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第20代目の金田一耕助になる稲垣吾郎によるシリーズ第3作です。第1作は2004年4月放映の「犬神家の一族」、第2作は2004年10月放映の「八つ墓村」、そして、今回は「女王蜂」の登場です。脚本:佐藤嗣麻子(「エコエコアザラク」や「YASHA(夜叉)」が好きな僕としては、脚本よりも演出に起用してほしかった)、演出:星護のベテランタッグに、金田一耕助:稲垣吾郎、横溝正史:小日向文世、大道寺智子:栗山千明、大道寺欣造:石橋凌、神尾秀子:手塚理美、多門連太郎:及川光博、九十九龍馬:杉本哲太という主要キャスト陣です。
 
時代は、戦後間もない昭和27年。源頼朝の末裔である大道寺家の娘・大道寺智子は、18歳を迎えたら東京にいる父・欣造の下で暮らし、同じ頼朝の末裔である遊佐・駒井・九十九の三家のいずれかの子息と結婚することという、亡き母・琴絵の遺言に従い、伊豆沖の小島・月琴島にある本家から東京に来ます。それ以来、婚約者候補たちが次々に殺される連続殺人事件が発生するというストーリーです。
 
神尾秀子が、大道寺琴絵と智子の母娘の二代に渡って恋心を抱き、近づく男たちを殺していたというのが事件の真相として事件が片づけられましたが、実は、真犯人は大道寺欣造でした。すべての発端ともいえる、最初の殺人=日下部殺しは、欣造を愛した秀子が、欣造を自分に振り向かせるために、琴絵と日下部を結ぼうとしたことがきっかけになってしまったという悲劇。そして今また、欣造の心は娘の智子へ。欣造と智子を引き合わせないために、秀子は脅迫状を作成し……。欣造は、秀子の思いに気づいていたのでしょうか?
 
当時の実物を配するセットなど、丁寧かつ、映像美あふれるドラマに仕上がっていたと思います。ただ、横溝正史の原作がもつ独特の世界観でドラマを引っ張るには、そろそろ、時代的に厳しいのではという気もします。今の目で見ると、事件や展開に物足りなさを感じる部分も少なくありませんし(この時代は、指紋という概念はなかったのでしょうか)。たとえば、前日までの「古畑」を見た目には、金田一は、古畑のように犯人と対峙するのではなく、単なる事件の語り部。犯人のターゲットがひと通り死んでから、ことの真相をひもといているだけ。事件を解決していないじゃないかと。これは、このドラマの問題ではなく、原作の問題なのでしょうけれど。
 
とはいいつつも、作者の横溝正史が金田一の旧知の作家として登場し、本人と会話したり行動をともにするなどして、金田一が解決した事件を作品に仕立てているという設定は、このドラマの工夫のひとつとして、僕は評価したいと思います。今回の、金田一と横溝が温泉旅行で事件に出くわすという導入や、事件の関係者に名刺代わりに「八つ墓村」の本を配るというのも、おもしろいですし、稲垣吾郎の金田一には、石坂浩二や古谷一行とは異なる、新たな魅力を感じます(第1作では、先達を真似ている部分も感じられましたが)。
 
栗山千明は、横溝正史の世界観にぴったりの雰囲気と存在感ですね(アップでのお肌の荒れが気になりましたが)。手塚理美は、今も琴絵の時代も、そのまま演じていましたが、これには違和感がありました。大道寺欣造は、当時と今とで役者を変えていたのに、ひとり秀子は、昔も今も変わらぬ姿に見えて、まるで“妖怪”のようです(笑)。せっかくの「よこしまな恋」という言葉がしっくり来ません。別の役者を立てたほうがよかったと思います。