に帰ることあり 「脳に作用するクスリの怖さ」をあらためて実感

<皮膚について>

全身 乾燥肌である  2016年7月から汗をかかなくなり(実際はかいているのだろうが)
 「おかしい」と思いながら日々を過ごしていると 筋肉減少とともに 胃痛が進みついに乾燥肌が慢性化した

どうやら筋肉減少と連動して体が崩壊するかのように表皮である皮膚が脆弱化 冬場の異常な入浴回数(反対に夏場は入浴回数極端に少なくなる)も乾燥肌・皮膚の脆弱化のためだろうと容易に推測できる。

乾燥肌で汗をほとんどかかないので、下着を変える回数が極端に少ない 週に2~3回である。
以前はこのようなことはなかった 夏はもちろん冬でさえ必ず毎日下着を変えていて、入浴後も小まめに着替えていた。

それが去年の7月 夏頃からほとんど汗をかかなくなり一時は「無汗症」を疑ったくらいだ。

汗がほとんどでない違和感 それに伴う「耳鳴り?」のような症状 、私個人としては耳鳴りと断言できないが、ツーンという小さな音が乾燥肌が本格した去年の夏から響くようになった。去年の夏、今年の夏も同じだ。そして冬になった今も。

一日布団にいても、以前のような不快感がないのは乾燥肌 皮膚脆弱化のためだろう。もちろん、筋肉減少による無重力感覚も原因だろう。
乾燥肌の件、ネットで相談すると、「ワセリン」「ソンバーユ」を紹介され購入したが、「ワセリン」が少しばかり役立つ程度である。
根本的な解決法はない。10月からの異常な卵摂取(週・24個)はタンパク質を摂取し以って筋肉にしようという生命の衝動かもしれない。異常な入浴回数も同じ理由、皮膚症状の緩和を体が欲しているからだろう。

皮膚異常は、体内内分泌(ホルモン)が影響しているのは確かである。
「時間薬」で治るのか?」いつも思い浮かぶ問いである。「筋肉減少 乾燥肌 皮膚脆弱」どれも ベンゾジアゼピン薬害の作用 2016年の夏(7月)から本格化 慢性化 固定化 厄介な薬を常用した。

体内から「何も合成されない」感覚が慢性化 体内異常を察知している。これをいくら常人に説明しても信じてもらえない。
「皮膚は生命の要塞」 という指摘(表現は正確に覚えていないが)をアレキシス・カレルというナチスのお抱え優生学者が書いていたのを覚えている。読んでいた当時はアレキシス・カレルがヴィシー政権下のナチ御用学者とは知らず「そんなものか」と参考程度に流し読みしていたが、優生学の実践場である精神医療の精神薬ホロコーストに自らがターゲットとなり、刈られるとは夢にも思ってもみなかった。それはともかく皮膚が最初の外敵(細菌など)からの防御ラインであり、

最終的な温度、水分調整機能の役割を果たしている重要な器官の一つで
皮膚に異常があるということは死に限りなく近づいていることを意味する。


ベンゾジアゼピン  精神薬 精神科」からナチス的な優生学的なるものを感じ取っていたが、「それは前世紀の遺物、過去の負の遺産」と割り切っていたが、同じ歴史が繰り返されている。

「精神薬=優生学 」内海聡氏の著書やツイッター FBでも指摘されており、共感できる。

ベンゾジアゼピンへの安全神話 
アメリカ型マーケディングに見事に騙された 「ストレス社会」「安全」などの宣伝文句に騙された。愚かだった。

普通に考えれば、脳に作用するクスリが安全なわけがなく、それを「処方」として国が公認してているのは、単なる儲け主義、利益だけでなく。政治的な思惑があるのは当然である。

これだけの被害者の多さを放任されるのは、日本国政府が日本人の利益を考えていない証左であり、
大改革を保守の側からもなすべきである。

いずれにせよ、ベンゾジアゼピンは最後の代謝といわれている皮膚に影響を及ぼすのは確かである。

服用し始めたころ疲労すると手の甲に「ただれ」ができた。当時自然治癒ですぐ手の甲だけは治って今もないが、この時点で体への異物と察知してやめるべきだった。

東京裁判史観 ・WGIP  ドラッグ 精神薬の蔓延 カルト宗教・・
戦後一貫して反日的ななにか、日本人弱体化プログラムが各分野で実行されているのは確かである
(戦前の日本=日本民族保護のための優生学  戦後の日本=日本民族弱体化 絶滅のための優生学)

優生学だけではない、教育、法律、経済あらゆる分野での戦後の反日的プログラム。これは最近さまざまな分野の方々が内部告発し、明らかになっている)

薬害を通して辛い中でも戦後一貫して日本人へなされてきた何かを感じざるを得ない。

(乱文お許しください ツイッターでつぶやく感覚で「下書き」していた独り言を記事にしました)

18:09 レキソタン4.9mg

断薬しようと思ったが、無理せずのんだ。
断薬は危険 まだサポート体制はない。

皮膚 乾燥肌問題 今のところ湿疹はない。ただ全体的に皮膚の脆弱があるのは確か。











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