ミステリアスな認知症

 舅(四捨五入で100歳)姑(四捨五入で90歳)はどうみても認知症としか思えない。「何故」とか「どうして」は通じない日々。

憑き物が落ちたようなと言ったのは友人

年も明けて10日。

通常営業な今日この頃。

時間があったらアレもしてコレもしてと思い描いていたのだけど、
全然手つかずというか、その気にならない。

今は寒いからとか
年がかわっての仕事の整理とか
年度末に向けての準備とか
確定申告用の準備とか
親戚の慶事もあるからとか
予定や仕事があるのにと
言い訳の理由をこじつける。

なんて豆腐のような性根なんだろう。


以前、友人が言った言葉。

「子育てであんなに時間がなくても絵を描いてきたのに
時間ができたら憑き物が落ちたように描かなくなった」
「あれはなんだったんだろう」


そうなんだよなぁ。

年も取ったとこもあるのだけど
以前のような情熱がなくなったのかなぁ。





何が言いたいかというと、

介護中の方々へ。
後からと言わず介護中に息抜きしてくださいということ。

人間やっぱり気力が肝心なのよね。

クラブ活動をしている方が勉強も集中してできる、ってパターン。


去年のこの日。
ばあが様態がよくなくて自宅でお葬式かもしれないので障子張りをしたと日記にあった。

去年の自分偉い。
頑張れ、今の自分。

12月には熱も出て心配だったじいも無事年越し。
最近は笑顔も多くて穏やかです。

喪中葉書

はい、喪中葉書です。

ばあが亡くなりましたと書いて出しました。

その後の弔事もろもろにおわれていましたが
とりあえず年内のしなくてはならない事は終わりました。

次から次へ。

あわただしく過ごすと何も考えないのでいいのかもしれない、
というのが弔事の意味があるのかもしれませんね。


ブログの中で愚痴っていたようにいろいろありましたが
亡くなったからと言ってさっぱり終りなわけでなし
良いこともあったし困ったこともあったし
思い出すと何が何だかの気分です。

なにかこう身についた習性が離れない・・・?


買い物に行っても病院への曲がり角を曲がってしまう習性。


じいは微妙に元気です。

微妙というのは、
以前ほどパワフルな感じがしないこと。

もう年なのでそうパワフルであるわけないのですが
ある意味穏やかになったともいえます。


ばあへの愚痴を書いたとき。
暖かいコメントを頂いた方々へ。
本当にありがとうございました。
閉鎖的な同居介護の生活の中で外界に接する気がして嬉しかったです。
感謝しています。
今日はコメント欄を閉じてありますが
同じような介護をされている方々が
どうか穏やかな生活が送れるようお祈りしています。



呼びかけ

看護師さんが呼びかけるとにっこり笑うばあ。

看護師「ほら、ちゃんとわかっているのよ」

看護師「もっと話しかけてあげないと」

ふーん・・・・・・・・というか、うーん・・・・・・・・というか。

義姉曰く。

「それは(ばあが)気を使っているから笑うのよ」

「(ばあに)気を使わせるのも可哀相だから」

ふーん。

うーん。

いや、別に何がどうとか言うつもりも無いです。

どちらがどうとかも言うつもりも無いです。

なんていうのかなぁ。


はぁ、そうなんだぁ・・・・・っていう事かな。


なんだか。

それぞれが。

それぞれに思うようにとらえている・・・という感じかな。

そうなんだぁ。

義姉の考えが違うとかいうのではないです。

いまだにそういう風にばあのことをとらえている。

それを心しておかないと。
義姉に失礼なことを言ってしまうかもと、気をつけないといけないのね。




気配りが出来るような中身だったら。

きっといろいろ私に対して不満があるだろうなぁ・・・って
裏でいろいろ言われたことを思い出したので。
ちょっと怖いなぁと思ったわ。


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