ヒライケンジはジョン・レノソだった。立体ヒャクテンマン展2006

2006年07月09日

中田ヒデ

nakata
“中田はこの先どういう道を進むのだろうか”なんていう話題が盛んな今日この頃だが、あの若さで名声と経済力を手にしてしまった本人にとっては体が一つしかないことが悔しいと思っているかもしれない。
ボクら凡人はおそらく有名になることはなく、それなりの幸せな人生を過ごして、それで終わる。世界中のほとんどの人がそうだから、それはけっして悲しいことではない。
選択肢の少ない平凡な人生はどこか気楽なものかもしれない。
中田は黙っていても経済的に困ることはないし、自ら求めなくてもその層の人が寄ってくるはずだ。あとは一緒に寄ってくる害になるものをどう削除していくかの判断を間違えないようにすることだろう。

darumania at 22:57│ 日誌 | 日誌
ヒライケンジはジョン・レノソだった。立体ヒャクテンマン展2006