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脊髄小脳変性症『1リットルの涙』 に参加中!
 
1リットルの涙今日のタイトルは「1リットルの涙」と、ドラマのタイトルそのまま。最終回に至る前の、ひとつのクライマックスとなる展開を予感させますが、まさに通りの内容でした。しかし、ストーリーは、養護学校への転校という選択肢を巡っての、亜也の心の揺れと決心と、ストレートかつシンプルなもの。それに1話をまるまる当てているため、ドラマの緊張感と密度が気になりますが、ストーリー構成も役者陣の演技も見応えのあるもので、冗長さや水増し感はありませんでした。ただし、音楽への依存度の高い演出面には引っ掛かりを感じました(秋クールのドラマは、この傾向が顕著に感じます)。
 
「粉雪」に合わせて粉雪を舞わせたりと、今回は、主題歌と挿入歌に寄り掛かり過ぎた演出が目につきました。「3月9日」→「粉雪」→「Only Human」→「3月9日」→「Only Human」と、主題歌・挿入歌の繰り返し使用。歌詞という、第2のセリフにも成り得るメッセージを持つ“うた”は、場面の雰囲気に合わせて安易に用いず、ここぞというストーリーのピークで用いてこそだと、僕は思います。音楽に寄り掛かるのではなく、音楽との相乗効果を図るべきです。
 
その意味で、僕は、これまで、毎回のお約束ごとのように「粉雪」を流してムーディーにシーン流す演出に、どちらかというと批判的な立場を取ってきましたが、今回の繰り返し使用も、それと同様の、使い方の安易さを感じました。主題歌・挿入歌の多用は、感動を呼ぶ仕掛けとしては便利なツールですが、その質的な密度を上げるか下げるかは、優れた演出があってこそ。その部分、今回の演出は、及第点を上げられないと感じました(不遜な言い方ですみません)。
 
対するストーリー構成と流れは、よく練られたものだったと思います。亜也ひとりの視点だけをストーリーの軸とせずに、周囲の人たちが、それぞれの視点や立場から、ストレートに思いを吐き出し、結果として、心ない言葉もあれば、心からの言葉もあるなかで、最後は、亜也(沢尻エリカ)自身が自らの道の選択を下すという、亜也自身の揺れる心と、自ら下した決心が、丁寧な形で描かれています。
 
前話からの流れとして、まずは、亜也のクラスメートの親たちの考えから、亜也につらい意見を、松村の母親に語らせています。「学校側は後手後手」「亜也の問題をこのまま済ませるつもりはない」と、亜也排除の先鋒のような物言い。一方、それに対するひとつの客観視点として、遥斗の母が父・芳文(勝野洋)に、保護者会の荒れた様子を報告するくだりも描かれます。亜也のことを心配する遥斗(錦戸亮)に、父は、環境のいい学校に移るのも手であることなど、亜也のことは、一面的には捉えられないと諭します。「子供のお前が……」と遥斗をまだまだ子ども扱いしているのが、気になりました。
 
これまで、遥斗の父は、亜也のことを心配する遥斗に対して、快く思っていないように見えましたが(遥斗の思いを動機付けにすることで、医師の道を歩ませようと導くことも可能だったと思います)、今回の描かれ方を見ると、亜也の“応援団”な模様です(今後の関わりを予感させるには至っていませんが)。「患者のがんばりに勇気をもらう」「逆にこっちが励まされる」。亜也の主治医・水野(藤木直人)に対して、君もそうだろうと、ねぎらいの言葉と最大限の協力を惜しまない旨を伝えます。という、ある意味、両極端な親の見方が提示されます。
 
そして、視点は池内家へと移ります。保健士を辞めて、付きっ切りで娘の面倒を見ればと詰め寄られた潮香(薬師丸ひろ子)は、帰宅後も動揺を隠せず、亜也には「これからも亜也をよろしくお願いしますと挨拶してきた」と濁すので精一杯です。夫・瑞生(陣内孝則)に対してだけ、ことを伝えます。「亜也のせいで授業が遅れて迷惑」であると。それに対して、瑞生は「仕方がない」「親は自分の子供のことしか考えられない」「他の親が何と言おうが、オレたちはオレたちでいい」と、自分たちのスタンスを再確認します。その思い打たれた潮香は、仕事が生きがいだった自分の思いへの決別=20年勤めた保健士の仕事を辞める覚悟です。「街みんなの保健士を辞めて、これからは家族専属のに保健士」と。そんな母の覚悟に、亜也は「傍にいてくれると、ほっとする」と正直な思いを書き記しています。
 
しかし、潮香が仕事をやめるということは、一家にとっての収入減を意味します。それを敏感に感じ取る子どもたちと、「子供たちの家計の心配をされたら格好つかない」と言う瑞生。電動の車イスが42万円と、亜也の快適さはお金次第という厳しい現実も目の当たりにします。そんななかで、亜湖(成海璃子)は、亜也と同じ学校に進んで、身の回りの世話をしたいと、自分にとって、今できること=勉強に励みます(音楽に頼ることなく、こうした小さなエピソードの丁寧に積み重ねることで、大きな感動を築くことは十分に可能だったと思うのです)。
 
そんな周囲の思いを、やはり敏感に感じ取ってしまうのか、少し弱気になる亜也を、遥斗が励まします。「先のことばかり考えてどうする」「今できることをがんばるのではなかったのか」と。「どうしちゃったの? まるでいい人みたい」という亜也のリアクションが、暗くなりがちなドラマのトーンを和らげます。でも、本心は怖さで一杯。「学校をやめたら、その時点で、自分の人生の何かが終わる気がする」と。ここで、卒業アルバム用として、合唱コンクールの写真と「3月9日」が響くのには、唐突な印象がありましたが、これはエンディングに向けての伏線だったのですね。
 
模試会場で、いつも自分をサポートしてくれている友だちのまり(小出早織)にケガをさせることになり、自らが周囲に与える負担と、自らの心の重荷を感じる亜也です。クラスメートたちも「亜也ひとりに付き合わされている」感を募らせ、ついには、亜也のことをクラスで議論することになります。亜也に一番近いふたり、杉浦の「ほんの少し支える」ことも許されないのか、という思いと、松永の「正直、キツイと感じることもある」との思いは、友情と現実の狭間の葛藤としてのリアリティをもたらします。ただ、亜也のいないところでの議論は、転校を亜也自身ではなく、母親にまず勧めた担任の対応と同じ図式。それに怒りを覚えた遥斗は、「お前らずるい」「本人の前では良いい人の振りして、本当は迷惑でしたと言っている」と、自らの思いをストレートに、クラスメートと担任にぶつけます。「本人よりも先に親に話す」「外堀から埋めるような行為」「先生が向かい合わなくてどうするんだ」と。
 
それを耳にしてしまった亜也は、居たたまれなくなり、教室をあとにします。悲しみが止まらない亜也は、追って来た遥斗に、「つくり話でいいから、何か言ってよ」と言います。いつもの気丈さが失せてしまったかのような亜也です。でも、遥斗は、いつものようには言葉を掛けてやれません。遥斗がクラスメートと担任に向けた言葉は、自分自身に向けてのものでもありました。「何もできない」「オレもあいつらと同じ」「口先ばっかり」「オヤジの想像通りのただのガキ」と、自らの無力さを口にします。でも、僕は、その自覚と意識から、新たな道が始まるものと思います。意識していることは、力なりです。
 
亜也は、自分がつらいときに、いつも自分の傍に一緒にいてくれて、励ましてくれていた遥斗に心から礼を告げるととともに、養護学校への転校を決意し、「ありがとう、麻生くん、バイバイ」と。そこがよかったと思われた方も少なくないと思いますが(むしろ多いかもしれません)、僕は、「粉雪」で粉雪を舞わせるあざとい演出に、せっかくの感動に水を差された気分です。粉雪が舞った瞬間、涙がすっと引いてしまいました。このくだり、僕は、セリフと演技に重きを置いた、静かな演出のほうが、ふたりの悲しみと覚悟の心が、より深く伝えられたと思っています。
 
ここからは、亜也の決意の言葉。まずは家族に対して、「わたし、養護学校行くね」と。そして、クラスメートへ。「私の病気は治りません」「治療法がありません」「当たり前にできていたことが、ひとつひとつできなくなってきた」「思い描いていた未来がゼロになった」「悲しいけど、これが現実」「今の自分を好きにならなくては」「病気になって初めて気づいたこともたくさんあった」「家族のありがたみ、友だちの手の温かさ」「失うばかりではない」「病気という重荷を背負っているあたしが、今のあたし」と、自らの思いを淡々と語ります。
 
最後に、亜也の言葉は、ドラマの(原作の)タイトルである「1リットルの涙」へと続きますが、亜也さんの日記では「重い荷物をひとりで背負って、生きてゆきます。なあんてかっこいいことが言えるようになるには、少なくとも1リットルの涙が必要だった」となっていたこのくだり(第3話でも触れましたが)は、ここでは「みんなとは、生きる場所は違うけど、これからは、自分で選んだ道のなかに、一歩一歩、光を見つけたいから。そう笑って言えるようになるまでに、あたしには、少なくとも1リットルの涙が必要でした」とされています。テレビのセリフのほうが、亜也というキャラクターの等身大のメッセージ色が強く感じられるように思います。
 
序盤の生物室のシーンで、卒業アルバム用の合唱コンクールの写真を見て、「卒業できるのかな」とつぶやいた亜也は、卒業は叶わず転校することになり、合唱コンクールの曲「3月9日」でクラスメートに送られます。最初の「3月9日」は挿入歌で、最後の「3月9日」はクラスメートの合唱で。こういう音楽の使い方のほうが、演出的には好ましく感じます。
 
「いいじゃないか転んだって また起き上がればいいんだから」「転んだついでに空を見上げれば 青い空が今日も 限りなく広がって微笑んでる」「あたしは生きてるんだ」。今回の亜也さんの言葉でドラマが閉じられます。そのあとに流れた、《「亜也ちゃん、行かないで」と言ってほしかった》というくだりこそが、友だちの前では明かすことのなかった、心の奥底に秘められた本心だったのですね。