「再服用=(増量)か現状維持か」

再服用は、依存が形成されて良くないのは分かっていますが、あまりにも不調が長く、日常生活に重度な支障が出ているので、大幅な再服用を考えています。レキソタン5mgに+レキソタン5mg。これで筋肉減少その他胃痛などが治ると思えませんが、脳の回復にはこれ以上の減薬ストレスは危険かもしれず、再服用が脳のダメージにある程度の緩和になるのなら、致し方ありません。とは言うもののやはり、5mg錠一錠で何とかやり過ごせそうなので増量か現状維持か悩むところです。「増薬を決めたからには飲むべき」というご意見をこれまで数多く頂きましたが、やはり増薬となると気が引けます。「減薬か増薬か?」は、もはや意味を為さないところまで耐性が付き後遺症が出ているので尚更です。それで完全にベンゾジアゼピンから離れることもできずにいます。いくら食事に気を使っても、栄養として身につかない感覚があります。運動にしてもそうです。精神的に少しでも落ちつくように一日のほとんどを病床で過ごすことによって安定をはかっています。慢性疼痛は持病になり、これを緩和するにはベンゾジアゼピンというキンドリングに陥っています。それでも何らかの方法で症状緩和と快方を求めています。

  「福祉は社会的抹殺の入り口か」

福祉に救いを求めるものの、この半年で分かったのは、薬物離脱だけではなく社会的に完全にドツボにハマったことです。社会的にどうしようもなく、優生学の罠で社会的に抹殺されました。いずれ肉体的にも抹殺されるのではないでしょうか?とはいえ今は、福祉が頼りなので、ここも自分の知力体力精神力が試されています。というのも昨年7月に導入し他介護福祉ヘルパー、インチキな点が目立ってきました。導入当初からインチキは分かっていたのですが、症状緩和のために黙ってきました。ヘルパーにしろ専門員にしろ、問題ありです。ただ、あるヘルパーの一人だけが私のことを真剣に思い料理と会話に愛情溢れた扱いをしてくれます。このヘルパーを除いて福祉業界は大方の予想通りあまり良識的とは言えない人達の集まりです。あまり関わりたくない人達に関わらなければばらない重荷が障害者の私にのしかかってくるのです。これは障害者だけではありません。高齢者にしてもそうです。皆それぞれの技能や才能があり、誇りを持って生きてきた方たちです。私でもそうです。それが病気療養、障害のために下らない人達に家に入ってもらい、頭を下げて従わなければならないのです。契約書が読めて障害者虐待防止法を知っていても、密室においてはこちらが弱い立場なのです。障害が重度であればなおさらです。

    「栄養面への配慮」
栄養にもずいぶん気を使っています。最近は牡蠣(かき)冷凍ものですが蒸してあるものを解凍して調理に活用しています。「そのまま」食べることもできます。味もいい。タウリンやビタミンがたくさん入っている海のミルク。コープでの取り寄せですが私の中でマイブームです。この他常用として卵をよく食べます。お粥、炒飯。ニンニク玉ねぎ小松菜などを入れればそこそこの栄養補充になります。「おから」もいいです。大豆タンパクで繊維が豊富。ヘルパーさんに洋風or和風おからに料理して食べています。とにかく「脳に良さそうなもの」を意識して食べています。買い物ができないので宅配中心。コープと他のネットスーパーが命綱です。栄養面への配慮は実際に店舗に買い出しに行くのが一番ですが、この点も制約されます。ここにヘルパーさんや看護師さんが買い物代行してくれれば、助かるのですが、私にはいまだにそのようなプランがなく煩悶とし、プランを提案するタイミングを計っています。買い物の足一つでもこの有様です。ストレスになります。本来はケアマネが計画することを私が気づいて計画実行しなければならない。
この点も福祉への不満です。栄養面への配慮が健常者より求められるのに障害のある私がこれまで培ってきた知識経験を総動員して対処しなければならないのです。よく「我が国の福祉は終わっている」ということを現場から痛感しています。
      「筋肉減少」
「筋肉減少」なのか「筋肉減退(減弱)」なのか。筋肉症状を表す時に私はよく「筋肉減少」という表現を使いますが、減退でも減弱又は減衰でも可能なので考えあぐねています。便宜上「筋肉減少」という表現で統一します。この筋肉減少が本格化したのが2016年。ちょうど下山日記を読み始めた頃です。当時あまり信じていませんでした。筋肉減少が日に日に本格化し現在もこの症状に悩まされています。栄養面は筋肉の点から考えることが多くそのため卵を過食になる傾向にあるます。脳の満腹中枢がやられていることもあって、週に24個以上と食べ過ぎです。それでも身についた感じがしない。先週わざと減らして注文したもののまた別のスーパーに追加注文するなどやはり卵過食は改まりません。中性脂肪などの観点からぜひともこの食生活を改めたいのですがうまくいきません。これで一日病床なので運動不足と相まって心身によくない影響を与えていると不安に思っています。

脳の負担をやわらげるためにあえて増量か現状維持か?計画なき福祉サービスへの不満。
栄養面への配慮。どれもベンゾジアゼピン薬害を克服するために欠かせない要素ですが、
思ったようにうまくいきません。そもそもこれら栄養や家事は、福祉に頼らなくても
独力で十分満たせたものばかりです。それをプライバシーを公開して人に頼らなければならない。
このことへの無念後悔。少しでも待遇を良くしようという努力。「障害者とはいえ、いつま
で配慮しなければならないのか?それとも何かの会にでも入れば待遇を良くしてくれるのか?」
など自問自答し、想定問題が頭を駆け巡ります。明らかに「差別」を受けているのは私であって、
その理由が彼ら彼女らのいい加減さに根差していますから複雑です。「こんなことを考えなくてもいい福祉サービスはないのか?」落胆したままです。後半余計だったかもしれませんが、
直面している福祉が貧困ビジネス的な匂いのするものであること否めません。
このブログで適時指摘してきたとおりです。ただ今の私は現実社会では福祉にしか
頼れない現実があります。肉体さえ健康に戻れば人の憐れみを乞うことなく生きて行けたのに、
残念でなりません。ブログ 情報の蓄積、僅かな収益、今の私にできることはこれくらいでしょう。慣れない長文失礼しました。