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今話は、エンディングでのデュランダル議長による「デスティニープランの発動」ワンシーンのための“地ならし”のような展開でした。次回は、物語の核心である(と思われる)「デスティニープラン」の詳細が描かれるのでしょうか? これまでは、生を受けるところからのコントロールのような言われ方をしていましたが、これからの発動となると、今存在している人々にも大きな影響を与える性質のものなのでしょうか?
 
ミーアの日記をベースにした回想展開は、形を変えての総集編とも呼べるものですが、それなりに効果的ではあったように思います。物語世界での核となる人物視点からの描写が中心だった、これまでとは視点からでしたので。
 
熱狂的なラクスファンであったミーアが、声が似ていたゆえに、デュランダル議長の野望に巻き込まれて、「偽りのラクス」への道を選択し、歩んだ過程を通して、物語の全体像が、彼女の目線からはどう見えたのか。描かれている内容は、ミーアのものというよりも、形を変えてのデュランダルの代弁のようではありますが。
 
ただ、そこでも繰り返されるのは、「議長の言っていることは正しい」。キラも、ラクスが狙われなければ「議長は正しいと思っていた」。一面的な展開から、踏み出しません。諸悪の根源とされていたロゴスとその盟主ジブリールを討ち取った世界を、どう再生していくかのステージに移るのでしょうけれど、その前哨戦にしては、つかみ所のない展開です。相変わらず、キーワードを巡る抽象描写が続き、核心に迫りません。
 
デュランダルもキラたちも、目指すところは「争いのない世界」ですが、そのアプローチが違う(自由と完全コントロール=独裁)というところで物語は展開していますが、デュランダルの言うところは、アプローチの是非以前に、本当に「争いのない世界」を目指しているのか、怪しくも見えます。
 
言葉によって人が動き、それは対立・争いをも生み、物語のテーマにもなっているわりには、今ひとつ、ドラマとしての具体的な形にまでの落とし込みがされていないように感じます。それゆえの総集編と総集編的処理の挿入だったのではないかと。
 
その意味で、ここまで来ての総集編的な内容は、視聴者からストーリーの“交通整理”を求められたのか(その必要性を感じたのか)、ストーリー前回の大きな流れ(ペース配分)と、その元となる各話の構成に、行き当たりばったりさを感じます。
 
ファンの数だけ、さまざまな思いのある「ガンダム」ですから、制作サイドの確信に満ちた「これでいいのだ!」な展開を期待していたのですが、ちょっと制作サイドも迷っているかな? とも見える気がするのですが……。
 
田中理恵さんの二役、見事な演じ分けでしたね。