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最終決戦に備えて着々と準備を整えるデュランダル陣営。今回は、そのひとことで終わってしまいそうな展開でした。物語もそろそろクロージングを迎えるというのに、密度の薄い回。大きな物語を構成する、ひとつひとつのパズルのピースが弱さを感じます。
 
ひとつは、語られる(明かされる)情報の薄さ。描写が断片的なため、ドラマ内の大きな世界観を生むに至っていません。なので、相変わらず、ラクスの“言い切り”とカガリの“断言”先行型の展開に見えてしまいます。物語のターニングポイントになる判断ステージなのに、それが十分に描かれない。世界を二分する戦争なのに、言葉は上っ面を流れていく。人と人とをつなぐ言葉の重みも、このドラマが重要視している要素だったと思うのですが。
 
もうひとつは、過去映像の使い方。それぞれのシーンへの挿入に際して、制作サイドの明確な意思が強くない。だから、使い回し感が漂ってしまう。なぜそこに置いたのか、そこに置くことで何を示唆したいのか、まで計算されて置かれていたカットは、それほど多くないように思えます。
 
やはり、気になるのは、決戦ありきで準備を勧めるデュランダルの不気味さ。彼が言う、避けられない場合にやむなく戦うことになるのではなく、戦うことが既決路線のよう。初めから、議論など眼中にはないようですね。「コミュニケーション」という言葉は、デュランダルの辞書にはない。そんな感じです。彼の頭の中では、筋書きに演出と配役が確定しているのでしょう。その意味での、シンとレイの招集。
 
レイは、これまで同様、デュランダルの忠実な僕を演じ、シンを自らの後継者とするべく、最終ステージに向けての教育を開始。急な場面展開に心がついていけないのか、やっと目覚めのときが来たのか、レイの思惑通りには進みません。デュランダル陣営とラクス−カガリ陣営にコミュニケーションがない、今のこの世界においては、両者をつなぐ唯一のポジションに位置するのかは、シンひとりだと思うのです。これからのシンの行動が、物語の行く末を大きく変えていくと。その意味で、最後の最後で、やはり主役はシンになるのでしょう。
 
レイは、やはりクローンでしたか。テロメアが短い。DNAを守るべく働き、失われるテロメア。その配列は遺伝し、結果、寿命を決めていると言われています。進化している種ほどテロメアは短く、人のクローンは一代限りと考えられています。
 
人々のDNA情報を解析し、適性に合った社会システムにおける役割分担を行なうことで、誰もが己の人生を完全燃焼でき、いさかいのない幸福な世界をつくるという「デスティニープラン」。それは、裏を返せば、個人の自由意思が一切認められないということ。許されるのは筋書きのある人生を演じるだけで、そこには未来も希望もない。
 
そのような計画を、多大な犠牲を払ってまで押し進める意思の裏にあるものは、何なのか? なぜ、皆あっさりとそれを受け入れてしまうのか? それを回避するには、戦いしか残されていないのか? そのあたりの描写と登場人物たちの葛藤があってもしかるべきだと思うのですが。
 
予告編。死の臭いを感じさせるルナマリアの描かれ方。上辺のセンセーショナルさよりも、もっと物語の核心を骨太に描いてほしいと感じます。