2011年02月28日
2009年07月03日
大学生活満喫中
またまた、お久しぶりです。
忘れていた訳じゃないんですが、毎日のサークルやmixiへの完全な浮気など、こちらへ書ける時間が無いのが実状です。
そういえば、今年の春休み旅行は福井県へ行って来ました。その写真記事も、近い内に更新できたらなと思っているので、気長にお待ちください。
それでは。
忘れていた訳じゃないんですが、毎日のサークルやmixiへの完全な浮気など、こちらへ書ける時間が無いのが実状です。
そういえば、今年の春休み旅行は福井県へ行って来ました。その写真記事も、近い内に更新できたらなと思っているので、気長にお待ちください。
それでは。
2009年01月18日
1泊2日、京都洛東の旅 其の四

(080326 PM3:01)
一行は南禅寺に到着した。やはり人気の名所だけあって観光客は多い。

(080326 PM3:08)
こちらは南禅寺三門。安土桃山時代の盗賊、石川五右衛門を題材にした歌舞伎"楼門五三桐(さんもんごさんのきり)"での台詞『絶景かな絶景かな―』のくだりで有名だが、実際には彼の死後30年以上後の1628年に再建されているため、これはただの創作である。高さは22mで、京都三大門の内の一つに数えられている。500円で楼上へ登れるが、もったいないので止めておいた。更に観たいものがこの先にあるからだ。

(080326 PM3:16)
これを見にここへ来たといっても過言ではない。琵琶湖疏水の水道橋、水路閣である。百年以上前に古都京都の景観には合わない、と反対があったレンガ造りの水路閣も、今では雨風受け、すっかり瓦葺の日本建築物と馴染んでいる様に見える。橋脚のアーチになっている部分からは、多くの観光客が顔を覗かせ向こう側を見通していた。

(080326 PM3:35)
水路閣の北側、橋脚の終わりのほうには石の墓場の様な場所があった。雰囲気が良かったので、一枚。この後は一通り南禅寺を見て回り、いよいよ帰路へ就くことに。
再び地下鉄東西線・蹴上駅から三条京阪駅へと向かい、京阪鴨東線・三条駅から東福寺駅へと移動。行きで失敗した、JR奈良線での青春18きっぷの使用を忘れずに、京都駅へ。

(080326 PM5:31)
京都駅の大階段は相当な迫力である。これだけ階段があると、一気に駆け上りたくなるもの。ということで、Iと共に突撃。最初は行けるぞ、と思ったが、途中からぐだぐだになり失速。他の3人はエスカレーターで涼しい顔。

(080326 PM5:34)
WEST ZONE 11Fへ登り切った所から一枚。
と、ここで雨がぽつり、ぽつりと顔を打ち始めたので、少し早いが食事をとることにした。しばらく店を吟味し、専門店街ザ・キューブ内の花まる亭というお好み焼き屋に決定。
この日はどこも混んでおり、店外の椅子で数十分待ってからの入店。席は人数が合わず、2:3で別れた。昨日のすき焼きは散々だったが、この時は割と食が進んだ。しかし、全てを食べきることはできなかった(今考えるとあり得ないほど、この時の僕は食が細かった。というか、胃が悪かった)。
食べ終わり外へ出ると、景色は夜景へと変わっていた。

(080326 PM6:46)
京都タワーもこの通り。この後は各自おみやげコーナーへと向かい、家族や友達へのお土産を買い揃えた。
電車に乗り込み、いよいよ京都を離れる時が来た。友達だけで泊まりの旅行というのは初めての経験で、少し戸惑った部分もあったが、また次もどこかへ行ってみたい!と自然に口から出るほど楽しいものであった。
帰りに、寝ぼけて数分間しかない乗り換えに間に合わないというトラブルも発生したが、大事には至らず、無事豊橋駅へと到着。今回の旅は終了した。
この旅行記、まさか1年越しのものになるとは思っておらず、自分の力不足をまざまざと見せつけてしまった格好だが、皆さん、やっと終わらせることができました。
もう来月には春休みがやって来ます。またどこかへ行けたらな、と思っているので、そのときはよろしくお願いします!
終わり
2008年08月18日
1泊2日、京都洛東の旅 其の三
さて、大学生になって初の更新です。ブログの投稿機能も色々様変わりしており、どれだけの月日が流れたかを物語っています。
正直すいません。こんなに遅れてしまうとは、僕自身も想定していませんでした。自分の時間管理力の無さに辟易するばかりです。
かなり期間が空いてしまったので、前回までの日記より内容が薄くなってしまっていると思います。
睡眠開始から約1時間後、携帯電話の目覚まし時計が鳴り、もうすぐ朝食である事を告げた。しかし、周りを見回してみると、皆は起きる気配が全く無い・・。 仕方が無いので一人一人起こしてゆく。そして、その途中で朝食の準備の完了を伝えるチャイムが鳴った。皆で眠い目を擦りながら、朝食を食べに部屋を移動する。 食事は湯葉などを含め、あっさり系だった。得に薄味の味噌汁を飲んだ時などは、ああ、京都に来たんだなと感じた。今回は前夜と比べ食べられるようになったが、全て食せず残念。
食べ終わり、チェックアウトのため片づけを開始。短い滞在時間だったが、来て良かった、と感じる旅館だった。また機会があったら利用したい。 帰り、ダメ元で貸し出し自転車を頼んでみたが、やはり5人分は無いようで、一行は最初の目的地、鴨川へ徒歩で移動を始めた。

(080326 AM10:17)
当日朝は曇天。鴨川沿いはランニングをする人、ベンチに座り本を読む人など、多くの人が利用するスポットになっている様子だった。 ここではとりあえず、前もって決めていた京都大学以外に今日どこを訪れるかを決める事にした。昨日をみるとそれ程多くの場所は行けないという事で、平安神宮→京都大学→南禅寺という順に訪れ、今回の京都旅行を終えることにした。
まずは平安神宮へ。こちらは徒歩で行ける距離だったので、地図を見ながら数kmを歩いた。

(080326 AM11:17)
こちらが平安神宮入り口、応天門。観光客で辺りは賑わいを見せていた。
Googleのストリートビューではこちら。(この新機能凄いよね。このブログで白黒の衛星写真紹介していた頃が懐かしい)

(080326 AM11:21)
こちらは応天門をくぐり見える、正面の大極殿、左の白虎楼。正面から写真を収めていない事が悔やまれる。次に訪れた時には、一眼レフ・広角レンズで全体を収めたい。
そして、訪れた時には丁度挙式が執り行われており、厳かな雰囲気が辺りには漂っていた。尚、神苑は時間の、そして料金の都合で拝観はせず、そのまま京都大学へと向かった。
大学への移動はこちらもまた徒歩となったが、平安神宮からはほぼ直線で、分かりやすかった。それにしてもこの広さ、尋常じゃない。大学の端から端まで、ゆうに1kmはある。生徒自身も、その全貌は把握していない事だろう。
まずは大学西側の生協、ルネへと向かった。こちらでは皆、京大の名が入ったボールペンや、飴などを買っていた。僕はCD15%値引きの広告に惹かれ、1枚1000円のクラシックCDを2枚買ったが、どうやら値引きは生協組合員証を持っていなければ適応されない様だった。残念・・。
次に向かうは時計台目の前のレストラン、"カンフォーラ"。開放的なレストラン故、客入りは非常に良く席はかなり埋まっていた。僕はやはり食欲が上向きでないため、パスタのみを注文。皆はランチや、カンフォーラの人気メニュー"総長カレー"を注文していた。これはレジでレトルトのものも販売していて、購入する者もちらほら。僕は荷物が増えるため、止めておいた。

(080326 PM12:43)
さて、やっとこの写真。お馴染み、京都大学時計台。食後はこの中の京大ショップにて、各位京大グッズを購入した。時計台の中はその外見とは裏腹に、近代的に整備されていた。
一行は最終目的地である南禅寺へと向かうべく、まずは京阪鴨東線、出町柳駅へ再び鴨川を眺めたがら歩みを進めた。出町柳駅からは三条駅で降り、地下で繋がる直近の地下鉄東西線、三条京阪駅から二つ目の蹴上駅へと移動。(リンクはストリートビュー)
駅から出、三条通を北に少し進み、ここのトンネルを通り、南禅寺へと向かう。
このトンネル、地元では"ねじりまんぽ"と呼ばれている。「まんぽ」は鉄道の下をくぐる短いトンネルの意。これは中部〜関西地方の方言であり、別の地域では「まんぷ」になったり「まんぼう」になったりする。頭の「ねじり」は、内部を見れば分かるのだがレンガが垂直ではなく、ねじれた形で積まれている事からそう呼ばれている。これは強度を増すためのものだ。

(080326 PM2:52)
トンネルの入り口に掲げられている文字は左読みで雑観奇想と見紛うが、実は"雄觀奇想(見事な眺めと優れた考え)"。時の京都府知事、北垣国道の筆。彼は東京遷都による京都の衰退を憂い、再び活力を取り戻そうと灌漑、上水道、水運、水車の動力を目的とした琵琶湖疏水を建設した(1890年)。
この"ねじりまんぽ"の上では琵琶湖疏水により得た電力で電気鉄道が走っていた。そしてこれから向かう南禅寺境内に、琵琶湖疏水の一部である水路閣が建つ景色は、あまりにも有名である。

(080326 PM2:58)
ねじりまんぽをくぐると、そこは南禅寺の広大な敷地となる。域内には様々な伽藍、塔頭(たっちゅう)がひしめく。写真はその一つ、南禅寺金地院(こんちいん)・東照宮である。メインではないが、非常に良い雰囲気を醸し出している。
ガイドブックと睨めっこし、名所名所を渡り歩くのも手っ取り早い旅ではあるが、自分の足で自由に歩き、ふと琴線に触れる様な景色に出会う楽しさも忘れてはいけないと思った。
――――――――――続く
正直すいません。こんなに遅れてしまうとは、僕自身も想定していませんでした。自分の時間管理力の無さに辟易するばかりです。
かなり期間が空いてしまったので、前回までの日記より内容が薄くなってしまっていると思います。
睡眠開始から約1時間後、携帯電話の目覚まし時計が鳴り、もうすぐ朝食である事を告げた。しかし、周りを見回してみると、皆は起きる気配が全く無い・・。 仕方が無いので一人一人起こしてゆく。そして、その途中で朝食の準備の完了を伝えるチャイムが鳴った。皆で眠い目を擦りながら、朝食を食べに部屋を移動する。 食事は湯葉などを含め、あっさり系だった。得に薄味の味噌汁を飲んだ時などは、ああ、京都に来たんだなと感じた。今回は前夜と比べ食べられるようになったが、全て食せず残念。
食べ終わり、チェックアウトのため片づけを開始。短い滞在時間だったが、来て良かった、と感じる旅館だった。また機会があったら利用したい。 帰り、ダメ元で貸し出し自転車を頼んでみたが、やはり5人分は無いようで、一行は最初の目的地、鴨川へ徒歩で移動を始めた。

(080326 AM10:17)
当日朝は曇天。鴨川沿いはランニングをする人、ベンチに座り本を読む人など、多くの人が利用するスポットになっている様子だった。 ここではとりあえず、前もって決めていた京都大学以外に今日どこを訪れるかを決める事にした。昨日をみるとそれ程多くの場所は行けないという事で、平安神宮→京都大学→南禅寺という順に訪れ、今回の京都旅行を終えることにした。
まずは平安神宮へ。こちらは徒歩で行ける距離だったので、地図を見ながら数kmを歩いた。

(080326 AM11:17)
こちらが平安神宮入り口、応天門。観光客で辺りは賑わいを見せていた。
Googleのストリートビューではこちら。(この新機能凄いよね。このブログで白黒の衛星写真紹介していた頃が懐かしい)

(080326 AM11:21)
こちらは応天門をくぐり見える、正面の大極殿、左の白虎楼。正面から写真を収めていない事が悔やまれる。次に訪れた時には、一眼レフ・広角レンズで全体を収めたい。
そして、訪れた時には丁度挙式が執り行われており、厳かな雰囲気が辺りには漂っていた。尚、神苑は時間の、そして料金の都合で拝観はせず、そのまま京都大学へと向かった。
大学への移動はこちらもまた徒歩となったが、平安神宮からはほぼ直線で、分かりやすかった。それにしてもこの広さ、尋常じゃない。大学の端から端まで、ゆうに1kmはある。生徒自身も、その全貌は把握していない事だろう。
まずは大学西側の生協、ルネへと向かった。こちらでは皆、京大の名が入ったボールペンや、飴などを買っていた。僕はCD15%値引きの広告に惹かれ、1枚1000円のクラシックCDを2枚買ったが、どうやら値引きは生協組合員証を持っていなければ適応されない様だった。残念・・。
次に向かうは時計台目の前のレストラン、"カンフォーラ"。開放的なレストラン故、客入りは非常に良く席はかなり埋まっていた。僕はやはり食欲が上向きでないため、パスタのみを注文。皆はランチや、カンフォーラの人気メニュー"総長カレー"を注文していた。これはレジでレトルトのものも販売していて、購入する者もちらほら。僕は荷物が増えるため、止めておいた。

(080326 PM12:43)
さて、やっとこの写真。お馴染み、京都大学時計台。食後はこの中の京大ショップにて、各位京大グッズを購入した。時計台の中はその外見とは裏腹に、近代的に整備されていた。
一行は最終目的地である南禅寺へと向かうべく、まずは京阪鴨東線、出町柳駅へ再び鴨川を眺めたがら歩みを進めた。出町柳駅からは三条駅で降り、地下で繋がる直近の地下鉄東西線、三条京阪駅から二つ目の蹴上駅へと移動。(リンクはストリートビュー)
駅から出、三条通を北に少し進み、ここのトンネルを通り、南禅寺へと向かう。
このトンネル、地元では"ねじりまんぽ"と呼ばれている。「まんぽ」は鉄道の下をくぐる短いトンネルの意。これは中部〜関西地方の方言であり、別の地域では「まんぷ」になったり「まんぼう」になったりする。頭の「ねじり」は、内部を見れば分かるのだがレンガが垂直ではなく、ねじれた形で積まれている事からそう呼ばれている。これは強度を増すためのものだ。

(080326 PM2:52)
トンネルの入り口に掲げられている文字は左読みで雑観奇想と見紛うが、実は"雄觀奇想(見事な眺めと優れた考え)"。時の京都府知事、北垣国道の筆。彼は東京遷都による京都の衰退を憂い、再び活力を取り戻そうと灌漑、上水道、水運、水車の動力を目的とした琵琶湖疏水を建設した(1890年)。
この"ねじりまんぽ"の上では琵琶湖疏水により得た電力で電気鉄道が走っていた。そしてこれから向かう南禅寺境内に、琵琶湖疏水の一部である水路閣が建つ景色は、あまりにも有名である。

(080326 PM2:58)
ねじりまんぽをくぐると、そこは南禅寺の広大な敷地となる。域内には様々な伽藍、塔頭(たっちゅう)がひしめく。写真はその一つ、南禅寺金地院(こんちいん)・東照宮である。メインではないが、非常に良い雰囲気を醸し出している。
ガイドブックと睨めっこし、名所名所を渡り歩くのも手っ取り早い旅ではあるが、自分の足で自由に歩き、ふと琴線に触れる様な景色に出会う楽しさも忘れてはいけないと思った。
――――――――――続く
2008年04月07日
1泊2日、京都洛東の旅 其の二

(080325 PM3:33)
出たーー!!
という訳です、はい。この後順に運勢が下がっていくという奇跡も発生したが、最後の最後でお笑い担当Iが覆し、KYだと言われていた。
大吉は"必ず持って帰る様に"と書かれていたので、今は財布にしまってある。

(080325 PM3:49)
桜が咲いたらさぞかし綺麗だろう。紅葉もいい。京都はこれらの名所が数多くあり、ライトアップも無いこの数日は人も少ないと思っていたが、見誤っていた様だ。つまり、これらの時期にはもっと人が増えるという事だ。

(080325 PM4:03)
梅もこの季節最後の雄姿を魅せていた。これからは桜が主役だ。
周回コースを全て廻り、清水寺を後にする。

(080325 PM4:16)
枝垂桜が一足早く、咲き誇っていた。産寧坂の雰囲気は最高だが、如何せん人が多すぎる。土産屋が集中している為、仕方が無いと言えば仕方が無いが。後、この通りで一味唐辛子を購入した。土産を大量に頼まれていたIの要望で、"よーじや"へいつか行く予定だったが、偶然にもそのよーじやの表示があり、入る事に。

(080325 PM4:24)
さすが高級油取り紙だけあって、物凄く値段が高かった。出口付近に"お一人様一枚まで"という書の下にシールがあったので、記念に貰ってきた。
産寧坂を下り、二年坂へと向かう直前、方向を変え次の目的地へと向かう。

(080325 PM4:38)
八坂の塔だ。意外な事に観光客はほとんど居なく、自然な姿を捉える事が出来た。この辺りには昔電柱が立ち並んでいたが、景観保護条例の適応で地中化工事が行われた。産寧坂、二年坂しかり、まだまだ京都には電柱が数多く残っているので、これからも工事を進めて欲しい。僕は電柱のシルエットは嫌いではないのだが、古都京都にコンクリートの電柱は似合わない。
時間の関係で二年坂、高台寺を通過し、八坂神社へとやって来た。

(080325 PM5:06)
八坂神社の門前街はとてつもなく広く、そして長い。僕の地元の豊川稲荷の門前街の、何十倍もあるだろうか。とにかくこの通りだけで生活出来る、と言う程店のジャンルの幅は広い。
ここで2005年冬に訪れ、それ以来ファンになった飴屋"藤わら"でサイダー飴を2つ買う。1つは自分、もう1つはバイト先へだ。
その後商店街の終点、京阪鴨東線・四条駅へと向かう。そこから2駅、丸太町駅で下車し、そこから旅館まで徒歩で移動する。

(080325 PM5:52)
さて、今回の宿泊先、"お宿いしちょう"に到着した。引きこもっていた僕には、久々の徒歩移動で既に足が棒になっていた。取りあえず、休憩だ。
(ここからは写真を撮っていないので文章のみとなる)
チェックインを済ませ、部屋へと案内される。風呂、トイレが付いた比較的綺麗な和室が今回の部屋だ。5人での宿泊に限るが、これで夕、朝食が付いて1人\7,350は破格と言っても良いのでは無いだろうか。夕飯までは1時間程度あるので、持ってきたUNOで遊ぶ事にした。久々にカードゲームなどやる為、意外と皆はまり、夕飯を呼ばれるまで続けた。
■■
さて、ついに夕食だ。今回の宿泊プランはお鍋食べ放題プラン。鍋の種類はすき焼きである。2時間という制限の内なら、肉をどれだけ食べても良いという内容である。
小食で、しかも当時胃の調子が最悪だった僕は他の皆に肉を譲り、メジャー開幕戦をずっと観ていた。他の友達がおかわりを繰り返す中、結局僕が食べたのは肉2枚と、麩、白菜、糸蒟蒻という、"食べ放題"という名に相応しくないものだった。
■■
夕飯後は他にやる事が無かった為、やはりUNO。数時間経った時、ある友達が「ポーカーをやりたい」と言い出し、UNOで負けた2人がトランプをコンビニへ買いに行く事になった。結局僕は1位で抜け、言いだしっぺが行く事となった。
僕は、カードを受け取る→変える→公表というワンパターンのポーカーしかやった事が無かったが、今回やったのは賭けポーカー方式。1〜10までの自信度を言い、相手が伸るか反るかでの勝負となる。これにまた皆はまってしまい、大浴場の閉鎖時間を超過、結局風呂は部屋のものを使った。
その後、このポーカーは朝の6時まで続く事になる・・。
━─━─━─━─━─続く




