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岸和田 だんじり 祭り

岸和田城は、大阪と和歌山を結ぶ紀州街道の要衝にきずいた城の事です。

城主の交代が激しくいつ頃ここに移されたかは定かではないが
熊取町中盛杉氏の古書によると約1576年頃に
「松平肥前守が郭を作り溝、堀をほりてやや壮大にとりたてて、元々」
と書き綴られています。

その後に小出、松平氏を経て岡部氏へと受け継がれ、
明治の廃藩に至ったと伝えられてます。

▲堺のだんじり祭り

岸和田 だんじり 祭り

その昔、旧岸和田城跡に照る日山と呼ばれる小高い丘がありました。

矢来も石垣も無く、周りに堀をめぐらしただけの小さな砦だったらしいですが、
周りには今も古城屋敷や古城川、古城橋などが残されているそうです。

ここが長い間和泉の国の守護の居城でした。

1334年、楠木 正成が甥の和田新兵衛高家を代官として、
現在の堺市久世町和田からこの地に移りすませたということで、
ここを岸の和田と呼ぶようになったそうです

▲堺のだんじり祭り


岸和田 だんじり 祭り

岸和田だんじり祭は約300年の歴史と伝統があります

元禄16年時の岸和田藩主岡部長泰が、
京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、米や麦、豆、あわやひえなどの
5つの穀物が多く取れるように祈願し、
行った稲荷祭がそのハジマリと言われている。

当初は狂言やにわかなどの芸を演じ、
その後に三の丸神社、岸城神社へ参拝したそうです。

▲堺のだんじり祭り




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