8月9日にチチタケ取りに行って滑落し右手首を骨折したわけですが
最初にいった外科でのレントゲンで骨折と判断されず経過。
痛みと腫れがとれずセカンドオピニオンにて大病院を受診し、
今月初めに入院して変形治癒の再生手術を行いました。
手術自体は右手首の折れたまま治癒してしまった骨を切断して戻し、
欠損箇所に腰骨を移植するという手術であります。
普通のレポだと面白みにかけるので、右手の様子を
絵で追って行きたいと思います。(えー)

8月23日、打撲だと信じてたかなり痛かった頃


9月10日、まだ打撲だと信じている。痛みは落ち着いてきた


9月20日、整形外科にかかり、職場と相談。手術の日程を決める


10月18日、紹介状をもらい大病院受診。骨折後10週目


11月1日入院。11月2日手術。レントゲン


11月3日、病院のベッドのマットが硬くて眠れず一晩明かした朝

腰痛持ちではないんだけど硬いマットで寝たことなくて(畳も無理)
手術した手首や腰はブロック注射してあるから痛みは感じないけど
腰の痛みは処方された鎮痛剤(もちろん右手用だ!)すら効かないし、
寝返り打とうにも手術した右手が感覚ないから動かすの大変だし
左腰は骨とってるから力はいんないし手術で熱発してるから熱いし
1-2時間おきに様子見に来てくれる看護師さんにも申し訳なく思った
手術の痛みでなくマットが硬いとゴネる患者とかまじうんこ
全身麻酔だったので一晩頭を上げることができないんだけど
6時の検温後に泣きいれて少しずつベッドをギャッチアップしてもらう
90度の座位になりクッションを左右にぽこぽこ宛がわれ
「朝日でも見ててね」と言われ「あー起きれるっていいなぁ」と思い涙が出た
そしてタガタメとファンキルのログボだけは死守して右手記念写真
朝食後トイレに行きたいことを伝え介助にてゆっくり立ち上がり
徒歩でトイレへいくも手術した腰骨の痛みは若干あるもののふらつきなし。
いけると思ったので尿カテを抜いて欲しいと言うが却下される
10時には個室から大部屋へベッドごと移動。
ベッドに端座位してると頭がぐらぐらする、横になればマットが硬く背骨が痛む
11時尿カテ抜いてもらう。歩行器を借りて1人で何度かトイレへ。
数回トイレへ行くと尿カテの違和感が取れた
時々睡魔に襲われうつらうつらしてると13時ママンが面会にくる。
もう動けるから退院したいと言うと
痛み止めのブロック注射が効いてるだけだからもう一晩我慢してね?と
回診の医師と看護師さんに真顔で言われる
3日の夜は持参の睡眠薬の服用許可が下りて
バスタオルを3枚ぐらい重ねてなんとか眠る。
手術の日程と生理が重なるため事前にピルを服用してもらっていたのだが
手術前日から服用を禁止されたのでまんまと生理が来る
このやろう 保険対象外で6千円もしたのに無駄になったぞ!

 ※ピルを服用すると血栓ができやすくなるため
  全身麻酔との兼ね合いで手術前日から服用を見送りました

11月4日、傷口の処置と経過観察後、医師から退院の許可が下りる
そっこーパパンに電話してお迎えに来てもらう
パパに宛てたメモ(左手)

自分で退院手続きをすませパジャマのまま脱出

そのまましばらく実家暮らし。
私の部屋はもうないので(物置兼マッサージ部屋になってる)
ママンの部屋(3つある)の1つにベッドを作ってもらう。
退院した日のらくがき

この頃は、一日の半分は寝てたかな。
体力回復させるのってやっぱ睡眠なんだなって思った

11月9日、1人で病院まで運転し抜糸。ギプスが簡略化。

歩行も安定し車の運転もいけたのでアパートへ帰宅
自分のベッドで眠れるっていうのは本当に幸せだった
交通法では片手で運転してはいけないって法律ないんすよ
知ってた?

11月12日、悲しいぐらい筋肉がない

右手のひじ周辺を左手でつかめるんですよ
すごく浮腫んでたから皮膚もたるたるにたるんでて泣ける

11月16日、ようやくギプス外れる。(着脱可能タイプに変更)

ふだんはギプスつけて、風呂とリハビリで外す感じ。
手術直後からニギニギの練習はしてたので握ったりはできる
ただ手首は棒のように曲がらない
リハビリ開始です

字かくのまだ一応禁止なんだけど、ペンで軽く。

1日たって顔とか髪の毛洗えるぐらいは手首返せるようになったので
まぁそのうちなんとかなるんじゃないかと思います
本当に渓流の解禁に間に合うような気がしてきた