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「古代怪獣ゴモラ」の登場です。「ウルトラマン」ではウルトラシリーズ初の前後編、第26話・第27話「怪獣殿下」で登場し、レッドキングと並ぶ人気怪獣でした。オリジナルのゴモラは、ジョンスン島に生息する実在の生物との設定で、大阪万博の出展物として運ばれている途中で麻酔が切れて暴れ出し……というストーリーでしたが、今回は、フリドニア共和国に山岳地帯に生息する珍獣で、それが謎の組織の手で20年前に日本に密輸され、長野県和奈村の秘密研究所で生物兵器としての開発が行なわれていて……との設定です。もともとのゴモラ(ゴモラザウルス)は、ほぼ人間サイズですが、品種改良(?)されたゴモラはウルトラマンマックスサイズと大型。
 
ちなみに、「ウルトラマン」の「怪獣殿下」は脚本・金城哲夫、監督・円谷一、特撮・高野宏一という「ウルトラマン」制作陣の中心人物により手掛けられた純然たる怪獣娯楽作品で、前編ではシリーズ中で唯一、ハヤタがウルトラマンに変身しなかったことでも話題になりました。また、「地底からの挑戦」というタイトルは、第29話「地底への挑戦」を思い起こしますか、こちらは「黄金怪獣ゴルドン」でした。
 
ゴモラを密輸し、研究を行なっていたその道の第一人者・宇野の娘、ジャーナリスト宮原香波が父親の所業の後始末をつけようとする、社会派テイストのドラマとして描かれています。謎の組織は「GSTE」=「God Save The Earth」という名の、破滅主義的な狂信的組織とされていましたが、詳細は不明です。ストーリーは、密輸ならびに兵器化の開発は、ゴモラの棲息地・フリドニア国家とも結び付いていることを漂わせて終わりますが、ストーリー全体を通して見ると、中途半端な感が強かったように感じます。父娘の確執、生物の兵器化、国家主導の死の商人など、視点が拡散していて、それらがストーリー内で効果的につながっていないことによると思います。
 
ゴモラは、今回も尻尾を切られますが、切られた尻尾が意思を持っているかのように動き回り、マックスが繰り出したマクシウムカノンから楯となって身を守ったり、という演出はいただけませんでした。というよりも、無理と違和感がありました。全体をトーンを社会派テイストにしているだけに余計。マックスも、最近はご都合主義が多いような。パワータイマーはエネルギー的な活動限界値を示すものではなく、試合時間残り時間を示すための点滅に見えてきました。マクシウムカノンが空振りに終わり、肩で息をしているかのような「マックスピンチ!」な描写があったと思ったら、マックスギャラクシーを繰り出してジ・エンドでしょう。マックスギャラクシーは、「体力の消耗が激しいため、毎回ごとの使用はできない」と物語自ら定義しておきながら、困ったときのマックスギャラクシー頼みな、テレビゲームのリセット感覚での使われ方が増えてきたように感じます。これでは、子供心にも「がんばれ!」感(ヒーローへの共感)がわかないのでは?
 
役者陣の演技では、エリーの無表情ぶりが印象的でした(アップのシーンが長かったこともありますが)。瞬きなしの、いわゆるアンドロイドテイスト。いつものような、人とアンドロイドのギャップを根底にしたコミカルなテイストはありませんでした(この種の挿話が、僕は結構好きなのですが)。ミズキ隊員が戦闘指揮を執ったシーンは初めて見た気がするのですが、これまでにもありましたっけ? 指示した攻撃陣形は、劇中内では形も効果もよくわかりませんでしたが。ヒジカタ隊長は、出ずっぱりのわりには、印象が薄かったです。青春ドラマよろしく、熱いメッセージを振りましていましたが。宮原は、ジャーナリストというよりも、男性アレルギーの性格ブスにしか見えませんでした(ある部分、日本テレビ「あいのうた」の洋子)。演技よりもシナリオ構成と演出の不備だと思いますが。
 
「マックス」自慢の大物監督起用シリーズは、ついに実相寺昭雄監督の登場ですね。大人テイストの“いかにも”なテイストで、今から楽しみです。って、こっちは番組のメインターゲットではないのですが。でも、そのメインターゲットのスポンサーはこっちだから、いいのか(笑)。